国家はなぜ戦争に向かうのか?というのは、古今東西の関心事ですし、昨今の日本の地域環境を眺めていると他人事ではないテーマだったりします。
キングス・カレッジ・ロンドン戦争研究学部の国際政治学者、リチャード・ネッド・ルボウが『Why Nations Fight: Past and Future Motives for War
』という著作の中で、1648年以降の国家間戦争の研究をもとに戦争の動機を分析しています。
2010年に発表されたこの本のエッセンスを要約したものが、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のサイトに掲載されました。
国際関係論のセオリーでは、戦争は主に安全保障と利益を理由に始まるとされていますが、ルボウはそれらの事例はむしろ少ないと指摘し、「国家精神(nation ’s spirit)」こそが戦争の主因なのだと唱えます。国家精神とは、国の威信や名誉または復讐心といった、国民感情を指します。つまり、戦争は国民感情によって引き起こされる、というわけですね。
ルボウは、人間の行動原理として、精神(spirit)、物欲(appetite)、理性(reason)、そして恐怖(fear)の4つのイメージを掲げます。これは、トゥキディデスの「名誉」、「利益」、「恐怖」をベースにした考え方ですね。なお、精神については、spiritと同時に「thumos」という語も使って表現していることから、やはり感情や気分といった意味合いを含んでいることが分かります。ルボウによると、現代の哲学や社会科学は、そうした感情や気分といった要素が国家の動向を左右するという点を無視してしまっていると言います。名誉や地位を追及する「自尊心(self-esteem)」は誰もが普遍的に持つものですから、国際関係を見る時にも、感情や気分をあまり考慮しない傾向は確かに危ないですね。
もっとも、国家には精神も感情もありませんから、それが存在するのは国家を構成する国民の中です。国民は、自らの精神的(感情的・気分的)ニーズを政治的単位に投影しようとし、その政治的単位が勝利を勝ち取ったり良いパフォーマンスを発揮したりすると気持ち良さを感じるわけです。
ルボウは『Why Nations Fight』おいて、大国も新興国も含まれる1648年から現代までの戦争を検証し、データセットを組んでいます。データセットで特定したのは以下のもの;すなわち、戦争主唱者(複数人であることが多い);彼らの動機(安全保障、物質的優位、地位、復讐、国内政治など);結果(勝ち、負け、引き分け);ルールの性質;戦争の継続と烈度;平和解決の特徴...です。
驚くべきは、その分析結果。なんと、94例の戦争のうち安全保障を理由として起きた戦争は、わずか19例。しかも、その19の戦争のほとんどが、大国が大国に挑んだものであり、権力の移行(power transitions)にともなうものではなかったそうです(あくまでもルボウのセオリーに基づくと、という点は留意)。ただし、この結果をもとに、「安全保障は国際的に重要問題ではない」という見方をすることについては、ルボウ自身も否定してます。
物質的な利益もまた、戦争の動機としては弱いようですね。分析によると、物質的利益に起因する戦争は 8例で、多くは18世紀の戦争でした。
この他にも、別の重要な動機として地位(standing)や復讐(revenge)などが挙げられ、それぞれにルボウの見解があります。特に地位に関しては詳しく触れられています。必ずしもすべてに同意できる内容ではありませんが、私のような勢力均衡論好きにとっては、見落としがちな論点を提示してくれるものでしたので、皆様も目を通してみてはいかがでしょうか。昨今の日本を含めた安全保障環境にも大いに通じるところがある研究だと思います。
【関連記事】
キングス・カレッジ・ロンドン戦争研究学部の国際政治学者、リチャード・ネッド・ルボウが『Why Nations Fight: Past and Future Motives for War
2010年に発表されたこの本のエッセンスを要約したものが、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のサイトに掲載されました。
Most wars are not fought for reasons of security or material interests, but instead reflect a nation’s ‘spirit’ (LSE)
国際関係論のセオリーでは、戦争は主に安全保障と利益を理由に始まるとされていますが、ルボウはそれらの事例はむしろ少ないと指摘し、「国家精神(nation ’s spirit)」こそが戦争の主因なのだと唱えます。国家精神とは、国の威信や名誉または復讐心といった、国民感情を指します。つまり、戦争は国民感情によって引き起こされる、というわけですね。
ルボウは、人間の行動原理として、精神(spirit)、物欲(appetite)、理性(reason)、そして恐怖(fear)の4つのイメージを掲げます。これは、トゥキディデスの「名誉」、「利益」、「恐怖」をベースにした考え方ですね。なお、精神については、spiritと同時に「thumos」という語も使って表現していることから、やはり感情や気分といった意味合いを含んでいることが分かります。ルボウによると、現代の哲学や社会科学は、そうした感情や気分といった要素が国家の動向を左右するという点を無視してしまっていると言います。名誉や地位を追及する「自尊心(self-esteem)」は誰もが普遍的に持つものですから、国際関係を見る時にも、感情や気分をあまり考慮しない傾向は確かに危ないですね。
もっとも、国家には精神も感情もありませんから、それが存在するのは国家を構成する国民の中です。国民は、自らの精神的(感情的・気分的)ニーズを政治的単位に投影しようとし、その政治的単位が勝利を勝ち取ったり良いパフォーマンスを発揮したりすると気持ち良さを感じるわけです。
ルボウは『Why Nations Fight』おいて、大国も新興国も含まれる1648年から現代までの戦争を検証し、データセットを組んでいます。データセットで特定したのは以下のもの;すなわち、戦争主唱者(複数人であることが多い);彼らの動機(安全保障、物質的優位、地位、復讐、国内政治など);結果(勝ち、負け、引き分け);ルールの性質;戦争の継続と烈度;平和解決の特徴...です。
驚くべきは、その分析結果。なんと、94例の戦争のうち安全保障を理由として起きた戦争は、わずか19例。しかも、その19の戦争のほとんどが、大国が大国に挑んだものであり、権力の移行(power transitions)にともなうものではなかったそうです(あくまでもルボウのセオリーに基づくと、という点は留意)。ただし、この結果をもとに、「安全保障は国際的に重要問題ではない」という見方をすることについては、ルボウ自身も否定してます。
物質的な利益もまた、戦争の動機としては弱いようですね。分析によると、物質的利益に起因する戦争は 8例で、多くは18世紀の戦争でした。
この他にも、別の重要な動機として地位(standing)や復讐(revenge)などが挙げられ、それぞれにルボウの見解があります。特に地位に関しては詳しく触れられています。必ずしもすべてに同意できる内容ではありませんが、私のような勢力均衡論好きにとっては、見落としがちな論点を提示してくれるものでしたので、皆様も目を通してみてはいかがでしょうか。昨今の日本を含めた安全保障環境にも大いに通じるところがある研究だと思います。
【関連記事】