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先日、橋下徹大阪市長の発言をきっかけに、第七艦隊には核兵器がないことを取り上げました。アメリカの「核の三本柱(Nuclear Triad)」であるICBM、戦略爆撃機、SLBMはいずれも “戦略” 核兵器 についてのもので、その射程や運用法を考えれば、いずれも日本へ持ち込むだの配備したりだのといった議論にはなりません。日本に持ち込むとなると、焦点は “戦術” 核兵器 です。前稿では記事後半でこの戦術核についても言及し、第七艦隊は戦術核を持っていないと指摘しました。

私はツイッターに関心がないので、どういった経緯を経たのかは存じませんが、橋下市長ご本人に拙ブログに関するtweetをしていただいたようです。

しかし、上記tweetを見る限り、やはり橋下市長は拙記事内容をご理解頂けていないようですので、本稿においてアメリカの戦術核についてさらに詳しく取り上げてみたいと思います。今回の記事も市長本人の目にとまれば幸いですし(多忙な方ですので記事を読む時間などはないかもしれませんが)、アップデートされた正確な情報をもとに国政で活躍して頂きたいと願っております。


公開情報から十分な情報は得られる

橋下大阪市長は「第七艦隊の現状をきちんと確認する必要あり」とツイートしておられます。しかし、アメリカの核政策の基本は、核兵器搭載を「肯定も否定もしない(NCND)」というものです。ですから、米側に「第七艦隊に核兵器はあるの?」なんて無邪気に質問しても答えてはくれません。「じゃあ、米軍が日本に持ち込むような核兵器があるかどうかだって分からないじゃないか、第七艦隊に核がないなんてウソだ!!」ということになるかというと、これがならないのです。

というのも、アメリカはロシア(ソ連)との間で冷戦末期から戦略兵器削減交渉を重ねていて、その交渉の中から発表される各種報告書には戦略核だけでなく戦術核の動向についても触れられています※1。公開された数字はアメリカだけでなくロシアによっても確認された数字で、それを「ウソ」だと言うのは程度の低い陰謀論に過ぎません。両国にとって軍事力の肝である核兵器の備蓄量・削減量の透明性は交渉の生命線ですから、いろんな種類のデータがかなり正確に発表されます。例えば、アメリカは国内13州とヨーロッパ5カ国において、21カ所の核兵器備蓄施設を持っていることが明らかにされたりします。

また、核兵器は維持・保管するにしても解体するにしても、その費用は米国会計検査院(GAO)による査定を受け、報告書が公開されます。さらには、キッシンジャーやナンといった重鎮からも核軍縮に対して辛辣な論文が発表されることがあり、それらもアメリカの核態勢の状況を知るうえで貴重な資料となります。他にも、FAS(全米科学者連盟)やモントレー国際研究所(MIIS)の核不拡散研究センター(CNS)のように、米ロ両国の核軍縮交渉を厳しく監視しているシンクタンクの報告書から詳細な数字を知ることができます。こうした様々な公開資料を読み比べれば、アメリカの戦術核態勢をざっくりと推定することは難しいことではありません。

お忙しい身分ではこれらの資料に逐一目を通す時間があろうはずもありませんし、そもそもアメリカの核態勢を分析することは大阪市長の任ではありません。しかし、政党の代表代行というような重い立場で国政へ参画するのであれば、現在のような知見ではいささか危うさを感じずにはいられません。是非専門のブレーンを招くべきではないでしょうか。

そして、上記のような一連の資料に目を通せば、誰もが一目瞭然の事実にたどりつきます;「アメリカの戦術核は削減の趨勢にある」と。


アメリカの戦術核は削減の一途

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(Hans M. Kristensen, [PDF] Non-Strategic Nuclear Weapons, FAS, May 2012, p. 15.より。1991年〜2011年までの戦術核保有量の推移。20年で約90%削減されている。)


かつて、アメリカの戦術核は日本をはじめとするアジアやNATOの同盟国にある米軍基地に配備され、1991年には約7,600発に達していました。現在その数は1,000発を下回り、さらに退役予定の核弾頭があるほどです。

どうして戦術核が減っているのかという理由は明確です。より長射程で精密攻撃可能な兵器が開発されたからです。通常兵器と戦略核の破壊力に大きな差があった時代、戦術核はその間を埋めるものとされていました。ところが、軍事技術が発達するに従って、中途半端に大きな破壊力がありコラテラル・ダメージ(副次被害)が深刻な戦術核は、次第に使用の閾値が高くなっていきました。

とりわけ、戦闘行動半径の大きい戦略爆撃機が発射する長射程の空中発射巡航ミサイル(ALCM)が戦術核の位置づけを大きく変えました。いざとなれば、米本土や米領(グアムなど)から出撃し敵地を攻撃できるので、わざわざ射程の短い戦術核を同盟国に配備する必要がなくなったのです。

実際、アメリカは在韓米軍に配備していたすべての戦術核を1991年に撤去しました。以前は日本にも戦術核が配備されていましたが、これも今では残らず撤去されています。2010年には、核シェアリングを受けている国のうち、ドイツ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、ノルウェーが戦術核の撤去を求める要請を出すような始末です。戦術核の撤去は別に流行り廃りの問題ではなく、軍事技術の発達という不可逆的な理由から進められているものですから、この趨勢はなかなか変えられるものではないでしょう。

退役する戦術核によって生まれた通常戦力と戦略核のスキマを埋めるかのように、CPGS(通常兵器型即時全地球攻撃)兵器システムの開発も進められており、今後さらに戦術核は削減されることでしょう。技術の発達によって撤去した戦術核を欧州や日本へ再配備するという案は、実現可能性の低いシナリオです。

橋下市長は「第七艦隊に核はない」という認識を90年代のものだと言わんばかりの言い回しをされておられますが、完全に誤りです。軍事技術の発達によって戦術核は役割を縮小しつつある、というのが2012年現在の趨勢で、米軍の予算動向を見れば、これは2030年くらいまでは確実に続くことが予想できます。


アメリカが保有する戦術核の現状

核トマホーク(TLAM/N)
現在、アメリカが保有する戦術核弾頭は約760発(備蓄数を含む)。そのうち260発が対地攻撃核トマホーク(TLAM/N)用のW80-0核弾頭です。

米海軍が唯一保有する戦術核はTLAM/Nだけですが、これさえも現在は退役過程にあり(2013年退役予定)、ワシントン州バンゴール及びジョージア州キングズ・ベイの戦略兵器施設に一部の戦略核兵器とともに保管されています。約100発が使える状態に保たれ、残りが爆発威力増強用ガスを抜いた非活性貯蔵状態にあります。少なくとも1992年以降、日本に持ち込まれたことはありません。来年、このTLAM/Nが予定通り完全に退役すれば、陸軍、海軍、海兵隊からは戦術核がすべてなくなります。

 B61 
760発のうち約500発がB61自由落下核爆弾です。B61は爆撃機以外に、F-15E、F-16、トーネードといった戦闘機への搭載も可能です。500発のB61のうち、約200発がNATO同盟国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコ)に核シェアリングとして配備され、残りは米国内で備蓄されています。

B61にはいくつかのバージョンがあり、米軍はB61-7を戦略核として用い、B61-3、B61-4、B61-10、そしてB61-12が戦術核任務を担っています。B61-4は、オバマ政権下の核兵器寿命延長計画(life extension program:LEP)によって運用寿命が延び、誘導キットを装着して近代化も施されました。B61-7、B61-3、B61-10については順次退役する予定ですので、将来的にはB61-12が欧州の戦略・戦術核両方を担う予定です※2

B61-12は精密攻撃能力を向上することによって、減少する戦術核の量を性能で補おうという方針ですね。欧州同盟国が懸念するロシアとの戦術核戦力ギャップを埋めるものとして期待されています。なお、B61-12はB-2爆撃機はもちろん、上記戦闘機以外にF-35ブロックIVにも搭載可能となる予定です。


このように、アメリカの持つTLAM/N、B61のどちらもが第七艦隊に配備されておらず、日本に持ち込まれる合理的理由もないものなのです。


核の傘は開いていないのか?

「アメリカの戦術核が削減傾向にあるのは分かったが、それで中国や北朝鮮は抑止できるのか?」と不安になるかもしれませんが、ここまでの話は“戦術核”の話であり、“戦略核”による拡大抑止は十分機能しています。

グアムにいるロサンゼルス級原潜(SSN)は通常弾頭装備ですが、米本土ワシントン州バンゴールに配備された6隻のオハイオ級原潜(SSBN)は1隻あたりにトライデントII D5(W78、W88核弾頭)を24発搭載し、常時2隻ほどが米本土に近い太平洋をパトロールしています。このSLBMに加え、地上では約450発の大陸間弾道ミサイル・ミニットマンIIIが太平洋地域をカバーしていますし、B-2やB-52H戦略爆撃機が有事には中国や北朝鮮を核攻撃する態勢です。

核の「搭載」に関するアメリカの方針はNCNDですが、おおまかな保有量や備蓄地を明確にしないことで抑止力を担保しなければならないほどアメリカの核戦力はケチなものではありません。アメリカの核兵器保有数(戦略核+戦術核、備蓄数含む)は、ロシアを除く他のすべての核保有国の合計核兵器保有量の4倍にもなります。そしてそのうちの約半数(2,200発)がoperationalです。投射プラットフォームの現在地などは機密なものもありますが、保有弾頭数や備蓄状況が公開されることは問題ではありません。

また、拡大抑止は核兵器のみならず、通常兵器によっても構成され、米軍の通常兵器による抑止力は我々日本人がどう思おうと、中国や北朝鮮から見ればとても控え目なものではありません。例えば、1隻につき154発の巡航ミサイル(通常弾頭)を搭載したオハイオ級原潜(SSGN)は、4隻のうち2隻が太平洋側に配備され、極東有事に対応できる態勢をとっています。

戦術核が削減されようとも、アメリカの核の傘は依然として「“戦略核”によって保障されている」状況に変化はありません。


◇ ◇ ◇


橋下市長は、非核三原則との関わりの中で第七艦隊の核について述べておられました。しかし、前稿でも取り上げた通り、アメリカの核は戦略核・戦術核を問わず、日本へ持ち込む軍事的理由がありません。そして、戦術核にいたっては、持ち込むモノ自体を第七艦隊は持ってないのです。こうした前提を踏まえれば、「持ち込ませず」について云々というのがいかに無駄なことであるかをご理解頂けるはずなのですが…。

蛇足になりますが、橋下市長と合流した石原慎太郎・日本維新の会代表が核兵器保有の研究を提唱しました。核武装は石原氏の持論でもありますし、研究すること自体は否定しません。ただ、この問題をなんらかの思想的バイアスを持った方が手を付けることには強く反対致します。研究チーム発足に際しては、是非、思想的偏向のない専門家を招いて頂きたいですね。

「日本維新の会」が日本の安全保障上のリスク要因にならなければいいのですが。


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注※1 戦略兵器削減交渉は、戦略核の削減に関する交渉で、戦術核や備蓄量には影響がありません。
注※2 B61-12は既存のB61-3、-4、-7、-10を統合したもので、低出力爆発により、放射性降下物の量も減少するよう設計されます。2017会計年度 からB61-12の新型開発の予算が計上され、2019年に配備開始の予定です。4つのバージョンを1つに統合することから、B61-12の配備によって アメリカの戦術核の保有量はさらに減少することになりますね。



【参考資料】