中国の歴史を振り返ると、ランドパワー(華北政権)とシーパワー(華南政権)とが互いに覇権を争い、興亡を繰り返しました。例えば、南宋時代にはシーパワーの特徴である市場や流通が発達して華北の金朝と盛んに交易を行いますが、モンゴルの騎馬民族が樹立した元朝は泣く子も黙るランドパワーでした。そして、明代には鄭和がケニアまで航海したほどのシーパワーでしたが、清朝は台湾と外モンゴル、チベットを征服した大ランドパワーです。

現在の中国共産党政権は北京を拠点とする華北政権ですが、本能はランドパワーで、理性がシーパワーなのだと私は理解しています。中共中国の本来の姿がシーパワーでないことは、その海洋戦略からも垣間見えます。常に本能としてのランドパワーが持つ領土的野心が見え隠れしてしまってますからね。中国は地理的に見てリムランドに位置しており、こうした両生類的な性格を有することも地政学の理論上不思議ではないのですが、現在の中共政権による両生類的活動はそういう形而上の理由ではなく、現実的な問題――エネルギー問題――が動機となっています。

中国は、1979年の改革開放以来、年平均9%を超える経済成長を続けてきた結果、いまや米国に次いで世界第2のエネルギー消費国になりました。原油需要量もまた世界第2位で、産油国としては世界第4位ながらも、国内生産分だけでは到底需要をまかないきれず、現在は石油純輸入国となっています。今後も経済の発展に伴い、エネルギー需要はさらに増加すると見られ、エネルギーの安定供給は中国という国家の存続にとって死活的な問題であり続けるでしょう。現在の北京政府が地政学の優等生であるかの如く、シーパワー的戦略をとるのは、このエネルギー問題に対処するための合理的判断を迫られているからなのです。

では、国家の生存のために採用した中国の地政学的アプローチとはどのようなものであるかを見てみます。


領土拡張を肯定する地政学

1949年の建国以来、中国が進めてきた内モンゴル自治区、新彊ウイグル自治区、チベット自治区などの併合は、天然資源の確保や労働力の増大という理由もあるのですが、なんといっても伝統的安全保障上の意義が大きいものでした。地政学的観点から見ると、“国家は生きている有機的組織体であり、必然的により大きな生存圏を求めるようになる”というラッツェルの「レーベンスラウム(生存圏)」拡大論は、中国のランドパワー的本能を快く満たしてくれる領土拡張肯定論だったと言えるでしょう。

中国は、領土拡張を実践するにあたり、「戦略的辺彊(せんりゃくてきへんきょう)」という概念を創出します。これは、1987年に中国三略管理科学研究院の徐光裕(Xu Guangyu)高級顧問の論文で発表された概念なのですが、従来の地理的境界(国境)が国際的に承認され、相対的に安定を保っているのに対し、「戦略的辺彊」はそうした従来の国境、領海、領空とは異なり、「総合的国力の増減で伸縮する」と規定したのです。中国語で「彊」というのは境(さかい)ではなくエリアを指すもので、中国が強ければ「戦略的辺彊」は拡大し、逆に弱くなれば縮小するのです。もちろん、中国のランドパワー的発想からすれば、「戦略的辺彊」の拡大とともに地理的国境も拡大しなければならないようで、事実、前出の徐氏はその論文において、「「戦略的辺彊」を長期間有効に支配すれば「地理的境界」を拡大することができる。戦略的国境は国家と民族の生存空間を決する」と論じています。

内モンゴル自治区、新彊ウイグル自治区、チベット自治区などの自治区地域は、いまでは天然資源の宝庫としてだけでなく、中東や西・中央アジアからの石油・天然ガスのパイプライン・ルートとして中国のエネルギー安全保障の要衝となりました。これは、レーベンスラウムの拡大によってアウタルキー(自給自足)体制を構築するというラッツェルとチェレンの合せ技と言えるでしょう……が、しかし、これはあくまでも結果論で、冒頭で触れたとおり、自治区地域を併合した当時、中国は現在のようなエネルギー問題に直面しておらず、この問題の解としてラッツェルやチェレンの理論を実践したわけではありません。

現在、中国のエネルギー安全保障上の主要課題は、エネルギーの安定供給とその輸送ルートの安全確保です。これらの課題に対処するためには、(1)「封じ込め(containment)」や「囲い込み(encirclement)」といった戦略によってエネルギー補給ルートを遮断されることに対する拒否体制、(2)シーレーン防衛体制の2つを構築することが求められます。そこで、採用されたのが、「リムランド」理論 +「レーベンスラウム」拡大論、そして、マハンをはじめとする海洋戦略家の唱えるシーパワー的アプローチです。


リムランド支配、そしてレーベンスラウム拡大へ
ハートランドの拡大

三国志などによく出てくる“中原”というのは、中華文明発祥の地である黄河中下流域にある平原のことを指します。具体的には、河南省を中心として山東省の西部から、現在の首都・北京のある河北省、そして山西省の南部、陝西省の東部にわたる地域で、この“中原”の覇者こそが、中国の支配者でした。この“中原”をハートランドと見立てた場合、中国が併合してきた内モンゴル自治区、新彊ウイグル自治区、チベット自治区、さらには領有を主張している台湾や尖閣列島、パラセル諸島やスプラトリー諸島といった東・南シナ海はリムランドに相当します(便宜上、中華リムランドと呼ぶことにします)。この中華リムランドにおいて中国の支配権を確立し、「戦略的辺彊」=レーベンスラウムを拡大することは2つの意義があります。

まず、伝統的安全保障上の意義。これは、「第一列島線」などの軍事戦略にも表れているのですが、中華リムランドを敵対的な国家、もしくは国家群に支配されてしまうと、「封じ込め」や「囲い込み」といった戦略には脆弱にならざるを得ません。これらの戦略は、彼我の軍事力や経済力といった国力の規模に関係なく中国を揺さぶることになります。ソ連崩壊の轍を踏まないように心掛ける中国にとって、「封じ込め」や「囲い込み」への警戒心は、小さなものではありません。冷戦当時、アメリカは核トマホークやパーシングIIで文字通りソ連を封じ込め(contain)、包囲し(encircle)、ついには崩壊へと追いやりました。先日の報道でも、アメリカのミサイル防衛システムが日本から韓国、インド、南シナ海の国々を通ってアフガニスタンに至る三日月地帯に配備されようとしており、中国がこれに対して不安を抱いているということが伝えられました(参照エントリ)。周囲を敵対勢力に囲まれると多正面作戦を余儀なくされるので、広大な領土を持つ国家にとっては最も警戒すべきシナリオであることは容易に理解できます。中国が中華リムランドを自国の管理下に置き、少しでも「戦略的辺彊」を拡大しようとするのは、こうした「封じ込め」や「囲い込み」による伝統的安全保障戦略への拒否体制構築のためなのです。

もう一つは、エネルギー安全保障上の意義です。伝統的安全保障と同様に、ここでも中華リムランドの支配+レーベンスラウムの拡大は効果的です。内モンゴル、新彊、チベット、そしてパラセル諸島やスプラトリー諸島周辺海域は、石油、石炭、天然ガス、そしてレアアースやレアメタルなどまさに天然資源の宝庫です。エネルギーの安定供給を図り、少しでも輸入依存率を下げることで「アウタルキー」体制を構築するためには、これら中華リムランドが中国にとって「vital area(死活的に重要な地帯)」であることは明白です。

ただし、中華リムランドはエネルギーの供給先であると同時に、中東や西・中央アジアからのエネルギーの輸送ルート、つまりシーレーンでもあるという点が重要です。先ほど、中国のエネルギー安全保障上取り組まなければならない具体項目として、(1)「封じ込め」や「囲い込み」といった戦略に対する拒否体制構築、(2)シーレーン防衛体制を構築することの2点を挙げました。中華リムランドの支配+レーベンスラウムの拡大という地政学的戦略は、(1)の「封じ込め」や「囲い込み」に対する方策としては有効なのですが、(2)のシ―レーン防衛には不十分です。そこで中国が、近年特に力を傾注しているのが、シーパワー的アプローチなのです。


中国のシーレーンはアメリカの管理下

中国のシーレーン
(中国のシーレーンと主なチョークポイント)

シーレーン(SLOCs:Sea Lines of Communications)というのは海上交通路のことで、具体的には国家にとって通商上・戦略上、重要な価値を有し、有事に際して確保すべき航路のことを言います。そして、シーレーン防衛のためには制海権(より正確には海上優勢といった方が良いのかもしれませんが)の確保が必要となります。このあたりは、ロジスティクスとそれを保護するために制海権の重要性を説いたマハンの思想が反映された戦略体系と言えるかもしれません。

現在、中国が輸入する石油の約4割は中東産、約3割がアフリカ産です。そこから中国までの1万kmを優に超える長いシーレーンの事実上の管理人はアメリカで、このような自国のシーレーン防衛を他国(有事に敵対国となる恐れのある国家)に依存している状態は、安全保障上好ましくないと北京政府が考えるのは当然です。

2006年の中国国防白書は、「エネルギー資源、輸送ルートなどに対する安全上の問題が山積している」と指摘し、シ―レーン防衛に強い関心を示しました。胡錦濤国家主席も、同じ年の海軍関係者向けの演説で、「我が国は海洋大国だ。主権と安全、海洋権益を確保する上で海軍の地位は重要だ」と強調し、国益のためにシーパワーを増強することを明言しています。近年、中国海軍が台湾との紛争を想定した近海防衛型から、太平洋やインド洋への展開をにらんだ外洋型への転換を進めているのは、そうした安全保障上の不安要素を払拭し、自国のシーレーンが通過する地域の制海権/海上優勢を握ることを狙ったものなのです。空母建造計画なども、同じ文脈の中で生まれたアイデアだと言えます。

ただし、仮に中国が空母打撃群を保有しても、1個で中級国家並の打撃力を持ち、防衛圏は半径700kmに及ぶといわれる米海軍空母打撃群に匹敵するような戦力にはなり得ません。最新鋭の空母艦載機を運用する技術と11個もの空母打撃群を世界規模で展開し得る国力を持っているのはアメリカだけです。このようなアメリカの圧倒的な戦力に対して、中国は真っ向勝負をする愚は犯さず、2つの戦略を採用しました。それが「接近阻止・領域拒否(anti-access/area-denial:A2AD)」で、陸海空にとどまらず、宇宙及びサイバー空間も利用する多層的なシステムの整備に着手しています。海洋戦略面においてこの2つの戦略を実行するためには、精密誘導兵器や潜水艦などのハード面での強化もさることながら、各海域の戦略拠点を抑えることが大きなカギになります。


制海権は「面」ではなく、「点」で

陸海問わず、広大な地域を「面」で支配することは不可能です。そこで、戦略拠点という「点」を抑えることが重要な意味を持つようになります。海洋地政学においては、「チョークポイント(chokepoint)」と言われる場所が、これに相当します。マハン自身はチョークポイントという語は使用していませんが、チョークポイントを制する者が世界を制するという意味のことを述べています。チョークポイントとは、「choke(窒息させる)+ point(箇所)」、つまり人体の急所という意味から転じて、「重要な場所」を指すようになった言葉です。基本的には海上交通の多い狭隘な海峡のような場所を言い、世界にはいくつかのチョークポイントが存在します。マラッカ海峡、ホルムズ海峡、スエズ運河、パナマ運河、マゼラン海峡、ジブラルタル海峡、ダーダネルス海峡、……等々。中東から中国までのシーレーン上を見ても、大きなものだけでもホルムズ、マラッカ、スンダ、ロンボクなどがありますね。

地図上では「点」に過ぎないチョークポイントですが、重要度は巨大です。マラッカ海峡を例にとれば、インド洋と太平洋を往来する船舶のほとんどが、この全長約900km、幅約70km〜250km、平均水深約25mの海峡を通過します。1日の通行船舶数は200隻以上、年間だと5万隻にのぼる船舶が通過しており、そのうち60%近くが中国向けなのです。中国の輸入原油全体を見ても約8割がマラッカ海峡を経由していて、文字通り中国のエネルギー安全保障上の要衝となっています。迂回ルートもありますが、仮にロンボク海峡へ迂回するとなると、マラッカ海峡より650kmもの遠回りを強いられ、航行日数増加に伴うフレートや燃料、人件費などの上昇は避けられません。

また、これらのチョークポイントの他に、シーレーン上にある良港を影響下に収めることも、制海権/海上優勢を得るためには極めて重要です。地理的戦略性の高い場所にある港は、地政学的にチョークポイントと同等の役割を果たします。日本の戦国時代、織田信長は、室町将軍足利義昭から提示された管領または副将軍の職を辞退し、代わりに堺・大津・草津の支配権承認を望みました。当時、堺は海外・国内貿易の一大拠点、大津は京都の外港であり、そして草津は東海道・中山道および湖上交通を結ぶ商業や水運の要衝だったのです。この3港を得た結果、信長の税収は他の戦国大名を大幅に上回るようになり、天下統一のための大きな布石となりました。

さらに、港は、遠隔地に兵力を投入する際に中継地点としての役割も果たします。例えば、イギリスや日本、グアム、ディエゴ・ガルシアなどの米軍基地は、アメリカの迅速な海外展開を支える貴重な拠点となっています。地政学における港の重要性自体は、信長の時代から500年を経た今も大きな変化はないのです。テクノロジーの進化を考慮に入れても、今後も根幹の部分は変わらないでしょう。

地政学の優等生である中国も、「ロジスティクスを重視し、制海権を確保せよ」というマハンの教えを実践するにあたり、当然、港を重要視しました。すなわち、シーレーン防衛のために中東からインド洋、そして太平洋にまたがる海域にある他国の港を自国の強い影響下に置き、接近阻止/領域拒否戦略、さらにはパワー・プロジェクション体制構築のための橋頭堡を築こうとしているのです。これが、いわゆる「真珠の首飾り戦略」と呼ばれる中国のシーパワー・アプローチです。次回は、この「真珠の首飾り」について詳しく見ていくことにします。

(続く)


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