安全保障のあれこれを説明するのは簡単なようでなかなか難しいものです。そんな中、『ドラえもん』の世界をメタファー(隠喩)に用いるアイデアを思いついたのが、ブログ 『リアリズムと防衛を学ぶ』 様です。当該エントリでは「抑止」について解説されており、分かりやすいことに加えて読み手も一緒に考えてみたくなる内容です。


今回は、このアイデアをそっくり真似て、『ドラえもん』の世界で「同盟」について考えてみたいと思います。

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現実の国際政治に照らしてみると、国家はドラえもんのいない世界でサバイバルしています。もしものび太の住む世界にドラえもんがいなくなったら、のび太はどうすればジャイアンの脅威から身を守れるのでしょうか。


自主防衛


のび太が自分の安全保障を考える上で最初に立つ岐路は、「自立」か「依存」か、です。

自立、つまり自主防衛を選ぶとなると、多くの経済的資源を投入しなければなりませんし、態勢が整うまでには長い時間を要します。護身グッズを買うにはお金が要りますし、護身術を学んでもジャイアンを追い払えるほどになるまでのび太の運動神経ではどれほどかかるか分かりません。ジャイアンも対抗して体を鍛え始めるかもしれませんしね(軍拡競争)。

ふりかかる火の粉は払わねば
(藤子・F・不二雄、『ドラえもん 36巻』「サカユメンでいい夢みよう」19ページより。)

のび太が野比家の誇りを胸に、毅然とした態度で断固とした対応をとったとしても、ジャイアンにしてみれば「のび太のくせに生意気だ」と映るだけでしょう。確かに、やられたらやり返すという強い意志をもって立ち向かっていく懲罰的抑止という選択はあります。ただ、毎回のび太の受けるダメージが大き過ぎる上に、治療費もばかになりません。ジャイアンの要求が「マンガをよこせ」の場合、雑誌1冊で死力を尽くすのは割に合いませんし、何よりジャイアンは「ムシャクシャする」という理由だけでのび太を攻撃することもしばしばです。この場合、交渉材料はないので、降伏すら選択できません。

【参考】 のび太がジャイアンを「抑止」するには? 抑止の種類 :リアリズムと防衛を学ぶ

買ったばかりのマンガをジャイアンに横取りされないように、近所の本屋ではなく遠距離の本屋まで買いに行くとなると、時間と労力というのび太が宿題(脅威の一つ)にかけるべきリソースを割かなければなりません。そこまでしても、ジャイアンにのび太の家の玄関先(チョークポイント)で待ち伏せされれば万事休すです。

のび太の両親は子供の交友関係には不介入の方針のようですし、学校の先生もむしろのび太にとっては好ましい存在ではありません。国際政治の世界と同じように、ドラえもんのいないのび太の世界はアナーキーです。自分の身は自分で守る!というと聞こえはいいですが、のび太がジャイアンに対してとる選択として自主防衛が妥当かどうかは疑問です。


スネ夫との同盟


次に、「依存」という選択肢を選んだ場合はどうでしょうか? こちらは、資源を節約できる代わりに、国家の誇りや威信をある程度犠牲にしなければなりません。現実にはほとんどあり得ませんが、同盟国同士が同程度のパワー(軍事力、経済力、科学技術力、産業力、人口など)を持っていたとしても、同盟によって安全を確保する代償として、行動に制限が課せられたり、なんらかの負担を負うことになります。

のび太にとって、自主防衛という選択があまり妥当でないなら、誰かと同盟を結ぶしかありません。しかし、同盟を組んだら組んだで悩みが生まれます。「巻き込まれる怖れ」と「捨てられる怖れ」です。これを<同盟のジレンマ>と言います。

例えばスネ夫を同盟相手に選んだとしましょう。同盟を強固なものにするためには、のび太はスネ夫のピンチに必ず駆けつけなければなりません。しかし、同盟に深く関わり過ぎるということは、スネ夫とジャイアンのケンカにのび太は巻き込まれる可能性が高くなります。逆に、結びつきが弱すぎると、必要としている時にスネ夫はやって来ず、同盟が機能しない恐れがあります。

見捨てられる恐怖
(藤子・F・不二雄、『ドラえもん 12巻』「正義のみかたセルフ仮面」69ページより。)

加えて、「捨てられる怖れ」を解消するためにスネ夫との同盟を強化すれば、ジャイアンとの関係悪化を招く可能性も生まれます。これは<安全保障のジレンマ>ですね。のびスネ同盟はもともとジャイアンの抑止や牽制のために組まれたものですから、その意味ではジャイアンとの関係悪化を招くことは賢明な同盟運営ではないのです。

したがって、同盟の組み方は、巻き込まれない程度に弱く、捨てられない程度に強くなければなりません。このふたつの不安を均衡させると理想的な同盟が成り立つのですが、これはのび太だけでなく世界中の国が抱える問題で、簡単に均衡点を見出せるはずがありません。

憲法九条や集団的自衛権不行使、非核三原則などは「巻き込まれる怖れ」を緩和する手段となる一方で、「捨てられる怖れ」を誘引する両刃の剣です。同じように、のび太が「宿題が終わらない」とか「ママにお使いを頼まれた」といった理由で同盟への関与をおこたれば、巻き込まれる怖れは低減しますが、スネ夫は同盟の必要性を感じなくなるでしょう。


多国間同盟


二国間同盟に比べ、スネ夫以外にしずかちゃんや出木杉くんを加えた多国間同盟は<同盟のジレンマ>を引き起こしにくい、というメリットがあります。また、場合によっては、自分は大した役割を果たすことなく同盟に「タダ乗り」することもできるかもしれません。さらに、のび太にとってジャイアンと同じくらい自分をいじめるスネ夫という脅威を同盟内に取り込み、その行動を制約することも考えられます。

ただ、同盟の参加者が多くなればなるほどそれぞれの利害を一致させることが難しくなりますし、ジャイアンの暴力という直接的な脅威をいかに防ぐかについて、互いに責任転嫁(バック・パッシング)し合うことになります。同盟の結束を維持できなくなる可能性もありますね。


ジャイアンとの同盟


直接的な脅威であるジャイアンと同盟を結ぶ、というのも選択肢として考えられます。

親友に手を出すな
(藤子・F・不二雄、『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』60ページより。)

この場合、2種類の形態があります。

ひとつは、「バンドワゴニング(追従政策)」。日米同盟もこれに分類することができます。この戦略をとった国は、一般的に利益(富などの国益)の分配において追従する強国の慈悲を願うしかありません。その意味では、日米貿易摩擦などがあったとはいえ、アメリカは比較的抑制のきいた強国だと言えるでしょう。

もうひとつは、「アピーズメント(宥和政策)」。相手の望むものを与え、軍事バランスを相手の有利になるようにして安心させることで、最終的には相手の態度を友好的なものへ導くことを狙ったものです。

【参照】 オフェンシブ・リアリズムからみる戦略論 (2)

実はこれらはスネ夫が実際にジャイアンに対して取っている戦略でもあります。スネ夫はその経済力を活用してジャイアンに取り入り、ジャイアンをコントロールしようと試みています。 …が、あまり上手くいっているようには見えません。ジャイアンはスネ夫を同盟者ではなく、単なる子分としてしか見てないので、ムシャクシャの矛先がスネ夫を襲うこともまれではありませんし、スネ夫が宥和のために譲ったマンガやラジコンなども際限なく要求します。しかも、スネ夫以外の者からより大きな利益を得られると判断すれば、躊躇なくスネ夫を見捨てる始末です。

「バンドワゴニング」、「アピーズメント」はのび太にもあまり薦めたくない選択ですね。


出木杉の提言


のび太の安全保障環境を見渡した時、子供同士の間ではジャイアンの一極支配構造なのですが、厳密にいうとジャイアンの上位に立つ人物がいます。ここに着目したのが出木杉くんです。ジャイアンのコンサートという特大級の脅威に対抗するために出木杉くんが提案したのが、ジャイアンのかあちゃんを利用することです。

出木杉
(藤子・F・不二雄、『ドラえもん 41巻』「恐怖のディナーショー」147pより。)

学校の先生も自分の親もあてにできないアナーキーな世界で、のび太にとってジャイアンのかあちゃんの存在はひとつの突破口になり得ます。ジャイアンはかあちゃんには手も足も出ませんし、かあちゃん自身も息子が弱い者いじめや迷惑な歌を歌うことを叱る描写があるので、のび太がことあるごとにジャイアンの素行をかあちゃんに報告すれば、強力な抑止効果を生むかもしれません。かあちゃんの即応性は低いですが、のび太をいじめれば必ずかあちゃんに折檻されるとなると、ジャイアンも暴力の行使に慎重になるかもしれません。累積戦略として長期的には効果が見込めますね。

ジャイアン母ちゃん最強
(藤子・F・不二雄、『ドラえもん 2巻』「タイムふろしき」93ページより。)

もちろん、ジャイアンによるのび太へのアプローチがより巧妙化する恐れはあります。いじめた証拠を残さなかったり、ジャイアンが言葉巧みにのび太の報告をごまかせば、かあちゃんものび太より自分の息子を信じるかもしれず、その場合はのび太はジャイアンのかあちゃんに「見捨てられる」ことになります。

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二国間同盟、多国間同盟、バンドワゴニング、宥和…、どれものび太にとって決して楽観的な選択ではありませんね。ドラえもんがいないと、のび太の日常は一気にプレイ難度が上がります。それほどドラえもんと同盟を組んでいる現状は恵まれているということです。

同盟は結びたいときに結びたい相手と都合よく結べるものではありません。のび太はドラえもんの有難味をもっと理解しろ!と、子供のころから感じていましたが、大人になった今ではより一層その気持ちが強くなりますね。



Thanks to 藤子・F・不二雄先生!



次回は、「ドラえもんとの同盟はのび太の成長にマイナス? 」です。


(注)本稿では論旨を明確にするため、殊更にジャイアンを脅威として描いていますが、ご存知の通り、原作ではやんちゃだけど気の良いところもある妹思いのガキ大将です。