近年、中国が “空母キラー” としてASBMの開発を進めていることは当ブログでも過去に取り上げましたが(『中国の「対艦弾道ミサイル」が米空母艦隊の脅威?』)、今度はイランがマッハ3の速度を持つ対艦弾道ミサイル(ASBM)を試射したとの報道がありました。

Iran Mass Producing New Anti-Ship Missiles (2011/2/7 Defense News)

動画はこちら。


標的艦は動いていたのか、一発で短距離弾道ミサイルを小さな標的に命中させたのか、そもそも本当に実験が行われたのか…などなど疑問はありますが、一応、最近「話題の」対艦弾道ミサイルですので、取り扱ってみたいと思います。

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今回イランが試射したとされるASBMの名称は「ペルシャ湾(Khalij Fars)」。
射程は300kmで、全長約8m、重量約3,000kg、ペイロード450kg。
カタログスペックだけを見ると、ロシアとインドで共同開発中の巡航ミサイル「ブラモス」と相似していますが、「ペルシャ湾」は短距離弾道ミサイル(SRBM)です。

「ペルシャ湾」はSRBM「Fateh-110※1を基に開発されたもので、準中距離弾道ミサイル(MRBM)である中国のASBMと単純比較することはできませんが、やはり気になるのはマッハ3という弾道ミサイルとしては遅い速度です。

イランの軍当局は、「undetectable and can't be neutralised by enemies(検知も無力化も不可能)」だと息巻いていますが、一言で言うと、大袈裟。

まず、高空を飛翔してやってくることから、発見自体は容易です。巡航ミサイルはこの被発見率を低減させるため、シースキミング※2によって敵のレーダーに捕捉されることを遅らせていますが、レーダーから隠れつつ高速で標的に接近することは簡単ではありません。実際、大気が薄い高高度ではマッハ3という速度を維持できていたものが、海面すれすれの高度では空気の密度によりその半分から3分の1ほどの性能しか発揮できなくなります。つまり、速度が上がるにつれてシースキミングは困難になるのです。

さらに、超音速で飛行するミサイルは衝撃波で海水を巻き上げてしまうことによって被発見率が高くなってしまいます。かつてソ連が開発した対艦ミサイル「サンバーン」は、マッハ2.5を維持するために海上20mを巡航飛行するという工夫を凝らしましたが、それほどに対艦ミサイルにおける高速性と隠密性の両立は難しいのです。

これが、「ペルシャ湾」のような弾道ミサイルの場合、隠密性はほとんど期待できません。なぜなら、弾道ミサイルは高空で弾道軌道を描く上、空力過熱や排気熱によって否が応でも被発見率が高くなってしまうからです。

本来、弾道ミサイルとは、巡航ミサイルの持つ隠密性や終末機動を諦める代償として、弾頭に核を搭載し高速性を追求することで敵に脅威を与えるはずのものです。つまり、仮に敵に見つけられても、マッハ10を超える高速力によってその防空網を突破し、辺り一面を薙ぎ払うことが弾道ミサイルに求められる利点なのです。それを通常弾頭でマッハ3まで速度を落としてしまったら、対艦攻撃のプラットフォームとしての弾道ミサイルの優位性は失われてしまうのです。

迎撃する側にとっても、巡航ミサイルレベルの速度しかない弾道ミサイルを1、2発撃たれる程度であれば、とりたてて脅威の増大とはなりません。イージス防空艦を擁する米軍から見れば、より高速の弾道ミサイルに対処可能なSM-3がありますし、ドイツや韓国海軍も採用しているRAM※3でも「ペルシャ湾」を迎撃することは可能でしょう。

また、TV終末誘導を用いたようですが、それならば同時多数発射は難しく、飽和攻撃には向かないことからも、あまり「使える」兵器だとは思えません。

対艦攻撃に弾道ミサイルを用いるならば、やはり核弾頭を搭載しなければ、実質的な脅威にはならないのではないでしょうか。弾道ミサイルの利点である高速性を維持したまま対電子妨害性、低被観測性、目標識別能力、終末機動性などすべてを追求するのはまず現実的ではありません。




※1 Fateh-110は、中国のSRBM東風11A(DF-11A)を基に開発されたという報告がある。

※2 敵による発見を避けるために、地球の丸みに沿って海上すれすれの低空を飛行すること。

※3 CIWSのミサイル版。従来のCIWSよりも遠距離で交戦でき、個艦防空ミサイルの最小射程範囲内の近接防空用艦対空ミサイルとして開発された。