鳩山由紀夫元首相が相変わらず友愛精神を振りまいておられますね。

中国政府は、同諸島が日清戦争末期に日本に奪われたとの立場から、「日本が清国人から盗取した一切の地域を中華民国に返還する」とのカイロ宣言を領有権主張の根拠としている。鳩山氏は、「カイロ宣言の中に尖閣が入るという解釈は、中国から見れば当然成り立つ話だ」と述べ、中国政府の言い分に理解を示した。


カイロ宣言の該当部を読むと、

It is their purpose that Japan shall be stripped of all the islands in the Pacific which she has seized or occupied since the beginning of the first World War in 1914, and that all the territories Japan has stolen from the Chinese, such as Manchuria, Formosa, and The Pescadores, shall be restored to the Republic of China.


とあり、第一次世界大戦以降日本が中国から奪取・占領した太平洋の島嶼(とうしょ)を中華民国へ返還することが記されています。具体的には、「満州、台湾、澎湖諸島のような」というくだりがありますから、ここに尖閣諸島が含まれるとでも言いたいのでしょうが、鳩山先生は同じインタビューの中で次のようにも答えています。

「1895年に日清戦争の末期にそっと日本のものにしてしまった」


おやおや、尖閣諸島が日本に編入されたのは第一次大戦(1914年)前であることをご自分でしっかりと発言されております。カイロ宣言を根拠に尖閣の領有権を訴える中国の主張に無理があることについては、友愛精神で見て見ぬふりをしているのでしょう。(追記:中国は、上記で引用した満州、台湾、澎湖諸島だけでなく、その後に続く「Japan will also be expelled from all other territories which she has taken by violence and greed(日本は暴力と貪欲に基づいて奪ったすべての領土から駆逐されるべし)という文言を尖閣領有の根拠としている、とのご指摘を頂きました。確かに、カイロ宣言で中国が尖閣領有を主張しうる箇所はそこくらいなものですね。)

鳩山先生のここ最近の発言は、孫崎享氏の影響が強いことが見て取れます。孫崎氏は鳩山先生が設立された東アジア共同体研究所の理事を務めていますし、今回の中国訪問へも同行しています。いまや鳩山先生の心強いブレーン()ですねえ。まあ、組むべくして組んだ二人、という印象しか持ち得ませんが。

鳩山先生は、清華大学が主催した世界平和フォーラムへも招かれ、同様の発言をされています。このフォーラムには、中国側からパネリストとして朱成虎や羅援といった中国でも強硬派が出席していることから開催趣旨がうかがえますし、中国は鳩山先生のような御仁の利用方法を実によくわきまえていますね。

さて、鳩山発言に対してどのようなリアクションをとるかですが、歴史的な経緯や法解釈でもって反論することは大事なことだと思います。正論は正論で押し立てていくべきでしょう。しかし、正しいことを言えば相手が分かってくれると考えるのはナイーブですし、それでは傍観している第三者に対する訴求力も弱いままです。中国は尖閣諸島の帰属を学術的に解き明かしたいと考えているわけではないので、日本がどれだけ客観的な正しい資料を提示したところで、それで「ハイ、論破」とはなりません。決定的な新資料が現れたところで、中国が屈することは絶対にありません。

したがって、日本が訴える相手は第三者です。第三者の支持を得ることで、日本の立場が国際社会で多数派である環境を維持するのです。そこで、中国がカイロ宣言やポツダム宣言を掲げるのなら、こちらはサンフランシスコ平和条約を掲げましょう。先日も報道されましたが、中国はサンフランシスコ平和条約を否定していることは、まさに奇貨とすべきです。

外交部:中国は「サンフランシスコ講和条約」を断じて承認せず(人民網 2013/6/2)
外交部(外務省)の洪磊報道官は30日の定例記者会見で「中国政府は『サンフランシスコ講和条約』は不法で無効との認識であり、断じて承認できない」と表明した。

中国は、サンフランシスコ平和条約にはじめから否定的です。サンフランシスコ平和会議直前の1951年8月15日、周恩来外相が、対日平和条約英米案に反対する声明を発表しています(対日講和問題に関する周恩来中国外相の声明)。対日平和条約英米案が、連合国共同宣言、カイロ宣言、ヤルタ協定、ポツダム宣言などの国際協定に違反するというのが、その理由でした。なお、周恩来の声明は、北方領土や琉球諸島、小笠原群島、火山列島、西鳥島、沖之鳥島および南鳥島へ言及し、さらに台湾、澎湖諸島、南沙・西沙諸島に関しても詳しく触れていますが、尖閣諸島には全く触れられていません。

もちろん、中国はサンフランシスコ平和条約に署名してませんから、本条約を無効と主張するのは妥当な意見とも言えます。とはいえ、サンフランシスコ平和条約が戦後国際秩序を支えるひとつの柱であることは疑いありませんし、これを否定することに対しては、他の署名国が賛同しません。

中国は、日本が戦後国際秩序を乱す国であると唱え、戦勝国に逆らう不届き者という切り口で責めたてます。国際秩序がなんぞや、という点に関してはまた稿を改めたいと思いますが、「戦後国際秩序」というワードは水戸のご老公の印籠のようなもので、何人もこれには逆らえません。日本の指導者が少しでも戦後国際秩序に逆らうような言動を見せようものなら、すぐさま足をすくおうと手ぐすね引いて待つ勢力があります。このことを常に意識しておかなければ、大阪の誰かみたいに痛い目に遭ってしまいます。

国際社会に限らず、ゲームはルールを作った者が圧倒的に有利です。現在の国際秩序は、第二次世界大戦で「戦勝国」の資格を得た国が有利なようにルールが作られています。これに対して正義をふりかざしたり、不条理を訴えたりしても効果はないでしょう。むしろ戦後国際秩序への挑戦とみられ、ルール作成者だけでなく、その他大勢からも非難されてお終いです。敗戦国の日本が戦後国際秩序に異を唱えれば、米英はもちろん、米中でさえも手を携えて日本を糾弾することになるでしょう。

そういう勝ち目のない相手有利な喧嘩をするのはばかげています。日本はあくまでも戦後国際秩序やそれを支える国際法・条約を順守する優等生であるように振る舞おうではありませんか。海洋国家として、航行の自由(freedom of navigation)をはじめとした国際的な海洋コモンズを守る立場であると声高に訴えることも効果的です。戦後国際秩序の基である国連憲章や大西洋憲章にも盛り込まれたそれらのルールを侵害している国、それが中国なんだと印象付けましょう。

大カトーの例を真似て、ここは累積戦略の遂行です。尖閣の問題で官房長官が記者会見をするたびに、「中国はサンフランシスコ平和条約、ひいては戦後国際秩序に挑戦する国家である」との言及をしてみるくらいのアクの強さも時には必要ではないでしょうか。