モロッコ西部のジェベル・イルードでは半世紀以上前の1961年に偶然に発見されていたホミニン化石は、ネアンデルタールとの類似が指摘される古型ホモとされていたが、2004年に新たな調査が再開された同遺跡(写真)から新たに得られた5個体分の下顎骨や頭蓋片資料を基に、ジェベル・イルードのホミニンが最古段階のホモ・サピエンスである可能性が指摘された。

00ジェベル・イルード2


◎進歩的顔面に古い形態の頭蓋
 調査を指揮したマックス・プランク進化人類学研究所の古人類学者ジャン=ジャック・ユブラン(写真)ら研究チームは、イギリス科学誌『ネイチャー』2017年6月8日号に2本のリポートを報告した。

00古人類学者のジャン=ジャック・ユブラン氏

 1本は、新発見の頭蓋片をコンピューター復元した結果を基に、高くて丸い脳頭蓋、突出していない小さな顔面、頑丈ではなく現代人的な下顎骨と歯の形態などの進歩的側面を基に、最古の解剖学的現代人、すなわちホモ・サピエンスのクレードの最古段階とする論文だ。それでも同ホミニンは、前後に長い脳頭蓋などの古いホミニンの原始的特徴も残していた(写真=新発見された完全に近い下顎骨)。

00ジェベル・イルード下顎成体の下顎骨の化石

 初期の標本のように新旧の特徴がモザイク的に混じり合っていた。


◎焼けたフリント薄片から31.5万年前の年代
 もう1本は、ホミニン化石に共伴した中期石器時代(MSA)のフリント薄片が焚き火による火を受けていたことを利用し、熱ルミネッセンス法で年代測定し、31.5万年前±3.4万年という年代値を出した。新たに回収されたMSA石器群(写真)は、5個体のホミニンと同一層位であることからホミニンも同年代と推定された。

00MSA石器群

 実はユブランらのチームは、新調査区の2007年の研究で10数万年前というずっと新しい、いわば常識的な年代を出していたが、今回、電子スピン共鳴法でウラン系列法を再評価し、28.6万年前±3.2万という改定値も出した。この改定年代も、前記の31.5万年前と矛盾しない。


◎核地域から離れた西北アフリカで一気に12万年も年代を遡らせる
 過去の鉱山採掘活動の閉山後に、調査のための新たな道を造成する作業から再調査を始めたユブランの努力は賞賛に値するが、これまでの常識からホモ・サピエンスの起源を一気に12万年も遡らせ、そのうえ人類進化の核地域である東アフリカや南アフリカから離れた辺境である西北アフリカ地域のジェベル・イルードのホミニンをホミニンを解剖学的現代人として判断してよいのか、批判も出てくるだろう。
 なおこれまで東アフリカで最古のホモ・サピエンスは、19.5万年前のオモ頭蓋で、それを裏付けるものとして15万年前のヘルト頭蓋があった。いずれも年代は、アルゴン/アルゴン法でまず疑いない。これに比べれば、熱ルミネッセンス法の信頼性は、やや落ちる。


◎南アフリカのホモ・ヘルメイとの関係は
 これより古いホミニン化石としては、南アフリカのフロリスバッド頭蓋があり、これは信頼性のやや乏しい26万年前とされている。フロリスバッドは、これまでホモ・サピエンスと一線を画し、ホモ・ヘルメイともホモ・ローデシエンシスとも呼ばれたホミニンである。
 オモとヘルトのホモ・サピエンスと、フロリスバッドなどの南アフリカのホミニンと、ジェベル・イルードはどのような関係にあるのか、論議もある。


◎同時代者のホモ・ナレディの位置づけも問題
 さらに最近発表された南アフリカ、ライジング・スター洞窟の小さな脳のホミニンであるホモ・ナレディの年代も、30万年前前後であった。ホモ・ナレディとジェベル・イルードは、同時代者と思えないほど形態的違いは大きい。
 もしジェベル・イルードを最古段階のホモ・サピエンスとすれば、この前のおそらく35万年前頃に東アフリカか南アフリカでホモ・サピエンスが出現し、一部が北アフリカにまで拡散しジェベル・イルードに化石を残した。一方で、小型脳の原始的なホモ・ナレディは、南アフリカのごく狭い地域に閉じ込められた形で、ホモ・フロレシエンシスのように特殊化したということなのだろうか。


◎MSAはホモ・サピエンスが発展?
 なおジェベル・イルード個体をホモ・サピエンスとすれば、これまでアフリカ全土で見つかっていたMSA石器インダストリーはホモ・サピエンスが発展させた、とも判断できることになる。考古学的に、こちらも議論をよぶだろう。