untitled11月5日(木)「タメルザ(ミデス)」

今日はミデスの村に行く。

英語本の拾い読みによると、「ミデスはタメルザ同様、ベルベル人の廃村でアルジェリアと国境を接する。廃村からの眺望は一見の価値あり。ジープで行くのが普通だが山越えのトレッキングでも行ける。健脚なら片道で2時間余、往復5、6時間を見込めばよい」とある。

山越えで歩いていくことにした。

僕はもう老いぼれ足で「健脚」ではないから往復8時間くらい見ればいいだろう。多分、日没までには戻れる筈だ・・・。思いついたらあとさき考えないで即実行してしまうのが僕の癖で、早速、リュックの中にあり合わせのもの、「黒糖のど飴6個」「おせんべ6枚」「ファンタジュース1缶」、それとスケッチ用具をぶちこんでホテルを出た。ミデスまでの地図はない。

なァに、ホテル前に聳えるあの岩山を超え北東の方向へガンガン歩いていけばいいんだろ? 観光客が行くところだからミデスに着けば飯ぐらい食えるワナ‥‥。僕はたかをくくって第一歩を踏み出した。

ホテルの門を出た途端に、ヒョロッと背の高い20歳代の青年に声をかけられた。
 
「ミデスに行かれるのですか? 私はこの土地のガイドです。私に御案内させていただけませんか?」
彼はそう言って胸のポケットからガイド証明を取り出して僕に見せた。

「いや、ガイドは要らん。僕は一人で歩くのが好きなんだ」
え、歩いて行かれるのですか? それなら絶対にガイドが要ります。 Dangerous (危険)です。それは私と一緒した方がいい。ガイド料は歩きですから1日80ディナール、いや60ディナール(4000円)でいいです‥‥」

僕には悪い癖がある。ちょっと説教口調や命令口調や、押し付けがましい口調でものを言われると、反射的に「やだよッ」と反発してしまう癖だ。少々声を荒げて、「一人が好きって言ったでしょッ! ガイドは要らん」と即座に彼の申し出をつっぱねた。

なにがデンジャラスだ。こう見えたって俺様はモト山登り屋だぜ。あの崖を登っていけばいいんだろッ。岩登りなら昔取った杵柄(きねづか)さ。

すると兄ちゃんは、とんでもないと手を振って、「ミデスの山道はほんとに危ないんですよ。山や谷も険しいし・・・。それだけではありません。アルジェリアがすぐそこなんですよ。だから危ないんです」。そう言ってから今度はギラギラの太陽を指さし、「この下を何時間も歩くんですよ」とおどかした。

「あ、それから、歩いて山越えをする旅行者は警察に届け出を出さなければいけません」

届け出? 届けりゃいいんでしょ。届けますよ。アルジェリアが危ない? 追剥(おいはぎ)か強盗でも出るって言うの? え、越境してしまったら大変? バカ言え、国境は二キロも三キロも先でしょッ。大丈夫、迷い込んだりしないから。

こうなるとますます僕は意固地になる。「はあそうですか、それなら‥‥」云々とは絶対にならない。孔子様は「六十ニシテ耳順ウ(ミミシタガウ)」とおっしゃった。僕は80歳近くなってもまだ耳順(じじゅん)でない。【つづく】