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2008年03月29日

不幸の電話

私が薬品会社の治験に参加したが、
薬の副作用で起きていることもままならない状態になってしまった時、

父から電話が来た。

別々に暮らし始めたばかりだったのに、
弟から話を聞いたとの事だった。

薬品会社に慰謝料請求をするのに自分が話をつけてやるからとの旨だった。
当然断ったが、私が薬品会社より保証金を受け取ったことを察知すると、
今まで育てるのにかかった養育代を1000万円要求してきた。

支払いを断り、私は、体調が悪いからこれ以上話せないと言うと、

「俺は、お前みたいな人間死んでくれた方が幸せなんだ。
お前さえいなければ、お母さんが家を出ることなんて出来なかったんだ。
母さんが相続する遺産を独り占めするつもりだろうが、そんな事は、
絶対にさせないから!」

と怒鳴って電話をきった。

この日から私は、母子家庭に生まれ育ったことにすることにした。


神様がいるなら、どうしてあんな人間を父親にしたんだろう・・・
1日も早くあの世にお隠れになることを願わずにいられない


(28歳 女性 ルルさんの投稿)



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2008年03月23日

衝撃の過去



母から常々父は、普通の人間じゃないと聞かされていたが、
私にはずっと理解できなかった。

それが、理解できたのは、私が高収入で転職した時。

私の貯金の額と手取り収入を執拗に聞きたがった。

母の貯金で勝手に外車を買い、
残りのローンの支払いを私にするように迫ってきた。


「子供の給料は、親が管理するべきものだ!」


全て出せと迫られたときは、尋常でない事を悟った。


その後、家を購入し母を連れて家を出た後、
母のスクラップブックの中にそれは、あった。

父が実名をだされ逮捕された新聞記事だった。

罪名「私文書偽造」だが、実質詐欺容疑だった。
父は、休眠会社を買取り、実在しない人物を取締役にし、
手形を作り、白紙の手形をヤクザと詐欺グループに売っていたのだ。

母に「なんで早く離婚しなかったの?」と尋ねると、

「私に経済力がなかったのと、私が離婚したら私の実家から借りているお金を返済しないし、親の会社を潰してやると脅かされていたの。」と寂しげに呟いた。

それが私の父かと思ったら、一人布団の中で泣けた


(28歳 女性 ルルさんの投稿)


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2008年01月22日

深夜番組


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僕が高校3年生だったときのお話。

今でも思い出すたびに泣きそうになります。

当時、僕の家にはテレビが居間に1台しかありませんでした。
僕は夜中に目が覚めて、それから寝付けなくなったので居間でテレビを見ることにしました。
するとちょうど深夜番組が始まりました。
その深夜番組は「ノーカット劇場」と言う番組名でした。
それは"長編映画を省略せずに上映する"と言う意味のノーカットだったのですが・・・

ちょうどそのタイトルが画面に出た瞬間にお袋がトイレに行こうと起きて来て、
画面の「ノーカット劇場」と言うのを見てしまいました。

僕はお袋にすごい目で見られました。

僕は 「え? なんで!?

    あ〜っ!! 勘違いしてる〜〜!!

    ちがう!ちがう!!」

と言いたかったのですが、「何が違うの?」って墓穴を掘りそうな気がしたので無言で絶えました。

お袋はトイレに行った後、またすごい目で僕を見て 寝室に去って行きました。

僕がそのままテレビを消して その場から立ち去ってしまえば認めてしまう気がして・・・


だからなにを認めるのよw


僕はその張りつめた すごい空気の中で その「ノーカット劇場」を根性で最後まで見てやりました。





後で思いました。


最後まで見たことで 逆にお袋に こう思われたのかもって・・・




「このマセガキが!! "ノーカット劇場" を最後まで見やがって!!」って・・・・・




俺は今でもお袋にひとこと言いたい・・・

「いくら深夜だからといって、民放で"ノーカット"とかやってるわけないやろ!!」


        (33歳 Dさんの投稿)



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2007年12月26日

トップページだけで大爆笑した


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http://ankyo.at.infoseek.co.jp/chinmei.html


上記アドレスへのアクセスは仕事中等 笑ってはいけないときに口に牛乳等を含んだ状態でお願いします

   (oibさんの投稿)

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2007年12月22日

恐怖の手術


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それはある寒い冬の出来事だった・・

肩になぞの腫れ物ができた
仕事が忙しくてなかなか病院に行けなかった

それが間違いのもとだった

どんどん痛みがましていく

最初はひりひりするぐらいだったが
服に触るだけで激痛が走るぐらいまでになった

おおきさはすでにうずらの卵ぐらいになっている

歩くことさえすでにままならなくなってきていた

仕事終わりにたまらずインターネットで病院を検索し
東京の名医と書かれているところで遅くまでやっているところに
必死にたどりついた

先生は40前後のおじさんだった

「あらん?どこがわるいの?」

なんか変な感じがした。おカマっぽいな・・・
いやな予感がする

 「肩が痛くて・・腫れてるんです」

 「じゃあ、カラダを見せて頂戴」

 「ハァ。。いてて」

カラダをまさぐる医者
そして最後に患部をグリグリグリ

ぎゃああああああああああああああああああああ

「あらま。コレは痛そうだわね。これ以上悪化したら手術かもね」

「そうなんですか。とにかく痛いんで早くなんとかしてください」

「ともかく、薬出すから1週間様子見ましょう」

ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
もう痛さも限界
 1週間無理だろー

しかたなく薬を飲んでいたが
一向に直らない・・

っていうか悪化してねえか?
むくむくと腫れはさらに鶏の卵ぐらいになっていた

い、いたすぎる
すでにシャツすら
着れないぐらい痛いぞ・・
一歩歩くたびに刀で切られるような激痛がぁぁっ
うおおおおおおおおおおおおおおお

1週間後
カラダを引きずってまた病院にいった
「ね。言ったでしょ。やっぱりだめね。手術しないと。」

うおおおおおおおおおお
ともかく早く痛みをとってくれー

「でもココじゃ手術できないの紹介状書くからそっちにいって。ウフ(ウインク)」

医者がオカマだと確信したが
痛すぎてそんなことすらどうでもよくなっていた

そして2件目の病院へ行った・・・









2件目の病院・・・



それはそこでまた恐怖の病院だった

ヨボヨボのおじいさんが暇そうに看護婦さんと話をしていた

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
患者さんだぁっ。。
よくきたなぁっ。。」

おじいさんは先生のようだった

だ、だいじょうぶなのか?!

腕も体もプルプルしてるぞ

「ははぁ。。。これは手術だね、
おーい
手術初だね

道具あったっけかー?」

なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ

初?!

初ってどういうことよ


しかも道具あったっけか?って


うおおお

今日は都合が悪くなったので帰りますって言ったほうがいいのかも

そのほうが安全だよね
うん

と、おもってる間に準備ができてしまった・・

「ま、麻酔をやるぞぉおオオ プルプル」

せ、、先生。腕が震えてますよ。。

ポトン

麻酔の針を落とした


おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぃ

大丈夫なのかよ

やべえやべえやべえやべえやべえ

このまま手術失敗で死んだら遺書とか用意してないぞ
遺品の整理とかで秘蔵のエログッズとか発見されたりされたら恥ずかしいな
医療事故?!記者会見とかするのかな?!
遺体解剖?!しまった今日変なパンツはいてきちゃってるよ

っていうか・・・・・・・・・・
痛すぎる
うおおお
もういいや
早く手術してもらわんと死ぬ

どっちにしても死ぬならはよやってくれ

うおおおおおおおおおおおお

「えーと^^; 麻酔麻酔 えいっ」

ブスッ
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

普通周りからやらねえか

直接患部に針ぶっさすのかよ

まあ、そんなこんなで手術は30分で終了

ふう、、、
何とか痛みが取れました


しかし・・・
彼はまだ気がついていなかった。。。

実は、それから真の恐怖が始まるのだった

ざわ。。
  ざわ。。。









手術は終わって
肩は楽になったが

医者からはこんなことを言われた

「これから毎日湿布を交換に来てください

さらに、風呂も入ってはいけません

酒もダメです」

はぁ。。
そうですか。。

まあ、しょうがないですね


「だいたい1ヶ月ぐらい。」

ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ

い、一ヶ月も
風呂も酒もダメなのかよ!!!!
そんなの聞いたことないぞ

それから風呂に入れない日が続いた

最初はまあ、いけるんじゃないかと思ってた

しかし、
風呂に入らないというのは
日がたつにつれて
どういうものかわかってくる

体がだんだんかゆくなってくる

体がくさくなってくる

冷えた体が温まらない

どんよりですわ。。。


そして通いつめた1ヵ月後・・・!!


「おー よくがんばったね
では傷口を見てみよう」


ベリッ(←強く引き剥がしますた)

かさぶたが取れますた
また出血

1週間延長〜〜〜ワーイ♪ゝ(▽`*ゝ)(ノ*´▽)ノワーイ♪



長く苦しい生活が終わり
完全に直った!

と・・・・
おもったが・・・
1ヵ月後にまた再発する・・・

さすがにそんときは他の病院にいった

そしたら衝撃の事実が・・・!!


「あ、すぐ手術しましょう」

「先生・・風呂はいつ入れますかね?」

「え?あさってぐらいにはもう入っていいですよ」

エエエエエエエエエエエエ工エエェェ(´д`)ェェエエ工工エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ絵エエエエエエエエエエエエえええええええええええええええええええええええええええええええええええ

「ハイ。終わり 1週間後にまた来てください。抜糸してそしたらおわり」



ガビーン┌|゜□゜;|┐

な、泣きたくなった


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2007年12月19日

歯科医院編


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私は2年に一回くらいのペースで歯医者に行きます。それはスケール(歯垢)を除去するためです。
歯医者の友人に、スケールさえこまめに取ってれば虫歯予防にいい、と聞かされていたのでずっとそうしてます。その友人のとこに通ってますが、おかげで虫歯はぜんぜんありません。

 で、ことしの春も行って来ました。そしたらメガネの似合うかわいらしい歯科衛生士さんがやることになったのですが、どうやら新人さんらしく、先輩が手順を説明してます。
(おいおい、大丈夫かよ)
すこし不安になりましたが、それ以上気にしないでおりました。だっていちおうプロだろうし。
でも、「痛かったら手を上げてください」という彼女の声が異様に緊張してるのがハッキリ伝わってくるほどガチガチでした。

(こ、こりゃあ覚悟しなければヤバイかも・・・。)

案の定ものすごく痛い。だが、私も成人男子。これくらいでヒイヒイわめくわけにはイカン。すごい痛いけど手は上げずに眼をつぶって平気なふりしてこらえてました。が・・・

ちらっと彼女の顔を見てみたら、眼がヤバイくらいに血走ってるといいますか、正直息を呑むほどにコワイ・・・。眼は吊り上り、眉間はまるで般若のような深いシワ・・・。思わずギョッとしたほどです。

(あ、あのやろー!オレならギャーギャー言わずにヤセガマンして練習台になるだろうと思ったな!)

と友人に心の中で毒づきながら、必死でこらえていました。そのとき、彼女の持つ鉄製の道具?(名前知りません)が私の歯茎に「ガリッ!」てなったのであまりの痛さに
(これはこらえられない、ムリ!)一度仕切りなおししてもらいたいので手をあげようとしたら、右手が彼女の股間のスグ下の太ももに接しているではないですか。じゃあ左手上げればいいんですけど、これはこれでもったいないので、やむをえずガマンしました。彼女は必死なためまったく気づかずに彼女からボクの右手にのしかかってきているので私はまったく悪くありませんww  

 そうこうしているうちに、ひと段落したらしく、
「起き上がってお口をすすいでください」と言ってくれたので生き返った心地で口をすすぎますとおびただしいほどの血が・・・。苦笑しつつ、すすいでいると、ガックンと椅子を倒され水をこぼしてしまいました。
「あ、すいませーん」「じゃあ続きやります」 

(ああ、そうか、この人はうっかり屋さんなんだ・・。向いてないよなーかわいそうだけど)

(またガマンか。早く終わらないかなー)と思いつつまたガリガリやってもらっていると、彼女は調子が出てきたのかすこし手際がよくなってきた感じです。

しかし、安心したのもつかの間、私の歯をけずっていた鉄の棒がイキオイあまって歯茎にグサリとささりました。
「ゴ、ゴフッ!!」
血が、飲めるほどにあふれたのがわかります。ガバッと起き上がって血を吐きましたらこれまたすっごい量でした。「ごめんなさいごめんなさい!」おたつく彼女にフガフガ言いながら「だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・」と言ってやる私。でも半泣き気味です。彼女は私の友人のドクターを呼びました。

「うわ!痛そう!おまえガマン強いな〜」(こ、このやろー)
「だって歯茎が欠損してるよ」     (お、おまえ!ぜんぜん深刻そうな顔してないぞ)
「こりゃ拷問だなー」         (拷問並みの処置だったの?)
「で、どうする?」          (ナニが?)
「麻酔打ったからもう痛くないだろうけど、続きやる?」
    
(やるわけねーだろ!)

医学の発展に犠牲はつきもの。わが身を持って知りました。あの太ももの感触と引き換えに拷問を味わわされた私ですが、救われないことに、

   拷問の痛み < 太ももの感触のよさ

であったことを告白いたしますww あと何人かの犠牲の屍の上に彼女のスキルが上がったら、またお願いされたいとすら思っております。ただし太もものオプションがついていることが条件で



         (男性 どらどらさんの投稿)






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不可解な言葉


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取引先との約束の時間に遅刻した僕は、
帰社後、上司に こっぴどくしかられました。


「なんで遅刻したんだ!訳はともかく理由を言え!!」


という上司の不可解な言葉に
返す言葉もなく というか返しようが無く
居合わせた部下一堂 違う意味で涙しました。^^;


       (男性Dさんの投稿)



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2007年12月11日

運命の赤い糸・・・


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“君と僕は運命の赤い糸で結ばれていたんだ”


僕は将来妻となる女とは足首が赤い糸でつながれているのだという話を耳にし、自らの足首に巻かれた赤い糸をたぐっていきました。

するとその糸はいかにもみすぼらしい少女につながっていたではあり
ませんか。


なんてこった!!!


僕はその少女を殴り殺してしまいました。


“これで僕は晴れて自由の身になった”


それから行く年月が過ぎ、僕は若くこの上なく美しい娘を嫁に迎えました。


まさに幸せの絶頂!!


ところがしばらくして、僕はあることに気づきました。
妻が頭の一部分を妙に気にするのです。

そこで僕は妻に訳を聞きました。
はじめは答えなかった妻が重い口を開き、
髪の毛をかき分けると


そこにはひどい傷が・・・。


彼女はようやく重い口を開いて語り始めました。

“私がまだ幼くて貧しい暮らしをしていた頃、見知らぬ若い男がやってきていきなり殴りかかってきて、ひどいケガを負わされたのです。

あの時は本当に怖かった・・・・。”

そうです。僕が若い頃に殴り殺そうとした少女こそ今の妻、その人だったのです。

運命の赤い糸は切って切れるものではなかったのです。



僕は自らの身勝手さを深く恥じ、彼女にすべてを話して謝罪すると
ともに生涯彼女を大切にすることを誓いました。



          (男性???さんの投稿)




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2007年12月07日

病院っていやだねえ(肛門科編)


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あるとき先輩が、飲みの席で言いました。
「おい、痔にはなるもんじゃないぞ。なっても病院行くもんじゃないぞ」と。

ボク「痔なんですか?先輩」
先輩「ああ・・・この前病院行った・・・」
ボク「肛門の治療ですもんね、そりゃイヤですよねー」
先輩「イヤとかそういうレベルじゃないぞ」
ボク「どのように?自分、なったことないからわかんないですよ」
先輩「いいか、よく聞けよ」
・・・・・

ある日、先輩は肛門からの出血と排便のときの軽い痛みを感じるようになりました。おそるおそる手鏡で自分のケツの穴をのぞいたら切れているようですがよくわからないので放置してました。でも、だんだんと排便痛がひどくなってガマンできなくなってきたのでやむをえず病院に行くことにしました。

 はじめて行く「肛門科」という衝撃的なネーミング。インパクトありすぎです。誰だって必要以上に緊張してしまうものでしょう。放置していた先輩の気持ちも十二分にわかるというものです。

 とりあえず受付を済ませたとき、「トイレのウオシュレットでおしりの穴を洗ってきてください」と看護婦さんに言われ「そりゃそうだ」と思い言われたとおりにウオシュレットしました。
 そして診察室に通されて、先生に症状などの問診を受け終わったとき
「じゃあ、ズボンおろしてそこに横になってください」
(キターーーー!やっぱ肛門見られるのか・・。恥ずかしいなぁぁ) 

ところが、肛門を見られるのがイヤだ程度では済まされなかったのです。

まず、うつぶせの体勢にされケツを突き上げるようにする姿勢にされました。

(クク、こ、これは恥ずかしいカッコウだ。)思わず顔が真っ赤になります。 
(さっさと終わらせてくれー!)  

ここで最初の屈辱?
そのとき先生が
「おいおい、○○さん、おしりをもっと綺麗に洗ってよ。ついてるよ、○○チが。
これじゃ診察できないから、もう一回トイレ行って、紙でちゃんと拭いてきて」

オトナなんだから、そんくらいちゃんとやってくれよー、みたいなニュアンスだったそうです。
先輩も、羞恥のあまり穴があったら入りたい思いでズボンを履いてトイレ行こうとしたら、
先生が「和式のトイレで拭いてね」というので、そのとうり一番はじにある和式トイレでしゃがんでお尻を拭いたら、いきなり便座の後ろのほうから声がかかったのでびっくりして振り向くと、そこには小さな小窓があり、先生のそこからのぞく顔が見えました。おどろいている先輩に
「ああ、そのままそのまま。ここから診させてもらうから。」「う〜ん、なるほど・・・。もうちょっと広げてみて。ウンウン、そうそう。」「もっと両手使って広げて!」
あまりの屈辱に変になりそうでしたが、さっさと終わらせたいので一生懸命自分の肛門をグイグイ広げました。肛門科のトイレってこんな仕掛けがあんのかよ・・・・。
「ハイ、もういいですよ。もどってきてください」

 診察室に戻ると、2番目の屈辱が待ってました。
「さっきと同じ姿勢になってください」(また見るの?カンベンしてくれ〜)
さっきと同じ屈辱ポーズで待ってると、先生はカルテになにかを書き込みしてなかなかこっちにこない・・・
(おい!早く診ろよ!)心で毒づきながら待ってると、クルリと振り向いた先生はおもむろに手袋をして「じゃあ診ますねー」と言いながら肛門に指を突っ込み触診を始めました。

(痛ぇ!)
グリグリ指で肛門をいじる先生。中指がすっぽり入ってるんじゃないかってぐらいイジられ、この屈辱に耐えていると、なんとしたことかだんだん先輩の「アレ」がもりあがってくるじゃないですか!
(ヤバイ!なんでなんで?!静まれ、バカ○ンポ!)しかし、意に反して見事に屹立してしまいました。
となりには男の看護士がいます。
(おおおおおおぉぉ!は、恥ずかしい!!おれはゲイじゃないぞ!肛門には興味ない!)そうしたら看護士が
「肛門刺激するとそうなるのは珍しくないんですよ」と言いつつ、先輩の怒張した「アレ」を指先で ピン!とはじきました。しばらくしてまた ピン!とはじきました。
(???なにしてんだ?コイツ!) 疑問に思ってると看護士が「たいがいの場合、こうするとしぼむんですけどねー?戻んないですね、アッハハハハ」

(こ、コノヤロー!)
なおさら意識しすぎて戻るどころか逆効果。もう先輩は羞恥と怒りでなにがなんだかわからなくなりましたが、診察のあいだ、ずーっと立派になったアレをぶら下げておりました・・・。 

 診察の結果、ナントカっていうタイプの痔で進行具合はどーだ、治療はああで、食生活はこうだと説明されても上の空、はやく逃げ出したい気持ちで一杯の先輩はおわった瞬間そそくさと診察室を出ました。

(二度とくるか、こんなとこ!)
さっさと金を払って帰りたかったのでソワソワして会計の順番を待っていると、さっきの看護士が先輩の座るソファのうしろを通り過ぎるところでした。目をあわせないようにしてると、
「あ、○○さん、おしりを拭くときなんですけど、背中から手を伸ばすよりも、股間から手を伸ばして拭くほうが肛門を傷つけませんし、出血の具合をみるのにちょうどいいです。それと、○○さんの拭き方だと、汚れを逆に塗り広げているので気をつけてください。清潔さが大事ですから」

(お、おまえ!便座で拭いてるときから小窓から見てたのか!おれ、しゃがんだついでに小便もしてたんですけど!)

 赤の他人に、和式便座でしゃがんで小便をするところを最初から最後まで、真後ろ斜め下からずっとのぞかれていたという事実。
これは耐え難い・・・・。最後にダメ押しの屈辱を受け、精神的にボロボロになった先輩・・・。
 もらった薬もなくなり、あれからずっと病院にも行かないでいるけど、もう痔の症状はごまかしが聞かない状態になってきてさすがにつらくなってきてしまった先輩。
・・・・・・・・・・・・

先輩「なあ、お前ならまた行くかぁ?その病院。」
先輩「もう痛くてヤバイんだけど行きたくない。かといって違う病院でまたいじられるところから始まるのもイヤだしなあ・・・」
ボク「でも行かなきゃヤバイですよ」「さっさと治しちゃいましょうよ」
先輩「・・・・・・」

その後、先輩は痛いのをガマンしてずっと行かなかったあげく悪化させてしまい手術するまでになっちゃいました。いまだに通院しております。さっさと治療しなかったことを後悔しているようです。

ちょっと笑えますが、泣かずには聞けない先輩の災難、肛門科編です。ちなみに無断で書いてますww 

こんな経験、ゼッタイしたくないですよねーww



           (28歳男性 ドラドラさんの投稿)

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2007年12月05日

帰れない思いを40年・・・


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うちのおじいちゃんは鈴木という苗字で、うちの苗字とは違います。子供のころ、なんでおじいちゃんだけ苗字が違うのかとギモンに思ったものでした。じいちゃんの右腕には「鈴木」と刺青もしてありました。
ばあちゃんになんでじいちゃんは「鈴木」なの?と聞いたけど、こどものころこと、なんだかよくわかりませんでした。ただ、いつどこで死んでも名前がわかるように名前を彫ってあることだけはわかりました。

 そして高校生になったころ、なぜじいちゃんの苗字が違うのかもわかりました。

それはうちのばあちゃんとは入籍していない、いわゆる内縁の妻だったからです。さらに血もつながってないことも知りました。それは少なからずショックでした。つまり本当のじいちゃんは自分が生まれてくる前に亡くなっていたのです。戦後、中国東北地方から引き上げてきたじいちゃんは、そのとき夫を亡くしていたうちのばあちゃんと仙台でいっしょに暮らし始め内縁の夫として、ワタシのオヤジを父代わりとして育ててくれたのでした。

 オヤジは、鈴木じいちゃんをすごく尊敬してました。戦後の大変な時期、毎日日雇いの仕事などで育ててくれて、高校まで行かせてくれたのですから。もとは赤の他人なのに。食糧難で誰もが生きてゆくのが精一杯だったあのころのことですからなおさらです。いつもオヤジは言ってました。「お前には本当のじいちゃんが2人いるんだぞ。どっちも大事なおじいちゃんだぞ」と。

 この鈴木じいちゃんのことを自分が詳しく知るのを待っていたように、どこかに隠されていた血のつながったほうのおじいちゃんの遺影が仏間に飾られるようになりました。

 そんなとき、じいちゃんが病気で寝込むようになり、入院退院の繰り返しをするようになりました。高校生だったワタシはそのときずっと持っていたギモンをじいちゃんに聞いて見ました。いまこのタイミングで聞かなければこのさきずっと聞けないような気がしたのです。
 
 そのギモンとは、なぜばあちゃんと入籍しなかったのか?です。じいちゃんはじっとワタシをみつめ、質問には答えずに

「帰りたい・・・・」と言ってシクシク泣き出したのです。ワタシはじいちゃんが泣くところなんか始めて見ましたし、急なことで動揺してしまいましたがなんで泣いているのか聞いたところ

「(うちのオヤジの名前)をよんでくれ」 と言うのです。その夜、病院に来たオヤジにそのハナシをしたところ、今日は遅いからあした退院だから、ウチで聞こう、と言うのです。どうやらオヤジも何かに気づいているような、そんな気配がしましたので、そんなオヤジの様子からワタシは何か重大なことが起きるような、そんな気がしたのです。

 次の日、退院してきてベットでしばらく休んで眠っていたじいちゃんはオヤジが仕事から帰ってくるなり家族を集めました。ハナシがある、と。 

 じいちゃんは起き上がることができないので、オヤジとオフクロとワタシがベッドの前に集まりました。このときばあちゃんはなぜかこっちに来ず、自室にこもっていたことを思い出します。
 じいちゃんは言いました。おまえたちに本当のことを話そう、と。
その告白はワタシにとっては驚きの連続でした。オヤジは身じろぎもせず聞き入ってました。

カンタンにまとめると、
自分は岩手の一関の出身であること、旧日本軍軍属であったこと、自分には妻も子供もいてそれを郷里、一関に残したまま出征したこと、郷里には引き揚げ後、一切の連絡もしていないのであれから40年、もう死んだ者とされているだろうこと、などなど。
そして「もう長くはない・・・最後に故郷を一度でいいからこの眼で見たい、子にあいたい、生きているかもしれない兄に会いたい、いまは亡くなっているであろう両親の墓前で親不孝を詫びたい・・・」と。

 これはタイヘンだ!天涯孤独だと思われていたじいちゃんに家族が、郷里が、兄弟がいたなんて!
 
なぜいままで黙っていたのかとオヤジが訊ねたら
「オレはな、○○村出身のものたちが所属していた隊の生き残りだ!あいつもこいつもソ連軍の攻撃でバタバタ死んでゆくなかで 生き残ってしまった卑怯者なんだ!!おれだけ本土に帰ってきた! どんな顔で帰れるというんだ!おれだけ家族のもとに帰るなんて出来なかった!骨ひとつもってきてやれなかったあいつらの魂に申し訳ない」
・・・
そのときの戦況は刻々と迫り来るソ連軍に対し、日本軍は5人に1丁の銃しかなく、弾もない状態だったらしいのです。しかし、じいちゃんたちの背後には命からがら引き揚げてゆく日本人の群れがありました。少しでもソ連軍の南下を食い止めなくては、というので火薬を腹に巻いてソ連軍の戦車に飛び込んでゆく覚悟だったそうです。女子供たちが脱出する時間を少しでも稼ごう、生きて帰る気など微塵もなかったのに、自分だけ九死に一生を得てしまった申し訳なさ・・・・

「だから仙台まで命からがらたどり着いたが、ここから先にはどうしても進めなかった。そんなとき空襲で焼け出されたお前とおまえの母さんにやさしくしてもらったのが縁となった」

「おれの息子や孫はおまえたちだけだ。40年そう思って生きてきた。正直、なんども帰りたい衝動に駆られたがそのたびに眼の前で戦車に突っ込んでいって機銃掃射を浴びて死んでいった、幼馴染のあいつらの無念を思い出すと、とてもその気にはなれなかった・・・。」

そこまで訥々と話し終えたじいちゃんはひどく疲れてまた眠り始めました。ワレワレは呆然としていましたがじいちゃんの閉じられた両目から涙がしたたってくるのを見て、オヤジはワタシとオフクロに出てゆけ、とそっと小声で促しました。襖をしめたとき、部屋の中からオヤジの忍びやかな嗚咽が聞こえてきましたが、ワタシは聞こえないふりをしてそっと離れました。

 それから数週間後、オヤジは会社を休みワタシも学校を休みました。じいちゃんを岩手、一関につれてゆくために・・・。
 じいちゃんのためにオヤジはワンボックスカーを借りてきてその中に布団を敷いて寝かせる必要があったため、ばあちゃんとオフクロは行かないことになりました。ワタシも遠慮しようとしたのですがオヤジが「お前は来い」と言うので同行しました。

 高速でたったの1時間ちょっとぐらい。一関インターを降り、いよいよじいちゃんの実家に近づくにつれワタシはなんだかドキドキしてきましたがおやじは無言で走らせています。じいちゃんはおどろくほど明瞭に住所や目印を覚えていました。市街地を抜け、おおきな川のそばを走るのどかな道、いくつかの橋を渡り、緑豊かな農村風景の広がる景色が出てきたあたりでオヤジは目的の家に着きました。オヤジが降りていって尋ねています。その間、じいちゃんは起き上がり、身支度を整えはじめました。「緊張する?」たずねるワタシにじいちゃんは無言でうなずくのみでした。 オヤジがある大きな農家の玄関に入っていってから30分後、ようやくでてきたオヤジは「ここだ。この家だな」 「ああ、そうだ。」そう答えたじちゃんはあとは絶句したままじっとその家を見つめました。

と、そのとき家の中から車椅子にのった老人が初老の男性におされて出てきました。「さ、じいちゃん、行こう。立てる?」と促すワタシの手を払いのけて、じいちゃんは自分でクルマから降りようとしました。危なげなのでそっと介助してくるまの横に立たせたワタシは今にもヒザから崩れ落ちそうなじいちゃんを支えようとしたら「いらん!」と強く拒絶されました。

「兄の前だ、立たせておいてくれぃ」 

静かに近寄ってくる車椅子の老人は無言のままじいちゃんの前までくるとおもむろに立ち上がろうとしました。車椅子を押してきた初老の男性がそっと手を添え、かなり時間を使ってようやく立ちあがりました。

「不肖×××(じいちゃんの名前)、ただいま中国満州より帰りました!!兄さん!!」よぼよぼの手で敬礼をしつつ。

「・・・よくかえった・・・。」お互い歩み寄ろうとする二人をワタシらで支え、二人はお互いの腕を伸ばし抱き合いました
 枯れた老人2人が静かに抱き合うその光景を見てワタシは熱くなってきて思わず泣けてきて目頭をおさえたそのとき、

「父さん!」車椅子を押していた初老の男性が二人を抱えるように抱きしめました。
驚いているワタシを横目にオヤジは3人を促して立たせました。 

その後、じいちゃんの妻だった方や、夭折してしまったほかの子供たち、そして両親が眠る墓前に帰郷の報告をしたじいちゃん。その墓石を抱きしめ頬ずりをし、すまなかったと詫びるじいちゃん。

次の日、部隊の生き残りがもう一人いて、そのかたが朝駆けつけてくれました。
「貴様、40年ぶりにしては変わらん!」「お前もじゃ!」きつく抱きあいながら

「よく、よくぞ生きておった!」「ワシはたった一人かと思っていた!」
「5人じゃ!あの地獄から帰ったのは貴様を入れて5人じゃ。そして今は2人だけじゃ・・・」

そのかたには右腕のひじかた下がありませんでした。片方の耳もそげてました。その腕をじいちゃんがさすりながらウンウンとうなずき、そして「泉下の英霊たちにに会うのが恐いのだ。あわせる顔がない」とじいちゃんが言ったとき、そのかたは
「ああ、心配ない心配ない。ワシが先に逝ってよろしく言っといてやる」
「貴様はまたワシを最後の一人にする気か。そうかいかん、貴様より先に逝かせてもらうぞ」
などとやり取りしたあと、お互い軍隊式の敬礼をし、握手をしました。ワタシはじいちゃんがたったひとりの生き残りじゃなかったことを教えてくれたこの方に深く敬礼しました。

 いよいよ帰るころ、昨夜はまた来るとみんなに言ってたのに、お兄さんとは今生の「別れ」の水盃をかわしたじいちゃん。 クルマが見えなくなるまで無理に立って見送ってたお兄さん。さよならのときは笑っていたのに、いまは眼をかたくつぶって嗚咽しているじいちゃん・・・・。

 その後1年もしないうちに、じいちゃんは亡くなりました。もっといろいろ聞きたかったです
戦争で生き残ってしまった罪悪感とはどんなものですか? 友人や幼馴染が目の前で死んでゆくのはどんな心境ですか? 引き揚げる同胞を守るために死ぬ決意をしたときどんな気持ちでしたか?  
仙台での生活は幸せでしたか? 

40年もの間、妻子に会わない決意とはどんなものでしたか?

5年前にオヤジはもうそちらに逝ってますがまた焼酎ばかり飲んでますか?いずれワタシも参ります、そのさいはもっといろいろハナシしたいです。 



               (男性 トンテキさんの投稿)



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nonota74 at 17:02|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!