「尖閣なんか中国に譲ってしまえ」、という意見は以前にも取り上げたことがあるのですが、今回はその記事に少し加筆したものを掲載しています。

【参考記事】 領土の割譲で戦争は回避できない


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昨年、まだ塀の外におられた堀江貴文氏が、「尖閣諸島を取られてなにか問題ありますか?」、 「沖縄だって北海道だってあげちゃえばいい」、「尖閣諸島に固執していては国益を損なう」と言ったことが一時話題になりました。

ホリエモン氏が上記のような発言をしたからといっていちいち目くじらを立てることもないのですが、国際政治において、「脅威に対処するために相手の望むものを与える」ことが避けるべき戦略であるにもかかわらず、こうした考え方は根強いものがあります。

宥和政策(アピーズメント)」は、自国に害意がないことを相手に示し、軍事バランスを相手の有利になるようにして安心させ、最終的には相手国の態度を友好的なものへ導くことを狙うものです。しかし残念なことに、歴史が教える宥和政策の教訓は、「相手国の侵略・拡大意欲を減少させるよりも、 むしろ増加させるものだ」というもので、脅威にさらされた国家にとって救いとなる戦略とは言えません。

ところが、この宥和政策というアイデアは一見「平和的」なアプローチに見えるために、一部の人にとっては魅力的な選択肢となることがあります。

過熱する領土問題 譲渡することも一つの選択肢だ (ダイヤモンド・オンライン 2012/9/28)
森 達也 [テレビディレクター、映画監督、作家]

ならば「譲渡する」ことも、一つの選択だと僕は思う。

人が居住しているのなら話は別だ。でも尖閣にしても竹島にしても北方領土にしても、現時点で日本国籍を有する人は住んでいない。

もちろんタダとは言わない。漁業権やレアメタルなどの海洋資源、天然ガスや排他的経済水域などの問題については、譲渡のバーターとして、今後見込まれる利益を分配するとか契約を交わすとか交渉を継続し続けるとか、それこそ大人の知恵と分別が必要だ。

上記はドキュメンタリー映画監督の森氏の見解ですが、森氏以外のいわゆる国際政治の専門家でさえも、尖閣諸島の譲渡を選択肢と考えている人はいます(参照)。ですから、けっして素人が陥りやすい考え、などというわけではありません。

昨年、「領土の譲渡による戦争回避」論争がアメリカの論壇でも起こりました。そこでの議論は、宥和を目的とした領土譲渡がどれほど空虚なものであるか、という理解につながるものですのでご紹介したいと思います。


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事の発端は、米ジョージワシントン大学のチャールズ・グレイザー(Charles Glaser)教授(国際関係論)が 『Foreign Affairs』 誌に 「Will China's Rise Lead to War ?」 というタイトルで論文を発表したことに始まります。

その主張とは、「台湾はアメリカにとって死活的なものではないのだから、海峡問題からアメリカは手を引くべきである。中国の領土的欲求を満たしてさえやれば、米中関係は平和的なものに改善する。台湾海峡という “発火点” を除くことは、アメリカの国益に資することになる」というものです。

まさに宥和政策そのものの思考ですが、この主張によって人身御供とされる台湾はたまったものではなく、台湾のメディアは当然反発し、アメリカのリアリスト達からも猛反発を受けました。

中でも、中国の海洋戦略に関する専門家である米海軍大学のジェームズ・ホームズ(James Holmes)准教授とトシ・ヨシハラ(Toshi Yoshihara)准教授が、グレイザー教授の論文を真っ向から論駁しています。

Getting Real About Taiwan (2011/3/7 The Diplomat)

このホームズとヨシハラの論文の中で繰り返し強調されているのが、「宥和政策として行われる領土の割譲は、戦争を回避させることはない」という歴史的事実です。

いくつか要点を抜き出してみましょう。

● 領土で平和を買うという行為は昔から試みられてきたことだが、効果は短い。

● ウィーン体制に基づく欧州協調は、ドイツや中国の領土を列強が互いに分け合うものだったが、領土によって相互宥和された親善は第一次大戦を回避できなかった

新しく領土を獲得した国家は、その新たな資産を保護するために前線防衛を強化するということを歴史は証明している。例として、「グレート・ゲーム」において、大英帝国がインド防衛のために中央アジアでロシア帝国と角逐を繰り広げたことや、日露戦争後、日本が朝鮮半島の権益を確保しようとし、最終的には満州までその防衛ラインを拡大したことが挙げられる。

● つまり、野心的な大国にとって、領土の割譲は食後のデザートではなく、前菜に過ぎない

過去の事例から鑑みれば、台湾を取引することで米中関係が安定化するというのは間違いである、というのがホームズとヨシハラの主張です。

台湾を獲得した中国が、その緩衝地帯としてさらなる領土・領海を要求する可能性も指摘しており、その場合、日本の南西諸島がその対象となることは避けられません。尖閣の次は沖縄、沖縄の次は、、、という具合です。


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日本の領土である尖閣諸島と、アメリカの領土ではない台湾とを並べて論じることは適切ではない面もあります。ただ、本稿の主旨は「領土の譲渡は紛争解決に役立たない」ということについて考えるものです。

堀江氏や森氏、そしてグレイザー教授の主張は自国の領土と友好国の領土という違いこそあれ、いずれも宥和政策という点で相似していることから、今回あらためて取り上げてみました。