2012年06月20日

フェンス=パンティ概論

こんにちは。

サンダンスです。


フェンスって、あるじゃないですか。建物なんかを囲っているアレです。
日本語にすると、「柵」。
これがですね、意外と多くの建物、というかほぼ全ての建物に設置してあるんですけど、画一的じゃない。
フェンスにはフェンスの個性があるということを先日発見したんです。
そしてですね、ここからが重要なんですが、フェンスを見ればその持ち主のことがある程度推測できる。
そんなことにも気づいてしまったんです。



まず、フェンスって何のためにあるんでしょうか。
答えは一つ、中のものを守るためです。
「中のものを守る」というのがフェンスの存在意義であって、その意義はフェンスそのものに先んじて存在しているんです。
ですから、フェンスがその職責をいかに全うしているかで、「中のもの」の価値が推し量れると思うんですよ。

例えば、誰にでも越えられそうなちゃちぃフェンスと、重厚で上には棘が付いているフェンスがあるとしますよね。
この時ですね、この両フェンスが守っているもの、つまり「中のもの」の価値は、
ちゃちぃフェンスよりも重厚なフェンスのそれの方が一般的に大きいと言えるのではないでしょうか。
重厚なフェンスの方がフェンスとしての職責を全うしていて、それ故に「中のもの」の価値は大きい。
これは至極当然の帰結だと思うんです。

もちろんですね、いくらちゃちぃフェンスであってもそれがフェンスである以上、
やはりフェンスとしての責務は僅かに―それが無いよりも―果たしている。
なぜならその「中のもの」を侵そうとする者は、それでもそれを超えるという作業が必要だからです。

もうひとつ例をあげましょう。
あなたが2台の車を所有しているとします。
一つはもう10年落ちの軽で、売っても二束三文にもならない。なんなら金をとられるというシロモノです。
もう一つは新車のロールスロイス・ファントム。これは5000万円ぐらいします。
さてあなたが、フェンスでこの2台をそれぞれ独立に囲うとしたら、
どのように資金を配分し、それぞれにどのようなフェンスをあてがうでしょうか。

僕ならですね、軽の方には四方に杭でも立てて、資源ごみを括るビニール紐かなんかで囲っておいて、
残った資金を全部ファントムに注ぎ込みますね。
それこそ強化アルミニウムかなんかのフェンスに金玉までシビれるぐらいの電流を流して、
さらにはその内にはなんか呪いとかかかってそうなシメ縄を張り巡らせて、
その所々に梵字かなんかのお札を自作して何百枚も貼り付ける。
そのぐらいします。

さて、その図をですよ。外から見たらいかがでしょう。
軽の方のフェンス(というか引っ越し紐)を見た泥棒は「なんだ、大した価値は無いんだな…」となり、
ファントムの方のフェンスを触った泥棒は金玉から煙を立ち上らせながら、
「これは、よっぽどのものが中にあるに違いない…」と確信する。
そうではないでしょうか。

フェンスがいかにその職責を果たしているかということは、その「中のもの」の価値を推し量る判断材料となりえる。
そのことは至極当然で、当たり前の帰結である。
そしてこのことは、パンティにも当てはまるのではないでしょうか。


フェンスには2面性がある。
フェンスにはその本来的な意義である「中のものを守る」という責務のほかに、もうひとつ、
「美」という観点からの後天的な職責が存在する。
つまりですね、上述のように「中のものを守る」という意義、それはフェンスの存在に先立って存在するんですけど、
そうではない、フェンスの存立後に付着した概念として、「美」という観点からの価値が存在すると思うんです。
なぜなら、フェンスというものはですね、その本来的な意義からして外部の人間の目に一番最初に触れるものなんですよ。
そのフェンスとしての立ち位置は、人間の美的感覚を表現するのにもってこいのキャンバスだというわけです。
だからフェンスは、装飾を帯びる。

フェンスが装飾を帯び、人間の美観を刺激した時、フェンスとしての価値の転倒が始まります。
つまりですね、フェンスとしての意義は「中のものを守る」ことであって、それ以上でもそれ以下でもない。
その中で「守るもの」が無い人は、フェンスを立てる必要などないのです。
しかしですね、フェンスが装飾を帯びたとき、
その美的職責から1个硫礎佑發覆い發里鬟侫Д鵐垢念呂η擇増殖するわけです。

もちろん、フェンスを装飾することそのものは、なんら悪いことではありません。
しかしですね、その装飾がフェンスとしての本来の職責を阻害するようになったとき、
我々はそのフェンスが守っているものの価値の下落を、そこに見ることができるでしょう。
ゴテゴテとした飾りつけは、時にその登攀を容易くします。
彫刻された空隙は、時にその「中のもの」の視認を容易くします。
これらはその後天的な職責―つまり美的観点からの価値―が優先されたが故に、
先天的で本来的な意義―つまり「中のものを守る」こと―が蔑ろにされた例であって、
そのようなフェンスが「守る」当のものの価値は、推して知るべきということができるでしょう。

そしてこのことは、パンティについても言えるのではないでしょうか。



僕は上の記述で、
1『フェンスがいかにその「中のものを守る」という職責を全うしているかで、
 中のものの価値を推し量ることができる』
2『フェンスの装飾がいかに「中のものを守る」という本来の意義を阻害しているかで、
 中のものの価値を推し量ることができる』
という2つの点について話させていただきました。
そしてですね、ここからが重要なんですが、この両指摘はパンティについてもそのまま当てはまるんですよ。
試しに「フェンス」を「パンティ」に変換してみましょう。

1『パンティがいかにその「中のものを守る」という職責を全うしているかで、
 中のものの価値を推し量ることができる』
2『パンティの装飾がいかに「中のものを守る」という本来の意義を阻害しているかで、
 中のものの価値を推し量ることができる』

いかがでしょう。
ここで気になるのは「中のもの」という表現だと思うのですが、
これをですね、「オメコのこっちゃろ!そやろが!」とか安直に推測するのはやめていただきたいんですよ。
まぁ文脈的にはオメコのことなんですが、僕なんかは学があるのでヴァギナとか呼ばせてもらいますが、
そういうことではなくて、つまり比喩的に「その女性と一夜を共にすること」ということだと思うんですよ。

もちろんですね、本来的意義としての「中のものを守る」の「中のもの」は、マンコのことです。
これはもうバリバリに。
それがパンティの本来的意義ですから。

つまりですね、完全に「フェンス→パンティ」で翻訳すると、以下のようになる。

1『パンティがいかにその「マンコを守る」という職責を全うしているかで、
 その女性と一夜を共にする価値を推し量ることができる』
2『パンティの装飾がいかに「マンコを守る」という本来の意義を阻害しているかで、
 その女性と一夜を共にする価値を推し量ることができる』

1についてなんですが、やはりですね、ボロボロに破れたようなパンティ、それこそ戦火を潜り抜けてきたんじゃねーのっていうようなパンティを常用しているような女性とのセックスは、価値が無いんですよ。
Tバックなんかその最たるもので、ペロンとめくれば即挿入。パンティを脱がすという行程すら必要でない。
それって泥棒の側からすれば有難いことこの上ないんですが、やはり引っ越し紐に過ぎないのであって、
その中にあるのは10年落ちの軽なんですよ。そこにロールスロイスはありません。

それよりもですね、しっかりと女陰をガードし、更には縦に長い形状でして、頑張ればヘソまで隠れるんじゃないのってパンティをキチッと履いている。こんな女性とのセックスの方が価値があるんですよ。
何故ならばですね、繰り返しになりますが、後者の方が「マンコを大事にしている」ことが見て取れるじゃないですか。なんなら結婚まで操は明け渡さねーぞ、そんな気概を感じ取れる。
パンティに電流が流れていたらどうです。
あなたが触ったとたんに「ビビビ!」とかいって金玉の毛が逆立つぐらい電流が駆け巡る。
その時にこそ「この先にはとんでもないお宝が眠っている…」と確信できるじゃないですか。

2についてはですね、まぁTバックと同じようなことなんですけど、
過度のヒラヒラですとか、スケスケですとか、さらには小窓付きですとか…。
あんなのってハッキリ言って、渾身の力で引っ張れば破れますからね。ビリビリと。
美的価値を優先するがあまり、「マンコを守るもの」としての耐久力を落としてどうする、と。
今だって僕が理性の男でとんでもない紳士だから渾身の力で引っ張らないですけど、
これがソマリアとか半分無法地帯みたいなところだったら、そのパンツ破られとるぞ、と。
そんなことにも頭が回らない女性とのセックスって、やはり薄っぺらいというか空しいんですね。

もう言わせてもらいますけど、生地の厚い白パンティが最強なんですよ。
それこそ装飾はちいちゃいリボン的なのが頂部に一個ついてます、みたいなアレが。

今更例えは必要ないと思うんですが、
政府の重要機関であったり国際的に意味のある施設を囲うフェンスって、大概白じゃないですか。
それと全く同じことです。


上に挙げた1と2の原則。
これはですね、世の中に存在するあらゆるものの中で、フェンスとパンティにのみ当てはまる原則なんです。
つまりこの意味においては、フェンスはパンティであり、パンティはフェンスなんです。
フェンスを越えるということはパンティを脱がすということであって、
パンティを脱がすということはフェンスを越えるということなんです。

この新しい視座から、フェンスを見てみたら如何でしょう。
新しい発見があるかもしれませんよ。



次回、
新境地、フェンスオナニー特集!
・フェンスのここでヌけ!向かいの家のフェンスでヌく方法。
・今、皇居がアツい!?究極のフェンス、「外堀」で爽やかなオナニーを。
・田舎のウブな塀、実はどエロ!?「汚れてるから…」と激白!!


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noharakawabe at 04:48│Comments(2)TrackBack(0) 男と女の形而上学 


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この記事へのコメント
1. Posted by ギブ   2012年06月20日 22:27
(参ったな・・・勝てる気がしないぞ、こりゃ)
2. Posted by サンダ   2012年06月21日 16:47
(うひ、頂きですな。これは…)
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