southchinasea

米海軍大学のライル・ゴールドスタイン(Lyle Goldstein)准教授は、同大学戦略研究部の中国に関する専門家であり、海軍の中国海洋研究所の発起人でもあります。近年は、同じく中国研究の専門家であるアンドリュー・エリクソンなどとも共著を出すなど、名の知れた研究者です。

ところが、彼が7月に発表した「The South China Sea's Georgia Scenario」は、まるで中国共産党の公式声明のような印象を受けるものでした。もちろん、ゴールドスタイン教授の主張がたとえアメリカにとって都合の悪いものであっても、論理的であるならばそれはそれで価値があるのですが、本エッセイには誤認やバイアスが見受けられ、さすがに少し首を傾げざるを得ない内容でした。

このゴールドスタイン教授のエッセイに、米海軍大学の同僚でもあるジェームズ・ホームズが噛みついています(笑

最近、中国に対して何かと挑戦的なベトナムの振る舞いをグルジアに見立てて警鐘を鳴らす、というのであれば理解できますが、南シナ海の重要性を黒海と同列に考えちゃ確かにまずいですよね。まして台湾や東南アジア諸国との関係を絶ち、そこから撤退してもアメリカの世界戦略に影響はない、という見解は、まるで突っ込まれるのを待っているかのような主張です。ホームズ教授は以前より、アメリカの孤立主義的なまでのオフショア・バランシングには否定的で(参照)、一定程度の関与をとどめ、地域のコントロールを継続すべきという立場ですから、ゴールドスタイン教授の意見と相容れるものではありません。

South China Sea Is No Black Sea (The Diplomat)
By James Holmes

ゴールドスタイン教授は、南シナ海と2008年のグルジア紛争(南オセチア紛争)とをリンクさせている。彼の主張によると、「アメリカは、弱小で離れたところにある戦略的には三流で、しかもその領土を欲し、政治的な従属を望む強国に隣接した同盟国(つまり台湾)に、自国の威信を賭けるという愚行をしている」という。さらに、「グルジアに肩入れしたブッシュ政権は、ロシア軍に対して無力で、外交的には明確な敗者だった」と、悲観に満ちた描写をしている。

アメリカの指導者がゴールドスタイン教授のアドバイスに留意するなら、中国に隣接する取るに足らない東南アジア諸国との関係を断つべきだ、ということになる。また、彼は、「東南アジアの問題は、世界規模のバランスオブパワーにまったく影響しない。ワシントンは得るところなく外交的に後退する危険に瀕する」と主張し、「ブッシュ政権がアメリカの国益にならない問題に関してモスクワとの衝突を回避したように、オバマ政権も東南アジア諸国につなぎとめられるべきではない」と述べている。これはつまり、友好ではあるが「重要ではない」国を支援することへの警告、という意味を持つ。不要なしがらみを断ち、対海賊や対テロを通して海上における中国との関係を築くべきである、というのだ。

しかし、中国が国連海洋法条約を順守し、武力行使を控えるのかどうかは不明瞭である。中国は、南シナ海の一定の海域と空域において「議論の余地のない主権」を繰り返し主張して譲らず、国際公共財としての公海で行われる飛行活動や偵察、軍事的調査活動を禁止しようとしている。

領海とは、沿岸国の基線から12海里までの沖合を指し、沿岸国が完全な管轄権を持つ。国連海洋法条約では、基線から200海里までの海域を排他的経済水域(EEZ)として規定し、海中(漁業資源など)や海底の資源を開発・管理する主権を認めているが、公海を管理することまでは認めていない(注:なにより、すべての国の船舶は、沿岸国の領海内であっても無害航行権(沿岸国の平和や安全を害さない限り自由に航行できる権利)があります)。つまり、海洋国家の権利を侵害しようとする中国に対して、アメリカの抵抗は妥当なものなのだ。

黒海と南シナ海ではまったく異なる力学が働いており、ゴールドスタイン教授のアナロジーは妥当ではない。グルジア紛争になぞらえるのなら、次の条件にあてはまるものでなければならない。(1)アメリカの国益にとって重要でない小国に対し大国が戦おうとしているか、(2)アメリカや国際社会が介入する前に、大国が小国を圧倒するほどの軍事力の格差があるか、(3)米軍の展開が間に合わないほど戦域が遠いところであるか(前方展開基地が不足しているか)、という3点である。南シナ海は、このどれにもあてはまらない。


まず、中国とその隣接する諸国との力の差を考慮してみよう。確かに、1体1で見比べれば、中国は東南アジアのどの国にも勝る。例えば、フィリピンの防衛費は中国の36分の1以下である。フィリピンは中国との海洋領有権問題にアメリカを引き込もうと努めており、米比相互防衛条約を南シナ海での有事にも適用することをアメリカとの間で合意し、比軍の装備の増強、とりわけ貧弱な沿岸警備能力を補強すべくUSCGC Hamiltonを米沿岸警備隊から譲り受けたりしている。

フィリピン軍は、中国海軍の艦船はもとより、海上法執行機関(注:海巡や海警など)の艦船にも歯が立たない。ゴールドスタイン教授は、中国が南シナ海に配備しているのが、そうした「非軍事組織の非武装警戒カッター」であることを重要視している。これこそが、「中国が武力衝突へのエスカレーションを望んでいない証拠である」としているのだ。

しかしながら、領土問題が武力衝突へ発展することを中国が望んでいないのは当然である。まともな政府なら、戦わずに思い通りになる状況で戦いを選択するはずがないだろう。中国は非軍事組織の非武装警戒カッターを南シナ海へ配備することによって、主権海域を警戒しているに過ぎないとのメッセージを発信しているのだ。もし、東南アジアの国が中国に効果的に対抗してくるようなことがあれば、中国が海軍艦船を派遣することは間違いない。

また、東南アジアがアメリカの国益に重要な地位を占めている、という点も大きい。南シナ海と黒海とでは比較にならない。ゴールドスタイン教授は、「航行の自由は、‘どういうわけか’ 米外交の主要素となっている」と述べ、その基本政策がそもそも「不条理だ」としている。しかし、公海における自由航行は新しい概念などではなく、何十年も米外交のメインマストであった。国務省のウェブサイトによると、「航行の自由計画」はカーター政権の1970年代にまで遡る。以降、歴代政権は「公海における航行及び上空飛行の権利と自由を行使し、それらの権利と自由を制限する他国の一方的行動を黙認しない」という一貫した姿勢をとっている。沿岸国が国際公共財を囲い、海の自由を妨げないようにするというアメリカの方針は、けっして不条理などではない

南シナ海の九点破線
(南シナ海の9点破線。Wikipediaより)

南シナ海で航行の自由が問題になったのがつい最近であるというのなら、それは、中国の主張 ―「議論の余地のない主権」― がかなり新しいものだからだ。中国は、2009年に初めて海洋権益の主張に関する地図を国連で配布した。そこに描かれた「9点破線」(上図参照)は、南シナ海のほぼ全域を含んだものだった。2010年、中国の政府関係者は、この水域を「核心的利益」として位置づけている。クリントン国務長官はこれに対して、自由航行はアメリカの「国益」であると表明したが、これは、数十年来のアメリカの政策方針を再確認しただけのことである。

米海洋戦略における南シナ海の重要性は誇張するまでもない。2007年に発表された『21世紀のシーパワーのための協同戦略(A Cooperative Strategy for 21st Century Seapower)[PDF]』では、西太平洋とインド洋地域(ペルシャ湾を含む)を米海軍力の主舞台であるとしており、南シナ海はこの両戦域のつなぎ目にあたる。米軍の前方展開基地はユーラシア周縁に広く分布しており、海軍は両海域の間を「スイング」できなければならず、有事には戦力を集中させなければならない。万が一、南シナ海の通過がままならないものになれば、米軍は大きく南へ迂回することを強いられ、機動性は削がれ、戦略的効果も低減される。


次に、中国が隣接国を迅速に打ち負かすほどの軍事力を持つようになるかどうかはまだ判然としない。

中国の接近阻止(anti-access)能力が向上し、敵対国や介入者にとって厄介なものになりつつあることは事実だが、同時に、中国の軍事力が発展段階にあるということ、そして北から南まで多くの課題に直面していることを忘れてはならない。行き詰まる北朝鮮の核問題、米軍の駐日プレゼンス、東シナ海における日本との領有権問題、台湾の事実上の独立状態、南シナ海の紛糾、マラッカ・ジレンマ、そしてインド洋での利害拡大など、対処すべき問題は山積みである。

戦力を分散させることは得策ではなく、すべての事態にすべての場所で対応しようとすれば、結局何もできないことになりかねない。中国がそのアセットの多くを南シナ海へ集中させるなら、その海域を支配する能力があるだろう。しかし、その選択は他の戦略的利益を危機にさらすことに他ならない。ロシアは、黒海でいかなる脅威にも直面していないと言ってよく、グルジアに集中する余裕を持っている。中国にはそのような贅沢はありえない。


最後に、北東アジアにおいて米軍が定着した勢力である点も、黒海よりも状況を優位にする。ゴールドスタイン教授も正しく指摘している通り、グルジアへの遠征を開始した米軍にとってロジスティクスは大きな問題となった。近年、中国の弾道ミサイルや戦術航空機による攻撃に対する在日米軍基地の脆弱性が指摘され、戦闘開始後の基地の抗湛性への疑問が増しつつあるのは事実だが、その一方で、対抗策もある。例えば、同盟国はイージス弾道ミサイル防衛システムを配備している。また、軍事施設は比較的単純な手段(高価ではあるが)で抗湛性を増すことが可能だ。つまり、2008年にロシアに対してとり得たよりも多くの選択肢を、我々は中国に対して講じることができるというわけだ。

ある意味、グルジア紛争は南シナ海における米政策のガイドになるかもしれない。アメリカ自身が特定の海洋領有権問題に利害関係を持たず、そうした問題に巻き込まれることを拒むべきであるというゴールドスタイン教授の主張は正しい。しかし、大国が国際法を独断で修正したり無効化したりするという原則を中国が確立することは認めるべきではない航行の自由は、中国によって与えられたり保留されたりするような類のものではない地域への関与を取りやめ、中国のなすがままに任せるならば、アメリカは戦略的機動の自由だけでなく、国際公共財の保証人としての地位さえも失うことになるだろう

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