ヤオコーの前に信号機のない横断歩道があります。車の通りはかなりはげしい。
昨夜、おっさんがーお爺さんー右の車を見ながらゆっくり渡りはじめました。あらま。
車は止まりましたが、クラクションを長く鳴らしました。おじさん、引くなよ、私も手伝うよ、と思っていたらおじさんは車のドアをたたいて怒りました。

向かい側の車も止まりました。おじさんと私はぶらぶらと横断歩道を渡りました。
そうよ、車は止まる義務があるのに、気に入らないわ、と私。ねぇー、とおじさん。意気投合して左右にわかれました。

スピードがでていたら追突の危険があるから止まりたくない時もあります。でも遠くに渡りたい人をみた時点でスピードを下げればいいだけです。クラクションを鳴らすということは法規を知らなかったのだと思います。
30年位前、対向車線の車がとまらなかったので死んだ子供がいました。自分が止まらなければよかったのだろうかとその落語家は泣いていました。

まだ運転したいし、できるのに子供たちに免許を取り上げられてやむなく歩いている老人がますます多くなります。何十年の間には免許取り立ての若造より怖い思いも多くして慎重になっているし、法規だって知っているから嘗めるんじゃねえよ、と思っています。

だからね、横断歩道で渡りたい様子、ましてや半歩でも足を踏み出している人がいたら止まるんですよ。
このこと、知らないで運転してない?
P1010393

始まりは長男のfacebookに入ってみたことからでした。長男には無視されましたが、次男がOKをくれました。それきり忘れていたのですが、16年9月に男名前の二人が友達になりたいという件名が来ましたが開きませんでした。姓は違って、名は同じというずさんさでした。そのあとも差出人はfacebookでペット日和だの猫がどうのと来ましたが、興味ないので開いたことはありません。

16年11月から件名がバラのオトメンパパの栽培日記、差出人はfacebookが来て確実におかしいと解りました。オトメンパパはバラに関して知ろうとするとよく記事に出会う人なのですが、私は質問やコメントをしたことはないのです。

それからは猫日和のあいまにオトメンパパが入るようになりました。17年の1月と2月はほぼ毎日、一日2通の日もありました。すべてオトメンパパの栽培日記でした。2月末に記事にしたところ、本物のオトメンパパ様から連絡がありました。何度かブログ上でやり取りをして、件名を開いてみてくれと言われたのですが何がおきるのか怖くて開きませんでした。

件名はオトメンパパの栽培日記ばかりでなく、私の興味のありどころを知っていたり、私の住んでいる町ばかりではなく、子供たちの住んでいるところの催し物まで件名としてくるのです。それだけなら出所は解かるのですが、図書館に本を注文すると早速カーリル云々といってくる気味悪さなのです。カーリルとは町の図書を借りる時そこから申し込むのです。

「バラを楽しむオトメンパパの栽培日記」の件名は4月11日で終わりました。
そのあとは差出人は同じで、アートゾーン、ライブラリーソース、ところん焼き、それでも猫が好き、図書館総合展、世田谷吹奏楽団、そのまんま美川、マダムインニューヨークだの忌々しいかぎりの件名が連日来ました。

バラのオトメンパパで尻尾を出さなければ一件位開いたかもしれない巧妙さです。
それも8月8日で終わりました。

BUT、6月25日から差出人が「プレイステーションネットワーク」で、件名は私はゲームをしないので意味不明なのがくるようになりました。差出人名は自由に書いていいそうなので、撤退と出没の時期を少しずらして差出人名を交替したとしか思えません。いまのところは毎日だったり、一日おきだったりです。

こんなに執拗に付き纏うということは、開いたら何かが起きると思って間違いないと思うのです。

パソコンを始めたばかりの頃、表示されるままに動いたら中国語だらけになったことがあったので、これ以上便利にならなくてよいと全て拒否しています。



他人事だから感想です。
ユーチューブで斉藤由貴の元恋人のインタビューを見た。
あの「手」は失望だ。医者らしい繊細さがない。手フェチとしては却下。日焼け跡の皮剥けはいいとしても。
男性のインテリジェンスは声に出ると信じているけれど、声フェチとしては却下。-天皇陛下のお声が最高ですー
問題はあの一言だ。由貴さんを助けたいがもうできない これは人前で言ってはならない。由貴さんにだけわかれの最後にはなむけとして言うべきだった。由貴さんはこの言葉を頼りに別れを乗り切るだろう。不倫ではあっても恋は恋だから。だけど、他はともかく、この言葉だけは妻は許さないだろう。
あんなに綺麗で、凡人から見れば羨ましいかぎりなのに自信を恋人によって取り戻したという。医師の言うのは彼の傲慢ではなく、事実だったと思う。
狂信でもなんでも宗教に縋らなくては生きていけなかった過去が多くあったのだと思う。

↑このページのトップヘ