カメラと一緒にパリでお散歩*へのコメントから偶然発見したホワイトバンド、早速注文してみました。 7月2日が明日に迫っていますが、残念ながら明日までに届く気がしません。

white bandところで貧困との戦いは私の本業でもあり、考えることは多々あります。このキャンペーンの説明を読む限り、ジュビリー2000などの活動で存在感を高めた欧米のアドボカシー型NGOの主張の受け売りであり、日本の援助の有効性について全く分かっていないと言わざるを得ません。

ここまで読んでいる人はほとんどいないと思いますが、more FAQsには以下のような説明があります。

日本のODAの特徴は、「アジア」、「インフラ」、「借款」、「ひも付き(タイド)」で言い表わすことができます。地域別で見ると、アジア地域へのODAが、支出純額ベースで2002年度に60.7%、2003年度は53.6%の構成比となっています。アジアの内、特に東南アジアへの支出が最大です(25〜26%)。次に、分野別で見ると、港湾、道路、ダムなどの経済インフラ建設に全体の約40%(2002年度)が支出されています。OECDの開発援助委員会(DAC)の構成国22ヵ国平均が12.3%ですから、異常に突出しているかが分かります。これは、日本のODAのもう一つの大きな特徴である「借款」、すなわち「ローン」による援助が中心であることによります。2003年にDAC議長に提出された報告によれば、2002年の二国間ODA67億ドルの内、23億ドルが政府貸付等による援助です。日本の他には、スペインが2億ドル、英国が1億ドルだけが貸付援助です。これは贈与比率という統計にも表れていて、日本は53.3%でDAC22ヵ国中最低です。上位20ヵ国が87%以上で、日本の次に悪いのはスペイン(21位)で79%です。しかし、日本はODA総額が大きいので、贈与の絶対額は米国に次いで2番目の拠出額になっています。最後に、「ひもつき(タイド)援助」というものがあります。これは、援助を行っても、その事業の受注を日本企業に限るという制約がついた援助のことを言います。国内外の批判を浴びて、日本も随分と改善してきましたが、それでも2004年のDACプレスリリースによると完全に「ひもなし(アンタイド)」になっているのは82.8%で、DAC諸国内8番目で平均以下です。特に、97年のアジア通貨危機後、「特別円借款」や「本邦技術活用金利」などのスキームを創設して、それまで改善してきたアンタイド化に逆行する流れになり始めています。昨年見直されたODA中期政策でも、本邦技術の活用が謳われ、タイド化が進むことが懸念されています。そして、以上の特徴は、日本が後発途上国(LDC)を必ずしも優先対象国としていないことにつながっています(17%のみ)。

最後に、これらは2003年にDAC加盟国が行った日本ODAの相互審査(ピア・レビュー)で改善が求めている点でもあることを付け加えておきます。日本の受けた勧告は、次のようなものです。

−(2003年に改訂されたODA大綱を指して)ODAの主たる目的は途上国の開発にあり、自国の狭い国益にとらわれてはならないこと。
−ある特定のセクターだけを扱うのではなく、貧困削減のためにセクター間を横断する課題にも取り組むこと
−(日本はローンが中心なので)「債務の持続性」にもっと注意を払うこと
−貧困国や国内の貧困層に焦点を当てること
−セクター間のバランスを考え、基礎医療や教育をもっと重視すること
−環境や社会、ガバナンスへの影響をモニターするシステムを確立すること
−アンタイド化をより一層進めること
−外務省は、援助実施機関(JICA)にもっと権限を委譲すること
−開発に携わる人材をもっと増やすこと

「アジア」向け支援が多く、アフリカ支援が少ないことが暗に批判されているような文章ですが、日本がアジアでは突出した経済大国であり、地域の安定を目指すうえではアジアの経済発展が不可欠であることから、アジア向けの援助が多いのは当然といえます。逆に他のドナーにとっては、旧植民地諸国への贈与が援助の主流ですから、アフリカ全土がヨーロッパの植民地であったことを考えれば、ヨーロッパ諸国の援助がアフリカ中心になることも当然と言えます。

「インフラ」向けの「借款」が多いのも、善し悪しの問題ではありません。ただでもらうものと、返さなければならないお金の使い道を考えるのと、どちらが真剣に使われるでしょうか。日本の援助は被援助国の自助努力を促すということを援助哲学の中核に据えてきたからこそ、借款を多く供与してきました。また、借款であるからこそ大規模なインフラ事業に支援を行えるということも言えます。

例えば、バンコクやデリーに地下鉄を建設する事業など、数千億円規模のプロジェクトに日本はいくつも援助資金による支援を行ってきていますが、これを税金を原資にした贈与でやるということは、税金の払い手である国民に説明ができないでしょう。返ってくるお金だからこそ、インフラ整備に資金を出し続けてくることができたと言えます。そして、インフラ整備こそ、経済発展のために不可欠であるという認識があり、インフラ整備に注力してきたことで、アジアの経済発展を支えた、というのが日本の援助の成功体験でもあります。これは、日本が戦後復興のために世界銀行からの融資を受けて新幹線を建設したりした自らの原体験に基づくものでもあります。

そして、このような運動で根本的に誤解されている点は、借款と贈与は補完関係にあるものであり、どちらかが優れているという単純な議論ではないということです。借款で病院を10個建設する資金を融資したとしても、そこで働く医師や医療設備、注射器などの消耗品がなければ、期待する成果を導くことはできないでしょう。前者を借款で、後者を贈与で、そして医師や看護士の訓練を技術協力で供与することで、効果的な援助を行うことが出来るのです。ちなみに日本は借款、技術協力、贈与という3つの援助手段を持っており、世界でも稀に見るバラエティに富んだ援助を行っている国です。そして、他の国や国際機関とも協調し、援助効果を高めるためにはどうすればよいか真剣に考え、様々な政策を実行しています。

「ひも付き(タイド)」援助については、引用した文章に書かれている特別円借款や本邦技術活用条件の案件については、重要な点はその制度を選ぶかどうかは被援助国側が主体的に選択する仕組みになっているということです。そして、これらの制度は日本の優れた技術を海外に移転するという目的を持っており、橋梁の建設、トンネル工事、耐震補強など、日本が世界的にも優れた技術を持っている分野についてのみ適用される限定的な制度です。その技術を被援助国側が必要であると判断すれば、その制度を選択すればよいのであり、一般アンタイドと呼ばれるひもなし援助を被援助国側が希望することには何の制約もありません。

さらに、日本はあらゆる先進国の中で最も多くの債権放棄を行っています。過去に供与した援助の、本来返済してもらうべき資金の支払いを猶予したり、免除したりしているのです。その点を知らずに、日本の援助は間違ったことばかりやっている、と思うのは尚早です。ちなみにDACの勧告は多分に政治的なものであり、日本の論理的な主張に基づく反論はかなり捨象されて厳しい内容の勧告になりましたが、これは日本以外の国に対する援助審査ではあまりないことです。

私がホワイトバンドを買うことでこの運動に参加しながらも、思想には共鳴しないどころか批判するというのもおかしな話かもしれませんが、こういったキャンペーンは一過性のものですぐに終わるのに対して、援助の実務に関わっている人間はずっとその仕事をやっているわけですし、貧困に苦しむ人々もちっとも減らないというのが現実です。

今年はアフリカ支援が援助の世界では非常に注目されている年で、G8でもMDG+5(このようなマニアックな言葉をこのようなポピュラーなサイトで見るとは思いませんでしたが、ほとんどの人には何のことか分からないでしょう)でもアフリカ支援の話ばかりになると思いますが、インドや中国にだって貧困に苦しむ人々は大勢いて、日本はアジアの国々の経済発展に非常に貢献してきたと思います。その結果、アジアの貧困人口の削減目標は予想を上回るスピードで進んでいます。これは援助のみならず、貿易や投資などの民間活動によるものが大きいのですが、そもそも民間企業がリスクを取ってビジネスチャンスをつかみに出られるような環境を整えるために、援助は大きな役割を果たしてきたはずです。

そして、60年代には一人当たりの所得水準がアジアとほぼ同じであったアフリカの窮状は、日本が責任を負うべきものではありません。勿論、一人の人間が個人としてその状況を解決するために何か出来ないか、と思うからこそこのような運動があるわけですが、そもそもの問題はもっと別のところにあり、旧宗主国と旧植民地という関係にある欧州諸国とアフリカ諸国の双方に問題があったからこそ、ここまで状況が深刻化してしまったということだと思います。旧宗主国にとっては旧植民地が搾取の対象であり続けたのであり、旧植民地の側にもガバナンスの問題があって、着実な経済発展を開始するところにまでは至っていない国がほとんどです。また、旧宗主国と旧植民地という関係が既に存在していたこと、そしてジュビリー2000の際にも援助業界では大きな議論になりましたが、キリスト教的な考え方に基づく「贈与」が援助の中心であるべき、という哲学の問題は、日本の援助と欧州の援助では大きく異なります。ちなみに、アメリカの援助はもっと特殊で、DACのGeographical Distribution of Aid Flowsという本を見れば分かるのですが、エジプトやトルコ、イスラエル(これはODAに当たるのかちょっと自信がないので確認して後述します)などの外交戦略上重要な国にのみ援助を出しています。日本の援助がアジアを中心としていながらも、ラテンアメリカ、アフリカ、中東欧諸国にまで幅広く供与されていることとは対照的です。

さらにちなみに、DACの統計が引用されていますが、DACの統計は基本的にネットで計上されているので、直近で資金がどれだけ出て行ったかというグロスの数字ではありません。また、より根本的な問題としては、ODAの定義そのものがDACメンバー諸国の合意によって決定されるので、この数字そのものが政治的な意図を持って作られていると言えます。技術的に細かい話になるので詳細は省略しますが、要するに各国は自国のODA実績を如何に大きく見せるか、という駆け引きをしているということです。

こういったキャンペーンで、貧困について普段考えることのない人々がその問題に目を向けるきっかけになればそれだけで一つの大きな成果ですが、かといって問題の構造を単純化し、その論調を鵜呑みにするあまり必要のない自己否定や誤った認識を持つことだけは避けて欲しいと思う次第です。

(7月4日追記)

直近のGeographical Distribution of Aid Flowsによれば、2003年にアメリカによるネットODAが多かった諸国は以下の通りです(単位は百万ドル。きれいに表示できなくて恐縮です)。

イラク        1549.3

コンゴ(民) 1415.5

ヨルダン      948.4

コロンビア    670.9

エチオピア   567.8

このほか、ODAではなくOA(Official Aid)として計上されている国ではイスラエル(462.5)とロシア(643.8)が多いです。

このうち、恐らくイラク、コンゴ(民)、エチオピア向けODAの多くは過去の債権の放棄です。OAというのは、旧ソ連諸国や所得水準の高い国向けの援助で、ODAには計上されないものです(が、援助であることには変わりありません)。

単年度ではなく過去5年程度に亘って見てみると、やはりイスラエル(3296.0)、エジプト(3219.4)辺りが一番多そうですが、実はロシア(4427.8)が最大の援助受け取り国であったことが分かります。アメリカが毎年1兆円近くの援助をロシアに対して行っているというのは、ちょっとイメージできないものがあります。

 

(本エントリは筆者の個人的見解に基づくものであり、如何なる意味においても筆者の所属する企業・団体等の公式見解ではありません。また、議論を分かりやすくする為、一部極端な一般化をしています)