河合信和の人類学のブログ

 科学ジャーナリスト、河合信和の公式ブログ。人類学、先史考古学関連のニュースなどを随時掲載の予定。

ネアンデルタールの歯石からうかがう太古のセルフメディケーションと歯周病菌の感染

 現代人がせっせと歯を磨くのは歯周病の原因となる歯垢を除去することだが、ネアンデルタール人が歯を磨く習慣がなかったのは幸いだった。


◎歯石からベルギーとスペインのネアンデルタール人の食性差
 かつては歯垢の石灰化した歯石は、歯の成長や摩耗パターンの観察に邪魔になるためクリーニングの対象だったが、今や歯石はネアンデルタール人の食性や保健状態をうかがうのに重要な試料となっている。
 オーストラリア、アデレード大学の古微生物学者ローラ・ウェイリッチが率いる研究チームは、スペイン、エル・シドロンとベルギー、スピーの3体のネアンデルタール人の歯石(写真)の分析の結果を「ネイチャー」3月9日号で報告した。

00ネアンデルタールの歯と歯石
 それによると、居住環境の差を反映してか、スピー・ネアンデルタールはケブカサイと野生ヒツジを食用にしていた一方、動物資源に恵まれなかったのかエル・シドロンのネアンデルタールはコケ、松の実、キノコなど植物資源を採集していたことがうかがえた。両者とも、キノコは食べていたという。


◎セルフメディケーションか
 またエル・シドロン・ネアンデルタール個体は、植物を医療用にも用いていたらしいこともうかがえた。ポプラの木(アスピリンで用いられているサリチル酸を含む)、ペニシリン属のアオカビ、下痢と吐き気をもたらす病原菌のEnterocytozoon bieneusi(エンテロシトゾーン・ビエヌーシ)という病原菌の各DNAも見つかった。
 これらは、彼らがある種の治療行為をしていたのではないか、とウェイリッチは見る。


◎歯周病を引き起こす古細菌の感染
 またチームは、歯周病を引き起こすとされる古細菌Methanobrevibacter oralis(メタノブレウィバクテル・オラリス)の全ゲノムの塩基配列を決定した。この古細菌は4万8000年前のもので、これまでに配列が明らかになった微生物ゲノムでは最も古い。
 この微生物は、約12万5000年前に先行のホミニンに寄生していた種から分岐したものらしい。この細菌は、唾液を通じて人から人へと伝えられることが分かっており、この少し後、ネアンデルタールと早期ホモ・サピエンスは互いに交雑していたので、その過程で口移しにいずれかから他方に感染したと思われるという。

石器製作はホミニンだけとは限らない、ブラジルのヒゲオマキザルで700年の「石器」製作の伝統

◎ケネス・オークリーの道具製作者としてのヒト論
 今から70年近く前、イギリスの考古学者・人類学者ケネス・オークリーは、「ヒトこそが道具を作る」として名著『Man the Tool-Maker(道具製作者としてのヒト)』を書いた。
 その後、東アフリカを中心に調査が進み、ホミニン(ホモ・ハビリス)が原始的なオルドワン石器を製作していたことが明らかになった。そしてオルドワン石器製作こそ、最古のホモ属の存在証明の1つとされた。さらに調査が進み、最古のオルドワン石器の製作は、260万年前までさかのぼった。


◎ロメクウィアンの発見で石器製作はアウストラロピテクスの時代に
 だが、くくりの良い幸せな時代は、2010年代に入って、根本的に見直しを迫られる。まずエチオピアのディキカで339万年前とされる獣骨に石器の切り傷が見つかったと発表され、さらにその後、ケニア、トゥルカナ湖西岸のロメクウィ地区で330万年前頃の石器群「ロメクウィアン」インダストリーが検出されたのだ。
 この時代は、いかなるホモ属も出現していなかったので、アウストラロピテクス(おそらくアファレンシス)が石器を製作していた可能性が高まった。これは、オルドワン石器製作で想定されたサバンナに転がる死肉を解体するためというより、もっと別の目的だったらしい。しかしディキカの発見が正しければ、アウストラロピテクスは「石」(石器は未発見なので割れた自然石か)を死肉の解体に使った蓋然性が高まる。


◎西アフリカの熱帯雨林内にチンパンジーの「石器製作址」
 しかし石器を作るのは、ホミニンだけとは限らないかもしれないという「石器文化史」の書き換えは、すぐに新しい発見で裏付けられた。
 2007年、カナダの研究者たちによるコートジボワール南部のタイ国立公園ヌル地区での01年と03年の調査で、4300年前の石器や石くず206点の散らばる遺跡が発見されたと発表された。
 見つかった石器はオルドワン石器群より優位に大きく、また木の実の澱粉の一部が付着していたなどの理由から、この時代、熱帯雨林のここには人類が住んでいなかったことも踏まえ、チンパンジーの「石器製作址」と判定された。


◎道具製作者としてのチンプ?
 すでに同じ西アフリカのギニア、ボッソウで、チンパンジーが石を台石にして石でナッツを割る行動が日本人研究者により観察されていたから、これは大きな石を強力なチンプが抱えて台石に打ち下ろしナッツを割った破片、と判断される。その結果、出来た薄片で原始チンパンジーが物を切った可能性も十分にある。
 だとすれば、ある霊長類が1つの意図(物を切る、割る)で能動的に石で石を割って目的物を作るか作らないか、というところで、ホミニンか非ホミニンかの線引きできるのでは、という可能性が見えてくる。


◎南米の新世界ザル、ヒゲオマキザルも「石器製作」
 イギリスの科学誌『ネイチャー』2016年10月19日号で、かねてから知られていたブラジル北東部のセラ・ダ・カピバラ国立公園に生息するヒゲオマキザルが少なくとも700年前から(少なくとも100世代以上)、カシューの実を台石に乗せ、石で砕いて刺激成分のある殻を取り除き、中身を食べていたことが報告された。
 同国立公園には、複数の石の集積が見つかっており、そこに残された石は、200数十万年前の東アフリカで見つかればヒトの関与を疑わせるほどともいう。薄片には反復的に打ち欠かれた貝殻状の剥離痕の見られるものもあり、また鋭利な刃も付いている(写真)。

0オマキザルの石器f-monkeys-a-20161021
 報告者は、考古学的に石核と薄片と見紛う石片の製作は、もはや(チンパンジーを含む)ヒトの系統に特異的なものではなくなった、と述べている。ちなみにヒゲオマキザルは、新世界ザル(広鼻下目)に属し、ホミニンやチンパンジーの属する狭鼻下目(旧世界ザル)と分岐したのは3000万~4000万年前頃とされている。
 下の写真は、ヒゲオマキザルのナッツ割り行動(石器作り?)。

0オマキザル石を割るヒゲオマキザル87940















0ヒゲオマキザルのナッツ割り2




















0カシューの実を割るオマキザルph_thumb






スラウェシ島で10数万年前の薄片石器群、ホミニンが20万年前頃にはスラウェシに渡海

 インドネシアのバリ島以東、小スンダ列島のフローレス島に遅くとも70万年前にホミニンが渡り(16年6月9日付ブログ:「矮小人類ホモ・フロレシエンシスの祖先の70万年前の人骨化石発見、フローレス島に渡ったジャワ原人がほどなく小型化したことが判明」を参照)、その南島先の旧サフル大陸(氷河時代にニューギニア島とオーストラリア大陸、さらにタスマニア島などが合体していた大大陸)に5万年前に確実にホミニンが移住していたが(例えば11月14日付ブログ:「5万年前頃に東南アジアからオーストラリアに渡海した人類は、急速な技術革新で数千年足らずで内陸部に進出、大型動物群とも接触」を参照)、どうやらホミニンはスラウェシ島にも、想定以上に古く渡っていたらしい。


◎氷河期最盛期にもアジア主大陸と陸続きになったことはないスラウェシ島など
 少し時間を置いたが、イギリスの科学誌『ネイチャー』16年1月14日号にオーストラリアなどの研究者に寄稿された論文によると、スラウェシ島で発見されていた石器は19万4000年~11万8000年前のものである可能性が高く、さらに古いものも含まれているかもしれないという。
 バリ島より東の島々は、その間の海峡の水深が深く、潮流も速いので、現代でも小さな船では渡れないとされる。またフローレス、スラウェシ島、サフル大陸とも、氷河期最盛期に最も海水準が低下した時でも互いに陸続きになったことはない。


◎フローレス島からの航海は困難だが
 すでにフローレス島では新しく見ても5万年前の矮小人類ホモ・フロレシエンシスとさらに古い70万年前のホモ・フロレシエンシスの祖先らしいホミニンの骨が見つかっている。彼らが何らかの手段で(洪水で運ばれたという説もある)渡海していたことは確かだ。
 したがってその北のスラウェシ島にも、20万年前頃にホミニンがいたとしても不思議ではないかもしれない。しかし風向と潮流の関係で、南から北への原始的な航海は困難とされる。だがスラウェシ島の発見は、数十万年前にホモ・エレクトスの一部がこの海域を渡っていたことを示した。


◎薄片石器群に大型動物群の骨が共伴
 見つかった石器は、スラウェシ島南西部のタレプ村の近くの古い氾濫原(河川の堆積作用によって出来た平地で、洪水の際に冠水する)の19万4000年~11万8000年前に及ぶ成層から発掘された。川床の丸石を打ち欠いて作られた剥片石器の中には、形を調整した跡のある石器もあった(写真)。

0タレプ村近くの石器ph_thumb
 また石器群には、大型動物相化石(スイギュウの仲間、ステゴドンゾウ、さらにはイノシシ科のセレボコラス属など)が伴っていた。
 その起源とホミニン種は不明なままだが、ここから報告者らは、フローレス島のようにスラウェシ島も、長期にわたって栄えた古代型人類の中心地となっていたと推定している。
 なお近くのマロス地区の石灰岩地帯には洞窟壁画を伴う石器包含層が調査されており、こちらは少なくと4万年前にホミニンがいたことが確認されている。

急速な技術革新でオーストラリア内陸部に4.9万年前に人類が進出、大型動物群とも接触

 オーストラリア最初の人類は、今から5万年前頃までに小スンダ列島からオーストラリアに渡海したが、大陸に定着するや急速な技術革新で、意外に早く内陸部まで拡散していったこと、そして先住の大型動物群と接触していたことが明らかになった。
 英科学誌『ネイチャー』11月10日号で、オーストラリアの考古学者らとアボリジニーの人たちとの共同研究を発表した。
 発掘調査されたのは、アデレードの北約550キロのフリンダース山脈北部の乾燥した峡谷のワーラトゥイ岩陰(写真は峡谷、が岩陰の位置)。

0今回見つかったオーストラリア最古の岩窟住居のある渓谷














0オーストラリア最古map-showing-warrantyi-rock-shelter-data






















 ここでの9年間に及ぶ調査で、1メートルほどの深さに掘った成層から約4300点の人工品、16体分の哺乳動物と1体分の爬虫類の200点ほどの骨片を発見した。その結果、ここに最初の人類が歩を記したのは、4.9万年前頃だったことが判明した(写真)。

0オーストラリア最古7983722-3x2-700x467ワーラテウィ岩陰

















0オーストラリア最古7983728-3x2-700x467岩陰で

















 最初の痕跡は、オーカーの使用で4.9~4.6万年前となる。次いで、石膏の顔料(4.0~3.3万年前)、骨器(写真=4.0~3.8万年前)、有柄石器(3.8~3.5万年前)、刃潰しされた峰付き石器(3.0~2.4万年前)などで、オーストラリアと東南アジアでそれぞれ1万年を遡るという。

0オーストラリア最古の骨器7983730-3x2-940x627骨器














 さらに大型有袋類ディプロトドン(想像図)の遺体が岩陰に運ばれていた証拠と巨大な鳥類ゲニオルニスのものと思われる卵殻も保存されている。これらは、4.6万年以上前の人工品を伴って見つかったもので、年代が確実で成層の層位からの出土としては、オーストラリアの絶滅大型動物相の唯一の記録となる。

0オーストラリア最古7981416-3x2-700x467ディプロトドン

















 5~4万年前頃のオーストラリアの大型動物相が一斉に消失した謎に、人類の関与した可能性が初めて明らかになったと言える。
 上記の調査結果から、5万年前頃にオーストラリアに定着した人類は、技術革新を梃子に、長く見ても数千年以内に食資源を求めて内陸部に進出していったようだという。

右利き優位の起源は? 180万年前のホモ・ハビリスOH65個体の前歯に右利きの痕

 国によっても微妙に異なるが、現代人はだいたい右利きである。約90%は、右利きと言われる。ところが、である。我々に最も近いチンパンジーは、右利きと左利きの比率は、ほぼ50対50である。


◎アメリカのフレイヤー氏の研究
 おそらく人類の祖先が、チンパンジーの祖先と分岐した後のいつか、右利きが優位になったに違いない。
 ただ数百万年前の採集生活では、右利きも左利きもどちらが生存に有利であったかは関係がない。現在のように、顕著な右利き優位となったのは、たまたま偶然であったのだろう。
 さてそうすると、ホミニン(ヒト族)はいつ頃から右利き優位になったのか。
 その謎の手がかりとなる1つのホミニン上顎骨の研究結果が、先頃、アメリカ、カンザス大人類学部の名誉教授のデイヴィッド・フレイヤー氏によって学術誌『人類進化学雑誌』オンライン版に発表された。


◎上顎全歯の残ったOH65の前歯に
 フレイヤー氏の資料としたのは、タンザニアのオルドゥヴァイ峡谷でラトガース大のロバート・ブルーメンシャインらにより1995年に発見された180万年前のホモ・ハビリス上顎化石OH65である(写真)。OH65は、歯が16本すべて揃った完全な上顎骨だ。顔面下部も付いていた。重要なのは、ホモ・ハビリスが作った数百点の石器と、彼らによって解体されたと思われる獣骨群も見つかったことだ。

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 さてフレイヤー氏は、この完全な上顎骨を分析し、前歯の唇側の細い切り傷、溝が右上から左下に斜めに、つまり左下がりに付いていることを発見した。この細い溝は、前歯唇側にしかなかった。
 硬い肉の塊を前歯で噛み切るのに、左手で肉塊を支え、右手で石器を使って切っていたが、その時に歯も傷つけた痕だと判断された。
 つまりこのホモ・ハビリス個体OH65は、右利きだったことになる。


◎大脳半球にも左右の偏り
 フレイヤー氏によると、ホモ・ハビリスの脳に左半球と右半球に偏りがあり、その偏りは類人猿よりも現代人のものに似ていることが分かっているという。これが利き手の偏りと関係していると語る。
 つまりホモ・ハビリスの個体群は大多数が右利きだったのではないか、ということになる。だとすれば、右利き優位の起源はさらに古い可能性もある。

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