2009年12月

帰るところ

こんにちは、

甲府での演奏会を終え、再びバレンシアに戻ってきています。
日本を出る時は演奏会の疲れも残っていて、空港でチェックインしながら旅程の長さを想像してげっそりしていたのですが、
さすがに慣れてきたのか、買い込んだ雑誌を読んでは仮眠し、起きて読んで寝て、を繰り返していると、それほど退屈せずにパリに着きました。
2時間ほどさらに乗り継ぎを待ってバレンシア行きの便に乗り、機中の記憶がないくらいに寝て、着陸の振動で目が覚めたら(当然ですが)バレンシアに帰っていました。

さて、少し不思議な気がするのですが、
いくら異国とはいえ、3年以上も住んでいると住めば都、バレンシアの我が家に帰ってきた時はほっと安心するのです。「あぁ、帰ってきた」という心持ちですね。
で、一方日本も自分の生まれ育った国ですし、日本に着いた時も当然ほっとするわけです。

「この本番が終わったら明日の便で〜〜に『帰る』んだ」
という話をするとき、〜〜は日本でもスペインでもOKなんですね、僕の場合。

基本的に出無精で面倒くさがり屋で引っ越し嫌い、
そんな自分が何の因果か日本を出て、結構楽しく別の国になじんで暮らせていることをなんだか面白く感じます。

バレンシアは地中海に面した温暖な気候、冬もすごしやすい寒さ、が基本なのですが、戻ってみたらヨーロッパに寒気団がやってきているらしく、
あのバレンシアの空港に着いたら吐く息が白かったのでびっくりしました。
今回の日本帰国中にユニクロのヒートテックに目覚めてしまい、
リハーサルがオフの日に2回買い出しに行ってました。
買ってはみたものの、甲府ではとてもありがたく使ってはいたものの、
バレンシアじゃあさすがに使いようがないからどうしようかな、
と思ってたのですが、何のことはない、
南国バレンシアもしっかり寒く、通気性のすこぶる良い部屋の中もしんしんと冷えていて、
ヒートテックはしばらく重宝しそうです。


それでは。







甲府にて

こんにちは。

今度の日曜日に開かれる「山梨県民第9演奏会」のために甲府に滞在しています。

山梨と縁ができたのは2004年、体調を崩された恩師上杉隆治先生に代わって、急きょ山梨交響楽団の定期演奏会を指揮したのがきっかけです。
初めて甲府の駅に降りた時、周りを見回すと必ず山並みが目に入る甲府盆地の風景が故郷の京都を思い出させ、初めての土地での初めてのリハーサルに向かう緊張をほぐしてくれたことを思い出します。

僕を山梨に導いてくれた上杉先生ご自身がそもそも山梨とつながりを持つようになったのは、他でもないこの第9演奏会を2001年に指揮されて以来だ、と伺っています。不肖の弟子が同じ演奏会を任されるのは僭越そのものですが、それだけに名誉に感じます。

先生には指揮のイロハから噛んで含めるようにして教えていただきましたが、それだけにとどまらず、音楽全体に関して、また音楽家として生きていくということについて等、直接間接に教わったことの大きさははかり知れません。

今回の演奏会、ゆかりの土地で弟子が何をやらかすか心配でたまらないでしょうから、きっと先生も聴きにきてくださることと思います。

急逝されてから5年、そんなに長くお会いしていないなんて実感がないのですが…。

上杉先生、僕がそちらに行くまではまだ少しかかると思いますが、その時にはまた押し掛けますのでレッスンどうかよろしくお願いします。




  • ライブドアブログ