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注目される対艦弾道ミサイル
先週16日、広東省珠海市で第8回中国国際航空航天博覧会(珠海航空展)が開催されました。そこで関心を集めたのが、対空母戦闘システムです。今回出展はされなかったのですが、この対空母戦闘システムの目玉として最近話題になっているのが、「対艦弾道ミサイル(Anti-Ship Ballistic Missile:ASBM)」です。

このASBM(DF-21D、中国名:東風21D)は、中国大陸に米海軍艦艇(特に空母)を寄せ付けない「接近阻止(anti-access)」戦略を強化するものとみなされています。米国防総省が毎年発行している『中国の軍事力白書』は2008年以降ずっとASBMについて言及していますし、今年3月には、米上下両院軍事委員会でウィラード太平洋軍司令官が「中国はASBMのテスト段階に近づいている」(ワシントンタイムズ)と証言し、実際6‐7月にはASBMを用いた演習が上海沖で行われた可能性が伝えられています(Defense Tech)。

アメリカではメディアだけでなく政府関係の報告書にさえASBMをとりあげたものが多くなっています。

先日当ブログで紹介した米中経済安全保障再検討委員会(USCC)の報告書でも、アメリカはASBMに対してはっきりと言及し、懸念を示しています。クロプシー・ハドソン研究所シニアフェローは『フォーリン・アフェアーズ』への寄稿において、「米海軍はASBMに対する防衛手段がなく、そうした防衛兵器の開発を試みているわけでもない。米軍がASBNに対抗することも、克服することもできないとすれば、アメリカのアジアにおける影響力は低下していく」という悲観的見方をしています。また、エリクソン米海軍戦争大学准教授は、朝日新聞のインタビューに「中国空母は脅威ではない。ゲーム・チェンジャーはASBMだ」と答えました。

Project 2049 Instituteのレポートでも、「飛翔体という特質から鑑み、洋上の移動目標に対してミサイルの軌道修正は容易ではない」としながらも、ASBMが米空母の影響力を小さくさせるものであるとの見解を示しています。また、戦略予算評価センター(CSBA)のレポートでは、「中国のASBM能力が、西太平洋における米海軍の作戦行動に対する劇的な脅威として出現してきた」とし、それに付随する爆撃機や潜水艦、対艦巡航ミサイルによって構成される対空母戦闘システムに警鐘を鳴らしています。

中国の兵器は、欧米と比較して情報があまり公開されないので、どうしても推測の交ざったものが多いのは仕方ありませんが、なぜアメリカでこれほど中国のASBMが注目されているのでしょうか? 「注目」というよりも、米空母艦隊が今まさに脅威にさらされているというような切迫した論調まで存在するのですが、現時点で中国のASBMは米空母艦隊を「接近阻止」し得る兵器ではないはずです。


ASBMに対する疑問点
中国のASBMに対する突っ込みどころはたくさんあります。

まず、ターゲッティング上の課題です。旧ソ連はレゲンダ・システム(広域海域監視及びターゲッティングシステム)を持っていましたが、中国も西太平洋で米海軍と対峙するならば、これに匹敵する海洋観測システムが必要となってきます。「遥感(Yaogan)」衛星、中国版GPS「北斗」など、C4ISR体制を少しずつ整備してきているものの、現時点で超水平線にある米空母艦隊へ正確な攻撃はできません。

なによりまずいのは、ASBMが防御側の米軍のミサイル防衛網を突破できる見込みが低いという点です。先ほど紹介したハドソン研究所のクロプシー研究員は、ミサイル防衛の存在をうっかり忘れてしまったからあんなにも悲観的になったのだと思われますが、SM-3は弾道ミサイル迎撃専用に設計されたものですし、ターミナル・フェイズ迎撃用のSM-2Block4も最小の改修でイージス艦へ搭載可能です。さらに、レイセオン社が艦載型PAC-3を提案していることからも、PAC-3に至っては空母自身に搭載できるので、防御する側の艦隊は、実に密度の濃い多層防空網を構築できるというわけです。

そのうえ、この場合弾道ミサイルは、確実にヘッドオンで空母(もしくはその僚艦)目指して飛来します。ミサイル防衛でターミナル・フェイズの迎撃が困難な理由は、どこが狙われているのかを割り出すのが難しいからですが、ASBMのターゲットは無論、空母機動部隊です。着弾地点予測という困難な作業がなくなり、迎撃難度が下がることは言うまでもありません。


他にもいろいろ疑問点が浮かぶのですが、その中で私が気になるのは、ターミナル・フェイズにおける機動及び終末誘導に関する点です。

本来、弾道ミサイルにおける「誘導」機能は、発射してから弾頭を切り離すまでの間にブースターをふかして調整します。とはいえ、一義的には発射時に入力された数値が着弾地点を決定するため、どうしてもCEP(半数必中界)は大きくならざるを得ません。そこでアメリカや旧ソ連は弾頭に核を搭載し、標的地一面を薙ぎ払うことによって命中精度なんて気にしなくてよい戦略兵器を作り上げました。しかし、中国はASBMを通常弾頭で運用するつもりのようですから、着弾がばらつくわけにはいきません。移動する艦隊に同期して軌道要素をアップデートする情報処理システムの構築、移動目標を高空から捕捉できる(弾頭に搭載可能な)シーカーの開発、再突入時の高温・高圧条件下で制御可能な機動再突入体(Maneuverable Re-entry Vehicle:MaRV)の開発などを中国は達成しなければならないのです。

MaRVに関して言うと、弾頭部が自律的にコースを修正する弾道ミサイルとしてパーシングIIがありました。パーシングIIのMaRVの主誘導装置は、アクティブ・レーダー誘導装置で、目標地域のレーダー地図を用いて最終的な誤差を検知することができましたが、機動といっても「微修正」が可能な程度で、迎撃弾を回避したり、ましてや巡航ミサイルのようにS字を描くような代物ではありませんでした。

しかも、このパーシングIIはあくまで地上の固定目標に対するものです。空母は確かに目標として大きなもの(例えばジョージ・ワシントンの甲板面積は18,200平方m)ですが、洋上を移動します。ASBMが自艦に向けて発射されたことを探知すれば、当然ながら早期警戒衛星などの情報をもとに加減速・変針による回避行動をとるでしょう。発射から着弾まで5分だとしても、30ノットのジョージ・ワシントンは5kmほども移動してしまっています。マッハ10以上で飛翔するMaRVがターミナル・フェイズの数十秒間で目標を探知識別し、なおかつ巡航ミサイルのようにウネウネと機動するというのは技術的にかなり高いハードルです。少なくとも現在の技術では、マッハ10の速度で落下する再突入体(RV)を大幅に機動制御するためには減速しなければなりません。しかし、減速する=運動エネルギーを熱エネルギーに変えることなので、SM-3の赤外線シーカーにとって格好の的になってしまいます。かつ、ASBM側にとって機動制御のための減速が命取りなのは、減速によって下手すればMDシステムどころか通常の対空兵器で対応可能になってしまい、戦闘力としては格段に下がってしまうことです。仮に現行の巡航ミサイル並みの速度になったとすると、超音速巡航ミサイル「ブラモス」でマッハ2〜3、現在アメリカが試験中の無人極超音速機「X51A」でさえマッハ5をようやく実現できたところです(→ 参照エントリ)から、弾道ミサイルからすれば大幅な減速ということになります。

弾道ミサイルと巡航ミサイルはそれほどの速度差があるのです。つまり、弾道ミサイルはその速度を得るために機動性を捨てているのです。科学技術は発達するものですから、マッハ10超の速度を維持したままターミナル・フェイズの短時間で巡航ミサイルのような機動性を発揮して終末誘導を可能にする「すーぱー・うるとら兵器」の登場もけっして夢ではないかもしれませんが、現時点では運動エネルギーという物理法則の壁を超えるのは簡単ではありません。

じゃあ、弾頭部に巡航ミサイルを搭載すれば終末誘導もOK!…というわけにもいきません。上述した減速に関する問題をクリアできていませんし、重 ICBM ならまだしも、DF-21シリーズ程度のペイロード(600kg)では、数発分の巡航ミサイルしか搭載できません。初めから超音速巡航ミサイルをそのまま発射した方が簡単で安くすむのは明らかです。Project 2049 Instituteのレポートでは、中国は、空母戦闘群のミサイル防衛システムを「多様な攻撃で飽和状態」に追い込むことを狙っていると分析していますが、飽和攻撃をかけるにしても、弾道ミサイルで実行する場合、その費用は巡航ミサイルとは比較にならないほど高くなります。それを当たるも八卦当たらぬも八卦で飽和攻撃に用いるなどとは…中国はまだまだ経済を失速させるわけにはいかないということですね。


ASBMは中国版PGS(全地球即時攻撃)構想への一里塚?
中国は成功裡に終わったASAT実験でよほどミサイル技術に自信を深めたようで、ASBMもASAT技術を基に開発を進めている模様です。現時点でASBMはあくまでも確度の低い支援攻撃にしか過ぎませんが、中国の自陣奥深くの安全地帯から射程内の任意の地点に任意のタイミングで投射できることを利点として、台湾有事における(抑止効果を含めた)接近阻止能力の一翼として配備が進むでしょう。

しかし、本稿で取り上げたように、ASBMは「弾道」ミサイルである以上、技術的制約が多いことを中国は当然認識しています。中国の最終目標は、中国版のPGS(Prompt Global Strike:全地球即時攻撃)構想にあります。アメリカによる「X51A」の実験の際、中国のメディアがこぞって注目していましたが、実際中国は2025年までには全地球即時攻撃能力の獲得を目指して5カ年計画を更新しており、極超音速巡航機(Hypersonic Cruise Vehicle:HCV)の概念研究を始めています(Project 2049)。現在のASBMの開発はそのための一里塚という位置づけなのかもしれません。

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マイヤーズ元米統合参謀本部議長が朝日新聞のインタビューにこう答えています。「この世の中に完璧な兵器システムはない。ASBMをめぐっては『(中国が完成させれば)米国の空母は、台湾海峡や南シナ海周辺に近づけなくなる』という議論があるが、私はそうは思わない。常に対抗措置が工夫されるからだ。」

ASBMに対する現時点での反応は、これがまず妥当なのではないでしょうか。


【参考資料】
『中国の対艦弾道ミサイルは空母破壊兵器ではない?』(週刊オブイェクト