2012年02月06日
若い母親の決断
戻れない事を考えて彼女が自ら下した移住という決断は、町や県に頼ってガタガタ文句ばかり言ってる大人達よりもはるかに逞しく、現実的で素晴らしい。仕事を探すとはいっても避難者が多い郡山の求職状況も厳しいだろう。身寄りがなければ支援の厚いところを選んで県外避難が一番現実的ではあるが、福島を離れたくなかったという一言が泣ける。
逆に雇用の問題で福島を離れる人も少なくはない筈。
福島の人間模様は、時とともに変わりつつある。
2012年01月22日
南相馬『ふるさと復興会議ざっくばらんに話しすっぺ!』
2012年01月11日
OTOTOYインタビュー後記
http://ototoy.jp/feature/index.php/20120106
ツイッター/FBでもいったように、自分はいわき市民ではないので、いわきの現状について語るのは憚れるところがあるけど、いわきで生活/避難しているイチ住民としてみて頂ければ幸いです。更に、自分は大上段から福島を語る気も資格もなく、双葉郡を総括出来る立場でもなんでもない。こちらもイチ住民の話として見て下さい。
福島と言っても、風評被害から観光産業が大打撃を受けている会津地方、距離の割に比較的線量が高い中通り、飯館/川俣などの高線量による避難区域、そして全てにおいて県内では最も難しい立場にある20km圏以北の南相馬、相馬など、それ以外にも地域によって状況はまったく異なり、自分なんかでは語り尽くせない福島がある事も気に留めておいて下さい。各地を回った感覚では、20km圏以南のいわきは恵まれてる方だと感じてしまうのです。
そしてまもなく、20km圏内の線引きが決まって、ひとつの大きな区切りが訪れた時、これまではなんとなくはわかっていたけど、帰れないという決定を受け入れざるを得ない人々がでてくる。あるいは入れるけど居住制限という宙ぶらりんな人も。震災後1年目の決断は非情なものに。
更にいうなら、自分は富岡インサイドで富岡の事ばっかり発信しているけど、勿論、双葉郡の他の町村の事だって気にならない筈がない。ここは自分の出来る範囲で精一杯という事で大目に見て下さい。
そしてこの発信の場を設けて頂いたOTOTOYさんに感謝を。
2012年01月04日
井戸川町長よ #futaba #双葉町
中間貯蔵施設を受け入れて、住める土地、住めない土地をはっきり区切り、戻る人、移住する人をそれぞれ支援すれば数年後はどちらもそれなりの平安をとりもどせるだろう。そして福島を、日本を救うことが出来る。勿論それだって涙を飲んでの方向だ。中間どころか別に最終だっていい(結局そうなるだろうけど)。だいたい施設を作る=住めないっていうのも短絡的だ。
しかし、中間貯蔵を拒否して断固、除染、全町民帰宅に拘れば、除染に莫大な費用を費やす上に、その間、町民にとって何年経っても仮設住宅、あるいは移住かなんだかはっきりしない暮らしが続く。そして、各地に汚染物質が放置されたままだ。特に学校の校庭に汚染された土がいつまでも放置されたままでいいわけがない。
井戸川町長よ。ダダをこねてる場合ではないのだ。
2012年01月02日
notice it アルバム2/8リリース

東京から地元に帰ってたのが2009年4月。当初、家業を手伝いながらどこまでできるのかという不安はあった。更に2011.3/11、ありえない災難が降り掛かってきて全く先が見えない時期もあった。しかし!震災後だけでも山形のdinner、仙台の雨ニモ負ケズをリリースし、来たる2012年2/8!ついに地元いわきのバンドnotice itをリリースする事になりました。ここまで辿り着くのに、決して平坦な道ではなかった事は察して頂きたい。そしてこの先もまだまだ...。
そして、福島にいながらでもやっていけるという事を、その価値を見せ続けていかなければならないのです。時代はとっくに地方からの情報発信という方向に移りつつあり、これからもその誇りと責任をもって突き進む所存です。
http://www.nomadic.to/
2011年12月20日
迷える羊よ
2011年12月18日
ネイティブの深み
2011年12月10日
猫救出事件
2011年11月20日
富岡インサイド
Tomioka Inside
http://www.tomioka.jpn.org/
2011年11月09日
雨ニモ負ケズ『不撓ノ一奏』

2011年11月9日リリース 雨ニモ負ケズ『不撓ノ一奏』DQC-798 定価¥1890(税抜¥1800)Nomadic Records(流通バウンディ)
遂に本日11/9。雨ニモ負ケズ1stアルバム『不撓ノ一奏』をリリースしました。福島県のしかも警戒区域のレーベルが仙台のバンドをリリースする。想像できますか?半端じゃないですよ。まあ、そんな事は抜きにしてもこのアルバムの素晴らしさを被災地に、いや、日本全国に届けたい。そして本当に価値のある音楽とは何なのかをわかってもらいたい。皆がそれに気がつけば、今日のショップ店頭のニューリリースコーナーのような品揃えにはならないでしょう(やんわり毒舌)。そしてメディア腐敗も。
とにかく、バンドも自分も魂を込めた一撃です。清き1票を!
2011年11月02日
田中茉裕『小さなリンジー』

以前加茂さんに教えてもらった田中茉裕ちゃんのCDが発売になりました。当時の感想などツイートしたような気もするが改めて、すごい!です。
この作曲/メロディセンスは70年代のキャロルキングあたりの女性SSWに通じる秀逸さ。これが17才の女の子っていうのが信じられん!いったい何を聞いて何を吸収してこういうセンス/アイディアが磨かれたのか。17才らしく少し背伸びをした歌詞、声も張るとクセがあって個性的。ピアノにも豊かな表情がある。まだ荒削りではあるものの(そこがまたいい)、ただ聞き流しておくのを許さないくらいの求心力でグイッと引き寄せられる。更に、胸に飛び込んでくる角度はするどく、真っすぐ。通して聞き終えたあとの、今まで感じた事のない余韻の複雑さがこの作品の価値を物語っている。とにかく、染みるな......。いや、生でみたら泣くな....。
2011年10月30日
2011年10月28日
ある母子
2011年10月19日
サクラのステッカー海外へ
http://sakurafront.org.uk/
それと、知り合いのつてを辿って、NYのあるヘアサロンでもステッカーの配布が決まりました。 どちらももっと細かい報告がじきできると思います。海外では当然ながら震災や原発の報道はほとんどなくなってきてるようなので、まだまだ震災/原発事故が現在進行形であることを知らせるだけでも意義があるはずです。そして、支援だけでなく人の輪が繋がって行く事は素晴らしいではないですか!
2011年10月04日
無謀こそ我が道
今では避難準備区域が解除になるとか、楢葉まではとか、第二原発があるから富岡川まではとか色んな話が出てて、全く見通しがないわけではなくなった。富岡に入るのも全然恐くなくなったし。ただ、除染とか考えたら相当時間はかかるだろうけど。そんなもん本当にできんのかな?
新潟県中越地震のあと山古志村は人口が半分になったという。富岡は、双葉郡は、それどころでは収まらないだろう。
2011年09月29日
山田町支援
集荷が個人宅なので、ご協力頂ける方、メールにて住所をお知らせします。info@nomadic.to までご一報下さい。
山田町 さんの動画より
http://www.youtube.com/user/asdkkejei#p/a/u/0/whklNzk9Owc
山田町へボランティア検討して頂ける方。山田町災害ボランティアセンター
http://p.tl/fcKt
10/2現在、予定枚数に達したので、今回の募集は締め切らせて頂きます。皆様のご協力ありがとうございました!感謝!
2011年09月20日
2011年09月06日
続・富岡町サポートステッカー
貼りまくって下さい!
オモイオモイの募金缶は、
・三軒茶屋エコー仲見世大野かばん店
・浅草橋Kbar
・新宿歌舞伎町カフェBE WAVE
・笹塚ボウル(ボーリング場)
・谷中ジュエリーショップ JAY TSUJIMURA
・大森サロンドカフェSAMASAMA
・新宿御苑前ファス美容室
サポートステッカーは、
・いわき市club SONIC
・新宿LOFT
・代々木Zher the zoo
・下北沢club QUE
・渋谷宮益坂HOME
・大阪市福島LIVE SQUARE 2nd LINE
・新宿御苑前ファス美容室
・三軒茶屋エコー仲見世アース(自然食品のお店)
と、現在上記の通りです。よろしくお願いします。 関根

2011年09月03日
郡山仙台石巻東松島七ヶ浜

本来9/1は仕事でふくしまFM、FM仙台とタワー仙台。9/2はボラで七ヶ浜、9/3七ヶ浜国際村でライブイベントの予定だったが、台風で9/2ボラ中止のために中日がポッカリ空いてしまった。ので、どうせここまできたなら、と一日だけ陸前高田行きを計ったものの、バスの本数の少なさと時間が合わなかった事、片道三時間半かかるというので断念!近場で知り合いがいる石巻を視察しました。結局彼には会えなかったが(こちらもボラは中止)ほぼ市内を徒歩で1周。ガレキ撤去はかなり進んでてホッとしながら(そんでもその被害規模は十分凄いのだが)。門脇小学校の惨状を目にすると、一気に気持ちが壊れかけました。津波にぶち抜かれた上、当時火事もあったという廃墟で、入口に手向けられた花束をみて、ただ涙するのみ。なんかそれが自分をつき動かし、こちらも深い震災の傷跡をのこす隣の東松島まで見て歩く決意を!(無駄と言わないで)約半日かけて海沿いを歩き、通行止めに思わぬ遠回りを強いられ、途中草むしりを手伝いながらも、惨状を目に焼き付けてきました。これでも立ち上がろうとする人々の強さよ。その行く先に幸あれ。翌9/3仙石線が途中不通の為、矢本から振替バスで松島海岸駅まで、美しい松島の景色と被災地の対比を胸に刻み、多賀城までは電車。多賀城から目的地の七ヶ浜国際村まではあえて徒歩で約二時間半。こちらも海岸線を移動したのでかなり遠回りすると、この地の復興のスピードにちょっとした驚きがあった。仙台から近いので人手には事欠かないか。港も砂浜もすごくいい雰囲気で、次はのんびり周りたいな。小学校の修学旅行以来だった松島も。国際村では小じんまりした野外ステージに、11月アルバムをリリースする仙台のバンド雨ニモ負ケズが出演。野外で文字通り時々雨にも負けず、暖かいムードでイベントは進行しました。台風のおかげで予定がかわり、無謀にねじ込んだ徒歩の旅。実に有意義なものとなりました。どんなに勉強したって読んだって聞いたって、真実を一目でも見る事には勝らないのだ! そして命の存在を思い知り、生きる感覚を研ぎ澄ますのです。ただ生きるだけ、以上のステージへ。
2011年08月18日
富岡町小中学校への支援 #tomioka
文科省 東日本大震災子供の学び支援ポータルサイト
http://p.tl/oHZt より
◯受付ID1640
小学校低学年用、跳び箱3台、マット6枚、踏み切り板3枚、移動式鉄棒1台
◯受付ID1575
自分がやらなくても誰かがではなく、知ってもらい、伝え繋げていく事で思いが実現する事も多々あります。 事務局ではポータルサイト以上の要請はしてないというので、皆様のご協力宜しくお願いします。
〇その後学校運営局より連絡があり、必要なものは揃ったそうです。皆様のご協力ありがとうございました。

