
話題の「トマホーク」について。
導入反対派からは、「型落ちで遅い」と侮られる一方で、「飽和攻撃に使うから敵が危険」という懸念も抱かれる不思議兵器と化したトマホーク。もとより政治的なポジションで様々な主張があることは当然ですが、ここで我が国が導入するトマホークについてちょっとだけまとめておこうと思います。
- トマホーク導入の目的
- なぜ今スタンド・オフ兵器が必要なのか
- 型落ちトマホーク?
- 亜音速で遅い
- 飽和攻撃
- 専守防衛との関係
- トマホークを超えるスタンド・オフ兵器
1. トマホーク導入の目的
我が国は、スタンド・オフ防衛能力[1]を構築中で、トマホーク巡航ミサイルもこのスタンド・オフ兵器のひとつとして米国から調達します。トマホーク取得にあたり、防衛装備庁が次のように言及しています。
島嶼部を含む我が国に侵攻する上陸部隊等に対処するために導入します。国産のスタンド・オフ・ミサイルを所要量整備するためには一定の時間を要することから、それまでの間、十分な能力を確保するため、既に量産体制がある米国製のトマホークの取得に向けて所要経費を令和5年度予算案に計上しました。新たな重要装備品等の選定結果について, 防衛省,
2023/1/23, [2023/3/3アクセス].
つまり、(1) トマホークは島嶼防衛用に導入されるということ、(2) 国産スタンド・オフ兵器が揃うまでの「つなぎ役」として取得可能なものがトマホークだった、ということです。そして、政府答弁でも示唆されている通り[2]、反撃能力とその役割を担うスタンド・オフ兵器は、ミサイルの移動発射機を攻撃する、いわゆるスカッド狩りを念頭に置いたものでもありません。
戦略国際問題研究所(CSIS)は、中国による台湾侵攻を失敗させる上で日米台に必要なことを4つ提言しました[3]。
これは、日本の島嶼防衛におけるセオリー・オブ・ビクトリー(Theory of Victory)にも当てはまります。トマホークをはじめ、十分な量のスタンド・オフ兵器を自衛隊が取得することは、理に適ったアプローチなのです。- 台湾は激しく抵抗しなければならない。
- 米国は数日以内にその全能力をかけて参戦しなければならない。遅滞や中途半端な措置は、防衛をより困難にし、米国の死傷者を増やし、中国が台湾に不可逆的な橋頭保を築く危険性を高める。
- 米国は日本国内の基地を使用する必要がある。基地がなければ、米国は多くの航空機を使用できない。
- 米国は十分な量の空中発射型長距離ASCMを保有しなければならない。
2. なぜ今スタンド・オフ兵器が必要なのか
スタンド・オフ兵器を増勢させていく理由については、日本が直面する切実な安全保障環境を考慮すると分かりやすくなります。注目すべきは、我が国の島嶼部をめぐって中国と武力紛争が発生した場合、HHQ-9のような対空アセットの長射程化が、事態の決定的な要因になる点です。前提として、自衛隊の島嶼防衛の基本は「取らせてから取る」です。限られた戦力をあらかじめ離島に常駐させても、相手がその場所を制圧しようという強い意思の下に作戦行動をとる場合には、必ずその常駐戦力を上回る物量を投入するため、守る側としては、相手に対して「取っても維持が難しい」と思わせるのが島嶼防衛の合理的なあり方となります[4]。
スタンド・オフ兵器があれば、着上陸部隊を海上で阻止できるかもしれませんし、仮に短時間の上陸を許してしまっても、対空網の外から侵略部隊を排除することが可能です。「取ることが難しく、取っても維持が難しい」を実現するための装備のひとつがトマホークなどのスタンド・オフ兵器なのです。
3. 型落ちトマホーク?
トマホークの現行型は「トマホークブロックIV」で、日本が取得するのは「トマホークブロックV」です。
トマホークは最新型とする方向で、射程は約1600キロ。政府は2026〜27年度に配備する考えだ。トマホーク購入「400発を予定」=岸田首相明言、単価は伏せる―衆院予算委, 時事通信,
2023/2/27, [2023/3/3アクセス].
ブロックVは2020年12月に飛行試験を完了し、2021年3月25日から米海軍へ配備が始まったばかりの最新型です。耐用年数は15年[5]。
ブロックVは2つのタイプがあり、洋上の移動目標を撃破する対艦型ブロックVaと対地攻撃型ブロックVb。ブロックVbの弾頭はJMEWS(統合複合効果弾頭)で、兵士や露天駐機などのソフトターゲット及び地下施設や強化航空機シェルター(HAS)などのハードターゲットの両方をひとつの弾頭で破壊するものとなっています[6]。
4. 亜音速で遅い
トマホークは時速約800km、マッハ数だと0.75です。巡航ミサイルでもマッハ5(時速6,170km)を超える極超音速兵器が登場していますし、弾道ミサイルは基本的に極超音速兵器ですから、これらのミサイルと比較すると確かにトマホークは遅いミサイルです。それでもなお、中国の「CJ-10(长剑10)」、ロシアの「カリブル(3M14T/3M14TE)」、韓国の「玄武」シリーズ、北朝鮮の「長距離戦略巡航ミサイル」と、各国がトマホークと同じ亜音速巡航ミサイルを運用しているのはなぜでしょうか。
ひとつは低価格であり、大量に調達することで継戦能力を強化することになります。もうひとつは、亜音速であることにより、燃料効率が良く、飛行距離を延ばせるからです。超音速ミサイルを長射程にすると、弾体は大きくなって被発見率も高くなり、せっかくの超音速がトレードオフされてしまうかもしれません。
そもそも、「亜音速は遅い」と言っても、トマホークの巡航高度は地上から30〜60m(丘陵地で150m)という大気の濃い高度での話であり、同じ亜音速でも大気の薄い高度1万mを巡航するジェット旅客機と比較する言説はやや見当違いです。
スタンド・オフ兵器は、専守防衛のもとで運用されます。安保三文書の中でも、相手の第一撃を抑止または対処する主役は、あくまでもミサイル防衛システムです。その上で、"相手からの更なる武力攻撃"[9, 強調筆者]を防ぐための抑止力または対処力という位置付けにあるのが、スタンド・オフ兵器を活用した反撃能力です。
ひとつは低価格であり、大量に調達することで継戦能力を強化することになります。もうひとつは、亜音速であることにより、燃料効率が良く、飛行距離を延ばせるからです。超音速ミサイルを長射程にすると、弾体は大きくなって被発見率も高くなり、せっかくの超音速がトレードオフされてしまうかもしれません。
そもそも、「亜音速は遅い」と言っても、トマホークの巡航高度は地上から30〜60m(丘陵地で150m)という大気の濃い高度での話であり、同じ亜音速でも大気の薄い高度1万mを巡航するジェット旅客機と比較する言説はやや見当違いです。
もっとも、中国本土を守る各種ISRと「S-300PMU2」や「HQ-9」などの多層防空システムが待ち構えたHASを破壊する、という目的であれば、トマホークは能力不足です。数発の斉射なら北朝鮮も「KN-06(雷5)」で迎撃するでしょう。イラク、ユーゴスラビア、シリアといった戦場でトマホークの迎撃数が少なかったのは、米国の圧倒的な航空優勢の下、被攻撃国のISRがほとんど機能しない(もともと不十分)ものだったからです[7]。
ただし、これはあくまでも中国本土の対空網を対象にした相対的な評価です。我が国がトマホークに求める役割は、中国本土から離れて限定的な装備しか持たない揚陸部隊が、我が国の島嶼部に橋頭保を築くのを拒否することです。このシナリオでの蓋然性の高い対空システムは、揚陸部隊の護衛である駆逐艦及びフリゲート群に搭載された「HHQ-9A/B」及び「HQ-16」艦対空ミサイルです。これらはトマホークを迎撃する能力を持ちますが、ミサイルの在庫数に限りのある遠征軍です。亜音速で遅いからこそ安くて大量に調達できるトマホークの数量がカギとなるのです。
言うまでもなく中国の対空ミサイルは地上配備型も艦載型も1種類ではなく、近、中、長距離の多層的な防空網が構築されており、迎撃シーケンスのどこかのノードを飽和させる上で、やはり巡航ミサイルの数が重要だと分かります。そして、飽和攻撃できるからこそ、島嶼防衛に資する装備となります。亜音速で遅い巡航ミサイルを少量購入することに意味がありませんし、先述の通り、敵が築いた橋頭保をスタンド・オフで攻撃して潰すか、多くの血を流してマンパワーで奪回するか、それとも奪われたまま放置するか、となると、論を俟ちません。
ただし、これはあくまでも中国本土の対空網を対象にした相対的な評価です。我が国がトマホークに求める役割は、中国本土から離れて限定的な装備しか持たない揚陸部隊が、我が国の島嶼部に橋頭保を築くのを拒否することです。このシナリオでの蓋然性の高い対空システムは、揚陸部隊の護衛である駆逐艦及びフリゲート群に搭載された「HHQ-9A/B」及び「HQ-16」艦対空ミサイルです。これらはトマホークを迎撃する能力を持ちますが、ミサイルの在庫数に限りのある遠征軍です。亜音速で遅いからこそ安くて大量に調達できるトマホークの数量がカギとなるのです。
5. 飽和攻撃
飽和攻撃の成立には、次のような仮定が考えられます。- 迎撃側のC4ISRの能力が不足してトマホークを探知・捕捉・識別・追跡・ターゲッティング等できない。
- 迎撃側のC4ISRは十分で誘導能力もあるが、トマホークの発射数が迎撃側の同時対処数を上回る。
- 迎撃ミサイルの装填数をトマホークの発射数が上回る。
どのプロセスで、どのノードを、どのような方法で飽和させるかとなると、なかなか入り組んだ話になりそうですが、やはり「攻撃側のミサイルの数量>迎撃側のミサイルの数量」が重要な要因のひとつとして挙げられます。
例えば、ロシアから輸入した「S-300PMU2」は、同時標的誘導数12目標、同時迎撃数6目標、対巡航ミサイル迎撃率は1発あたり80〜86%の高性能な地対空ミサイルです[8]。1個大隊につき発射機が16基で、1基につき48N6E2ミサイルを4発装填されています。トマホークを迎撃するには十分な性能ですが、S-300PMU2の発射間隔は3秒なので、その数秒の隙間を数で押し切られる可能性はあります。言うまでもなく中国の対空ミサイルは地上配備型も艦載型も1種類ではなく、近、中、長距離の多層的な防空網が構築されており、迎撃シーケンスのどこかのノードを飽和させる上で、やはり巡航ミサイルの数が重要だと分かります。そして、飽和攻撃できるからこそ、島嶼防衛に資する装備となります。亜音速で遅い巡航ミサイルを少量購入することに意味がありませんし、先述の通り、敵が築いた橋頭保をスタンド・オフで攻撃して潰すか、多くの血を流してマンパワーで奪回するか、それとも奪われたまま放置するか、となると、論を俟ちません。
6. 専守防衛との関係
この反撃能力は、憲法及び国際法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではなく、武力の行使の三要件を満たして初めて行使され、武力攻撃が発生していない段階で自ら先に攻撃する先制攻撃は許されないことはいうまでもない。参議院議員小西洋之君提出反撃能力に関する質問に対する答弁書, 参議院,
2022/12/13, [2023/2/12アクセス].
あらゆる政策評価書や選定書類において、スタンド・オフ兵器は着上陸侵攻事態に際して用いられるものとして規定されており、従来の政府見解を覆すような運用は考慮されていません。
7. トマホークを超えるスタンド・オフ兵器
CSIS報告書が指摘する通り、極超音速兵器ならば中国本土の対空網に迎撃される確率は減りますが、同時にそれらは高価で大量の亜音速巡航ミサイルの代用にはなりません。極超音速兵器は、中国の超水平線後方散乱レーダーや衛星通信局など、高度に防御された深部の標的を攻撃するのに有効だろう。モデリングによると、中国の防衛力は、本土を狙う米対地巡航ミサイル(訳者注:JASSM-ERを指す)の約25%を撃墜できることが示された。これは、米国の攻撃の効果を鈍らせることになる。極超音速兵器であれば、ここまでの消耗を受けない。しかし、極超音速兵器は高価であり、大量の長距離巡航ミサイルの代用にはならない。少数の高価な標的を攻撃しても、大規模な侵攻に対抗する根本的な解決にはならない。拙稿, CSISによる台湾有事ウォーゲーム (2), 2023/1/22, [2023/3/3アクセス].
他方、上記引用は台湾への大規模侵攻に対する米軍への提言であり、我が国の島嶼部への侵攻に対する我が国による対処力となると、そのシナリオにカスタマイズされた装備が要求されます。その場合、トマホークやJASSM-ERのような亜音速巡航ミサイルだけではなく、タイムセンシティブなソフトターゲットには極超音速兵器も有効なのは当然ですし、固定のハードターゲットなら弾道ミサイルが推奨されるでしょう。
こうしたコンテキストの中で我が国は各種スタンド・オフ兵器取得を進めており、その段階のひとつとしてすでに量産体制にある外国製の「トマホーク」、「JASSM-ER」、「JSM」があり、ゆくゆくは、国産の「12式対艦誘導弾能力向上型」、「島嶼防衛用高速滑空弾ブロック1/ブロック2A」、極超音速の「島嶼防衛用高速滑空弾ブロック2B」、スクラムジェット巡航ミサイルの「極超音速誘導弾」、「島嶼防衛用新対艦誘導弾」などの取得を予定しています。トマホークだけで十分ではないことを日本政府や防衛省は理解しているからこそ、様々な速度、高度、発射プラットフォームを持つ複合的な島嶼防衛用ミサイルシステムを整備しているのです。
このようなアプローチは、着上陸侵攻において中国に複雑な対処能力の準備を強いるため、意思決定のハードルを上げることになります。
さらには、島嶼防衛において、中国の対空ミサイルを制圧し得る十分なスタンド・オフ兵器を日本が取得しようとしなければ、北京へ誤ったメッセージを送ることになり、不要な機会の窓を開けてしまうかもしれません。すなわち、トマホークのようなスタンド・オフ兵器の取得は、島嶼防衛に対する我が国の毅然とした姿勢を示すことになり、ひいては抑止効果を期待したものなのです。
*1 拙稿, 知っておきたいスタンド・オフ兵器7つのこと, note, 2023/2/17, [2023/3/3アクセス].
*2 参議院議員小西洋之君提出反撃能力に関する質問に対する答弁書, 参議院第210回国会(臨時会), 2022/12/23, [2023/3/3アクセス].
*3 拙稿, CSISによる台湾有事ウォーゲーム (1), 2023/1/22, [2023/3/3アクセス].
*4 拙稿, 尖閣諸島はどのように防衛されるのか, 2012/7/16, [2023/3/3アクセス].
*5 Tomahawk Variants BGM-109 Tomahawk, Global Security, [2023/3/3アクセス].
*6 John Keller, Raytheon to start full-scale development of bunker-busting Tomahawk missile with penetrating warhead, 2020/3/5, [2023/3/3アクセス].
*7 Eric Heginbotham, et al., The U.S.-China Military Scorecard --Forces, Geography, and the Evolving Balance of Power 1996–2017--, RAND Corporation, 2015/9/29, [2023/3/3アクセス].
*8 俄军代表团参观中国现役S300PMU2防空导弹发射, 新浪公司, 2008/6/15, [2023/3/3アクセス].
*9 国家安全保障戦略, 防衛省, 2022/12/16, [2023/2/13アクセス].
*9 国家安全保障戦略, 防衛省, 2022/12/16, [2023/2/13アクセス].