河合信和の人類学のブログ

 科学ジャーナリスト、河合信和の公式ブログ。人類学、先史考古学関連のニュースなどを随時掲載の予定。

4万4000年前頃にヨーロッパ最西端にホモ・サピエンス拡散か、2つの研究成果で早期・急速拡散が明らかに

 ヨーロッパへのホモ・サピエンス現生人類の拡散は、従来よりさらに早くなることが分かった。英科学週刊誌『ネイチャー』2011年11月24日号に掲載された2本の論文で、そのことが明らかにされた。これらの論文については、翌々日の同月26日、上野の国立科学博物館で一般講演した英国、ケンブリッジ大学のポール・メラーズ教授が講演の際に言及、また同じ号で簡単な解説を書いている。

◎英ケンツ大洞窟の上顎骨は北西欧州最古の現生人類
 まず英、オックスフォード大放射性炭素加速器施設のトム・ハイアムらは、英国の有名な上部旧石器遺跡ケンツ大洞窟のオーリナシアン層から1927年に出土したヒト上顎骨を、放射性炭素年代や層位的手法を通じて4.42~4.15万年前と確定した。
 これまで西欧へのオーリナシアンの到達は、考古学的に4.4~4.2万年前と考えられていたが、これまで空いていたそのギャップを埋めたことになる。
 この上顎骨の放射性炭素年代は、1989年にAMSを用いて直接、年代測定されており、3.64~3.47万年前とされていたが、今回、同一層位の骨のコラーゲンを最新の前処理技術を用いて処理し、測定し直した結果、上記の年代を得た。従来の年代は過小評価されていたことになる。
 また上顎骨の歯の形態観察から、13の特徴が現生人類的であり、ネアンデルタール的な特徴は3つしかなかったことから、上顎骨は北西ヨーロッパの最古の現生人類ホモ・サピエンス化石だと断定された。

◎南部イタリアのカヴァッロ洞窟のウルッチアン層の歯は現生人類
 4万年前よりずっと前に、ヨーロッパ全域にホモ・サピエンスが急速に分布したことは、オーストリア、ヴィエンナ大人類学部のステファノ・ベナッチ氏たちが報告したもう1本の論文でも、報告された。
 イタリア南部にあるウルッツァ文化(ウルッチアン)遺跡のカヴァッロ洞窟から出土した2本の乳臼歯を再分析し、実はそれらは従来考えられていたネアンデルタール人のものではなく、現生人類ホモ・サピエンスの歯であることを示した。
 ネアンデルタール人のものと考えられた乳臼歯には、実は西欧のシャテルペロニアンと同様の、ムステリアンから上部旧石器への移行型とみなされていたウルッチアンが伴っていた。シャテルペロニアンは、上部旧石器を備えたネアンデルタール人の文化なので、ウルッチアンもネアンデルタール人であって不思議はない。
 ところが歯を、マイクロ断層撮影のデータに基づいた2つの独立した手法で検討したところ、ネアンデルタール人ではなく、ホモ・サピエンスの歯という結論となった。

◎ウルッチアン現生人類は最古のヨーロッパ現生人類化石
 ウルッチアン層には、貝製ビーズを伴ったが、年代は較正年代で約4.5万~4.3万年前の推定値が得られた。ケンツ大洞窟のホモ・サピエンスよりもわずかに古く、したがってカヴァッロ洞窟資料は、これまで知られた中で最古の欧州ホモ・サピエンスということになる。
 カヴァッロ洞窟にやって来た早期ホモ・サピエンスは、オーリナシアンではなく、もともと備えていたムステリアンを携えており、それがこの地一帯で独自の移行的文化であるウルッチアンを発展させ、さらに西に向かった別の波のオーリナシアンのホモ・サピエンスが在地のネアンデルタール人と接触し、その「アカルチュエーション」結果によりネアンデルタールはシャテルペロニアンを発展させたことになるのだろうか。
 今後の研究の進展が待たれる。

ネアンデルタール人は異種交配で絶滅か、コンピューターモデルで浮き上がった「交配による絶滅」説

 2.8万年前にネアンデルタール人が絶滅した原因については、様々な説が出されているが、現生人類(ホモ・サピエンス)との異種交配で吸収されていったという研究結果が発表された。アメリカ、アリゾナ州立大学人類進化・社会変化学部の考古学者マイケル・バートン氏らの研究チームが『Human Ecology』誌12月号に発表した。
 研究チームによると、氷河期の寒冷化をしのぎ、食料やその他さまざまな資源を求めてネアンデルタール人は、行動範囲を広げていき、各地で現生人類と出会い、異種交配する機会が増えたことが原因ではないかという。
 実際、フランスのアルシ=シュル=キュールのトナカイ洞窟では両者の接触が確認されており、またユーラシア現代人のゲノムの1~4%はネアンデルタール人に由来するという研究結果も、2010年に発表されている。
 遺伝子の混合が何世代にもわたると、個体数が圧倒的に少ないネアンデルタール人のゲノムはしだいに減り、現生人類の中に吸収されていく。異種間の遺伝子流動が進むと、どちらか一方の種が明確なグループとして識別できなくなり、消え去る場合があるという。保全生物学でいう「交配による絶滅」だ。
 異種交配の増加による影響を計測するため、研究チームは、ネアンデルタール人1500世代にわたるコンピューターモデルを開発した。分析の結果、「現生人類による遺伝子汚染のために絶滅した」可能性が示された。
 研究チームは、他の人類種や人類の祖先種も異種交配で絶滅したとも考えているという。
 ネアンデルタール人が末期にシベリアのアルタイ地方や極北に近いウラル北部まで分布域を広げていたことは分かっているので、残された資源をめぐってホモ・サピエンスと遭遇する機会が増え、交配も頻繁になっていったことも当然かもしれない。

ジャワへとホモ・エレクトスの移住、数十万年もかかった?

 ジャワ原人化石の重要産出地の1つ、サンギラン地域の上部ホモ・エレクトスの年代がこのほど確定した。
 兵頭政幸・神戸大教授と松浦秀治・お茶の水女子大教授ら日本・インドネシア合同研究チームが11月22日に発表した『アメリカ科学アカデミー紀要』で判明した。

上部ホモ・エレクトスは79万年前に確定
 サンギランのホモ・エレクトス産出層の最上部は、松山逆時極期/ブリュンヌ正磁極期(MB)境界にあたると考えられたが、今回の研究でその移行帯を示す堆積部分には、世界の他の地区の精細な解析結果と酷似した短期の地磁気反転層を複数挟むことが分かった。また、その上は厚い正帯磁の堆積物で覆われ、この正磁極の地層は、フィッション・トラック年代などから確実に古地磁気層序のブリュンヌ期に属すると判断された。これらのことから上記の移行帯はMB境界に当たると判明した。
 サンギランの最上部エレクトス包含層はテクタイト隕石の出土層準とおおむね一致するが、それは中上部タフ層(UMT)の真下となり、UMTはMB境界の下層に当たる。世界各地で見つかっているテクタイト隕石の衝突はMB境界より約1.2万年古いことが分かっていることから、今回の研究で、サンギランの上部ホモ・エレクトスの年代は、約79万年前と確定したことになる。

下部の年代、再検討の必要
 これを受けて研究チームは、150万年前を超えるとされる下部のホモ・エレクトス年代も再検討の必要があると指摘しており、もっとずっと新しくなりそうだという。
 その場合、出アフリカした初期人類の東南アジアへの拡散は、従来考えられていたほど「古く、速やかに」ではなく、場合によっては70~80万年かかっていたことが想定される。
 ドマニシの177万年前が動かないとすれば、そうなる。また一部研究者が想定するように、ジャワへの南回りの移住の他に、北京原人の北回りのもう1つ移住の波があったという仮説もぐらつくことになる。
 下部の年代の確定が待たれる。
(この記事執筆に当たっては、松浦教授のサポートをいただきました。記して感謝いたします)

ティモール海で4.2万年前からマグロなどの漁労活動、最古の釣り針も

 現生人類ホモ・サピエンスは、オーストラリアに遅くとも4.5万年前には渡洋していたが、その頃に高度な漁労も行っていたらしい。オーストラリア国立大と東海大などの研究グループによる東ティモールの遺跡調査から判明した。アメリカ科学誌『サイエンス』11月25日号に報告された。
 調査チームは、東ティモール、ジェリマライ岩陰で4.2万年前頃のマグロなど外洋魚の骨のほか、1万数千年以上前のものとみられる貝製の釣り針も見つけた。同岩陰は、現生海岸から1、2キロ内陸に入った標高50~100メートルの地点にある。氷河期の当時、海岸はもう少し後退していたはずで、海岸からわざわざ高地の岩陰まで運んでいたことになる。
 マグロなど外洋を回遊する大型魚は、優れた計画性と漁労技術がいる。ジェリマライ岩陰の証拠は、少なくとも4.2万年前の東南アジア居住民が漁労という生計技術を確立していたことを物語る。
 だとすれば、これまで議論のあったオーストラリアへの現生人類ホモ・サピエンスの移住も、ティモール海で漁労活動をしていた最中の偶然の漂流という可能性が高まる。ちなみにホモ・サピエンスの漁労活動そのものは、南ア沿岸のブロンボス洞窟やクラシース・リヴァー洞窟群、コンゴのカタンダ遺跡の発掘調査から10万年前前後に遡ることは確認されているので、ティモール海で行われていても、不思議ではない。
 また上層から見つかった逆刺のある貝製の釣り針は、縄文時代草創期にもないもので、世界最古と見られるが、さらに古い時代にまで遡るかは、まだ不明だ。

骨製尖頭器によるプレ・クロヴィス(1万3800年前)のマストドンの狩猟

 マストドンの骨から作られた投槍用尖頭器が、アメリカ、ワシントン州マニス遺跡で1970年代に発見された関節した状態のマストドン1個体の肋骨に埋まって見つかっていたが、テキサスA&M大のマイケル・ウォータースらのDNA分析と放射性炭素年代測定の研究で、この骨製尖頭器は、クロヴィス文化の開始より2000年近く古くなる物であることが判明した。米科学誌『サイエンス』の10月21日号で報告された。
 骨製尖頭器は、1万3800年前に製作され、マストドンに打ち込まれたものであることが分かった。この約2000年後に始まるクロヴィス文化は、長い間、新大陸への最古の確実な人類居住の証拠と考えられていたが、これにより2大氷床以南のクロヴィス以前の人類渡来を証明する最近相次いでいる証拠に、新たな確実な証拠をもたらした。またベーリンジア陸橋の上部旧石器とクロヴィス文化に共通する骨製投槍用尖頭器が、北米でプレ・クロヴィス以前にも作られていたことになる。
 マニス遺跡の証拠は、マンモス、マストドンなどの長鼻類の狩猟がクロヴィス文化より少なくとも2000年前に始められていたことも示した。さらに北米における大型獣の絶滅の一因は、クロヴィス以前から始まっていた可能性も示すものかもしれない。
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