河合信和の人類学のブログ

 科学ジャーナリスト、河合信和の公式ブログ。人類学、先史考古学関連のニュースなどを随時掲載の予定。

インドネシア、スマトラの辺境の森林地帯で新種オランウータン見つかる;大型類人猿の発見は88年ぶり

 まさかと思われる大型類人猿の新種の発見である。88年ぶりの快挙だ。
 インドネシア、北スマトラ州の辺境のバタン・トル森林地帯で、孤立して生息するオランウータンの集団が新種であることが分かったと、イギリスやインドネシアの国際研究チームが11月2日付の米科学誌「カレント・バイオロジー(Current Biology)」誌に発表した。

◎大型類人猿としてはボノボ以来の新種
 人類に近い大型類人猿の新種が見つかるのは、1929年にアフリカ、コンゴで生息するボノボ以来、88年ぶりという。新種と記載されるまでボノボは、チンパンジーの仲間だと考えられていた。
 これまでオランウータンには「ボルネオオランウータン」と「スマトラオランウータン」の2種しか存在しないと考えられてきたが、1997年、スマトラオランウータンの生息地の南に位置するバタン・トルで、オーストラリア国立大の研究チームが周囲から孤立した個体群を確認され、以降、これが独立種である可能性が調査されていた。

◎新種はポンゴ・タバヌリエンシスと命名
 2013年に研究チームは、北スマトラ州で97年に生息が確認されたオランウータン集団の中の南タパヌリ県で死んだ成体の雄1頭の頭蓋や歯の形態を詳細に調べた他、2頭分の遺伝情報を他のオランウータン2種と比較した。その結果、スマトラオランウータンはトバ湖を境に南北で分かれ、南側に生息する集団は新種と結論付けた(写真)。

000新種オランウータン1

 新種は、Pongo tapanuliensis(ポンゴ・タバヌリエンシス)、すなわちタパヌリオランウータンと名付けられた。
 新種ポンゴ・タバヌリエンシスは、見た目も体毛がもう1つのスマトラ産より細かく縮れていて、ボルネオ産と比べるとシナモン色が濃い。両種よりも発達した犬歯を持つ。

◎古い系統の生き残り
 遺伝子の面で、既存のボルネオオランウータン、スマトラオランウータンと比べた結果、タパヌリの系統から約340万年前にまずスマトラオランウータンが分岐し、その後、約70万にルネオオランウータンが枝分かれしたと推定された。つまりタパヌリオランウータンは、古い系統の生き残りなのだ。
 これで、これまでオランウータン2種、ゴリラ2種、チンパンジー、ボノボの計6種だった大型類人猿の種数、7に増えることになる。

ユカタン半島の水中洞窟から5年前に盗まれた完全に近い青年の頭蓋は、北米最古の人類遺体の可能性

 2012年2月にダイバーによって偶然発見された、メキシコ、ユカタン半島のトゥルムに近いチャン・ホル石灰岩洞窟の人骨は、ひょっとすると北米最古の――おそらく1万3000年前――の人類遺体である可能性のあることが、このほどドイツ、ハイデルベルク大のヴォルフガング・スティネスベック博士らの研究チームから明らかにされた。8月30日号のオンライン科学誌『PLoS ONE』で発表された。

◎チャン・ホル洞窟発見をソーシャルメディアに投稿して
 ところがその人骨は、最も重要な頭蓋が発見直後に何者かに盗まれ、研究価値が大きく損なわれているという残念の状況にある。
 全体が石灰岩で出来ているユカタン半島には、川がない代わりに石灰岩洞窟が良く発達し、しかも水中洞窟が網の目のように連絡している。
 その水中洞窟は、ダイバーの活躍の場で、2012年2月の発見も、そのアドベンチャーの一環だった(写真上)。彼らはチャン・ホル洞窟の水中で、ほぼ完全な若年男性の頭蓋(Ⅱ号化石=写真下)とその他の全身骨格を発見し、ソーシャルメディアに頭蓋などの写真を投稿した。

000チャン・ホル洞窟20_20150627165639_20150507-img_8163

000チャン・ホル洞窟Ⅱ号170831_Skull_Full
 これを地元の人類学者が目に留めた。しかし化石泥棒も、同様だった。

◎盗まれた頭蓋は氷河期末の青年の遺体
 研究者たちが翌3月下旬に洞窟を訪れると、頭蓋はなくなってしまっていた。後には、約150片の骨片と洞窟床面から成長しつつある石筍に包まれた腸骨しか残されていなかった。
 人類の貴重な資料が失われてしまったわけだが、研究者たちは残された骨を基に研究を続け、それにより人骨は若い男性であり、この若者は海水準が今よりはるかに下がり、洞窟がまだ地上にあった時、つまり氷河期末に死んだと考えられた。
 さらに年代を絞り込むには、骨からコラーゲンを抽出し、放射性炭素年代測定法を試みるのが常道だが、長い間、骨が水中にあったためにコラーゲンの大部分が水中に溶出していて、不可能であることが判明した。

◎人骨を包む方解石をウラン・トリウム法で測定
 やむなくスティネスベック博士らのチームは、腸骨の小片とその周りの石筍を集め、中の方解石のウランとトリウムの各同位体の比を時計として用いる方法で年代測定した。
 天井からしたたり落ちるカルシウムを含んだ水を受けて成長していく石筍は、表面から深くなればなるほど古いはずだ。
 骨を取り巻く2センチ上の方解石の年代は、1万1300年前と推定された。そこから骨格は、1万3000年前以上という推定値が導き出された。

◎相次ぐユカタン半島の洞窟からの1万年前以前の骨の発見
 南北アメリカ大陸で1万3000年前以上という人類遺体は、ほとんどない。2007年にやはりユカタン半島の別の洞窟で発見された10代の少女「ナイア」の放射性炭素年代は1万2000年以上前だった。もう1つのトゥルムに近い水中洞窟で見つかっている人骨は、放射性炭素年代測定法で1万3500年前頃だった。
 こうした結果から、テキサス州ダラスにあるサザン・メソジスト大のデイヴィッド・メルツァー博士は、これらが1万4000年前より前に北米に人類の移住がなされた確かな証拠となっていると語っている。(『ネイチャー』9月7日号)

ケニア北部で1300万年前の新種化石類人猿の頭蓋発見、ニャンザピテクス・アレシと命名

 中新世(2300万~530万年前)に地球に現れた類人猿化石は多数知られているが、完全な頭蓋はほとんど見つかっていない。特に人類の起源地のアフリカは顕著で、1400万~1000万年前の頭蓋標本は1つも知られておらず、どのホミニドからホミニンの系統が進化したか化石の点で全く未解明だ。
 ケニア・トゥルカナ湖盆研究所、アメリカ・ストーニーブルック大などの国際研究チームは、英科学誌『ネイチャー』8月10日号で、ケニア北部の約1300万年前の地層から新たに発見された化石類人猿の完全な頭蓋の研究成果を発表した。
 下顎を欠く他は完全な新発見の頭蓋(写真)は、レモン大の小ささで、上顎に乳歯の根元が残り、未萌出の永久歯が埋まっていたことから、生後1歳4カ月程度の幼体と見られる。

00Nyanzapithecus alesiの頭蓋1300万年前(KNM-NP 59050)
00古代類人猿化石AAqbrtF
 頭蓋化石はアジアのテナガザル類に似ているが、内部をX線で詳細に解析した結果、テナガザルのように長い腕で木から木へ素早く移動する能力はなく、比較的ゆっくりと動いたと考えられる。なおテナガザル類との類似は、近縁性を示すものではなく、収斂進化の結果と見られる。
 新化石は、小柄な類人猿であるニャンザピテクス属の新種に分類され、種名は先祖を意味するトゥルカナ語から「アレシ」と名付けられた。

1世紀以上前にデュボワが発掘したスマトラ島の洞窟の歯はこの地域最古(7.3万~6.3万年前)の現生人類の歯と判明

 インドネシア、スマトラ島の熱帯雨林帯に、7.3万~6.3万年前に解剖学的現代人(現生人類=早期ホモ・サピエンス)が到達していた。
 これまで遺伝子証拠から、解剖学的現代人(現生人類)の出アフリカは7.5万年前以前であり、東南アジアの島嶼への到達は6万年前より古いことは分かっているが、後者はこの地域の考古記録による推定年代に先行する。この主張は、他の証拠からほぼ間違いないと見られるが、同地域の古人類化石証拠の希薄さと遺跡の保存の悪さ、発掘調査の乏しさなどから、証明されているとは言えなかった。
 今回、英科学誌『ネイチャー』8月17日号で、オーストラリア、マッコリー大のキラ・ウエストアウェイらの調査チームは、1世紀以上も昔、オランダのウジェーヌ・デュボワが同島パダン高原のリダ・アジェール(Lida Ajer)洞窟の発掘で見つけた2本のヒトの歯の形態とその年代確定のための再調査を行い、2本の歯はエナメル-象牙質境の形態、エナメル質の厚さ、オランウータンを含めた歯の形態比較から、間違いなく現生人類のものと確認した(写真=リダ・アジェール洞窟の現生人類の歯(左上)とそのスキャン画像(左下)。右は比較用のオランウータンの歯)。

00Lida Ajer遺跡から出土した現生人類の歯(左)右はオランウータン
 また化石の埋まっていた地層の年代確定のため、化石包含層と鍾乳石のルミネッセンス法とウラン系列法、哺乳動物化石のウラン系列法と電子スピン共鳴法の併用を行い、冒頭の7.3万~6.3万年前を導き出した。
 この推定年代は、生層序学や古気候学による知見や当時の海水準とも矛盾しない。
 ここから早期ホモ・サピエンスは、早ければ7万年前頃に東南アジア島嶼部にまで達していて、しかも壊滅的なトバ山大噴火を遭遇したことになる。
 この頃、ジャワ島には後期ホモ・エレクトスが、フローレス島にはホモ・フロレシエンシスがいたが、彼らとの相互作用はいかなるものであったか、興味深い。

オーストラリア最古の人類は6.5万年前か、新発表のマジェドベベ岩陰

 オーストラリアへの最古の人類の植民は、従来観よりさらに2万年も古く遡るという報告が、クイーンズランド大学のクリス・クラークソン教授らの研究チームからイギリスの科学誌『ネイチャー』7月20日号でなされた。
 2012年から発掘調査された北部オーストラリア、カカドゥ国立公園近くのマジェドベベ岩陰で、6万5000年前と年代推定された地層から大量の石器が見つかったという。
 一次堆積層中の人工品は3つに集中しており、層位的検討と光励起ルミネッセンス法により、石器群は前記の年代と推定された。これらの人工品の中には、世界最古の磨製石斧(写真=エッジの磨かれた手斧の刃)、種子を挽いたらしい磨り石、さらに身体彩色用と見られるオーカー粉末も含まれるという。

00オーストラリア新発見の石斧
 年代が正しければ、今まで知られたものより2万年は古いオーストラリア最古の人類遺跡となる。
 そのホミニンは、その2~3万年前にスエズ地峡を抜けたホモ・サピエンスと考えられるが、従来、考えられていたよりかなり早期にオーストラリアに植民したことになる。
 それだけでなく、4.5万年前頃には絶滅したと考えられるディプロトドンなどの大型有袋類と人類は2万年は共存していたことになり、絶滅メガファウナとの関係が重要になる。さらに、この頃には絶滅したフローレス島のホモ・フロレシエンシスとの関係や東南アジアに分布していたらしいデニーソヴァ人との遺伝的関連性も検討課題になるだろう。
 ただ「人工品」とされる遺物は、数万点にも達するとされるのが気がかりだ。人工品ではなく自然遺物という疑問に答えられるかどうか、そして年代は本当に正しいのか、議論を呼ぶだろう。
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