あけましておめでとうございます。

我が国の新しい防衛大綱や中国のステルス戦闘機(J-20?)、はたまたゲーツ米国防長官の防衛費削減計画の発表についてなど新年早々安全保障に関するニュースが多い中、英海軍が国防費削減に伴い売りに出している軽空母「インビンシブル」の競売に華人実業家が参加した、という記事が目にとまりました。

「インビンシブル」といえば連想するのがフォークランド紛争ですが、このフォークランド紛争は多くの戦訓を世界の軍隊にもたらした事例として有名です。「離島防衛」や「動的防衛力」などがキーワードになっている我が国の安全保障状況を考えれば、この紛争はもっと広く一般に知られていてもいいかな、と思います。当ブログでは取り上げたことがありませんし、思い立ったが吉日、というわけで、2011年最初のエントリはフォークランド紛争です。

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フォークランド紛争(1982年3月19日〜1982年6月14日)は、冷戦下、イギリス領フォークランド諸島(アルゼンチン名:マルビナス諸島)においてイギリスとアルゼンチンが領有権を巡って衝突した紛争です。

当時のアルゼンチンは軍事政権下にありました。歴代の政権闘争の中で市民への弾圧が相次ぎ、極度のインフレと失業により国民生活は圧迫されていました。当時100万ペソ紙幣などというものが存在していたことからも、そのインフレ具合が分かります。そうした情勢の下で、反体制派の不満の矛先をかわすためにフォークランド諸島の領有権問題が利用されました。アルゼンチンの活動家が上陸して主権を宣言するなどの事件も起きており、国民の愛国心を煽るにはうってつけだったのです。

一方、イギリスは第二次大戦後の疲弊で国力が衰え、軍備を縮小するなど往年の姿ではありませんでした。大英帝国華やかなりし頃なら、アルゼンチンになめてかかられることもなかったでしょう。とはいえ、フォークランド諸島はイギリスにとって南大西洋における戦略的拠点として非常に重要な位置を占めるものでした。パナマ運河閉鎖に備えてホーン岬周りの航路を維持するのに補給基地として必要であった上、南極における資源開発の前哨基地としても価値がにわかに高まっていたのです。

紛争勃発当初は人気低迷にあえいでいたサッチャー政権ですが、強力なリーダーシップで戦争を指導し、アルゼンチン軍は航空攻撃により英海軍艦艇に損害を与えたものの、英軍の逆上陸を阻止できず、降伏に至ります。

本稿では、紛争の軍事面での具体的推移はひとまず措き、対中国を念頭に置いて日本の離島防衛を考える際に教訓として着目し得る点をいくつか見てみたいと思います。


◆民間船の徴用
この紛争において、イギリスは7,000マイルも離れた敵国近くの離島の奪還という作戦を成功させましたが、海軍という純粋な軍事組織のみでなく、商船隊や漁船等を含む国家の総合力を最大限発揮しました。紛争発生からわずか1週間程度で第1陣の艦隊を編成して出撃させたのに続いて、商船など民間船を多数徴用した国家的な即応体制と危機対応能力はさすがのシーパワー大国っぷりです。中でも、巨大客船「クィーン・エリザベスII世」を輸送船として徴用し、短期間のうちに所要の改造を施して実戦へ投入したことは特筆されるべき点です。

徴用された民間船は紛争期間中、戦闘海域にも出入りし重要な任務を果たしました。病院船「ウガンダ」や客船「キャンベラ」はフォークランド沿岸に接近し、Ro-Ro船「アトランティック・コンベアー」はアルゼンチンの対艦ミサイル・エグゾセによって沈められたほどです。なお、クィーン・エリザベスII世はフォークランド諸島の約1,000km東に位置する南ジョージア島で輸送兵員を揚陸艦に移乗させ、直接戦闘海域に乗りつけることはしていませんが、これは、フォークランド諸島における接岸可能な港湾がほぼポート・スタンレーだけで、物理的な不都合があったためでした。そのポート・スタンレーは、紛争期間をとおしてアルゼンチン軍が抑えていて、英軍は兵力を揚げるにも補給するにも最後まで生地揚陸やヘリボーンを用いざるを得ませんでした。


◆離島防衛及び奪還の困難さ
離島防衛及び奪還の難しさが立証され、双方ともにバランスのとれた陸海空戦力と後方支援・継戦能力が必要であることが明白となりました。特に攻撃側は陸上に足場を持たないために、海上からの戦力投射能力、水陸両用戦能力における優越、軍事的なSLOCの確保が必須となります。さらに、打撃力を含む有力な海上航空兵力による航空優勢を前提として、対空戦、対水上戦、対潜戦、機雷戦・対機雷戦、電子戦などの各種戦での優勢と、C3I(指揮・統制・通信・情報)、監視、偵察、ならびに継戦能力維持のための補給、修理、整備、医療などの後方支援といった面で統合能力の必要性がクローズアップされました。

当時英空軍は航続距離や展開可能な基地等の制限から、艦隊への十分なエアカバーを提供できませんでした。そのため、「インビンシブル」と「ハーミス」が定量を超えてハリアーを積載することで何とか補わざるを得ませんでした。結果としては、このハリアーが多大な働きをするのですが、例えば英海軍がファントムFG.1を運用するアークロイヤル級正規空母(1978年退役)を投入できていれば、艦隊や海上航空兵力の展開も損耗も大きく違っていたことは言うまでもありません。


◆アメリカの関与

さらに重要な点として、アメリカの同盟国である国家間の領有権争いにおいても武力衝突は生起するという現実問題です。

フォークランドは地域紛争に該当するため、集団的自衛権を根拠にアメリカが積極介入する理由は本来薄いのですが、戦争開始の原因がアルゼンチンの侵攻にある、というのが致命的でした。もちろん、同盟の濃度に違いがあったことも大きく、アメリカは軍隊派遣による直接的支援はしなかったものの、空中給油機の貸し出し、AIM-9L(当時のサイドワインダー最新型)の提供、偵察衛星によるアルゼンチンの軍事情報の提供、アセンション島に展開しているアメリカ関連施設で補給や情報面をサポートする等、イギリスを強く支援しました。結局、イギリスは戦闘に関しては単独で紛争を処理し、事態の拡大が避けられたことから米軍の出番はありませんでした。

こうしたアメリカの態度は、アルゼンチン軍事政権の戦前の思惑から外れたものでした。アメリカは米州共同防衛条約と米州機構(OAS)を優先し、アメリカ大陸の一員として米州に残る植民地を奪回しようとするアルゼンチンを支援するだろうと考えていたからです。このあたりは南オセチア紛争においてグルジアが同じ間違いを犯していると指摘されていますね。

アルゼンチンを支持したのは南米各国や冷戦下で米英と敵対していたソ連、東側諸国でしたが、彼らは支援のための派兵をするでもなく傍観していただけで、紛争には何の影響も与えませんでした。反対にNATO諸国、とりわけイタリア、西ドイツ、スペインなどは直接軍事参加はしなかったもののアルゼンチンへの経済制裁を発動し、イギリスをサポートしました。

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ざっとフォークランド紛争について見てきましたが、冒頭で「対中国を念頭に置いて」とわざわざ言及したのは、中国はこのフォークランド紛争を様々なレベルで研究し、多くの論文でも題材として取り上げられるほど注目されているからです。

例えば、イギリスの民間船徴用は中国海軍にとって模範とすべき見本とされており、平時における商船隊の整備、軍民転用を前提とした商船の建造、船舶動員方法、短期間に必要とされる改装を施す方法、船員と民兵による運用ノウハウの構築などが90年代以降活発に行われてきています。さらに、民用船舶動員準備法や国防動員法など国内の法整備も着々と進められていることが報道からも知ることができます。

「離島・島嶼防衛」というのは、我が国の国防を論じる上で今年もキーワードの1つであることは間違いありませんね。



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