オフェンシブ・リアリズムからみる戦略論(1)からの続き
前回は、オフェンシブ・リアリズムを紹介するために、戦略論から外れてしまったので、本題に戻りたいと思います。
国際社会のパワー・ポリティクス(権力政治)の舞台で、国家が自国を有利に、もしくは他国が有利な状況になることを妨げるための戦略としては次のようなものがあります。
戦争(War)
いわずもがなですが…そう、戦争です。
ブラックメール(恐喝:Blackmail)
軍事力の行使をちらつかせ、戦争を行わずにパワーを奪うことです。
ベイト&ブリード(誘導出血:Bait and Bleed)
「誘導する側(baiter)」が紛争に直接関与せず軍事力を温存し、その間にライバル国2か国に長期間の戦争をするよう仕向け、国力を浪費させること。
近代史においてこの戦略が用いられた例はありません。
ブラッドレティング(瀉血:Bloodletting)
ベイト&ブリード戦略をより効果的にしたものです。この場合、ベイティング(誘導)は行われず、ライバル2か国がより犠牲の多い長期戦に陥ることを目標とします。第一次世界大戦時に、ドイツと連合国の西部戦線での戦いにおいて、ソ連がとった戦略です。1980年代のソ連のアフガニスタン介入に際して米国がとった戦略でもあります。
【侵略国を抑止するための戦略】
バランシング(直接均衡:Balancing)
侵略的な国家に対し、自ら直接責任を負うことです。
方法としては3つ。
バック・パッシング(責任転嫁:Buck-Passing)
自国(バック・パッサー)が受ける脅威に対する抑止の責任を、他国(バック・キャッチャー)へ転嫁する。
ベイト&ブリードと同じような効果をもたらす場合がある。
ある国が、自国より強力な国の陣営に組み入れられて共同戦線を張って利益を得るが、利益の分配に際しては譲歩を余儀なくされること。
アピーズメント(宥和政策:Appeasement)
侵略的な国家に対して望むものを与え、譲歩をすること。
世界中の国々、とまで言わずとも、少なくとも日本の周辺国はこれら8枚のカードを持っています。ところが、日本は憲法9条や専守防衛、非核三原則などが存在することから、「パワーを獲得するための戦略」4枚を放棄しています。8枚のカードを使って競うゲームの中で、4枚しか持たないプレイヤーがどれほど不利であるかは説明するまでもありません。
さらに、5枚目のカード、「バランシング」についても、実は日本が常に自由に使えるカードではありません。「バランシング」は、本来強大な軍事力や経済力を背景に「大国」が用いるカードです。日本は確かに地経学的大国ではありますが、戦略論の基本である地政学的な意味での「大国」と言うにはあまりに軍事力が足りません。例えば中国が軍事的に拡大し、我が国にとっての切迫した脅威となる場合、日本単独で「バランシング」するには、中国に対して軍事力行使の意図を伝えるか、もしくは中国と同じように軍事力の拡大を図らなければなりません。ところが、日本では国内事情によりこのどちらも難しく、米国の軍事力に依存した「バランシング」(=日米同盟)を行っているのです。こうしたバランシング同盟は欧州などでも見られ、中小国の生き残り戦略の有効なカードなのです。
そして、「バランシング」戦略では、脅威となる国家とそれを受ける国家間の国力(=軍事力)の均衡が重要な問題となります。
北東アジアでは、「安定した多極構造(米国-中国-ロシア)」という状態にあることが、オフェンシブ・リアリズムでいうところの「平和」を実現し、日本の国益を図る上でも望ましいとされています。しかし、近年の中国の急速な国力の増大に伴い、地域における米国の相対的プレゼンスが低下する場合、日本は日米同盟の枠組みの中で米国を補完しなければ「安定した多極構造」を維持することは難しくなります。鳩山政権に見られるような、日米関係を離間させ日本が自らのパワーを沈下させるような振る舞いは、国益を損ねるだけではなく地域の勢力均衡に不安定をもたらしていることになります。
鳩山首相や雑誌『インサイダー』編集長の高野孟氏らは、日本は米国へ盲従し、米国一辺倒であるという論を展開しています。しかし、北東アジアにおける米国のプレゼンスの維持が重要であることは明白で、日米同盟を希薄化、もしくは破棄するつもりであるならば、鳩山首相はそれに代わる「バランシング」戦略維持のための方策を探さねばなりません。「バランシング」戦略上、日本の同盟相手は米国に匹敵する大国である必要がありますが、今現在、そのような国家が地球上にあるでしょうか。
中国や北朝鮮の脅威を考えるとき、日米同盟というカードをすでに持っていることは、日本の国益を確保するにおいて僥倖であると言えるでしょう。わざわざ僥倖という言葉を使ったのは、効果的なバランシング同盟が脅威が発生した時点(もしくはその後)でタイミングよくまとまった事例は歴史上見当たらないからです。そうした同盟締結は、外交手続き上、一朝一夕に成り立つものではありません。また、脅威を与える側としては、そうしたバランシング同盟が完成されるのを拱手して静観するはずもありません。したがって、少なくとも現状において日米同盟は、「今すでに存在している」という点だけでも日本の抑止戦略上、貴重なものなのです。こうして見ると、日米同盟を毀損する鳩山政権の言動は、オフェンシブ・リアリズムの理論からは逸脱したものと言えるでしょう。
リベラル派を代表する ジョセフ・ナイも、 “世界が権力政治を超えて地経学の時代になったという決まり文句は視野の狭い分析によるものだ。国際経済システムは国際政治の秩序があってこそ成り立つ”(The Case for Deep Engagement, Foreign Affairs, 1995)と論じています。その上で、“米国の駐留軍は、この地域(東アジア)の安定を保つための軍隊であり、軍拡競争を減少させるのに必要であり、覇権的な野心を持つ国の拡大的な行動を抑制する。東アジアの安全保障を数学の方程式として考えた場合、米国はこの方程式の最も重要な変数に当てはまる”(同上)と、日米同盟の持つ意味を敷衍しています。
(続く)
前回は、オフェンシブ・リアリズムを紹介するために、戦略論から外れてしまったので、本題に戻りたいと思います。
国際社会のパワー・ポリティクス(権力政治)の舞台で、国家が自国を有利に、もしくは他国が有利な状況になることを妨げるための戦略としては次のようなものがあります。
【パワー獲得のための戦略】
戦争(War)
いわずもがなですが…そう、戦争です。
ブラックメール(恐喝:Blackmail)
軍事力の行使をちらつかせ、戦争を行わずにパワーを奪うことです。
ベイト&ブリード(誘導出血:Bait and Bleed)
「誘導する側(baiter)」が紛争に直接関与せず軍事力を温存し、その間にライバル国2か国に長期間の戦争をするよう仕向け、国力を浪費させること。
近代史においてこの戦略が用いられた例はありません。
ブラッドレティング(瀉血:Bloodletting)
ベイト&ブリード戦略をより効果的にしたものです。この場合、ベイティング(誘導)は行われず、ライバル2か国がより犠牲の多い長期戦に陥ることを目標とします。第一次世界大戦時に、ドイツと連合国の西部戦線での戦いにおいて、ソ連がとった戦略です。1980年代のソ連のアフガニスタン介入に際して米国がとった戦略でもあります。
【侵略国を抑止するための戦略】
バランシング(直接均衡:Balancing)
侵略的な国家に対し、自ら直接責任を負うことです。
方法としては3つ。
- 「我々の意図を無視し、バランス・オブ・パワーを覆そうとするなら戦争も辞さない」という外交的メッセージを送ります。和解を目指すのではなく、対立を強調します。
冷戦時代の米ソがとった戦略が典型例です。 - 脅威を受けた側の国々がまとまって同盟を結成し、危険な相手を封じ込めます。
日米同盟、NATOなどを指します。 - 自らの国力を使って抑止します。
防衛費を増やしたり、徴兵制度を実施したりすることなどが含まれます。
バック・パッシング(責任転嫁:Buck-Passing)
自国(バック・パッサー)が受ける脅威に対する抑止の責任を、他国(バック・キャッチャー)へ転嫁する。
ベイト&ブリードと同じような効果をもたらす場合がある。
【避けるべき戦略】
バンドワゴニング(追従政策:Bandwagoning)ある国が、自国より強力な国の陣営に組み入れられて共同戦線を張って利益を得るが、利益の分配に際しては譲歩を余儀なくされること。
アピーズメント(宥和政策:Appeasement)
侵略的な国家に対して望むものを与え、譲歩をすること。
◇ ◇ ◇
世界中の国々、とまで言わずとも、少なくとも日本の周辺国はこれら8枚のカードを持っています。ところが、日本は憲法9条や専守防衛、非核三原則などが存在することから、「パワーを獲得するための戦略」4枚を放棄しています。8枚のカードを使って競うゲームの中で、4枚しか持たないプレイヤーがどれほど不利であるかは説明するまでもありません。
さらに、5枚目のカード、「バランシング」についても、実は日本が常に自由に使えるカードではありません。「バランシング」は、本来強大な軍事力や経済力を背景に「大国」が用いるカードです。日本は確かに地経学的大国ではありますが、戦略論の基本である地政学的な意味での「大国」と言うにはあまりに軍事力が足りません。例えば中国が軍事的に拡大し、我が国にとっての切迫した脅威となる場合、日本単独で「バランシング」するには、中国に対して軍事力行使の意図を伝えるか、もしくは中国と同じように軍事力の拡大を図らなければなりません。ところが、日本では国内事情によりこのどちらも難しく、米国の軍事力に依存した「バランシング」(=日米同盟)を行っているのです。こうしたバランシング同盟は欧州などでも見られ、中小国の生き残り戦略の有効なカードなのです。
そして、「バランシング」戦略では、脅威となる国家とそれを受ける国家間の国力(=軍事力)の均衡が重要な問題となります。
北東アジアでは、「安定した多極構造(米国-中国-ロシア)」という状態にあることが、オフェンシブ・リアリズムでいうところの「平和」を実現し、日本の国益を図る上でも望ましいとされています。しかし、近年の中国の急速な国力の増大に伴い、地域における米国の相対的プレゼンスが低下する場合、日本は日米同盟の枠組みの中で米国を補完しなければ「安定した多極構造」を維持することは難しくなります。鳩山政権に見られるような、日米関係を離間させ日本が自らのパワーを沈下させるような振る舞いは、国益を損ねるだけではなく地域の勢力均衡に不安定をもたらしていることになります。
鳩山首相や雑誌『インサイダー』編集長の高野孟氏らは、日本は米国へ盲従し、米国一辺倒であるという論を展開しています。しかし、北東アジアにおける米国のプレゼンスの維持が重要であることは明白で、日米同盟を希薄化、もしくは破棄するつもりであるならば、鳩山首相はそれに代わる「バランシング」戦略維持のための方策を探さねばなりません。「バランシング」戦略上、日本の同盟相手は米国に匹敵する大国である必要がありますが、今現在、そのような国家が地球上にあるでしょうか。
中国や北朝鮮の脅威を考えるとき、日米同盟というカードをすでに持っていることは、日本の国益を確保するにおいて僥倖であると言えるでしょう。わざわざ僥倖という言葉を使ったのは、効果的なバランシング同盟が脅威が発生した時点(もしくはその後)でタイミングよくまとまった事例は歴史上見当たらないからです。そうした同盟締結は、外交手続き上、一朝一夕に成り立つものではありません。また、脅威を与える側としては、そうしたバランシング同盟が完成されるのを拱手して静観するはずもありません。したがって、少なくとも現状において日米同盟は、「今すでに存在している」という点だけでも日本の抑止戦略上、貴重なものなのです。こうして見ると、日米同盟を毀損する鳩山政権の言動は、オフェンシブ・リアリズムの理論からは逸脱したものと言えるでしょう。
リベラル派を代表する ジョセフ・ナイも、 “世界が権力政治を超えて地経学の時代になったという決まり文句は視野の狭い分析によるものだ。国際経済システムは国際政治の秩序があってこそ成り立つ”(The Case for Deep Engagement, Foreign Affairs, 1995)と論じています。その上で、“米国の駐留軍は、この地域(東アジア)の安定を保つための軍隊であり、軍拡競争を減少させるのに必要であり、覇権的な野心を持つ国の拡大的な行動を抑制する。東アジアの安全保障を数学の方程式として考えた場合、米国はこの方程式の最も重要な変数に当てはまる”(同上)と、日米同盟の持つ意味を敷衍しています。
(続く)