以下は、日本の輸出入管理における安全保障を研究する一般財団法人安全保障貿易センターが発行するCISTECジャーナルの昨年11月号に寄稿した文章です。

 中国と北朝鮮、近隣の共産圏2国が仕掛ける技術盗用手法に焦点をあててみました。

 長文になりますので、中国編と北朝鮮編に分けて配信させていただきます。


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【 留学生を先頭に人海戦術で
     先端産業情報に迫る中国 】

突出する中国人留学生


 独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の調査によれば、全国の大学(院を含む)、短大、高等専門学校、専修学校等で学ぶ留学生(語学学校の就学生を除く)の総数は昨年5月1日現在で13万5519人。この数字は前年同期より2200人ほど少ない。

 来日する留学生は1998年を境に急速に殖えはじめ、2003年には10万9508人とついに10万人を超えた。1983年、当時の中曽根康弘首相が提唱した「留学生10万人計画」が目処とした2000年より3年遅れたが、なんとか目標を達成したのである。

 以降も留学生数はうなぎ登りで殖え続け、ピークに達した2010年には14万1774人を記録する。

 90年代、日本語学校を隠れ蓑にした不法就労が横行したため一時入国審査を厳しくした入管だったが、98年を境に2000年代に入ってふたたび留学生が急増したのは、96年に身元保証人制度を撤廃したこと、98年に留学生のアルバイト制限が一日4時間から週28時間と緩和されたこと、99年に1年更新だった留学ビザが2年更新に延びたことと、大学生には申請書のみで在留資格認定書を発給するようになったこと、などの規制緩和がつぎつぎ為され、その相乗効果が現れてきたためであると見られる。

 出身地域別の構成比を見ると、昨年度の場合、アジア地域出身者が12万4542人と全体の91.9%を占め、出身国別で見るとうち中国出身者が8万1884人(全体の60.4%)、そして韓国出身者が1万5304人(同11.3%)に上る。両国で全体の7割以上を占めているのが現状である。

「30万人計画」

 特に伸び率が大きかったのが、中国だ。

 2000年代に入って中国人留学生が急増した背景には、中国経済の急成長で、かつての出稼ぎ偽装就学生に代わり自己資金で留学できる富裕家庭の子女が増えたこと、そして国内18歳人口の急減で日本の大学側が留学生枠を大きく広げたことが大きな要因の二つと見なされる。

 2005年に一旦高止まりしたかに見えた留学生数だが、2008年を境にふたたび増加に転じる。これは同年、当時の福田康夫首相が「国際化の一層の進展のため、2020年までに、国内留学生の受け入れを当時の10万人から30万人に3倍増する」という、いわゆる「留学生30万人計画」を発表したためである。

 これによって日本留学のための試験を海外でも受けられるようになったり、各大学で留学生用の宿舎を建てるのに政府が費用を援助したり、と日本側が受け入れ体制を拡充した。また中国では、都市部以外の地方にも隅々まで留学生募集案内の告知を広げ、日本大使館も留学ビザの給付率を高くするなどの措置により、日本留学の手続きが容易になった。


国費留学生の特権待遇


 日本政府奨学金による国費外国人留学生は、特に恵まれている。

 日本人への奨学金は、返済義務がある貸与型だけだが、国費留学生は、この義務がない給付型だからだ。留学生全体の1割がこれに当たり、中国の留学生は18%を占めてトップになった。続いて、韓国、インドネシアと、国費留学生はアジア諸国出身者がほとんどである。

 政府予算では、2009年度は、例年とほぼ同じ220億円を計上。これを国費留学生1万人で割ると、一人当たり年間220万円の給付を受けている計算になる。その内訳は、奨学金を学部生で月額12万5000円給付、授業料を国立大なら免除、私大なら3割限度の減免、さらには往復の航空運賃まで支給される。しかも現在では、「ヤング・リーダーズ・プログラム留学生」なるコースまであり、エリート留学生に対しては25万5000円もの奨学金が支給されるというのだから、まるで夢のような話である。

  それに加えて、もちろん授業料は免除。先述のように、日本人学生の奨学金はローンで返済義務があるというのに、国費留学生の場合は贈与で一切の返還義務なし。

 2008年3月、参議院の文教委員会で民主党の谷岡郁子議員は文科省にこう詰め寄った。「諸外国では留学生の学費は自国学生に比して2~3倍程度高いのが普通です。こんな現象は日本でしかあり得ない。一般家庭は本当に高い家計負担に苦しんでいるというのに、納税者でもない留学生にだけ大盤振る舞いするのはまるで本末転倒ではないか」

留学生予算は300億円


 少子化で日本人学生の総数が年々減少の一途をたどり続ける昨今、生き残りをかけて各大学は優秀な外国人留学生の取り込みに必死だ。そして、留学生枠を拡大するよう、文部省に対して懸命の働きかけを行っている。

 その結果、一昨年で私費留学生に対する約72億円、短期留学生に対する25億円を加え、合計293億円以上の血税が留学生支援に費やされることになった。

 2009年、政権交代した民主党政権がはじめた仕分け事業により半減するはずだった「30万人計画」の予算は、「グローバル30」と名前を変えて、逆に殖えた。目標通り2020年に30万人の留学生を迎えたとすると、現在までの推移で進めば、全体で年間およそ570億円の国庫負担となる。

 文科省は「国際化の進展と外交戦略の一環」などと言うが、航空費から、学費から、生活費から……と、至れり尽くせり。…… けれども、そこまでの厚遇で迎えてあげた留学生が、日本で学んだ知識と技術を母国に持ち帰り、しかもそれが知財立国であるわが国の知的財産権の侵害に繋がるとしたら……そしてわが国の産業及び安全保障上の脅威になるとしたら……。「国際化の進展」などと、呑気なことは決して言ってはいられないはずだ。

在日中国科学技術者聯盟


 おなじくJASSOの調べによれば、8万1884人いる中国人留学生のうち学部生は4万3326人で、大学院生は2万2698人。

 このうち、先端産業の科学技術情報に多くアクセスできると考えられる理学部と工学部の学生に関していえば、学部では併せて5081人。院では5601人の学生が学んでいる。

 特に工学部に関しては、学部生が4673人に対し、院生の数が4900人と、院生の数のほうが多いのだ。これは、ハイテク産業と密接する工学部の学生ほど専門分野への執着度が高いことの証左であると同時に、電気やIT関連など工学部系の特定分野の留学生に対して20~30万円の奨学金が与えられるという日本政府による優遇措置の結果でもある。

 このような優秀な理工系大学院生のなかには「在日中国科学技術者聯盟(科聯盟=ACSEJ)」に籍を置くものもいる。この団体は、主に日本の科学技術団体、研究者との交流を目的に、1993年5月に結成された在日中国人科学者の集まりである。現在構成員は1000人を超え、会員は日本の企業や研究機関等で働く研究者が90%を占める。そして、うち3分の2以上が博士号を有している。


裏の顔


 科聯盟は下部組織として、ACSEJ日中法律研究会、ACSEJ机械技術者協会、ACSEJ生物科学及環境協会、ACSEJコンピュータ応用協会、ACSEJ企業家聯誼会、ACSEJ医学協会、ACSEJ在日中国学者材料学会などの分科会を持ち、それぞれの分野に特化した科学者たちが情報交換を行っている。

 そのなかでも、特に活動が活発なのは、1997年にスタートしたACSEJ企業家聯誼会である。この団体は80名からなる新世代のハイテク系ベンチャー起業家の集団で、日本の最新技術と中国本国を結ぶ重要な役割を果たしている。

 科聯盟は表向き任意のボランティア団体ということになっているが、しかし裏には裏の顔がある。かつてこの組織に所属した元国費留学生によれば、「事実上、中国共産党の傘下機関であり、日本企業や研究所に潜り込んだ中国人諜報員たちの情報交換の場となっている」という。 国慶節など中国の記念日に合わせて行われるこの団体のパーティが、新たなエージェントのスカウトに利用されることもある。


自動車業界の場合
 
  たとえば、自動車業界を見てみよう。

 現在年間の自動車販売台数が2000万台を超え、日本とアメリカを併せた数字をさらに上回る中国だが、その中国のモータリゼーションの波が大きく躍動したのは10年ほど前の2000年代半ばだった。

 中国の内需が拡大し、所得の高い家庭は自家用車を持つ時代になった。国内の自動車販売台数が700万台を超え、日本を抜いて世界第2の自動車市場となった頃だ。また、生産台数も同様に700万台を超え、ドイツを抜いて世界第3位に躍り出ていた。しかも、生産台数、販売台数ともに、毎年数百万の単位で増加していった時期である。

 この当時、中国の経済人のあいだで高まっていたのは日本車、特にトヨタに対する関心だった。

 トヨタがアメリカのゼネラル・モーターズ(GM)を抜いて年間生産台数世界一になったのは2007年だったが、その当時国内メーカー100社以上を擁していた中国は今後の成長が大いに期待できる自国の自動車産業の育成のため、隣国の世界一企業をモデルにしようと考えていた。この頃、北京、上海など大都市の大型書店の経済書コーナーではアメリカで出版された『ザ・トヨタ・ウエイ』(ジェフリー・K・ライカー著)の翻訳本飛ぶように売れていたものだ。

 しかし、70年以上の時間をかけて研鑽を重ねてきたトヨタに追いつくのは、並大抵の努力ではできない。


在日華人汽車工程師協会


 後発の中国産メーカーが海外で勝負するにはやはり最大の武器は「低価格」ということになるが、海外市場では国内以上に高い性能と品質が求められる。コストは削りたいが部品や鋼材などの輸入品はそうそう値切れない。最大の強みは無論のこと廉価な労働力だが、他に手っ取り早く予算削減できるのは研究開発分野だ。

 中国の場合、ここにまわす費用と時間を節約するため、スパイを忍び込ませて外国から盗んでこようという発想になるわけだ。

 最近の中国では、経済発展を焦るがあまり、長期的な展望でものを考えられない風潮が蔓延しており、彼らはこれを「急功近利(功を急ぎ手近の利を求める)」呼んでいる。日本のみならず欧米諸国でも横行する、中国人による産業スパイ事件も、こうした「急功近利」的発想の産物であるといえよう。

 2007年3月、日本最大手、世界でもドイツのボッシュに次ぐ第二位を誇る日本の自動車部品メーカー、デンソーで起きた、中国人技術者による大量のデータ持ち出し事件の記憶は、まだ薄れていない。

 最終的には起訴猶予処分となったが、逮捕された中国人元社員楊魯川(41)は、日本在住の中国人自動車技術者組織「在日華人汽車工程師協会」で、7人いる副会長のうちの1人であることが判明した。

 2005年に結成された同協会のメンバーには、日本の大手自動車メーカー、部品メーカー、大学等の研究者など約200人が在籍。設立時には中国企業から100通近い祝電が寄せられるなど、本国の自動車産業界から熱い視線を浴びていた

 また、同協会のイベント費に対して、5000万円もの巨額が寄付が本国からあったり、会員の帰国費用を中国企業が負担したりと、母国から不可解なほどの厚待遇を受けてもいたのだ。これらのことから考えて、この団体が事実上日本の自動車産業から技術情報を持ち出す工作機関であった可能性は否定できない。

突然の起訴猶予


 製品データなど、製品に関する社内の重要情報を13万件もダウンロードしていた楊は警察の調べに対し「勉強のためだった」と供述しているが、協会内では中国との窓口役を担当しており、デンソーの社内データが中国企業に流れていたと見てまず間違いない。

 捜査当局によれば、楊は社内のデータベースにパソコンで接続し、産業用ロボットの図面など約1700もの製品のデータをダウンロードして入手していた。

 しかも、前年9月までは一番多い月でも10件程度のデータしかダウンロードしていなかったが、10月は1万8000件、11月には12万件と激増していた。ダウンロードが増えた10月以降、中国に二度帰国し、デンソーが事情を聞いた直後の07年2月にも一時帰国していたという。つまり、社内のデータベースから大量に図面を入手し始めた時期と、中国に何度も一時帰国するようになった時期がほぼ一致しているのだ。

 1990年に来日した楊は、東京都内の工学系大学に入学する以前、ミサイルやロケットの製造開発にかかわる旧「中国航天工業総公司」に勤務していた。当然のことながら、中国人民解放軍との関係も捜査陣の念頭に置かれていた。

 ところが、中国から温家宝首相が来日する直前、突然起訴猶予処分となり、急遽中国へ帰国してしまったのである。

「高度な政治判断が働いた」

 と、マスコミは色めき立ったが、これでは諸外国から「スパイ天国」と嘲笑されても仕方がない。

 自動車業界では09年末にも、自動車部品ミクニから現地合弁幹部が技術情報を持ち出した問題で、中国の地裁が懲役の実刑判決を下している。


ルノー幹部も情報漏洩

 しかし、これは何も日本だけの現象ではない。

 2011年にはフランスで、ルノー幹部3人による電気自動車(EV)技術の漏洩事件が明らかになったのも記憶に新しい。

 11年1月、「ルノーからEV車用充電設備の技術を盗んだ」として仏メディアから名指しされたのは、中国屈指の巨大企業である国家電網社だった。同社は、中国のほぼ全域に電力を送る送電網を持ち、150万人以上の社員を抱える。

 中国政府は「2020年を目処にEV車をはじめとするいわゆるエコカーを500万台以上に殖やす」との目標を掲げていたので、それに合わせて業界も色めき立っていた。国家送電網は当時、中国でEV車の普及に備えて充電施設(スタンド)などのインフラ整備に取り組んでおり、2015年を目標に140億元の予算を組んで充電スタンド設置を進めていた。

 フランスの捜査当局は事件の全容を明らかにしていないが、その後の報道を追うと、フランスを代表する自動車メーカーのハイテク情報が中国に売り渡されたのは間違いない。これは、国家送電網に買収されたルノー幹部が、自社の先端情報を秘密裏に譲渡しようとした、というケースである。

英国の調査


 イギリスの政府系シンクタンク「戦略情報研究所(Strategic Intelligence Forum)」の調査によれば、欧米ではこの15年ほどのあいだに中国人スパイによる産業情報の流出が激増した。

 しかも近年はプロの産業スパイを使った諜報活動はほとんどおこなわれず、中国の情報機関が留学生など一般の在外中国人を後ろから操る方式に切り替えているという。欧米各国でも、一般市民に混じって生活し、一般学生と同様に学びながら間隙を縫って政府や企業の研究機関に侵入しようとする研究者や留学生があとをを絶たず、一大脅威に発展している。

 同シンクタンクが2007年に発行した特別レポート「中国人スパイの脅威」は、次のように報告した。

①英米圏に侵入する外国人スパイのなかでも目立って増加しているのが中国人である。
②とくに06年以降、産業スパイが著しく増加した。
③その方式は、中国人学者、留学生、訪問代表団等が情報収集し、共産党直属の情報機関に情報提供している。
④中国情報部のエージェントは基本的に各国に駐在する中国大使館の内部に根拠地を置いている。
⑤中国政府は、大使館を通じて在外中国人に圧力をかけて情報提供を強要している。
 ――等である。


MI5も乗り出す


 さらに2010年、やはり英国で世界屈指の諜報機関であるMI5(英情報局保安部)が「中国人スパイの脅威」と同タイトルの文書を14ページで作成して、関係省庁や企業などに配布した。

 同レポートによれば、中国人民解放軍や情報機関のエージェントは、貿易フェアや見本市などに潜り込んで防衛、エネルギー、通信など、安全保障分野と関係の深い企業の関係者と接触する。そしてこれと狙いを定めたビジネスマンに接近した上で言葉巧みに信用させ、「私どもの会社案内です」とか、あるいは「当社の新製品です」などと言ってディスクやUSBその他の電子情報機器を「プレゼント」する。なかにはスパイウエアが忍ばせてあり、ターゲットが自分のパソコンに接続したと同時に端末内の情報探索を開始するという仕組みだ。

 MI5レポートはさらに警告する。

「中国の大都市、北京や上海のホテルの部屋にはスパイカメラや盗聴器が仕掛けられている可能性がある。客の留守中を狙って買収されたホテルの従業員が仕掛けている」

 当然のことながら、これはハニートラップ(蜜の罠)の下準備である。

 かつては女スパイが大物政治家や政府要人と性的関係を持ち、弱みを握って機密情報を聞き出したり、要求を呑ませたりするパターンだったが、最近はこの手口でビジネスマンや技術者にも狙いをつけ、産業情報を持ちださせるケースが発生している。

在米留学生による事件

 戦略情報研究所のレポートは、アメリカにおける中国産業スパイの実態についても言及にした。

 それによれば、「大学や企業などの研究機関で、学者や留学生をスパイ要員に仕向けて得た産業情報は、米国一国でこれでまで累計400件を越し、そのほとんどが中国に技術移転された模様である」という。

 それにもかかわらず、実行犯である中国人がスパイ容疑で逮捕された例は「数えるほどしかない」というのが現状だ。

 たとえば03年8月、アイオワ州立大学に留学中の中国人留学生2人が、軍事産業関連情報を中国の軍情報部に提供したとして逮捕された。およそ半年間にわたって内偵を進めていたFBIの調査によれば、この2人の留学生が盗み出したのは、工業製品としては現在世界で唯一アメリカ国内で製造販売されている超磁歪素子「Terfenol-D」の素材情報だった。Terfenol-Dは海軍兵器研究所が開発に数千万ドルを費やして研究を重ねた工業用素材で、潜水艦に使用される高性能ソナー(超音波探知機)等に軍事転用することが可能であるという。
 この素材は70年代、アイオワ州立大学エネルギー学実験室と海軍兵器研究所が共同開発したもので、逮捕された2人はこの実験室に足繁く出入りを繰り返して機密情報を持ち出していたようだ。そして二人が逮捕されたときにはすでに遅く、この情報は中国情報機関を通じて人民解放軍に引き渡された後だったのである。


FBI報告

 この事件によって中国の留学生スパイに対する警戒感を強めたFBIは、中国人留学生および中国人研究者を日常的に観察する専門チームを密かに組織し、その実態把握を急ぐことになる。その結果、07年の段階で「約15万人いる在米中国人留学生のうち13万人がスパイ活動に従事している疑いがある」という驚くべき調査結果を発表した。

 そして、同年の12月、カリフォルニアのシリコン・バレーにあるIT企業で働く中国人技術者二人が、マイクロプロセッサの設計情報を盗み出し中国の国営企業に売り渡したとして逮捕される。2人は容疑を認め、経済スパイ法違反の適用を受けている。

 当然のごとく、この2人の中国人技術者はアメリカの大学で専門教育を受けた元留学生だった。そして捜査関係者によれば、「彼らは学生時代から中国情報機関のスペシャルエージェントの指示を受けて教育されてきた。情報を盗み出した企業への就職も、情報機関からの指示だった可能性が高い」という。


人海戦術

 そして2009年4月、米議会の諮問機関「米中経済安保調査委員会」がFBIからの報告を受け、在米中国人スパイの実態に関する公聴会を開いた。

 席上、報告者の1人である元FBI捜査官はこう述べた。

「中国は特定の産業分野に絞って諜報活動をおこなうのではなく、中国にはない先端の科学技術情報であるなら、手当たり次第情報を盗み出すという方式をとっている。情報収集活動を直接実行するのはほとんどが現地でスカウトされた中国人留学生たちである」

 さほど高度な情報でなければ、セミナーに出席して講義をメモしたり、専門分野のテキストを収集して届けたりするだけなので、留学生たちは自分がスパオ行為をやっていると自覚もなく、知らず知らずのうちに技術搾取に加担していることも多い。

 このような留学生のリクルートについてはさまざまな方法があるが、なかでも一番オーソドックスなのは、パーティー会場などで偶然を装い、目当ての学生に直接声をかける方法だ。

 まず、来米した中国歌舞団等の催しがある際、招待券を配布して留学生たちを集める。その後大使館で開かれるパーティーに彼らを招いて、若手の諜報員予備軍たちが狙いを定めた留学生に接触する。この場合、声をかけられるのは、多くが工学部などに在籍する理系の学生であり、なかでも大学内に存在する同郷会など、サークル組織のリーダーなどであることが多いという。

留学生の心理


 さらに、留学生たちが仲間内でおこなう各種サークル活動に援助するなどといって少しずつ金銭を渡す、帰国後に有利な就職の斡旋をおこなうと約束する、中国教育部による奨学金の提供を約束する、などのエサをぶら下げられれば、ほとんどの留学生はなびいてくる。

 日本に留学し、現在は日本企業に勤務する四〇代の元国費留学生は、この際の留学生たちの心理状態を次のように解説する。。

「もちろん他人のものを盗むのは中国文化のなかでもでも最大級の不道徳だが、現代中国の党文化からすれば、外国の先進技術情報を盗み出すことは愛国愛党の精神にかなっている。

 とくに国費留学生や、公派と呼ばれる政府派遣留学生の留学生の場合、留学前に徹底的に愛国教育を施してから送り出されるので、道徳心よりも愛国心の方が先に立つ。

 なかでも日本にやって来る留学生の場合、最近の『80后(80年代生まれ)』世代は子供の頃から徹底した反日教育を受けているので、『日本から技術を盗み出すのは日本帝国主義に対する復讐だ』などと言い含められると、そのまま信じてしまう。これによってカネを貰って他人のものを盗む疚しさも解消される」


大物スパイの証言

 中国による留学生スパイの実態に関しては、07年オートラリアに亡命し、各国での中国人スパイの実態を暴露して注目された駐シドニー中国領事館の元職員、陳用林が、

「中国の在外大使館・領事館は、国外に居住中の中国人留学生を操り、スパイ活動に従事させている」

 と証言したことがある。。

 この陳用林に、アメリカに本拠を置く中国の反政府系新聞「大紀元」がインタビューしたところによれば、国外で暗躍する中国の産業スパイは大別して、3穫類に分けられるという。

①スペシャル・エージェントと呼ぱれる者たちで、国家安全部(国安=政府情報機関、中国版CIAと呼ばれる)他所属のプロの諜報要員たちである。そのすべては中国共産党員で占められる。彼らの多くはビジネスマンとして入国し、現地につくってある国家安全部他のダミー会社の社員として現地に定住する。

 ダミー会社は多くの場合は貿易などをおこなう商社の体裁とっているが、実態は産業スパイをおこなう中国情報機関の隠れ蓑となっている。人民解放軍所属の情報機関傘下企業を含め、現在アメリカにはこのような中国スパイ組織のフロント企業が約3000社あると目されている。

②中国現地で警察学校を卒業したなかから選抜された若手のエリートたちで、将来は国安他の警察・諜報部門の主要部署に進む幹部候補生たちである。もちろん全員中共党員だ。彼らの主な仕事は現地で情報提供をしてくれる協力者(エージェント、中国では「運用同志」と呼ばれる)を探し、日常的に接触してその掌握に務めることである。 

③そのエージェント、あるいは「運用同志」と呼ばれるのが、現地で暮らしている(主に)中国人留学生やビジネスマン、ジャーナリストなどである。彼らはもともとその国に生活基盤を持ち、合法的な長期滞在資格を有しているので現地での行動に制限が少なく、活動が容易だ。


3段階方式

 米情報関係者によれば、当初中国情報機関はビジネス上の取引を通じて現地企業と接触し、技術を盗もうと試みたが、現実的にはなかなか困難であったようだ。たとえ取決先といえども、技術情報に関する企業のガードは堅い。企業秘密を明かすことはそのまま自社の減益減収に直結することになるのだから当然だ。いかにプロの諜報要員といえども、内通者なしに外側から企業情報を盗み出すのは至難のワザであるということだ。

 中国諜報機関は方針転換を図り、留学生などのエージェントを育てて研究機関に潜り込ませる方式に切り替えていったという。

 したがって、現在世界各国でおこなわれている中国の諜報活動には、

①の国家安全部他所属の上級諜報員たちが、

②の若手スパイ予備軍たちに命じて現地滞在中の中国人のなかから適格者を探し出して逐一指示を与え、

③の現地定住エージェントが大学・企業・政府などの研究機関に潜り込んで先端科学技術情報や産業関連などの機密情報を持ち出すという、段階的な構造が出来上がっている。

 ①と③が接触することはないので、たとえ先述のアイオワ州立大のケースのように諜報活動が発覚して事件化したとしても、国家安全部他の中国情報機関の存在が表面に出ることは決してない。

 また、陳用林が各国での諜報活動について豪議会で証言したところによれば、オーストラリアには1000人以上の中国人スパイが存在し、スパイ防止法のない日本にはその数倍の工作員がいるのは常識であるという。

 若手スパイ予備軍によってリクルートされる留学生等は、「カネと愛国心」をチラつかされてエージェントとなり、1件の情報につきおよそ1万元(約15万円)ほどの報酬が支払われる。協力者の数は職業的なスパイの十数倍はいるというから、日本国内には万単位で中国人スパイのエージェントが暮らしている計算になる。


陳証言の波紋


 陳用林は表向きは在豪中国大使館で一等書記官を務める外交官だったが、裏の顔はオースラリアで活動する1000人の中国人スパイとその手先のエージェントを管理する工作活動の元締めだった。

 告発の後、陳はオーストラリアに亡命申請したが、当初は中国政府の妨害により政治亡命が認められず、保護ビザの資格のままだった。現在、ようやく政治亡命が認可され、オーストラリア在住のまま中国民主化運動家として活動中である。

 陳用林の語った中国情報機関の工作活動は壮絶で、そのスパイ網は全世界をくまなく覆っている。

 狙いを定めた外国の要人に麻酔を打ち、漁船に乗せて中国に拉致するなど破壊行為や、女性を使ったハニートラップ、その他反体制活動をおこなう在外中国人に対する監視・尾行・脅迫も日常茶飯事であることがわかった。そして、近年になって中国が特に力を入れているのが、産業情報の不正取得であることも判明した。

 各国が中国人産業スパイへの防衛対策に注力するようになったのは、この陳用林証言の影響が大きい。
 
ハイテク化のための留学生政策

 そして同2009年6月、米シンクタンク「トラディショナル・スタディーズ財団」も、やはりFBIの調査をもとに「中国のハイテク研究や過15五年間の高度経済成長は、米軍事および産業の機密情報を窃取したことと密接に関係している」と発表した。もちろん、この政府系財団の分析には陳用林から聴取した、留学生等を通じた中国スパイ活動の詳細に関する裏付けも含まれていただろう。

 ――とすれば、中国の科学技術振興政策と、留学生政策も「密接に関係」しているはずだ。開放改革以降の中国の留学生政策の歴史を振り返ってみることにしよう。

 中国では1986年3月、宇宙技術、レーザー技術、情報通信技術、生物、オートメーション、エネルギーと7つの分野における技術革新を目指した「863ハイテク技術研究計画」が提示された。

 これはこの月、中国自然科学会の重鎮である4人の科学者が当時の最高実力者鄧小平宛に、「世界の戦略的ハイテクの発展に追いつくことについて」という建議書を送り、先端技術分野で先進国レベルに追いつくためには今後いっそうの政策転換と予算が必要であると書いたことに端を発する。鄧小平はこの科学者たちの提案を受け入れ、863計画がスタートした。

 そして1988年、中国共産党がハイテク産業発展計画を策定すると、この年から日本への留学生も急増することになる。87年におよそ7000人だった中国人留学生は、88年には約2万人と、3倍近くまで激増したのだった。


毎年2桁増の研究費

  以降、産業の近代化は急ピッチで進む。

 91年には、北京をはじめとする27の都市を国家級ハイテク開発区に指定して、先端技術産業の育成を促した。

 この開発区に優先的に入ってきたのは外資との合弁企業である。さらに中国科学院は「1国2制度」ならぬ「1院2制度」を採用し、先端技術を持つ外資との合弁企業に免税措置を図るなどの優遇措置をとった。

 また、科学技術研究には軍事予算とおなじく毎年2桁増の研究開発費を与え、伝統的な官僚制度に支配された産業界を刷新するため、新たに地方ごとの産業政策を策定していった。

 そして、このころから日本のみならず、欧米先進国に向かう中国人留学生が飛躍的に殖え始めたのである。
 前出の元国費留学生もこう話す。

「90年代のはじめのころは文系の学生が多かったが、後半当たりから徐々に理工系の学生が殖え始め、特に科学技術の発達した日本にくる留学生は理工系が多くなった。特に公派と称される中国本国からの奨学金を得た国費留学生のあいだで理工系の割合が増加した」 実際には、隠密のスパイ活動よりもこれら合法的に日本で学んだ留学生が、身につけた知識を中国に持ち帰って就職するなり起業するなりした貢献のほうが、母国の科学技術の発展と底上げに与えた影響は遥かに大きいと言えよう。

 また、2010年を前後し、日本企業で働いていた高レベルの技術者が中国の企業に好待遇で引き抜かれ、それが技術流出に繋がるケースも多々現れるようになってきた。❏