2018年06月13日

購買でないとできないこと

前回の「全員経営全員購買」というメルマガに対してこう
いうご意見をいただきました。

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全員購買にしても全員経営にしても、日本のように均質な
人材が豊富な社会でないと難しい。また全員購買には違和感
を覚える。設計者が購買までやったら、設計者の発想の中
での購買に終始するからだ。設計者からバイヤーへとバトン
が繋がるから設計者の発想、バイヤーの発想がぶつかり合い
洗練された終着点にたどり着くものと考えている。

ある購入品の原価を下げる打ち合わせを設計者としたとき、
設計者は、必要な機能に特化した専用品を採用することで
コストを下げようとした。しかし、専用品を採用すると、
特定のメーカからしか買えなくなり、採用後は競合環境を
消失する。また、汎用品に比較し生産数が少なくなるので、
メーカの数量効果も低くなる。だから、専用品の採用は、
継続的な原価低減に繋がらないとアドバイスした。その
とき、設計者は、目から鱗だと、素直に驚いていた。

このように全員購買は、1つのものの購買を1つの組織で
完結させてしまい、捉える視点が1つになり、決して良い
ことだとは思えない。

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私は上記のご意見に全く異論がありません。実は同じような
経験を私も過去にしたことがあるからです。それは私が
自動車会社の購買で原価企画に絡んでいた時のことでした。

その当時原価企画は非常にたくさんある仕向地、グレードの
中でも主要な車型を取り上げて原価企画対象車型として推進
していたのです。全ての車型について原価のフォローアップ
をする訳にはいかないので、代表車型についてのみ企画開発
段階で原価目標の達成状況をフォローしていました。

この時新車開発責任者は安価仕様車を代表車種の一つとして
取上げました。もちろん仕様がチープでも安価であれば市場
シェアが高まることを期待してのこともありましたが、同時
にこの車型を設定することで原価企画目標を達成しやすく
するための手法でもありました。

安価仕様車はとてもチープな仕様なので、コストもその車型
だけを捉えるととても安くなります。しかし結果的に部品の
種類が増えます。またそれによって却って総コストは高く
なります。

新車開発責任者がこういう実態を知らない訳がありません。
しかし社内の厳しい原価企画目標をクリアする手法としては
有効なのです。ですから全体最適よりも個別最適を選択して
しまう。このようなことが起きてしまいました。ですから
ご意見の「複数の視点で捉えること」の重要性については
私も全く合意です。

このように考えると「購買でないとできないこと」は必ず
残るのかもしれません。それは何でしょうか。大きく分ける
と2つでしょう。

一つ目は「全体最適の推進」です。先の事例であれば購買
部門が全体にかかるコストをまとめて種類増によって総
コストが増えるからやめるべきだと、新車開発責任者に
アドバイスすべきです。またこの他にも全社でのまとめ
買いのアレンジなども上げられます。

汎用品(家電品等)や汎用サービス(航空券)などを購入
する際に、「自分で買った方が会社手配よりも安い」と
いうご意見をいただくことがありますが、これも全体で見て
最適になっていることを求めるからです。

もう1つは「サプライヤとの関係性づくり」が上げられます。
これは企業の中でできる、もしくはやらなければならない
のは唯一購買部門です。短期的な関係性だけでなく、中長期
の関係性をどのように作っていくのか。サプライヤを評価し、
時には評価され、共に協働で競争力を切磋琢磨していく。
このような視点は他部門の人間に持て、と言っても全く無理
なことです。

このように「購買でないとできないこと」は必ず残ります。
しかし「購買でないとできないこと」は分り難いです。
特に開発部門や要求元などのユーザーには分り難いこと
でしょう。「サプライヤといい関係ができたから、何の
メリットがあるのか。」となってしまいがちです。
これからの購買はこの「購買でないとできないこと」が
何かを社内に説明し、説得する必要があるでしょう。



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2018年05月30日

全員経営全員購買

私の手元に「永守流の教育 死力を尽くして『本当の原価』
を追求」という日経電子版記事があります。

永守氏とは世界一のモーターメーカーである日本電産の
創業者である永守重信会長兼社長CEOのことです。
この記事の中で、日本電産は購買担当ではない設計や営業、
共通部門の社員らがサプライヤと価格交渉をやっており、
このような取組みで価格低減をすることを「Mプロ」と
呼んでいるとのこと。

普通に考えればこのような交渉をしたこともない社員に
購買交渉をさせること自体がナンセンスなようですが、
永守会長は価格交渉や価格低減への取組みは一部の購買
担当者だけでなく他部署の社員にも担当させるべきと
考えています。

何故なら全社員が「本来こうなるはずというコスト構造」
を知っていることが当たり前であり、この『本当の原価』
が分からないとコストに問題があって、設計や生産方法を
抜本的に変えることなど検討できる筈がないからです。

永守会長自身「長年、ものづくりの現場でコスト削減に
取組み、経営者として様々な会社を見て、付き合ってきた
経験から『本当の原価』が分かる。」と言っています。

私はこういう能力を「目利き能力」と言っていますが、
永守会長はこの「目利き能力」を持ち、会社が大きく
なった今でも1円以上のあらゆる購買に関して稟議書に
目を通し、コメントを書き込んで妥当なコストを実現
するように全社員に働きかけているとのことです。

永守会長は「Mプロ」はそのための社員に対する教育の
機会と捉えており「徹底的に教えないといけない。」
と言っています。

この件で思い出すのは、最近多くの企業で調達本部長が
共通して言うのがこの「本当の原価」の追及力が欠如
しているとおっしゃることです。戦略ソーシング等の
相見積、RFxが主流となり、競合に走ることで「目利き
能力」が衰退したと共通しておっしゃられます。

このように調達購買担当者ですら「本当の原価」が分か
らない、つまり「目利き能力」が欠如している訳ですが、
これを社員全員に求めているのが永守流なのです。所謂
「全員購買の能力を身につけそれを実践する」ことを
求めています。

全員購買で思い出すのが「全員経営」です。

ファーストリテイリングの柳井社長がよく言っている
のがこの「全員経営」です。ファーストリテイリング社
のHPにもこのような発言が掲載されています。

「我々が最も大切にしているのは、世界中の全社員が、
『グローバルワン・全員経営』の精神で、情熱的に仕事
をすることです。各エリア、各事業で、最も成果が上が
ったことを、グループ全員で共有して実践する組織です。
一般的に小売ビジネスは、マネージャーが考えて指示を
出し、店舗の販売員がその指示に従うという組織構造です。
しかし、ファーストリテイリングでは店舗のアルバイト
からトップ経営者まで、すべての社員が経営者マインド
をもち、自らが考えて、お客様に最高の商品、最高の
サービスを提供するという『全員経営』を実践して
います。」

経営とは売りを伸ばして出を抑えることです。出を
抑えるためには原価の適正化が求められます。柳井社長
の著書「経営者になるためのノート」にはお金の使い方
についての記述も多く、経営視点で購買をすることを
求めています。

このような「全員経営全員購買」の流れが徐々に出始めて
いるのです。

これまでも何度かメルマガで触れてきましたが、私は
今後の調達購買業務でこのような「全員購買」の方向に
向かうように考えます。実際に全社集中購買から
スピードを重視して分散化に戻すという動きも出始めて
いるのです。昨今の市場環境もそれを増長しています。
モノを買い続けることが厳しい状況が続いており、従来
のコスト重視、効率重視ではそもそも調達できない状況
です。この先ユーザー重視、サプライヤ重視をしていか
なければ顧客への期待に応えられない時代に入りつつ
あるでしょう。

このような環境下で顧客重視型購買を実現するためには
一層のスピードが求められます。スピードに対応する為
の調達購買の形が「全員購買」です。

調達購買は会計知識や英語などと同様に全社員に求め
られるマンダトリなスキルになりつつあるとも言える
でしょう。



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2018年05月16日

忖度と親分子分の文化

先日、山一證券の自主廃業に関するテレビドラマ「しんがり」
を見る機会がありました。

これは山一證券が自主廃業決定後に社内調査委員会が発足し、
その委員会が実名入りで調査報告書を作成・発表したという
のをドラマにしたものです。
この時の調査報告書の実物はWebで閲覧することもできますが
内容を読んでみると、山一證券の社内でどのような不正が行われ、
2600億円もの簿外債務がどうやって増えていったのか、という
事実関係が克明に記載されています。お手盛りになりそうな社内
調査報告書ですがその徹底した調査には高い評価がなされている
ようで、それも理解できるでしょう。

この調査報告書には直接書かれていませんが、巨額の簿外債務の
そもそものきっかけは社内の派閥抗争だったようです。事業法人
本部のトップを社長にするために法人向けビジネスの業績拡大を
目指したことから運用利回り保証や損失補てんを迫られ、それが
株価の下落と同時に膨らんでいったとのこと。

つまり親分子分の関係で親分を社長にするために禁じ手に手を
出してしまい、親分もそれを見て見ぬふりをしてきたものが
大幅に膨らみ、誰もが隠さざるを得ない位の金額になって
しまったようです。

読売新聞社が執筆した「会社がなぜ消滅したか」という本には
この辺りの経緯も詳しく書かれていますが、その本には「背信の
階段を昇る」と表現されています。またこの「背信の階段を
昇る」ことが山一社内では昇進につながったというように
特定の誰かの責任ではなく、会社全体の体質の問題が、この
不正の原因となったとのことです。

このように、上(親分)が指示をしなくても下(子分)が
自主的に不正を働く(便宜を図る)と聞くと「これって何かに
似てないか」と感じます。そう。最近話題になっている
公共セクターの「忖度」事案です。

山一證券の自主廃業は1997年のことでした。それ以降民間企業
ではコンプライアンス意識は高まる一方です。不正を正すことは
あたり前である、という意識が徐々に根付いていると言えます。
しかし、それでも民間企業においても未だに不祥事は相次いで
いる状況です。しかし最近の公共セクターの事案を見ると公共
セクターのコンプライアンス意識はとても鈍く、依然20世紀型
のように感じます。

また「忖度」というのは一番始末に負えない事案です。
親分・子分の関係やその企業や団体の文化の下、明確な
指示がなくても、それが上司のため、会社のため、組織
のため、という発想で不正を起こしてしまうからです。

そしてちょっとした不正が積み重なり、大きな事案になって
しまうのでしょう。これは本当に危険です。何故なら誰かが
指示している訳ではないので責任の所在がはっきりしない、
誰も責任を取れないからです。

ちょっと前に問題となった決裁文書の書き換え問題も未だに
誰がやったのか、何を目的にした改ざんなのかはっきり
しません。このような忖度文化は、間違いなく過去の負の
遺産です。その企業や団体トップの過去の言動や、歴代トップ
が社員に対して暗黙に忖度を強いてきたことがその原因と言え
ます。

そういう組織のトップに就任した場合には、心して組織に
向かわないとエライことになります。言っても言っても、
歪曲して話が伝わるからです。トップが全く意図していない
方向に忖度されることもあり得ます。

忖度文化を崩すためにはトップ自らがコンプライアンスの
意識を高め企業や団体内に対して徹底しなければなりません。
不正は許さないという強い意志を伝えることで、良い方向
に忖度させなければならないのです。

「しんがり」というドラマの中では社内調査委員のトップ
だった組長(と呼ばれた)常務がチーム内に良い影響を
及ぼしているシーンがありました。「あの人だんだん
組長と似てきたね。」と。このように良い方向への忖度
は真似たいものです。

一方で不正を図ったり、不公平に便宜を図るような忖度
文化が未だに残っている企業や団体には危険性を感じざるを
得ません。



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2018年05月01日

働き方改革はどうあるべきか

昨今政府も積極的に推進しているのが「働き方改革」です。
電通社員の過労自殺事件が大きな社会問題になったこともあり、
長時間労働の是正に向けた機運が一層高まっています。

しかし最近の論調を見ていますと「働き方改革」の目的が
残業時間や労働時間の短縮になっている気がしてなりません。
言うまでもなく、残業時間や労働時間の短縮は「働き方改革」
の目的ではなく手段の一つにすぎないのです。

目的は限られた時間で、より効果的なアウトプットを出す
ことで、会社としてもメリットがあり、個人としてもその
仕事を通じて満足感を得る、ということでしょう。

そう考えると単に時間を短くすればよいわけではなく、
時間が短くてもストレスが溜まる仕事のやり方はあるわけ
ですし、長くてもストレスが溜まらない仕事のやり方も
ある訳です。
一方で時間が短くてもストレスが溜まる仕事は多くの場合
その対価は高くなります。その逆にストレスが溜まらない
仕事は誰もがやりたがるわけですから対価は低くなるで
しょう。そのどちらを選ぶかは基本個人の選択(だけでは
ないですが)となります。この「選択ができる」という
のが重要なのです。

私は最近の働き方改革には対価の考え方が全く入って
いなくて何でもかんでも「単に時間を短くすればいいや」
的な発想になっていることが短絡的だと考えます。

そもそも効率が高い人はぎりぎりの緊張感の中スケジュール
とストレスに追いまくられながらも、アウトプットを出し
続けていて、その結果できる人に仕事が集まってきます。
そういう限界に近い人たちに「時間を短くしなさい」という
ことはアウトプットの質を低下させるか、ストレスを余計に
溜めることにつながり、それこそ病気になってしまい、
皆が不幸になるリスクもあるでしょう。私はこういう人の
対価はもっと高めることが経済合理性もあり、その人も
「働き甲斐があった」となると考えます。

労働にかかる変数を究極に単純化すると労働時間、求めら
れる成果、難易度(仕事することによるストレスや仕事から
得られる達成感なども含む)と(期待も含む)対価の4つ
になるでしょう。それぞれの人たちがこの4つの変数を自分
で選択できることが「働き方改革」なのではないでしょうか。

例えばベンチャー企業の経営者や社員は毎日長時間働いて
いますし、仕事から受けるストレスなどもとても高いです
が、「働き方改革」が必要だ、とかこういう社員が
ノイローゼになった、という話はあまり聞きません。
こういう「働き方」があたり前なのではなく、将来も含む
対価が高く、ストレスだけでなく「やりがい」や「達成感」
も大きいこと、またそれを自ら選択しているから長時間
労働でも耐えられるのです。こういう人たちには「働き方
改革」は必要ありません。

今は労働時間にばかり目が向けられています。単に時間を
短くすることに関しても、これは東京近郊に勤務している
人だけの話ではなく地方都市で自動車通勤されている方
にも同じことが言えますが、朝夕の交通ラッシュが酷く、
通常なら30分で着くところを1時間以上かけて通勤をして
いるような話をよく聞きます。こういう環境であれば通勤
自体を無くし自宅勤務やサテライトオフィス勤務が時短に
は有効です。

時間短縮という面だけでも私が特に「改革の余地あり」と
感じるのは「会議」「客先訪問」「報告書」の3つです。
「会議」がなくなると時間が作れます。これ本当です。
「会議」も本当に必要な「会議」とそうでない「会議」が
あるでしょう。本当に必要な「会議」の要素をきちんと
定義して、その要素に当てはまらなければやめる、だけで、
多分「会議」は半減します。
原則会議は「やってはいけない」から見直しするのです。

二点目の「客先訪問」ですが、びっくりするのが「訪問人数
の多さ」です。部長から担当まで階層別だけでなく担当が
違うからということで一回の訪問で5-6人一緒に訪問する
ことも良く見られます。もちろん、人数が多ければ誰もが
一言くらいは何か言いたい訳ですから、自然と会議時間も
長くなるのです。これは訪問側も訪問される側も同様。
会社を代表して話ができないなら「客先訪問」などさせる
べきではないですし、もし本当に分からないことがあれば
持ち帰ればいい。

三点目の「報告書」ですが、社内向けの資料の多さはどこの
企業もビックリさせられます。トヨタ自動車のA31枚
「報告書」の取組みは有名ですが、こういう取組みは
メリットしかありません。多くの資料が用意されていても
そもそも全部読めない(読まない)ですし、マネジメント
が多くの情報や資料を意思決定の為に必要だというのなら
マネジメント失格です。限られた情報の範囲内でいかに
最適な意思決定をするのが有能なマネジメントの条件です
から。

私はこの3つは特に時間を短縮するために効果的な手法と
考えます。しかし、問題は単に時間を短縮すればいいのか、
という点です。繰り返しになりますが、労働時間、求めら
れる成果、難易度、対価の4つの変数を自身の意思で選択
できるようにすることが本質的な改革です。またその選択
がちゃんと守られること、そして適宜選択し直せるように
すること、これが本来の「働き方改革」ではないでしょうか。



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