東京都や国による尖閣諸島購入が賑わっていますね。都や国に強く反対する理由もないですが、国際法上疑いなく我が国の施政下にあり実効支配している領土ですから、藪を突いてわざわざ蛇を出すようなことしなくてもなぁ、とも思います。もちろん、日本国内の問題に中国が容喙してくることが問題といえば問題なのですが、相手がそういう態度に出ることが分かっていながら、実効支配している側が事態を紛糾させるきっかけをつくるのもあまり賢明だとも思えません。今回は地権者の事情もあるようですので、都知事閣下のいつもの単純な愛国的発想というわけでもないのかもしれませんが。
尖閣諸島問題は当ブログでもこれまで何度か取り上げてきましたが、私は日中が抱える諸問題のうちでもかなり日本有利な案件だと理解しています。ですので、法やシステム、設備等の整備・向上は必要ですが、とりたててこちらから騒ぎ立てることはない、と考えています。
本稿では、「中国による尖閣諸島侵略に際して日本がどのように防衛するのか」についてまとめてみました。中国にできることは限定的で、日本側は慌てたり怯えたり強がったりする必要がないことがお分かり頂けるかと思います。
自衛隊を尖閣に駐留させよ!?
離島防衛には2つのアプローチがあります。1つは、離島や近隣に戦力をある程度事前に配置する方法。もう1つは、相手に離島を一度取らせ、その後で本土から機動戦力をもって奪還する方法です。
「自衛隊を尖閣へ常駐させよ!」という意見は、1つ目の方法ですね。これは確かに「政治的」には有効です。離島に戦力を配置し、その地を寸毫も犯すべからず、という国家の意思を内外に示す行為ですからね。では、どのくらいの戦力が必要なのでしょうか。古い資料になるかもしれませんが、『軍事研究』(2006年9月号)で具体的な数字が元・陸自幹部学校教官の高井三郎氏によって挙げられています。
支援部隊も含めて約4,000+人です。高井氏のような専門家には文字通り釈迦に説法ですが、これだけの兵力をどこから掻き集めるのか、と考えると少々難しいような気がします。加えて、尖閣諸島に常駐するとなると食料や水、燃料の確保も容易ではありません。維持コストは上がり、限られた防衛費の中、他へしわ寄せが出ます。なにより、派遣される隊員のストレス解消法もないのですから、士気が高まろうはずもありません。
また、蓋然性が低いとはいえ、いざ武力衝突となれば1,000人程度の常駐部隊は開戦劈頭に蹴散らされてしまいます。離島に部隊を張り付けておくのは、「軍事的」には効果が薄いのです。隊員の死は政府を始め国民に戦争の覚悟を決めさせる引き金になるかもしれませんが、他にやりようがある中で貴重な命をそのようなトリップ・ワイヤー的な形で消耗することが優れたプランとはとても言えません。
事実、自衛隊の離島防衛の基本は「取らせてから取る」という2つ目の方法を採用しています。
限られた戦力を離島に常駐させても、相手がその場所を制圧しようという強い意思の下に作戦行動をとる場合には、必ずその常駐戦力を上回る物量を投入してきます。ですから、守る側としては、相手に対して「取っても維持が難しい」と思わせるのが離島防衛の合理的なあり方となります。
「上陸を許した時点で日本は敗北じゃあ!」というのは大間違い。我が国の防衛政策の基調は、専守防衛ですので、極論すれば軍事的に損害を受けるところから始まります。有事の際、日本は敵の先制攻撃や国土が戦場になることを甘受しなければならないのです。したがって、領土に上陸されれば終わり、という論理は専守防衛を掲げる以上成り立ちません。日本が戦う目標は、「敵の侵攻を受ける前の状態まで戻す」という点に置かれるわけです。尖閣諸島の場合はその実効支配を取り返すことで達成されます。
さらに、「取らせてから取る」を実現する上で、日本には「距離」という利点があります。そもそも尖閣諸島のような小さな島では、ただそこに居るだけでも兵站を維持するのが難しいものです。中国が仮に尖閣諸島の占領に成功したとしても、長期的に支配し続けるには日本以上の代価を支払わなければなりません。本土からの距離が遠い分だけ兵站線が長くなりますからね。第一波のエントリー部隊(特殊部隊や海軍陸戦隊)が上陸したとしても、補給ルートを遮断されてしまえば干上がります。そして火力は言うまでもなく、ISR(監視・偵察)能力においても陸地が近い日本が圧倒的に有利です。
魚釣島程度の小島を海上封鎖するのは難しいものではありませんし、それを突破するために中国が更に大規模な軍事力を用いれば、こちらの思うつぼです。中国が手を出した(=軍事力を使用した)時点で日米安保条約発動条件が満たされ、かつ客観的状況においても中国軍による侵略であることが明白なため、自衛隊による反撃は純粋な国土防衛(=自衛行為)であると国際社会も認知しますし、米軍も介入しやすくなります。なお、この状況は自衛権の行使にほかならず、交戦権の行使でもないため、憲法上の問題もありません。
尖閣諸島周辺を戦域とした限定紛争において、中国の海・空軍が日米に勝てる見込みはなく(自衛隊だけでも対処可能)、事態がエスカレートすればするほど「尖閣の実効支配」という作戦目標の実現可能性は低くなります。まあ、たかだか尖閣諸島問題で米軍との正面衝突を選択するほど中国は愚かでないでしょうけどね。核心的利益の一つとはいえ、日本に実効支配されている尖閣諸島の状況は中国にとって分が悪過ぎる問題です。
そして、米軍と自衛隊との離島奪還訓練も盛んに実施されています。
尖閣諸島の地勢で大規模強襲上陸作戦が必要になることはありませんが、平時から米軍との連携や部隊レベル・個人レベルでの交流を深化させることが有益に働かないわけがありません。中国へのアピールにもなりますし、こうした動きは大歓迎ですね。
いずれにしても、常駐部隊を離島に張り付けておくより「相手が取ろうとするまでこちらは挑発的な行動はしない。しかし、いったん侵攻すればそれは必ず奪還する」という姿勢でいる方が、相手としては何倍もやっかいなのです。ただ、取り返すにあたって「政府の決断」が下されるかどうか、という点に不安を抱かないわけではありません。元空自幹部の数多久遠氏もその点について極めて強い懸念を示しておられます。
基本的なことではありますが、信じることのできる政府を選挙で選ぶことは、我々国民の責任です。頼りない政府、信じられない政治家を選んだのは私たちですから、選挙ではしっかりと考えて権利を行使しなければいけませんね。
非武力による占領が日米安保条約を無効化する?
上記は相手が人民解放軍海軍(PLAN)だったり人民解放軍空軍(PLAAF)だったりした場合の考察です。では、中国が非武力で尖閣諸島を侵略しようとしたらどうするの?という疑問が出てきます。それも当然で、南沙諸島や西沙諸島で侵略の尖兵を務めたのはいずれも「民兵」でした。
【参考記事】 海上民兵が尖閣を狙う
民兵は軍事訓練も受けますし軍を所掌する中央軍事委員会の指導下にあるのですが、それでいて軍属ではありません。中国は領土拡張を目論む際、この「軍人でない兵士」を実に効果的に用います。係争相手としては、いちおう民間人に対してのっけから攻撃を加えるわけにもいきませんから、例え民兵だと分かっていても手を出し辛いものです。それを逆手にとって民兵はじわじわと係争領域に浸透し、実効支配のための先鞭をつけるのです。
ここで、「民兵が領海に侵入後、魚釣島に上陸し、非武力で占領しようと試みた場合」について考えてみます。この場合、日米安全保障条約の発動要件である「武力攻撃」(参照)が発生していませんから、米軍の出動は期待できないかもしれません。
また、一義的には日本の領域における問題であり、日本が主権国家である以上、自衛隊が米軍よりも先に出動していることは言うまでもありません。ところが、「外部からの武力攻撃」事態が発生したという事態認識がなければ、防衛出動さえ発令されず、自衛隊による奪還作戦すら着手できない恐れがあります※1。日本政府が協議している間は米軍も動けませんから、魚釣島に上陸した民兵がさくさくと実効支配の物理的証拠を創出するかもしれません。
確かに、クリントン国務長官を始め、多くの米政府高官が「尖閣諸島は日米安保条約の適用対象である」と公式に明言しています。しかしながら、「条約の適用対象である」ことと、「条約の発動」には当然乖離があり、要件が満たされなければ発動しません。ですから、シナリオ次第では日米安保にはスキマが生じるかもしれないのです。
・・・と、ここまで不安なことを書いてきましたが、中国が民兵を使ってこのスキマを突くのではないか、という懸念は実はあんまり現実的ではありません。その鍵は「海上保安庁」の存在です。
先ほどの「民兵が領海に侵入後、魚釣島に上陸し、非武力で占領しようと試みた場合」というシナリオに、海保というピースをはめ込んでみます。より現実に近いシナリオは以下になります。
まず、民間船に乗った漁師(民兵)がうっかり潮に流されて魚釣島海域へ近づいたとします。本当にうっかりであれば、「無害通航」(国連海洋法条約第19条)が適用されますから、領海外へ退去すれば問題ありません。仮に領海内で網を降ろすなどの行為が確認されれば、警戒中の海保巡視船から退去の警告を受け、それでもまだうっかり流されてくれば停船命令が出されます。もし命令をうっかり無視すれば、公務執行妨害で身柄を拘束されます。さらにもし海保船艇が近づいたり接舷しようとしたところで激しく抵抗すれば、逮捕されます。北朝鮮工作船事件以降、無害通航違反を取り締まる法令も強化されており、「領海外国船舶航行法」なども制定されていますから、この辺は以前よりスムーズです。
漁師(民兵)たちが国籍も示さず、軍民定かならない状態で火器を使って抵抗などしようものなら、これは明らかに「海賊」ですので、海保の機関砲で蜂の巣にされようとも仕方がありません(海賊対処法)。
次に、海保のこうした監視をすり抜けてうまい具合に魚釣島へ民兵が上陸できたとします。この場合も、海保が「民間人の保護」という形で身柄を拘束して事情聴取し、強制送還してお終いです。不法入国者ですから出入国管理法違反で逮捕することもできます。抵抗すればもちろん公務執行妨害で逮捕です。民兵が実効支配の物理的証拠を島内に構築する時間的余裕などありません。
では、民兵を乗せた漁船が数十〜100隻規模で押し寄せたらどうなるでしょうか?海保は停船命令を出すでしょうが、確かに数隻の巡視船ではなす術がないかもしれません。とはいえ、その規模の船団で領海侵犯しておいて「侵略ではない」というのはさすがに通りません。自衛隊に海上警備行動が発令されるでしょうし、米軍も海域の緊張拡大を阻止するべく艦船を派遣する事態です。そうなると、漁船が100隻いようとも、軍隊相手には木の葉同然です。
これらの民間漁船が、中国の海上法執行機関である漁政や海監の船艇になったとしても基本的には変わりありません。つまり、非武装での領海侵犯・不法上陸は「海の警察」である海保が対処し、海保の手に負えないほどの武力攻撃を仕掛けてくる場合には、自衛隊が海上警備行動に則って対応し、それ以上のレベルであれば、防衛出動が発令されます。
そして意外かもしれませんが、日本政府は非武力攻撃に対する自衛権行使に関しては、武力攻撃に対する場合よりも積極的な立場をとっています。国連憲章第51条は自衛権行使の要件を必ずしも武力攻撃に限定していません。それゆえ、「非武力攻撃に対して必要最小限の範囲内で反撃することは自衛権の行使であるから、憲法に抵触しない」というのが日本政府の見解です※2。
相手の挑発に乗らないことが大切
このように、中国が尖閣諸島を力ずくでもぎ取るのは大変難しい状況です。1つには尖閣諸島を実効支配しているのが日本であることがとても大きいですね。日本の国内法規によって取り締まることができるからです。ですから、実効支配の状況だけは絶対に崩してはなりません。
もう1つは、抑止力と実力の存在です。中国は南沙諸島や西沙諸島をめぐって東南アジア諸国と揉めていますが、尖閣諸島に比べてかなり強硬です。好戦的とさえ言えるケースもありますね。理由は簡単です。例えばスカボロー礁の係争相手であるフィリピンには海保のような優秀な沿岸警備隊ありませんし、海・空自衛隊に匹敵する能力を持った実力組織がありません。さらに、尖閣諸島を下手に突つくと日米安保をもとに出動する米軍をも相手にしなければならない恐れがあり、とても南シナ海で振る舞っているようにはいかないのです。尖閣諸島では、海保、自衛隊、日米安保、これらがはっきりとした抑止力として機能していることが分かりますね。
ここで日本にとって大切なのは、相手の挑発に乗らないことです。一昨年の漁船衝突事件では、海自の出動や海保の武装を刷新して「断固とした」対応を求める勇ましい声も聞かれました。しかし、中国が民間人や民兵を送り込む目的を考えれば、「断固とした=武力」という発想がいかに相手の思うつぼであるかが分かるはずです。下手に武力攻撃すれば「日本は民間人を攻撃した」と宣伝することができます。つまり、中国に軍隊派遣の格好の口実を与えることになるのです。例え軍事的には有利だとしても、「尖閣諸島に領土問題はない」との立場をとる日本政府にとって、好ましくない状況を生み出すことになるのは言うまでもありません。
そもそも、国境や領海がらみの局地的な衝突を本格的な戦争にエスカレートさせないための安全装置として海上保安庁は存在します。ファイティングポーズをとってはいても、こちらから先に手を出すのは得策ではないのです。私も「断固とした」対応を取るべきだとは思いますし、我が領土を寸毫も侵すべからずとの姿勢を見せるべきだと考えますが、それは常に軍事力を意味するものではありません。基本的には相手に先に手を出させてから対処する「後の先」をとるべきだと考えています。そのために、現実の事態に即した法整備や、拿捕に際しての海保と海自の共同オペレーション等がより深化・洗練されることは期待したいですね。
中国の今後の出方としては、硬軟両様のアプローチで日本に圧力をかけ、どこかのタイミングで姿勢を軟化させ、摩擦解消を名目に二国間協議や周辺海域の共同開発などを提案してくるかもしれません。「二国間の平和的話し合い」であるため、米国は中立です。ここで日本政府が提案に乗ってくればしめたものです。そう考えると、尖閣諸島問題で「戦場の霧」となるのは時の政権…という事になるのでしょうか。
注※1 昭和36年4月21日 衆議院内閣委員会 自衛隊法の武力攻撃と間接侵略に関する加藤防衛庁官房長答弁:「外部からの武力攻撃というのは、…他国のわが国に対する計画的、組織的な武力による攻撃をいうものであります。」
注※2 1954年第19回国会参議院外務委員会において、高橋通敏外務省条約局長が「武力攻撃以外の自衛権が必ずしも禁じられてはいない」とした上で、「国連憲章第51条は自衛権行使の要件を必ずしも武力攻撃に限定していない」と答弁。1998年第43回国会衆議院日米安全保障条約特別委員会における新ガイドライン策定をめぐる国会審議の中で、橋本龍太郎首相が「国連憲章第51条は武力攻撃以外の侵害に対して自衛権の行使を排除するという趣旨であるとは解しておりません」と答弁。同じく高村正彦外相も「政府は従来より、国連憲章第51条は、自衛権の発動が認められるのは武力攻撃が発生した場合である旨、規定しているが、武力攻撃に至らない武力の行使に対し、自衛権の行使として必要最小限の範囲内で武力を行使することは認められており、このことを国連憲章が排除しているものではない」と答弁。
尖閣諸島問題は当ブログでもこれまで何度か取り上げてきましたが、私は日中が抱える諸問題のうちでもかなり日本有利な案件だと理解しています。ですので、法やシステム、設備等の整備・向上は必要ですが、とりたててこちらから騒ぎ立てることはない、と考えています。
本稿では、「中国による尖閣諸島侵略に際して日本がどのように防衛するのか」についてまとめてみました。中国にできることは限定的で、日本側は慌てたり怯えたり強がったりする必要がないことがお分かり頂けるかと思います。
自衛隊を尖閣に駐留させよ!?
離島防衛には2つのアプローチがあります。1つは、離島や近隣に戦力をある程度事前に配置する方法。もう1つは、相手に離島を一度取らせ、その後で本土から機動戦力をもって奪還する方法です。
「自衛隊を尖閣へ常駐させよ!」という意見は、1つ目の方法ですね。これは確かに「政治的」には有効です。離島に戦力を配置し、その地を寸毫も犯すべからず、という国家の意思を内外に示す行為ですからね。では、どのくらいの戦力が必要なのでしょうか。古い資料になるかもしれませんが、『軍事研究』(2006年9月号)で具体的な数字が元・陸自幹部学校教官の高井三郎氏によって挙げられています。
- 魚釣島に歩兵大隊程度(現在自衛隊は「大隊」を廃止)主力を置き、久場島、北小島、南小島に合計1ないし2個中隊を分派する。
- 現地資源が乏しく、長期自活の難しい離島の性格上、守備隊が孤立無援に陥る恐れがある。したがって尖閣守備隊には170km南方の先島諸島からの火力支援はもとより兵力の増援、交代や補給支援を必要となる。
- 従って先島には尖閣支援及び地域警備に任ずる少なくても3個、歩兵大隊、砲兵大隊、地対空ミサイル大隊基幹の3000人規模の旅団の配備が望ましい。
支援部隊も含めて約4,000+人です。高井氏のような専門家には文字通り釈迦に説法ですが、これだけの兵力をどこから掻き集めるのか、と考えると少々難しいような気がします。加えて、尖閣諸島に常駐するとなると食料や水、燃料の確保も容易ではありません。維持コストは上がり、限られた防衛費の中、他へしわ寄せが出ます。なにより、派遣される隊員のストレス解消法もないのですから、士気が高まろうはずもありません。
また、蓋然性が低いとはいえ、いざ武力衝突となれば1,000人程度の常駐部隊は開戦劈頭に蹴散らされてしまいます。離島に部隊を張り付けておくのは、「軍事的」には効果が薄いのです。隊員の死は政府を始め国民に戦争の覚悟を決めさせる引き金になるかもしれませんが、他にやりようがある中で貴重な命をそのようなトリップ・ワイヤー的な形で消耗することが優れたプランとはとても言えません。
事実、自衛隊の離島防衛の基本は「取らせてから取る」という2つ目の方法を採用しています。
限られた戦力を離島に常駐させても、相手がその場所を制圧しようという強い意思の下に作戦行動をとる場合には、必ずその常駐戦力を上回る物量を投入してきます。ですから、守る側としては、相手に対して「取っても維持が難しい」と思わせるのが離島防衛の合理的なあり方となります。
「上陸を許した時点で日本は敗北じゃあ!」というのは大間違い。我が国の防衛政策の基調は、専守防衛ですので、極論すれば軍事的に損害を受けるところから始まります。有事の際、日本は敵の先制攻撃や国土が戦場になることを甘受しなければならないのです。したがって、領土に上陸されれば終わり、という論理は専守防衛を掲げる以上成り立ちません。日本が戦う目標は、「敵の侵攻を受ける前の状態まで戻す」という点に置かれるわけです。尖閣諸島の場合はその実効支配を取り返すことで達成されます。
さらに、「取らせてから取る」を実現する上で、日本には「距離」という利点があります。そもそも尖閣諸島のような小さな島では、ただそこに居るだけでも兵站を維持するのが難しいものです。中国が仮に尖閣諸島の占領に成功したとしても、長期的に支配し続けるには日本以上の代価を支払わなければなりません。本土からの距離が遠い分だけ兵站線が長くなりますからね。第一波のエントリー部隊(特殊部隊や海軍陸戦隊)が上陸したとしても、補給ルートを遮断されてしまえば干上がります。そして火力は言うまでもなく、ISR(監視・偵察)能力においても陸地が近い日本が圧倒的に有利です。
魚釣島程度の小島を海上封鎖するのは難しいものではありませんし、それを突破するために中国が更に大規模な軍事力を用いれば、こちらの思うつぼです。中国が手を出した(=軍事力を使用した)時点で日米安保条約発動条件が満たされ、かつ客観的状況においても中国軍による侵略であることが明白なため、自衛隊による反撃は純粋な国土防衛(=自衛行為)であると国際社会も認知しますし、米軍も介入しやすくなります。なお、この状況は自衛権の行使にほかならず、交戦権の行使でもないため、憲法上の問題もありません。
尖閣諸島周辺を戦域とした限定紛争において、中国の海・空軍が日米に勝てる見込みはなく(自衛隊だけでも対処可能)、事態がエスカレートすればするほど「尖閣の実効支配」という作戦目標の実現可能性は低くなります。まあ、たかだか尖閣諸島問題で米軍との正面衝突を選択するほど中国は愚かでないでしょうけどね。核心的利益の一つとはいえ、日本に実効支配されている尖閣諸島の状況は中国にとって分が悪過ぎる問題です。
そして、米軍と自衛隊との離島奪還訓練も盛んに実施されています。
米離島で海兵隊と共同訓練=陸自部隊、ボートで上陸−島しょ部の防衛想定・防衛省 (時事通信)
陸海空3自衛隊 尖閣奪還作戦を策定 「中国が占領」連携対処 (産経新聞)
尖閣諸島の地勢で大規模強襲上陸作戦が必要になることはありませんが、平時から米軍との連携や部隊レベル・個人レベルでの交流を深化させることが有益に働かないわけがありません。中国へのアピールにもなりますし、こうした動きは大歓迎ですね。
いずれにしても、常駐部隊を離島に張り付けておくより「相手が取ろうとするまでこちらは挑発的な行動はしない。しかし、いったん侵攻すればそれは必ず奪還する」という姿勢でいる方が、相手としては何倍もやっかいなのです。ただ、取り返すにあたって「政府の決断」が下されるかどうか、という点に不安を抱かないわけではありません。元空自幹部の数多久遠氏もその点について極めて強い懸念を示しておられます。
対中国防警計画は間違っている (2010/8/31)
軍事的には、取られてから取り返す方式は妥当性のある作戦です。
そして今回の訓練想定を見れば分かるとおり、現防警も取られてから取り返す方式になっています。(恐らく)
しかし、防衛省がこの方式で防警計画を作っていることについて、私は間違っていると思っています。
それは、日本政府が信じられないからです。
取られてから取り返す方式は、前述した通り、軍事的には妥当性のある方式です。
ですが、政治的にはハードルの高い作戦でもあります。
(中略)
そんな状況で、攻撃を意図できるほど日本政府に根性や気合いがあるとは思えないのです。『数多久遠のブログ シミュレーション小説と防衛雑感』
基本的なことではありますが、信じることのできる政府を選挙で選ぶことは、我々国民の責任です。頼りない政府、信じられない政治家を選んだのは私たちですから、選挙ではしっかりと考えて権利を行使しなければいけませんね。
非武力による占領が日米安保条約を無効化する?
上記は相手が人民解放軍海軍(PLAN)だったり人民解放軍空軍(PLAAF)だったりした場合の考察です。では、中国が非武力で尖閣諸島を侵略しようとしたらどうするの?という疑問が出てきます。それも当然で、南沙諸島や西沙諸島で侵略の尖兵を務めたのはいずれも「民兵」でした。
【参考記事】 海上民兵が尖閣を狙う
民兵は軍事訓練も受けますし軍を所掌する中央軍事委員会の指導下にあるのですが、それでいて軍属ではありません。中国は領土拡張を目論む際、この「軍人でない兵士」を実に効果的に用います。係争相手としては、いちおう民間人に対してのっけから攻撃を加えるわけにもいきませんから、例え民兵だと分かっていても手を出し辛いものです。それを逆手にとって民兵はじわじわと係争領域に浸透し、実効支配のための先鞭をつけるのです。
ここで、「民兵が領海に侵入後、魚釣島に上陸し、非武力で占領しようと試みた場合」について考えてみます。この場合、日米安全保障条約の発動要件である「武力攻撃」(参照)が発生していませんから、米軍の出動は期待できないかもしれません。
また、一義的には日本の領域における問題であり、日本が主権国家である以上、自衛隊が米軍よりも先に出動していることは言うまでもありません。ところが、「外部からの武力攻撃」事態が発生したという事態認識がなければ、防衛出動さえ発令されず、自衛隊による奪還作戦すら着手できない恐れがあります※1。日本政府が協議している間は米軍も動けませんから、魚釣島に上陸した民兵がさくさくと実効支配の物理的証拠を創出するかもしれません。
確かに、クリントン国務長官を始め、多くの米政府高官が「尖閣諸島は日米安保条約の適用対象である」と公式に明言しています。しかしながら、「条約の適用対象である」ことと、「条約の発動」には当然乖離があり、要件が満たされなければ発動しません。ですから、シナリオ次第では日米安保にはスキマが生じるかもしれないのです。
・・・と、ここまで不安なことを書いてきましたが、中国が民兵を使ってこのスキマを突くのではないか、という懸念は実はあんまり現実的ではありません。その鍵は「海上保安庁」の存在です。
先ほどの「民兵が領海に侵入後、魚釣島に上陸し、非武力で占領しようと試みた場合」というシナリオに、海保というピースをはめ込んでみます。より現実に近いシナリオは以下になります。
まず、民間船に乗った漁師(民兵)がうっかり潮に流されて魚釣島海域へ近づいたとします。本当にうっかりであれば、「無害通航」(国連海洋法条約第19条)が適用されますから、領海外へ退去すれば問題ありません。仮に領海内で網を降ろすなどの行為が確認されれば、警戒中の海保巡視船から退去の警告を受け、それでもまだうっかり流されてくれば停船命令が出されます。もし命令をうっかり無視すれば、公務執行妨害で身柄を拘束されます。さらにもし海保船艇が近づいたり接舷しようとしたところで激しく抵抗すれば、逮捕されます。北朝鮮工作船事件以降、無害通航違反を取り締まる法令も強化されており、「領海外国船舶航行法」なども制定されていますから、この辺は以前よりスムーズです。
漁師(民兵)たちが国籍も示さず、軍民定かならない状態で火器を使って抵抗などしようものなら、これは明らかに「海賊」ですので、海保の機関砲で蜂の巣にされようとも仕方がありません(海賊対処法)。
次に、海保のこうした監視をすり抜けてうまい具合に魚釣島へ民兵が上陸できたとします。この場合も、海保が「民間人の保護」という形で身柄を拘束して事情聴取し、強制送還してお終いです。不法入国者ですから出入国管理法違反で逮捕することもできます。抵抗すればもちろん公務執行妨害で逮捕です。民兵が実効支配の物理的証拠を島内に構築する時間的余裕などありません。
では、民兵を乗せた漁船が数十〜100隻規模で押し寄せたらどうなるでしょうか?海保は停船命令を出すでしょうが、確かに数隻の巡視船ではなす術がないかもしれません。とはいえ、その規模の船団で領海侵犯しておいて「侵略ではない」というのはさすがに通りません。自衛隊に海上警備行動が発令されるでしょうし、米軍も海域の緊張拡大を阻止するべく艦船を派遣する事態です。そうなると、漁船が100隻いようとも、軍隊相手には木の葉同然です。
これらの民間漁船が、中国の海上法執行機関である漁政や海監の船艇になったとしても基本的には変わりありません。つまり、非武装での領海侵犯・不法上陸は「海の警察」である海保が対処し、海保の手に負えないほどの武力攻撃を仕掛けてくる場合には、自衛隊が海上警備行動に則って対応し、それ以上のレベルであれば、防衛出動が発令されます。
そして意外かもしれませんが、日本政府は非武力攻撃に対する自衛権行使に関しては、武力攻撃に対する場合よりも積極的な立場をとっています。国連憲章第51条は自衛権行使の要件を必ずしも武力攻撃に限定していません。それゆえ、「非武力攻撃に対して必要最小限の範囲内で反撃することは自衛権の行使であるから、憲法に抵触しない」というのが日本政府の見解です※2。
相手の挑発に乗らないことが大切
このように、中国が尖閣諸島を力ずくでもぎ取るのは大変難しい状況です。1つには尖閣諸島を実効支配しているのが日本であることがとても大きいですね。日本の国内法規によって取り締まることができるからです。ですから、実効支配の状況だけは絶対に崩してはなりません。
もう1つは、抑止力と実力の存在です。中国は南沙諸島や西沙諸島をめぐって東南アジア諸国と揉めていますが、尖閣諸島に比べてかなり強硬です。好戦的とさえ言えるケースもありますね。理由は簡単です。例えばスカボロー礁の係争相手であるフィリピンには海保のような優秀な沿岸警備隊ありませんし、海・空自衛隊に匹敵する能力を持った実力組織がありません。さらに、尖閣諸島を下手に突つくと日米安保をもとに出動する米軍をも相手にしなければならない恐れがあり、とても南シナ海で振る舞っているようにはいかないのです。尖閣諸島では、海保、自衛隊、日米安保、これらがはっきりとした抑止力として機能していることが分かりますね。
ここで日本にとって大切なのは、相手の挑発に乗らないことです。一昨年の漁船衝突事件では、海自の出動や海保の武装を刷新して「断固とした」対応を求める勇ましい声も聞かれました。しかし、中国が民間人や民兵を送り込む目的を考えれば、「断固とした=武力」という発想がいかに相手の思うつぼであるかが分かるはずです。下手に武力攻撃すれば「日本は民間人を攻撃した」と宣伝することができます。つまり、中国に軍隊派遣の格好の口実を与えることになるのです。例え軍事的には有利だとしても、「尖閣諸島に領土問題はない」との立場をとる日本政府にとって、好ましくない状況を生み出すことになるのは言うまでもありません。
そもそも、国境や領海がらみの局地的な衝突を本格的な戦争にエスカレートさせないための安全装置として海上保安庁は存在します。ファイティングポーズをとってはいても、こちらから先に手を出すのは得策ではないのです。私も「断固とした」対応を取るべきだとは思いますし、我が領土を寸毫も侵すべからずとの姿勢を見せるべきだと考えますが、それは常に軍事力を意味するものではありません。基本的には相手に先に手を出させてから対処する「後の先」をとるべきだと考えています。そのために、現実の事態に即した法整備や、拿捕に際しての海保と海自の共同オペレーション等がより深化・洗練されることは期待したいですね。
中国の今後の出方としては、硬軟両様のアプローチで日本に圧力をかけ、どこかのタイミングで姿勢を軟化させ、摩擦解消を名目に二国間協議や周辺海域の共同開発などを提案してくるかもしれません。「二国間の平和的話し合い」であるため、米国は中立です。ここで日本政府が提案に乗ってくればしめたものです。そう考えると、尖閣諸島問題で「戦場の霧」となるのは時の政権…という事になるのでしょうか。
注※1 昭和36年4月21日 衆議院内閣委員会 自衛隊法の武力攻撃と間接侵略に関する加藤防衛庁官房長答弁:「外部からの武力攻撃というのは、…他国のわが国に対する計画的、組織的な武力による攻撃をいうものであります。」
注※2 1954年第19回国会参議院外務委員会において、高橋通敏外務省条約局長が「武力攻撃以外の自衛権が必ずしも禁じられてはいない」とした上で、「国連憲章第51条は自衛権行使の要件を必ずしも武力攻撃に限定していない」と答弁。1998年第43回国会衆議院日米安全保障条約特別委員会における新ガイドライン策定をめぐる国会審議の中で、橋本龍太郎首相が「国連憲章第51条は武力攻撃以外の侵害に対して自衛権の行使を排除するという趣旨であるとは解しておりません」と答弁。同じく高村正彦外相も「政府は従来より、国連憲章第51条は、自衛権の発動が認められるのは武力攻撃が発生した場合である旨、規定しているが、武力攻撃に至らない武力の行使に対し、自衛権の行使として必要最小限の範囲内で武力を行使することは認められており、このことを国連憲章が排除しているものではない」と答弁。