あまりに久しぶりで恥ずかしいが、書こう。
菅沼家の人々が愛してやまない、そして祖父の知半がもっとも大切にしていた木がある。槙の木だ。樹齢300年とも400年とも言われる。そもそも槙の木は大きくならないので知られているが、この木は二人で抱えてやっと手が触れる幹、高さは10メートルはある。二本あるが、この写真は数年前の美姿。きれいに手入れをされて空にのびのびと誇らしげに立っている。
ところが、最近はなかなかするすると木に登れる職人さんを見つけるのがむずかしく、ほっておきっぱなしでどんどん枝が密になってしまった。
今年ぐらいはと思うのだが、5月末の落語+三味線「粋な五月」の準備に追われて、ただ見上げるばかりで何もできない。
お向かいの駒坂さんが、「よく枝にブランコかけて、昭長さんと遊んだものだよ」と言われる。私が一番影響を受けた昭長叔父が亡くなってもう数年たつ。見上げるたびに知半のこと、叔父のことを思う。
菅沼家の人々が愛してやまない、そして祖父の知半がもっとも大切にしていた木がある。槙の木だ。樹齢300年とも400年とも言われる。そもそも槙の木は大きくならないので知られているが、この木は二人で抱えてやっと手が触れる幹、高さは10メートルはある。二本あるが、この写真は数年前の美姿。きれいに手入れをされて空にのびのびと誇らしげに立っている。
ところが、最近はなかなかするすると木に登れる職人さんを見つけるのがむずかしく、ほっておきっぱなしでどんどん枝が密になってしまった。
今年ぐらいはと思うのだが、5月末の落語+三味線「粋な五月」の準備に追われて、ただ見上げるばかりで何もできない。
お向かいの駒坂さんが、「よく枝にブランコかけて、昭長さんと遊んだものだよ」と言われる。私が一番影響を受けた昭長叔父が亡くなってもう数年たつ。見上げるたびに知半のこと、叔父のことを思う。