【注意】
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。また妄想成分が多大に含まれていますので、閲覧にはじゅうぶんご注意ください。

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すべての物語が紡がれたとき、世界に「46の魔法」が降り注ぐ。



連載小説『46の魔法』

第7の魔法
「闇を払う光」






 ウメザワミナミは、震える瞳で目の前に迫る影を見つめた。尻もちをつき、後ずさる。しかし壁にぶつかり、これ以上の後退はできない。助けを呼びたくても声がでない。喉がひりつく。そもそも大声を出したところで、誰もきてはくれない。それはミナミが一番よくわかってる。

 辺り一帯から、住民を逃がしたのは彼女本人だった。

(情けない……)

 胸中で自分に毒づく。

 人型の影は、ゆっくりとミナミに近づいてくる。影に襲われた者がどうなるか。その目で見てきた。何度も見てきた。影は、影を作る。つまりこの影も、もともとは同じ人間……。ミナミは戦慄する。どうにか逃げなくては。でも恐怖で縛られた体は思うように動かない。

 世界が影の脅威に襲われてから1年。数々の猛者が影となった。自分もそうなる。世界を救いたいと故郷を飛び出した旅の結末がこれ、か……。情けなくて笑いすらこみあげてくる。

 憧れの人がいた。世界を覆う闇を払うために戦い続ける光の女神。彼女に憧れ、剣をとった。しかし、そこに辿りつくことはできなかった。このまま、世界のために戦うことすらできず、ここで影となる。それが自分の運命。抗いようがなかった。

 もし、魔法でも使えたらこの状況も打開できたのかもしれない。だが、そんな都合よく使える魔法などどこにもない。最後に頼れるのは、自分の力だけ。その力がなければ、影となるしかない。

 そしてついに、ミナミの長い脚に影が触れる。瞬間、触れた部分が影となり、下半身を辿り、徐々に闇の部分が全身を覆っていく。もう抵抗する気力もない。心までも影に侵食されていく。

 心を侵されたいま、消えゆく恐怖すらおぼろになる。

 ここで瞳を閉じれば、二度と開くことはない。それがわかっていてなお、ミナミは迷いなく瞳を閉じる。もう、どうでもいい……。

 刹那、光が舞った。

 ミナミはゆっくりと目を開ける。自分を覆っていた影がなくなっている。視線を上げていく。そこには、神々しい光をまとった“女神”が立っていた。

「あら。生きてたの?」

 軽い声だった。もっと重々しい声を想像していたミナミは拍子抜けしてしまう。

「もう無理だと思ったわ。あなた、強いわね」
「女神さま……ですか?」
「一応ね。自分で名乗るのも恥ずかしいけど」

 女神は快活に笑う。流布されている女神のイメージとはかけ離れていた。ミナミをはじめ、世界に知れ渡っている女神は、神のごとき存在。確かに目の前に立つ女神は、この世のものとは思えない美貌を携えている。男ならず、同性であっても一瞬で心を掴まれるだろう。

「もう近くにはいないはずだけど、油断しないで。早くこの場から離れなさい」

 女神はそう言って、その場を後にしようとする。

 ミナミは慌てて呼び止めた。

「あの!」
「なに?」
「わたしは、あなたに憧れて……」
「それは光栄だわ」
「だから、わたし……あなたになりたいんです! あなたのようになりたい!」
「……」
「わたしは、あなたになれますか?」

 恥など感じてはいられなかった。憧れてやまなかった女神が目の前にいる。藁をもつかむ想いで必死になった。

 しかし、そんなミナミの懇願に対し、女神は冷たく言い放つ。

「無理ね。なれないわ。あなたはわたしには絶対になれない」
「そう……ですよね」

 ミナミはがっくりとうなだれる。一片の隙もない断言に心が砕ける。

 それはそうだ。こんなところで倒れそうになっている自分が、女神になんてなれるはずがない。どこかで夢を見ていた。剣の腕や容姿など、村の中でもてはやされ、調子に乗っていたのかもしれない。いつか女神の後継者になれるだなんて、そんな夢を。

 落胆するミナミに、女神はそっと近づき、その肩に手を置く。  

「あなたは、あなたになりなさい」

 言葉の意味がわからず、ミナミは女神を見つめる。

「あなたはあなたよ。わたしになる必要なんてない」

 女神は小さく微笑むと、その背中から光の羽が生まれた。

「いつか、あなたと一緒に戦える日を待ってるわ」

 そう言って、その場から飛び立っていく。女神は鉛色の空を翔け、彼方へと消えていった。

 ミナミは右肩を触る。女神に触れられた箇所がじんわりと熱い。そこにあるのは、確かに女神がそこにいた余韻。

「わたしは……」

 ぎゅっと力を込めて肩をつかむ。そして、立ち上がる。

 その瞳から、怯えや迷いの色は消えていた。










 ――。

 ――。

 ボクは、もうダメだと思いました。でもお父さん、お母さん、妹と一緒に影になるなら怖くないです。ボクは妹を抱きしめました。ボクたちを守るように、お父さんとお母さんが覆いかぶさってくれています。

 その隙間から、光が見えました。久しぶりに見た光は暖かくて、いつまでも浴びていたくなります。ふと体が軽くなりました。お父さんとお母さんが離れていきます。ボクも妹を離しました。

 そして見たのです。街中にあふれた影を、たったひとりで薙ぎ払う姿を。

 その人は、女の人でした。すごく背が高くて、剣をふるうたび、長い髪が揺れています。

「女神さま……」

 ボクはつぶやきました。影たちと戦う女神さまは、この世界に住む人ならだれでも知っています。そうです、ボクたちは女神さまに助けてもらったんです!

「女神さま!!」

 叫びました。ありがとうを伝えたいと思いました。最後の影を払った女神さまは振り返り、ボクに近づいてきました。

 近くで見る女神さまは本当にキレイで、心臓がドキドキします。

 女神さまはボクの前に立つと、右肩をおさえて、静かに言いました。

「わたしは女神じゃないよ」

 ボクが何かを言う前に、女の人は遠くに行ってしまいました。

 妹がボクの服の裾をつかんで聞いてきます。

「女神さまじゃないの?」
「うん……でも、きっと」

 ボクは憧れのまなざしで、女の人の後ろ姿を見て、強く言いました。

 女神さまじゃなかったかもしれません。でも、ボクたちを助けてくれたことは間違いなくて、すごく強くて、かっこよくて、キレイなあの人は、きっと――、

「世界を救う人だ」





 ――これは、

 彼女が、“勇者”と呼ばれ、女神とともに世界を救う物語。

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