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同盟による内なる拘束
同盟は、同盟外勢力とのバランスをとるためだけでなく、同盟内の関係を運営するための制度という側面もあります。NATOをみても、イギリスはフランスとの、フランスはイギリスとの、そして英仏はドイツとの関係調整の場として利用してきました。同盟に属する各参加者(国)が規範、ルール、慣行などの一定の秩序に従うことを求められ、そこでは勝手気ままな振る舞いを慎まざるを得ません。「相互拘束」という概念です。
さらに、NATOにはロシア(ソ連)を抑える「外なる拘束」の役割があるだけでなく、アメリカを欧州に関わらせるという意味での「内なる拘束」も含まれます。国際社会はアナーキーと言われますが、同盟という制度によって、少なくとも同盟国間の予測性・透明性が確保しやすくなり、秩序がもたらされます。つまり、同盟は同盟の外側に対してだけでなく、同盟の内側に対するバランシング機能を持っているのです。
「意図ではなく能力に備えよ」という言葉がありますが、たいていの場合、国家の懐事情や法体系などのせいで、能力に能力で対抗したくてもできないものです。そんな時、同盟の持つ内なる拘束力が有効的な選択肢となります。すなわち、相手の侵攻意図を限りなくゼロにすることで、能力の行使を抑止するのです。意図が一晩で変わるものとはいえ、意図と能力が必ずしも不可分でない点を利用するわけですね。
【参照記事】 「能力」と「意図」
ジャイアンを抑止するために同盟へ取り込む、というアイデアはその好例です。のび太が脅威に対して自主防衛や直接バランシングするのが理想ですが、のび太の「能力」では実現可能性がありません。そのため、ジャイアンを内なる拘束によって抑止しようという考え方です。
前稿ではバンドワゴニング(追従)とアピーズメント(宥和)を取り上げましたが、今回はジャイアンをより拘束し得るケースを想定してみましょう。
まず、のび太がジャイアンの妹・ジャイ子のハートをワシづかんだとします。これは、のび太がジャイアンと血のつながりを築くことになるため、身内意識の強いジャイアンにとってのび太と同盟を結ぶ強力な動機づけとなります。脅威としてのジャイアンを外においておくのではなく、内側に取り込んでしまうのです。さらに、ジャイ子がのび太にゾッコンであれば、妹思い過ぎるジャイアンをのび太がコントロールすることさえ夢ではありません※1。とにもかくにも、内なる拘束によってジャイアンの攻撃意図を奪い、その能力がのび太に行使される危険を低くすることが、このアプローチの目的です。
これは、日本が日米同盟によってアメリカの能力行使に備えていることに通じます。日米同盟を維持する価値は、アメリカの強大な軍事力の矛先が日本に向かわないようにするという点にもあるのです。ですから、アメリカが日本と同盟を組む動機を失わないようにするという点も、別の議論としてはありますね。
言い忘れましたが、のび太はジャイアンとの同盟を結ぶきっかけとしてジャイ子を籠絡する場合、しずかちゃんと結婚するという未来を捨てることになります。これはのび太にとっては身を切るような決断です。断固とした決意でボロボロになりながらもしずかちゃんを選ぶのか、それとも平穏を得るためにジャイ子を選ぶのか…考えただけでも苦しい選択です。アナーキーな世界でサバイバルするというのは、かくも苦しいものなのですね※2。
理想的過ぎる同盟相手
前稿で触れたとおり、同盟は勢力や脅威を均衡する働きがありますが、常に「巻き込まれる怖れ」と「捨てられる怖れ」があります。その点、ドラえもんは “子守用ネコ型ロボット(友達タイプ)” として製造され、のび太をサポートするようプログラムされている(?)ため、同盟につきものの「捨てられる怖れ」を心配する必要がありません。ドラえもんはのび太の痛みを自分の痛みとして感じてくれます(参照:7巻「タヌ機」)。
また、通常は同盟によって安全を確保する代償として、行動に制限が課せられたり、なんらかの負担が求められます。実際の同盟では、ヒトとヒトの協力、もしくはヒトとモノ、モノとモノ、といった具合に、相応の双務性が要求されるものですが、のび太がドラえもんに払う代価はわずかです。強いて言えば、ドラえもん駐留のために自分の部屋の押し入れを開放していることと、おやつやお小遣いの面でのび太の取り分が減る、といった程度でしょうか。
それに引き替え、受けるメリットは巨大です。ジャイアンやスネ夫という外の脅威に対する安全保障はもちろんですが、のび太が抱える 内なる脅威 への即応力・信頼性も抜群です。例えば、のび太のママはその要求項目の多さから見て、ある意味ジャイアン以上の脅威と言えます。テストの高得点獲得はもちろんのこと、宿題、おつかい、届け物、留守番、草むしり、物置の整理などを、限られた時間内に処理するよう命じることが多々あります。
のび太だけでこれらを処理するには限られたリソースを振り分けなければならず、どれも中途半端に終わってしまうでしょう。しかし、困った時にはドラえもんがいます。諸問題に対し、第一義的にはのび太が独力で対応する意思を示すことを要求しますが、たいていの場合、ドラえもんが必ず助けてくれます。実に頼もしい存在ですよね※3。
ドラえもんがのび太の成長にとってマイナス?
ドラえもんが同盟相手として完璧すぎるために、のび太は自分で物事を対処しようという意志に欠けるところがあります。何らかの脅威に出くわすと、すぐに「ドラえもぉ〜ん(泣)」とすがりつこうとします。ドラえもんの存在に甘んじていては、のび太の安全保障能力は他力本願な状態から抜け出せません。まあ、実際ドラえもんがいたら、私ものび太とまったく同じ感じになる自信がありますが…。
のび太も時には頑張ろうとすることがありますが、どうにもならない最後のところに差し掛かると、ドラえもんは手を貸してしまいがちです。誰かの手を借りて曲がりなりにも何かを成し遂げることがのび太の自信につながれば良いのですが、世の中は毎回必ずうまくいくとは限りません。そうした現実の壁の前で考え、工夫したり別の道を模索することもまた人としての成長につながったりするのですが、のび太はドラえもんのおかげでその経験をしないまま大きくなるかもしれません。これでは、彼の成長はかえって阻害されるおそれがあります。
国家観と同様に、人生観なんてのは、そう簡単に見極めたり見出せたりするものじゃないと思います。しかし、それがぼんやりとでも見えてくれば、ドラえもんの手を借りるところ借りないところが明確になるかもしれません。のび太単独ですべての脅威を排除する能力を持つことはもちろん不可能ですから、ドラえもんのサポートを受けること自体は悪いことではなく、のび太の人格形成や社会性に悪影響が出ない範囲で手を貸してもらうことは健全なのではないでしょうか。そうして、少しずつ自立できれば理想的です。
現実の国際関係も似たところがあるな、と思います。例えば、日本が自分のシーレーン(SLOCs、海上交通路)をすべて自力で防衛しようなんてことは無理ですし、取り巻く地域の安全保障環境を眺めれば、日本単独で自主防衛なんてできるはずのない空論です。これは日本だけの話ではなく、大きな脅威が近くに存在しながら独力でそれに対応しようなんて国は世界を見渡してもありません。
ただし、のび太がドラえもんに依存し過ぎるがあまり彼自身が成長しないおそれは、日米関係にも当てはまる部分があります(別に必ずしも日本をのび太に見立てているわけではないですよ)。ある時のび太は、ドラえもんに頼ってばかりの自分を振り返ってこう述懐します。
日本がどういう国のかたちを描くのか、なんて言うとずいぶん大げさですが、もうすぐ選挙も近いことですし、時にはのび太やドラえもんと一緒にそんなことを考えてみるのも良いのではないでしょうか。
注※1 ジャイアンの天敵であるかあちゃんにとっては愛娘の彼氏なので、乱暴者の長男の暴力を抑止する後ろ盾となってくれる可能性さえあります。
注※2 ジャイ子が思春期を過ぎて変貌を遂げるかもしれませんから、そこまで悲観するのはジャイ子ファンの方々に失礼かもしれませんね。
注※3 のび太はけっこうママに怒鳴られますし、ジャイアンにも殴られてしまっているので、実際の抑止効果はビミョーという見方もできます^^;
同盟による内なる拘束
同盟は、同盟外勢力とのバランスをとるためだけでなく、同盟内の関係を運営するための制度という側面もあります。NATOをみても、イギリスはフランスとの、フランスはイギリスとの、そして英仏はドイツとの関係調整の場として利用してきました。同盟に属する各参加者(国)が規範、ルール、慣行などの一定の秩序に従うことを求められ、そこでは勝手気ままな振る舞いを慎まざるを得ません。「相互拘束」という概念です。
さらに、NATOにはロシア(ソ連)を抑える「外なる拘束」の役割があるだけでなく、アメリカを欧州に関わらせるという意味での「内なる拘束」も含まれます。国際社会はアナーキーと言われますが、同盟という制度によって、少なくとも同盟国間の予測性・透明性が確保しやすくなり、秩序がもたらされます。つまり、同盟は同盟の外側に対してだけでなく、同盟の内側に対するバランシング機能を持っているのです。
「意図ではなく能力に備えよ」という言葉がありますが、たいていの場合、国家の懐事情や法体系などのせいで、能力に能力で対抗したくてもできないものです。そんな時、同盟の持つ内なる拘束力が有効的な選択肢となります。すなわち、相手の侵攻意図を限りなくゼロにすることで、能力の行使を抑止するのです。意図が一晩で変わるものとはいえ、意図と能力が必ずしも不可分でない点を利用するわけですね。
【参照記事】 「能力」と「意図」
ジャイアンを抑止するために同盟へ取り込む、というアイデアはその好例です。のび太が脅威に対して自主防衛や直接バランシングするのが理想ですが、のび太の「能力」では実現可能性がありません。そのため、ジャイアンを内なる拘束によって抑止しようという考え方です。
前稿ではバンドワゴニング(追従)とアピーズメント(宥和)を取り上げましたが、今回はジャイアンをより拘束し得るケースを想定してみましょう。
まず、のび太がジャイアンの妹・ジャイ子のハートをワシづかんだとします。これは、のび太がジャイアンと血のつながりを築くことになるため、身内意識の強いジャイアンにとってのび太と同盟を結ぶ強力な動機づけとなります。脅威としてのジャイアンを外においておくのではなく、内側に取り込んでしまうのです。さらに、ジャイ子がのび太にゾッコンであれば、妹思い過ぎるジャイアンをのび太がコントロールすることさえ夢ではありません※1。とにもかくにも、内なる拘束によってジャイアンの攻撃意図を奪い、その能力がのび太に行使される危険を低くすることが、このアプローチの目的です。
これは、日本が日米同盟によってアメリカの能力行使に備えていることに通じます。日米同盟を維持する価値は、アメリカの強大な軍事力の矛先が日本に向かわないようにするという点にもあるのです。ですから、アメリカが日本と同盟を組む動機を失わないようにするという点も、別の議論としてはありますね。
言い忘れましたが、のび太はジャイアンとの同盟を結ぶきっかけとしてジャイ子を籠絡する場合、しずかちゃんと結婚するという未来を捨てることになります。これはのび太にとっては身を切るような決断です。断固とした決意でボロボロになりながらもしずかちゃんを選ぶのか、それとも平穏を得るためにジャイ子を選ぶのか…考えただけでも苦しい選択です。アナーキーな世界でサバイバルするというのは、かくも苦しいものなのですね※2。
理想的過ぎる同盟相手
前稿で触れたとおり、同盟は勢力や脅威を均衡する働きがありますが、常に「巻き込まれる怖れ」と「捨てられる怖れ」があります。その点、ドラえもんは “子守用ネコ型ロボット(友達タイプ)” として製造され、のび太をサポートするようプログラムされている(?)ため、同盟につきものの「捨てられる怖れ」を心配する必要がありません。ドラえもんはのび太の痛みを自分の痛みとして感じてくれます(参照:7巻「タヌ機」)。
また、通常は同盟によって安全を確保する代償として、行動に制限が課せられたり、なんらかの負担が求められます。実際の同盟では、ヒトとヒトの協力、もしくはヒトとモノ、モノとモノ、といった具合に、相応の双務性が要求されるものですが、のび太がドラえもんに払う代価はわずかです。強いて言えば、ドラえもん駐留のために自分の部屋の押し入れを開放していることと、おやつやお小遣いの面でのび太の取り分が減る、といった程度でしょうか。
それに引き替え、受けるメリットは巨大です。ジャイアンやスネ夫という外の脅威に対する安全保障はもちろんですが、のび太が抱える 内なる脅威 への即応力・信頼性も抜群です。例えば、のび太のママはその要求項目の多さから見て、ある意味ジャイアン以上の脅威と言えます。テストの高得点獲得はもちろんのこと、宿題、おつかい、届け物、留守番、草むしり、物置の整理などを、限られた時間内に処理するよう命じることが多々あります。
のび太だけでこれらを処理するには限られたリソースを振り分けなければならず、どれも中途半端に終わってしまうでしょう。しかし、困った時にはドラえもんがいます。諸問題に対し、第一義的にはのび太が独力で対応する意思を示すことを要求しますが、たいていの場合、ドラえもんが必ず助けてくれます。実に頼もしい存在ですよね※3。
ドラえもんがのび太の成長にとってマイナス?
ドラえもんが同盟相手として完璧すぎるために、のび太は自分で物事を対処しようという意志に欠けるところがあります。何らかの脅威に出くわすと、すぐに「ドラえもぉ〜ん(泣)」とすがりつこうとします。ドラえもんの存在に甘んじていては、のび太の安全保障能力は他力本願な状態から抜け出せません。まあ、実際ドラえもんがいたら、私ものび太とまったく同じ感じになる自信がありますが…。
のび太も時には頑張ろうとすることがありますが、どうにもならない最後のところに差し掛かると、ドラえもんは手を貸してしまいがちです。誰かの手を借りて曲がりなりにも何かを成し遂げることがのび太の自信につながれば良いのですが、世の中は毎回必ずうまくいくとは限りません。そうした現実の壁の前で考え、工夫したり別の道を模索することもまた人としての成長につながったりするのですが、のび太はドラえもんのおかげでその経験をしないまま大きくなるかもしれません。これでは、彼の成長はかえって阻害されるおそれがあります。
国家観と同様に、人生観なんてのは、そう簡単に見極めたり見出せたりするものじゃないと思います。しかし、それがぼんやりとでも見えてくれば、ドラえもんの手を借りるところ借りないところが明確になるかもしれません。のび太単独ですべての脅威を排除する能力を持つことはもちろん不可能ですから、ドラえもんのサポートを受けること自体は悪いことではなく、のび太の人格形成や社会性に悪影響が出ない範囲で手を貸してもらうことは健全なのではないでしょうか。そうして、少しずつ自立できれば理想的です。
現実の国際関係も似たところがあるな、と思います。例えば、日本が自分のシーレーン(SLOCs、海上交通路)をすべて自力で防衛しようなんてことは無理ですし、取り巻く地域の安全保障環境を眺めれば、日本単独で自主防衛なんてできるはずのない空論です。これは日本だけの話ではなく、大きな脅威が近くに存在しながら独力でそれに対応しようなんて国は世界を見渡してもありません。
ただし、のび太がドラえもんに依存し過ぎるがあまり彼自身が成長しないおそれは、日米関係にも当てはまる部分があります(別に必ずしも日本をのび太に見立てているわけではないですよ)。ある時のび太は、ドラえもんに頼ってばかりの自分を振り返ってこう述懐します。
ドラえもんともいつかは別れの時が来る。
いつまでも子供じゃいられないものな。
わかってるんだよ、このままじゃいけないってことは。
しかし、何度決心しても、ズルズルと元へもどっちゃうんだよな。
でも、やっぱり努力はしなくちゃいけないんだよな。
あきらめずにな。
日本がどういう国のかたちを描くのか、なんて言うとずいぶん大げさですが、もうすぐ選挙も近いことですし、時にはのび太やドラえもんと一緒にそんなことを考えてみるのも良いのではないでしょうか。
Thanks to 藤子・F・不二雄先生!
注※1 ジャイアンの天敵であるかあちゃんにとっては愛娘の彼氏なので、乱暴者の長男の暴力を抑止する後ろ盾となってくれる可能性さえあります。
注※2 ジャイ子が思春期を過ぎて変貌を遂げるかもしれませんから、そこまで悲観するのはジャイ子ファンの方々に失礼かもしれませんね。
注※3 のび太はけっこうママに怒鳴られますし、ジャイアンにも殴られてしまっているので、実際の抑止効果はビミョーという見方もできます^^;