2007年01月05日

近藤長次郎

名前: 近藤長次郎
変名: 上杉栄次郎

誕生年: 1838年
没年: 1866年
所属: 土佐藩 → 海援隊

・生家が高知城下で饅頭屋を営んでいたため、「饅頭屋長次郎」とも呼ばれる
・幼少から学問と剣術を好み、1860年に江戸に遊学して、漢学、蘭学、英語、砲術などを学び、その能力を認められ郷士として、名字帯刀を認められる
坂本龍馬の紹介で、神戸海軍操練所に入り操船技術を学ぶ
・操練所閉鎖後は、亀山社中に参加し、諸藩折衝の仕事に敏腕を振るう
・幕府との対立で経済封鎖を受けた長州藩から派遣された伊藤博文井上馨を英国商人グラバーに引き合わせ、ユニオン号や新式洋銃の調達を手伝う
・長州藩からの謝礼を使い極秘裏に英国留学を企てるが、発覚し切腹して果てる、享年、29歳

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【関連書籍】
近藤長次郎―龍馬の影を生きた男
坂本龍馬・海援隊士列伝
写真集 坂本龍馬の生涯
NHK 歴史への招待〈第22巻〉海援隊と奇兵隊

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2007年01月04日

来島又兵衛

名前: 来島又兵衛

誕生年: 1816年
没年: 1864年
所属: 長州藩 → 遊撃隊

・長州藩士・喜多村左治馬正倫の次男として生まれ、来島家を継ぐ
・巨漢で剣と馬術に優れ、戦国時代の豪傑を思わせる風貌と能力、事務能力が高かったために、長州急進派の旗頭となる
・長州諸隊が結成されたとき、他藩の浪士からなる遊撃隊の隊長に就任
・京都での政変、池田屋事件により、京都での長州の影響力低下に対し、1864年に久坂玄瑞らととも禁門の変を起こす
・禁門の変で、馬上指揮中に敵弾を浴び、動けなくなって自決、享年49歳

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【関連書籍】
木戸孝允文書 全8巻・木戸孝充遺文集
花冠の志士―小説久坂玄瑞
NHK「その時歴史が動いた」 幕末 京都炎上~長州・久坂玄瑞、志に散る~
高杉晋作と久坂玄瑞


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2007年01月03日

久坂玄瑞

名前: 久坂玄瑞
変名: 松野三平

誕生年: 1840年
没年: 1864年
所属: 長州藩

・長州藩寺社組本道医・良迪の次男として萩城下に生まれる
・松下村塾の入門者となり、吉田松陰の実妹の文と結婚する
・早くから、謹慎中で萩から動けない吉田松陰のために尊皇攘夷活動を展開する
・1862年、高杉晋作らとともに、御楯組を結成する
・藩論を公武合体から、尊皇攘夷に一変させ、1863年5月、自らも下関で外国船発砲に参加する
・このとき、玄瑞の呼びかけで光明寺党を結成、後の奇兵隊の元となる
・京都での政変、池田屋事件により、京都での長州の影響力低下に対し、1864年に禁門の変を起こす
・禁門の変では、来島又兵衛らとともに諸隊を率いるが、長州軍は1日で敗れる
・禁門の変の最中、同志の寺島忠三郎と二人で鷹司邸に立てこもり、切腹、享年25歳

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【関連書籍】
花冠の志士―小説久坂玄瑞
NHK「その時歴史が動いた」 幕末 京都炎上~長州・久坂玄瑞、志に散る~
高杉晋作と久坂玄瑞


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2007年01月02日

山田顕義

名前: 山田顕義

誕生年: 1844年
没年: 1892年
所属: 長州藩 → 御楯隊 → 整武隊 → 政府

・長州藩士・山田七兵衛顕行の子として生まれる
・1858年、松下村塾の65番目の入門者となる
・先輩である高杉晋作らとともに、尊攘運動に身を投じる
・1863年、狙撃隊を結成してその長となり、1864年の禁門の変や下関戦争に参加する
・1865年、長州内戦では、御楯隊司令をして活躍する
・1868年、戊辰戦争では、副参謀として征討総督・仁和寺宮とともに各地を転戦する
・特に、7月の秋田征伐では大きな働きをし、その後の函館戦争にも参戦する
・1871年、岩倉使節団に加わって欧米を歴遊する
・帰国後は、東京鎮台司令長官、元老院議官、工部卿、司法卿を歴任する
・1874年の佐賀の乱、1877年の西南戦争でも活躍する
・1892年、山口から東京に向かう途中、生野銀山に立ち寄ったところで卒倒し、そのまま帰らぬ人となる、享年49歳

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【関連書籍】
山田顕義伝―日本近代化にかけた五十年
岩倉使節団のパリ―山田顕義と木戸孝允その点と線の軌跡
抵抗の器―小説・山田顕義
剣と法典―小ナポレオン山田顕義
小説日本大学〈1〉建学の精神とともに
小説 日本大学〈2〉新分野への挑戦

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2006年04月27日

田中顕助

名前: 田中顕助

誕生年: 1843年
没年: 1939年
所属: 土佐藩 → 陸援隊 → 政府

武市半平太に師事して剣術と学問を修める
・1861年、武市によって結成された土佐勤皇党に参加する
・土佐勤皇党には、坂本龍馬、吉村寅太郎、中岡慎太郎らが参加し、2年後には192名となる
・1863年、上洛し諸藩の志士たちと交わり、帰国後も国事に周旋していたが、八月十八日の政変後は、謹慎を命じられる
・謹慎の翌年、那須盛馬(片岡利和)、橋本鉄猪(大橋慎三)とともに脱藩する
・顕助は高杉晋作の知遇を受け、動乱の続く長州藩内で活動を続ける
・薩長同盟の秘策を抱いて長州入りした中岡慎太郎をよく補佐し、薩長同盟の実現に貢献する
・1867年、中岡慎太郎が陸援隊を設立すると、幹部として招聘される
中岡慎太郎坂本龍馬とともに暗殺されると、陸援隊を統率し、勤皇派の公家である鷲尾隆聚を擁して高野山にて挙兵、鳥羽伏見の戦いでは錦旗を下賜され紀州や、大阪の動きを牽制する
・新政府設立後は、岩倉具視使節団の一員として欧米訪問する
・陸軍省会計局長、陸軍少将、初代内閣書記官長(現在の内閣官房長官)、警視総監、元老院議員、宮内大臣などを歴任したが、収賄疑惑で周囲から非難を浴びて辞職を余儀なくされ、政界からも引退する
・1939年、97歳でこの世を去る

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【関連書籍】
幕末を駆ける

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2006年04月21日

入江九一

名前: 入江九一(入江杉蔵)
変名: 河島小太郎

誕生年: 1837年
没年: 1864年
所属: 長州藩 → 奇兵隊

・1837年、長州藩の足軽入江嘉伝次の長男として生まれる
・1858年以降、短期間ではあるが、松下村塾で学び、四天王に数えられる
松陰が井伊直弼による安政の大獄で処刑された後も、師匠の遺志を受け継いで間部暗殺計画を実行に移そうとしたが、幕府に察知されて弟の野村靖と共に投獄されてしまう
・出獄後、高杉晋作の進めた奇兵隊創設に協力する
・1864年、禁門の変に出陣し、久坂玄瑞らとともに鷹司邸に籠もって奮戦する
久坂に後事を託され京都脱出を図るも失敗し、切腹して果てる

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【関連書籍】
入江九一資料集


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2006年04月16日

中浜万次郎

名前: 中浜万次郎(ジョン万次郎)

誕生年: 1827年
没年: 1898年
所属: 土佐藩

・土佐中浜浦の漁師の息子として生まれる
・漁の途中で遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられる
・このとき、ジョン・マンと名乗っており、帰国後、ジョン万次郎と呼ばれるようになる
・1851年、帰国し、長崎藩、土佐藩に西洋技術を伝える
・1860年、英語力を活かし、威臨丸に通訳として乗り込み、勝海舟、福沢諭吉らとともにアメリカに派遣される
・維新後は、開成学校の教師となり、日本の英語教育の確立に貢献する

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【関連書籍】
ジョン万次郎漂流記
私のジョン万次郎―子孫が明かす漂流150年目の真実
誇るべき物語―小説・ジョン万次郎
ジョン万次郎のすべて

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2006年04月15日

鈴木三樹三郎

名前: 鈴木三樹三郎

誕生年: 1837年
没年: 1919年
所属: 新撰組 → 高台寺党

伊東甲子太郎の実の弟で、鈴木多門と名乗る
・寺内家の養子となるも、酒癖が悪く離縁される
・伊東家を継いだ兄を頼って上京後、ともに新撰組に入隊する
・神道無念流を使い、新撰組では、9番隊隊長を務めるが、それほど強くなく、むしろ弁舌に長ける
・兄の伊東とともに、新撰組を抜け、高台寺党を結成し、倒幕志士として活動を開始する
・油小路にて、兄の伊東が暗殺されたのちは、敵討ちのため近藤の暗殺を企てるが失敗する
・赤報隊2番隊長として、倒幕戦を戦う
・赤報隊は偽官軍の汚名を着せられるが、2番隊は、直ちに帰還したため嫌疑をとかれ、その後は戊辰戦争を戦う
・明治以降は、役所で働く

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【関連書籍】
新選組史料集
新選組史料集
続 新選組史料集

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2006年04月13日

池内蔵太

名前: 池内蔵太
変名: 細川左馬之助、細井徳太郎

誕生年: 1841年
没年: 1866年
所属: 土佐藩 → 海援隊

・江戸遊学時に、安井息軒の門で学びながら勤皇志士と交わる
・土佐帰国後、武市半平太の土佐勤皇党の結成に、発足時の盟約者として加わる
・1863年、脱藩し、長州に身を寄せ、下関砲台による外国艦船砲撃には、遊撃隊参謀として参加する
・天誅組の挙兵時には、洋銃隊隊長として参戦する
・1864年、禁門の変では、長州軍忠勇隊に所属し参戦する
・同じく土佐藩脱藩組の坂本龍馬と亀山社中の結成に加わる
・社中での声望も高く「たとえ龍馬が倒れようとも、内蔵太さえいれば倒幕はなせる」とまで言われていた
・1866年、薩摩藩が購入した風帆船・ワイルウェフ号に乗船したが、塩屋崎沖で暴風雨にあい沈没するワイルウェフ号と運命をともにする、享年26歳

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【関連書籍】
坂本龍馬・海援隊士列伝
龍馬を読む愉しさ―再発見の手紙が語ること


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2006年04月11日

岡田以蔵

名前: 岡田以蔵
変名: 土井鉄蔵

誕生年: 1838年
没年: 1865年
所属: 土佐藩

武市半平太の元で剣を学ぶ
・その後、武市とともに、士学館(道場主:桃井春蔵、鏡新明智流剣術)にて剣を学ぶ
・1861年、武市によって結成された土佐勤皇党に参加する
・土佐勤皇党には、坂本龍馬、吉村寅太郎、中岡慎太郎らが参加し、2年後には192名となる
・京都にて暗殺者として恐れられる
坂本龍馬の依頼で、勝海舟の護衛をする
龍馬の口利きで、神戸海軍操練所に入るも、すぐに抜け出す
・土佐の藩警吏につかまり、土佐で拷問を受ける
・同志に毒入りの食事を盛られ、尊敬する武市に裏切られたことを知った以蔵は、洗いざらい白状してしまう
・1865年、斬首刑に処される、同日、武市も切腹

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【関連書籍】
剣鬼・岡田以蔵
剣鬼・岡田以蔵―幕末人斬り伝
異端の殺し屋

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