ミサイル防衛がもたらす「安全保障のジレンマ」
中国人民解放軍の朱成虎少将が、「アメリカのミサイル防衛が中国の核抑止力の信憑性を低下させている。これに対抗するために、我々は核兵器をより近代化させる必要がある」と述べました。
現在の中国にとって核抑止の主対象はアメリカです。中国の核戦力のうちグアムなどを含めた米国領土を攻撃し得るミサイルは、最大で約65発。しかし、米国本土を攻撃可能な射程を持つものとなると、このうち30〜50発(DF-5AとDF-31A)となっています。朱少将の危惧する通り、このままでは中国の核抑止力はアメリカのミサイル防衛によって無力化される可能性もないではありません。ですから、朱少将の「核戦力を増強せよ!」という発言はあながち間違ったものではありません。
ミサイル防衛を突破するために核やミサイル戦力を増強しよう、という考え方は「安全保障のジレンマ」と言い、ミサイル防衛拡大がもたらす不安材料の一つとして過去に言及したことがあります。
優先される地域覇権獲得
一方で、核兵器が抑止できるのは国家の存亡を賭けた全面戦争くらいのもので、領有権問題等で想定される局地的な限定紛争を抑える性質はありません。そして、中国がアメリカとの武力衝突もやむなしとしている台湾有事や南シナ海、東シナ海はあくまでも限定的な紛争に過ぎないものです。中国はどれほど強気な発言や姿勢を示しはしても、アメリカと全面戦争を交えることは望んでいません。ですから、自らの核抑止力がミサイル防衛によって相対的に低下させられるかもしれないという状況に懸念は抱きつつも、それを急激に増強しようという目立った動きはこれまで確認されていません(2025年までに現在の倍になる予定ではあります)。
事実、中国の戦略級弾道ミサイルは量産されることなく数量的にはここ20年ほど抑制的に推移しており、依然としてアメリカの大都市に対する核報復攻撃能力は十分なものとは言えません。今後、アメリカのミサイル防衛技術の向上に応える形で中国がICBMの命中精度を高め、射程距離のさらなる延長を達成すれば、核ドクトリンが変化する可能性もあるかもしれませんが、少なくとも今のところは中国の核戦略は「最小限抑止」の範囲内にとどまっています。経済成長によって得られたリソースは、全面戦争を抑止する核戦力ではなく、地域覇権を握るための通常戦力に注がれています。
つまり、ミサイル防衛に潜在する「安全保障のジレンマ」は、核戦力の増強という事態を招いてはいません。
中国・ロシアが認めるミサイル防衛の有効性
朱少将はこれまでにも核恫喝を繰り返してきた過激発言で有名な方ですので、彼の言葉を額面通り受け取るわけにはいきませんし、中国のタカ派がミサイル防衛を口実として自国の核戦力・ミサイル戦力の増強を画策しようとしている側面もあるでしょう。さはさりながら、中国の軍人の間では「ミサイル防衛は有効」であることを議論の前提として戦略や作戦計画が練られており、ミサイル防衛が弾道ミサイルに対峙する抑止力の一つの層として敵方にも認められていることはもはや周知の事実です。むしろミサイル防衛を配備している側の日本の中で「あんなものは役に立たない」という意見がありますが、実際に中国やロシアが嫌がっている以上、その抑止力を否定することは現実的ではありません。
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Missile shield may spark China nuclear upgrade-officer (ロイター通信)
(Reuters) - China may need to modernise its nuclear arsenal to respond to the destabilising effect of a planned U.S.-backed missile defence system, a senior Chinese military officer said on Wednesday.
中国人民解放軍の朱成虎少将が、「アメリカのミサイル防衛が中国の核抑止力の信憑性を低下させている。これに対抗するために、我々は核兵器をより近代化させる必要がある」と述べました。
現在の中国にとって核抑止の主対象はアメリカです。中国の核戦力のうちグアムなどを含めた米国領土を攻撃し得るミサイルは、最大で約65発。しかし、米国本土を攻撃可能な射程を持つものとなると、このうち30〜50発(DF-5AとDF-31A)となっています。朱少将の危惧する通り、このままでは中国の核抑止力はアメリカのミサイル防衛によって無力化される可能性もないではありません。ですから、朱少将の「核戦力を増強せよ!」という発言はあながち間違ったものではありません。
ミサイル防衛を突破するために核やミサイル戦力を増強しよう、という考え方は「安全保障のジレンマ」と言い、ミサイル防衛拡大がもたらす不安材料の一つとして過去に言及したことがあります。
ミサイル防衛って役に立たないの? (2012/3/21)
MDには「安全保障のジレンマ」という問題が潜んでいますからそれを指摘したり、政府の政治的決断を危惧するのなら議論の余地もありますが、冒頭で触れたように、MDの批判・否定には極論が多く、事実に反した例証を挙げたり、確率や物理法則を無視した意見が多いために、建設的な議論にならないのが残念です。
優先される地域覇権獲得
一方で、核兵器が抑止できるのは国家の存亡を賭けた全面戦争くらいのもので、領有権問題等で想定される局地的な限定紛争を抑える性質はありません。そして、中国がアメリカとの武力衝突もやむなしとしている台湾有事や南シナ海、東シナ海はあくまでも限定的な紛争に過ぎないものです。中国はどれほど強気な発言や姿勢を示しはしても、アメリカと全面戦争を交えることは望んでいません。ですから、自らの核抑止力がミサイル防衛によって相対的に低下させられるかもしれないという状況に懸念は抱きつつも、それを急激に増強しようという目立った動きはこれまで確認されていません(2025年までに現在の倍になる予定ではあります)。
事実、中国の戦略級弾道ミサイルは量産されることなく数量的にはここ20年ほど抑制的に推移しており、依然としてアメリカの大都市に対する核報復攻撃能力は十分なものとは言えません。今後、アメリカのミサイル防衛技術の向上に応える形で中国がICBMの命中精度を高め、射程距離のさらなる延長を達成すれば、核ドクトリンが変化する可能性もあるかもしれませんが、少なくとも今のところは中国の核戦略は「最小限抑止」の範囲内にとどまっています。経済成長によって得られたリソースは、全面戦争を抑止する核戦力ではなく、地域覇権を握るための通常戦力に注がれています。
つまり、ミサイル防衛に潜在する「安全保障のジレンマ」は、核戦力の増強という事態を招いてはいません。
朱少将はこれまでにも核恫喝を繰り返してきた過激発言で有名な方ですので、彼の言葉を額面通り受け取るわけにはいきませんし、中国のタカ派がミサイル防衛を口実として自国の核戦力・ミサイル戦力の増強を画策しようとしている側面もあるでしょう。さはさりながら、中国の軍人の間では「ミサイル防衛は有効」であることを議論の前提として戦略や作戦計画が練られており、ミサイル防衛が弾道ミサイルに対峙する抑止力の一つの層として敵方にも認められていることはもはや周知の事実です。むしろミサイル防衛を配備している側の日本の中で「あんなものは役に立たない」という意見がありますが、実際に中国やロシアが嫌がっている以上、その抑止力を否定することは現実的ではありません。
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