2009年02月26日

痛いおとん、痛い娘4

ae8338ef.jpg『そして、私たちは愛に帰る』を新開地の神戸アートビレッジセンターにて鑑賞。トルコ系、ドイツ系の3組の親子の物語。以下、ネタバレも甚だしいレビュー。

最初に出てくるのは「音楽隊」で有名なブレーメンに住むトルコ系の老人アリと、その息子の大学教授ネジャトのペア。アリは、年金生活のわりにはお盛んなじいさんで、娼館通いに明け暮れている。たまに会いに来た息子に「おい、最近どんな女とヤッてる?」などと下品なことばかり言う「痛い」親父だ。で、突然娼婦と結婚すると言いだしたと思ったら心臓発作で倒れてしまう。退院しても酒たばこがやめられず、しまいにはとんでもない事件を起こしてしまう。ほんっとに迷惑な親父!ネジャトが愛想を尽かすのもよく分かるというもの。

しかし、この親父さんが泣かせるんだこれが。立派に成長した息子を誇りに思いながらも、インテリになりすぎて自分のことを見下しているんじゃないかと恐れを感じ、それだけに粗暴なそぶりや男性性を強調することで虚勢を張ったりする。それでもってラスト、あの「お前を守るためなら神様にだって背く」のセリフでしょう?(これは回想として語られるだけだが。)これは泣かずにはいられまいよ。

パンフレットの解説には、最近子供を授かったアキン監督が、親子愛を描くことにうんたらかんたらと、もっともらしいことが書いてあるけど、アリとネジャトのエピソードはどうしたって、アキンと彼の父親の関係が投影されていると考える方が自然だ。移民2世としてドイツで成功したアキンが、肉体労働で自分を養ってくれた父親に対してのオマージュが、この映画には込められていると見た。

2番目に登場する親子は、トルコ系の中年娼婦のイェテルとその娘アイテン。彼女はトルコで夫を亡くし、娘を残してドイツに出稼ぎに来てから10数年。娼婦として稼いだ金を娘に送金しながらも、娘には「靴屋で働いている」としか伝えられず、毎年靴を仕送りしているという泣かせるエピソードが。多分、トルコから女性1人が出稼ぎという例は珍しいのだと思う。それだけに周りからのプレッシャーは強く、見知らぬトルコ人に「アッサラーム・アレーキュム、悔い改めよ!」と脅されたり、親戚からは冷たく見放されていたりする。

一方、娘のアイテンは、親の心子知らずで、大学にも通わずに学生運動に精を出す(いちおう父親の志を継いでいるのかも)。デモ行進のどさくさで警官の銃を拾って逃げ(これが悲劇の始まり)、結局は偽造旅券でドイツに高飛びせざるを得なくなる。しかしドイツの組織のメンバーと喧嘩して飛び出し、偶然であった大学生ロッテの家に転がり込む。ロッテの母親の前で革命の理念を蕩々と語るが、あっさりとやり込められてしょげてしまう。まあ、「痛い」娘である。

しかし、母イェテルが「娘に会いたい」と涙を流すシーン、娘アイテンがドイツに来て、ブレーメンの靴屋を片っ端から探そうとするシーンは、これまたどうしようもなくじーんと来る。

3組目は、ロッテとその母スザンヌ。ロッテはアイテンに入れ込んで、家にかくまうばかりか政治亡命の申請をして家の金を浪費する。アイテンが強制送還された後は、彼女を追ってイスタンブルまで行き、またもや散財。またもや「痛い」娘である。

母親のスザンヌが、この映画中いちばん複雑な性格かも。世話の焼ける娘を陰から見守り、娘が入れ込むアイテンを冷たく突き放したりするが、一応は娘の気が済むまで付き合ってやろうという姿勢のようだ。しかし、事件が起こり、イスタンブルに飛び、娘の本心を知った後は、娘に成り代わってアイテンを救おうと奔走する。そして、スザンヌとの出会いから、ネジャートも父親と和解するきっかけを得るという風にして、3つの物語の円環が閉じていくという、実に上手い脚本。

さてこの映画、主人公(と一応言っていいだろう)ネジャトと、親の都合で義兄妹となったアイテンとが、会えそうでなかなか会えないという「すれ違い」のシーンが多用される。ハンブルクの大学で、ブレーメンに向かう道すがらで、イスタンブルの本屋で、2人はニアミスを繰り返し、そのたびに観客は「おーい!後ろ後ろ!」と叫びたくなる。しかし、冷静に考えれば、この二人のすれ違いをここまで強調する意味はどこにある?とも思える。ただ観客を飽きさせないためのテクニックに過ぎないのだ。

(ちなみにこの「本屋」、タクシムそばにあるシーモルグとかそんな名前の、あの洋書屋ではありませんか?なんとなく見覚えあるんですが)

とはいえ、実は僕はアキン監督の映画はまだあまり見たことがなく、これが2作目。ネットでの前評判からなんとなく、難解な不条理映画か、中身のないおしゃれ映画の類なのではないかと軽く思っていたのだが、さにあらず。上に述べたような観客へのサービスも忘れない、ストーリー・テリングの巧みさが光る作品だった。

ところで、上の画像は日本版のポスターだが、こういうのって国によってずいぶん違っていて面白い。

ドイツ語版これはドイツ本国でのポスター。トラブゾンの海を前にたたずむ主人公の後ろ姿。いかにもカンヌとかベルリン向け、という風情だ。

トルコ語版でもってこれはトルコ語版。主人公であるはずのネジャート役の俳優よりも、アイテンを演じたヌルギュル・イェシルチャイが大きくフィーチャーされている。パンフによれば「トルコのソフィア・ローレン」と呼ばれる彼女。こういうサイトを見てみれば、なんとなく人気のほどがうかがえるというもの。ところで「イェシルチャイ」って「緑茶」って言う意味?あとこの人と、母親役の女優は実年齢6歳しか違わないというのも、パンフから得た貴重な情報!

それから映画の中で重要な役割を担う「本」。これのことかな。ドイツに住むトルコ人女性のことを扱った小説のようではあるが、トルコ語もドイツ語もダメな自分にはちんぷんかんぷん。監督自身は「本の内容に特に意味はない」みたいなことを語っているけど、しかしあんなにフィーチャーされて使われると、どんな小説なのかとっても気になるのだ。

もうひとつ追記。映画中に出てくる「キャーズム・コユンジュ」というミュージシャンについては、85sokakezgiさんによる紹介があるので注目。

nobuta04 at 00:29│Comments(4)TrackBack(0)欧米 | その他中東

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この記事へのコメント

1. Posted by Fikrimce   2009年02月27日 03:30
ネタバレ全開ごっつぁんですw
わたしはまだ見てないんですが、これで予告編がなんとなく理解できました。
ところで、その「本」なのですが、どれのことでしょう?(リンクが違ってるのかな?)
この映画観た友人も気にしてたので。
2. Posted by のぶた   2009年02月27日 09:03
いちおう肝の部分は伏せておいたつもりですが、これと映画の予告編を併せてみたら、ばっちりストーリーがわかっちゃいそうですね。すんません。

「本」についてはリンク張り直しました。作者は監督の友人らしいです。映画の中ではトルコ語版を手渡していたと思います。
3. Posted by ezgi   2009年02月28日 00:57
うは。ご紹介&リンクありがとうございます。

トゥンジェル・クルティズの俗悪スケベじじいっぷりがツボでした。でも、息子にもらった本を閉じて涙をうかべるところで思わずもらい泣き。本のタイトルはDemircinin Kiziでしたけど、映画を見る限り、監督のいうとおり本の内容そのものはわりとどうでもよさげに思いました。

そうそう、娼婦のかあちゃんとアイタタ娘は実は6歳しか違わないんですよね。どっちも30代。日本のドラマなんかでもかなり無理な親子みかけますけど、6歳差の親子は大胆だなあ。かあちゃん役の人、26の娘がいる役なんてショックじゃなかっただろうか。…でも、違和感なかったですよね。
4. Posted by のぶた   2009年03月02日 23:18
ezgiさん書き込みありがとうございます。

日本だと、「あんたむしろお祖母ちゃん役の方がいいんじゃ..」っていう年齢の女優さんが、堂々とお母さん役を演じてたりしますよね。吉○小○合さんとか。

でもあれか。最近の連ドラでは30代の女優さんがヒロインのお母さん役をやるのが続いてますね。石田○かりがマナカナのお母さんって言うのは、個人的にはかなりショックでした。この映画のおかんの汚れっぷりには全然かないませんが。

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