カテゴリ: 腎臓病

漱石がノーベル文学賞を貰ったのなら納得できそうなんですけど。無駄のない面白い文章、先を急がせるスリリングな怖さ。吾輩は猫であるだの坊ちゃんだのを高校生のときに読んでしまうからそれっきりになってしまうのかしら。私の場合はそうでした。

「私」はふと見かけた男性に惹かれ、先生と呼んで自宅に足しげく通うことになります。
実家の父の病が重いとの知らせを受けて郷里に帰りますが、父はすぐには死にません。(笑)
そうこうしているうちに先生から長い手紙が届きます。
この手紙を手にするときには自分は死んでいますという一部分を見て東京に戻る汽車に乗って、手紙を読みます。

ここでは「私」の父の死病が慢性腎臓病だったので、その症状を抜粋します。

透析は最近始まったものだから明治45年にそれはありませんでした。明治天皇も同じ病で崩御されたのではないかと「私」の父が言っています。

中年以後の人にしばしば見る通り、父のこの病は慢性であった。その代わり要心さえしていれば急変のないものと信じていた。

その父が、庭へ出て何かしている機に突然眩暈がして引ッ繰返った。軽症の脳溢血と思い違えて、すぐその手当をした。あとで医者からの判断を得て、始めて卒倒と腎臓病をとを結びつけて考えるようになったのである。

「先生」ー医者でなくて先生ーは腎臓病に詳しくて、こういいます。「自分で病気にかかっていながら、気が付かないで平気でいるのがあの病の特色です。私の知ったある士官は、全く嘘のような死に方をしたんですよ。夜中にちょっと苦しいといって、細君を起こしたぎり、あくる朝はもう死んでいたんです」

「私」がいよいよ東京に立とうという間際になって、父はまたひっくり返った。翌日になると父は思ったより元気がよかった。私は落ち着かない気分で三四日を過ごした。

するとまた父が卒倒した。私は兄と妹に電報をうつ用意をした。

けれども、寝ている父にはほとんど何の苦悶もなかった。そのうえ、食欲は普段よりも進んだ。
「どうせ死ぬんだから旨いものでも食って死ななくちゃ」

私にはうまいものという父の言葉が滑稽にも悲惨にも聞こえた。父は旨いものを口に入れられる都には住んでいなかったのである。夜に入ってかき餅などを焼いてもらってぼりぼり噛んだ。
「どうしてこう渇くのかね」母は失望していいところに却ってたのみを置いた。-渇くとは病気で異常に食べ物や水を欲することをいうー

父はやむを得ず、いやいや床の上で用を足した。それが病気の加減で頭がだんだん鈍るのだか何だか、無精な排泄を意としないようになった。

好きな新聞も手に取る気力がなくなった。

父が変な黄色いものを吐いたとき、私はかつて先生と奥さんから聞かされた危険を思い出した。「ああ長く寝ているんだから胃も悪くなるはずだね」といった母の顔を見て、何も知らないその人の前に涙ぐんだ。

父は時々囈語を言うようになった。

そのうちに昏睡が来た。時々目を開けて、誰はどうした、などと聞いた。その誰はつい先刻までそこにすわっていた人に限られていた。父の意識には暗いところと明るいところができて、その明るいところだけが、闇を縫う白い糸のように、ある距離を置いて連続するように見えた。母が昏睡状態を普通の眠りと取り違えたのも無理はなかった。

そのうち舌がだんだんもつれてきた。その癖話始めるときは、危篤の病人とは思われないほど、強い声を出した。

そんな時に先生から手紙が届いて、私は東京に向かい、車中で読む手紙がこの小説の中心になります。


つい最近まで、こんな風にして腎臓病の人は死んでいたのですね。数値を測ることもなかったから透析の心配もしなくてよかったし、かき餅が旨いものでは蛋白質の摂りすぎもしたくても出来なかったし、なんだかノーテンキで気楽でしたね。透析して君は100年生きる、なんて言われたくない、まっぴらですね。

近所の息子さんは私が知った時50歳で、すでにほとんど寝たきりで透析の車が迎えに来ていましたが、脳にきたらしくて暴れるとお母さんが言っていました。ほどなく入院して、それからでも10年たちます。治る当てのない病気で壮年期を病院で暮らす辛さがあっていいものでしょうか。

ところで今日はガストに一人で行って和風ハンバーグにお醤油を足して、ハハ、スープを二杯飲んだだけなのに手にむくんでいる感があって気持ち悪いったらありません。一日一食なので塩分はこれっきりなのに。
IMG_2425



医者は薬を出したがる。あれもこれもいかがと勧められるままに頂戴していたのがこれらです。
何しろ90%オフですからね。医者も患者も気楽なものです。

ユーロジン
デパス あるいはエチカーム
マグラックス
エディロール
ファモスタジン
アレロック
ボルタレン
小青竜湯(漢方薬までも)

調べてみると副作用としてみんな腎臓を悪くするとある。脳動脈瘤手術の時にあなたの腎臓は30%しか働いていないと言われて目が覚めた。

血圧降下薬、抗生物質、風邪薬、痛み止め、かゆみ止め、アレルギー、ステロイド、睡眠薬、精神安定剤、血管造影、みんな副作用として腎臓を悪くすると書いてあります。

腎臓を悪くしない薬はない、といってもよさそうです。

これでは日本が世界一透析の多い国のわけだ。

低血圧、標準体重以下、糖尿病なし。喫煙、飲酒、ついでにカフェインも駄目。不本意ながら長寿を運命付けられたとおもっていました。なのに。薬が良く効く体質ということは毒物、副作用も強く出るのでしょう。原因の分からない腎臓病患者も多いというけれど、投薬でしょう。

コレステロール値が高いのはむしろ元気のもとだし、ひと昔前の年齢プラス90が血圧の最適値だというのは知れ渡り始めた。

医者は腎臓に関してはまだ気をつける段階ではありません。悪くなったら専門医を紹介します、と言う。
へえー、連帯しているんだ。一人送り込めば成績が上がるのかもしれない。透析病院は年間一人600万円国から貰えるから患者が20人もいれば経営が成り立つそうだ。

自分で守るしかないからほとんどの薬はやめた。もともと時々に応じてもらっていた薬は断りやすかった。まだあります。それでも断った時、医者は俺は薬を出すだけの医者なのかとつぶやいたものです。

問題は骨粗しょう症の「予防」として勧められて貰っているエディロールです。ビタミンDです。
これはクレアチニンを高くする、蛋白尿をプラスにする、尿酸を多くする、腎臓を悪くすると恐ろしくはっきり書いてあります。
飲まないから溜まってしまった。これがまた薬価の高い薬で、医者の収入になっていると思われるだけに断りにくい。
まさか医者に腎臓に悪い薬だからとは言えない。今調べてみていい口実になる副作用を見つけた。
「胃もたれがします。便秘もします」これにする。

ユーロジンは半分に割って飲んでいる。なんのこともなく半分量になりました。そろそろさらに半分にしなくてはならないと思っていますが、眠れない恐怖は大きい。もちろんこれも腎臓に悪い。

去年の健診ではクレアチニンが1・18で、今年は1・09でした。食事に気をつければ同じ値を保つことはあるが、上昇することはあっても下がることはないといわれているので上出来だと思うのです。
五年前は0・52でなんの心配もなかったのです。

果物も野菜も海草もカリウムがあるから駄目。ブルーベリーとクランベリーはカリウムがないそうです
IMG_0426

↑このページのトップヘ