米国の非営利団体・国家安全保障アーカイブが、「地下施設」に関する興味深い文書を発表しました。
冷戦時代、米ソは互いに核戦争の脅威にさらされ、両国は多くの地下核シェルターを築きました。核シェルター以外でも、自国司令部や要人を敵の爆撃やミサイル攻撃から守ったり、大量破壊兵器を国際社会の目を盗んで保有したりするのに地下施設は最適です。それゆえ、地下施設に関心を持ったのは米ソだけではありません。1989年の天安門事件の際には、中国のすべての指導者は地下施設へ避難しましたし、2003年には米軍がバグダッドで広大な地下複合施設を発見しました。リビアもまた指導者(より正確にはカダフィ一族)保護のための地下施設を複数箇所に持っていました。最近では、シリアへの軍事介入が取り沙汰された時、地下の化学兵器貯蔵施設が話題になったばかりです。
今回発表された国家安全保障アーカイブの文書によると、そのような地下施設は、世界中に1万カ所以上あるそうです。その多くが、米国の敵対国やならず者国家(Rogue State)の領内にあると報告されています。
本稿では、こうした地下施設の目的は何か、そして、それをいかに発見するかということを短くまとめて紹介したいと思います。
地下施設を発見したり情報を入手したりという問題は、第二次世界大戦にさかのぼります。1943年8月、連合国側の空爆に直面したドイツが、V-2ロケット防護のため製造施設をノルトハウゼン(Nordhausen)近くの地下工場へ移動しました。英情報部によると、その施設は、V-2を1944年末までに30発/日製造したと報告されています。
冷戦期には2種類の地下施設が現れます。1つは時代を象徴するかのようなミサイルサイロであり、もう1つが指導者保護のための地下壕(バンカー)です。冷戦はソ連の崩壊で幕を閉じますが、旧ソ連邦にあった地下施設は過去20年増強されてきました。ならず者国家にとっても、米国や同盟国を脅かすような活動を隠すのに役立つため、施設の強化と増設に取り組んでいます。
以下では、地下施設の使用目的ごとに事例をとりあげてみます。
移動・輸送手段
地下施設には様々な目的があり、秘密裏の輸送がその1つです。北朝鮮が韓国に部隊を侵入させるために軍事境界線の地下に建設した何本かのトンネルなどは、その顕著な例です。このトンネルのうち12本にロシア資本が関わっており、最大のものは北朝鮮政府高官用の地下鉄システムまであります。
燃料・食料保存施設
1976年時点で、旧ソ連は、穀物貯蔵庫としての地下施設を開発または開発途中だったと報告されています。北朝鮮でも、2008年末〜2009年初旬に報告されたところによると、北東沿岸部にある舞水端里(ムスダンリ)ミサイル施設に地下燃料庫が建設されていました。燃料庫を地下に建設することは、ミサイル発射準備活動の兆候を衛星監視活動から探知されづらくする効果があります。
指導者保護
指導者保護の目的で地下施設を建設することが冷戦時の米ソ核戦略の一部だったことは、先述のとおりです。なお、冷戦終了後もロシアは古い地下施設の改良や新規施設建設を進めました。1997年には、モスクワの南方46マイルに政府移転地下施設(government relocation bunker)の建設が完了。これは、旧ソ連の指導者たちが核戦争を生き延びる目的で建設されたと見られます。他にも、モスクワから850マイル東にあるヤマンタウ山(Yamantau Mountain)にも大深度地下施設が作られています。
指揮・統制・通信(C3)能力の保全
旧ソ連/ロシアにおける地下施設は、C3能力の保全という目的もありました。1997年、モスクワの東850マイルにあるコスビンスキー山(Kosvinsky Mountain)に核生存戦略指揮施設が建設中だと報告されています。これは、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)が、コロラド州シャイアンマウンテンに地下司令部(1964完成)を築いたのと同じ趣旨であると理解されています。
キューバもC3能力保全のために地下バンカーを持っています。2000年の報告では、キューバの主要C3施設すべてが強化バンカーの中にあり、その多くは地下20m以上の深さに建設され、通常爆弾で破壊することが難しいと分析されました。
イラクのアミリヤ・バンカーは、イラン・イラク戦争(1980-88)時に空爆シェルターとして完成し、その後、軍事指揮統制センターとして使用されました。湾岸戦争最中の1991年2月13日、アミリヤ・バンカーにいた民間人が米国の爆撃によって300名以上が死亡する出来事があったことはよく知られています。
戦時の兵器製造能力維持
ナチス・ドイツがV-2製造機能を地下に移転させた例で示すとおり、兵器製造工場を地下に建設するというのは、戦時にも兵器製造能力を維持することにつながります。もちろん、平時においては、兵器(たとえば化学兵器)の製造が条約に違反する場合、製造機能の地下移転によって敵のインテリジェンスをあざむくことができます。
例えば、1966年に中国は「Project 816」を発足させます。この計画は、重慶市涪陵区にあるBaotao村の地下にプルトニウム製造炉と再処理施設を建設するものでした。この施設は結果として、人の手によって作られた世界最大の洞窟になり、104,000平方m、フットボール場20個分に相当する規模に達する予定でした。しかし、1982年、完成まで85%ほどのところで建設は中止。兵器製造関連施設は閉じられ、化学肥料工場に改装されたことが確認されています。
30年後、リビアでも中国と同様の計画がありました。1996年4月に報告されたところによると、トリポリの南東37マイルにある山岳地域・タヒュナ(Tarhunah)付近で巨大な地下化学兵器工場建設計画が進んでいたようですが、1996年6月下旬、建設は中止され、少なくとも施設外部で活動は見られないと報告されています。
2011年3月には、イランがゴム(Qom)とナタンツ(Natanz)に地下施設を保有していると報告されました。翌年、イランは六フッ化ウランをゴム近くのフォルドウ(Fordow)濃縮工場へ移し、このフォルドウ工場でウラン濃縮作業に着手したと見られます。348基の遠心分離機(2カスケード)が作動中です。
軍事施設・兵器の保護
地下施設は配備中の兵器を保護することにも用いられます。1972年の報告では、中国空軍関連の地下施設内で作戦行動可能な態勢にある航空機が秘匿されていたことが判明しています。1982年、画像分析によって、地下コンクリート施設に格納式無線アンテナがつながれていることが分かりました。
1984年、北朝鮮はレーダーとミサイルを保護する地下施設を持っていることが報告されました。2002年までに、Puckch'ang空軍基地(平壌の北東34マイル)に地下格納庫があることも分かっています。
2011年6月、イランは中距離・長距離ミサイルのための地下サイロを持っていると国営テレビが発表しました。番組では、中距離弾道ミサイル・シャハブ3のものとみられる地下発射台が映されています。これ以前にも西側メディアが不完全な形ではあったものの、イラン西部のタブリーズ(Tabriz)とホッラマーバード(Khorramabad)付近にミサイルサイロがあることを伝えていました。
では次に、地下施設の情報を米インテリジェンスがどのように集め、分析するのかについて。まずは以下のことから着手されます。
施設が攻撃対象である場合は、さらなるデータが必要となります。周辺の地質や施設の深度、どの程度強化されているのか、素材は何か…などですね。
こうした情報は、様々な収集・分析方法や処理技術で蓄積されていきます。よく知られているように、イミント(Imagery intelligence、画像情報)、シギント(Signals intelligence、信号情報)、エリント(Electronic intelligence、電子通信情報)、ヒューミント(Human intelligence、人的情報)があります。ハイパースペクトル画像や地球物理学上のデータ(音響、地震、電磁信号)、熱源など科学的情報に基づくマジント(Measurement and signature intelligence)が地下施設の決定的な情報源となったケースもあります。
こうしたインテリジェンス活動において最も活発で重要なものが、公開情報を基にしたオシント(open source intelligence)です。オシントは、報道や出版物から情報を集めて分析します。たとえば米陸軍情報保全コマンド(INSCOM)のアジア研究分遣隊(キャンプ座間)は、北朝鮮や中国の地下施設分析を担当していますが、彼らのインテリジェンスの多くが公開情報に依るものです。
本稿ではおおざっぱに文書本文を紹介していますが、価値があるのは文書に提示されている62本のドキュメントです。情報公開のために機密指定を解かれた文書が多く含まれていて、地下施設の項目以外でも興味深い情報がありますよー。
Underground Facilities: Intelligence and Targeting Issues
By Jeffrey T. Richelson, National Security Archive Electronic Briefing Book No. 439, September 23, 2013
冷戦時代、米ソは互いに核戦争の脅威にさらされ、両国は多くの地下核シェルターを築きました。核シェルター以外でも、自国司令部や要人を敵の爆撃やミサイル攻撃から守ったり、大量破壊兵器を国際社会の目を盗んで保有したりするのに地下施設は最適です。それゆえ、地下施設に関心を持ったのは米ソだけではありません。1989年の天安門事件の際には、中国のすべての指導者は地下施設へ避難しましたし、2003年には米軍がバグダッドで広大な地下複合施設を発見しました。リビアもまた指導者(より正確にはカダフィ一族)保護のための地下施設を複数箇所に持っていました。最近では、シリアへの軍事介入が取り沙汰された時、地下の化学兵器貯蔵施設が話題になったばかりです。
今回発表された国家安全保障アーカイブの文書によると、そのような地下施設は、世界中に1万カ所以上あるそうです。その多くが、米国の敵対国やならず者国家(Rogue State)の領内にあると報告されています。
本稿では、こうした地下施設の目的は何か、そして、それをいかに発見するかということを短くまとめて紹介したいと思います。
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地下施設を発見したり情報を入手したりという問題は、第二次世界大戦にさかのぼります。1943年8月、連合国側の空爆に直面したドイツが、V-2ロケット防護のため製造施設をノルトハウゼン(Nordhausen)近くの地下工場へ移動しました。英情報部によると、その施設は、V-2を1944年末までに30発/日製造したと報告されています。
冷戦期には2種類の地下施設が現れます。1つは時代を象徴するかのようなミサイルサイロであり、もう1つが指導者保護のための地下壕(バンカー)です。冷戦はソ連の崩壊で幕を閉じますが、旧ソ連邦にあった地下施設は過去20年増強されてきました。ならず者国家にとっても、米国や同盟国を脅かすような活動を隠すのに役立つため、施設の強化と増設に取り組んでいます。
以下では、地下施設の使用目的ごとに事例をとりあげてみます。
移動・輸送手段
地下施設には様々な目的があり、秘密裏の輸送がその1つです。北朝鮮が韓国に部隊を侵入させるために軍事境界線の地下に建設した何本かのトンネルなどは、その顕著な例です。このトンネルのうち12本にロシア資本が関わっており、最大のものは北朝鮮政府高官用の地下鉄システムまであります。
燃料・食料保存施設
1976年時点で、旧ソ連は、穀物貯蔵庫としての地下施設を開発または開発途中だったと報告されています。北朝鮮でも、2008年末〜2009年初旬に報告されたところによると、北東沿岸部にある舞水端里(ムスダンリ)ミサイル施設に地下燃料庫が建設されていました。燃料庫を地下に建設することは、ミサイル発射準備活動の兆候を衛星監視活動から探知されづらくする効果があります。
指導者保護
指導者保護の目的で地下施設を建設することが冷戦時の米ソ核戦略の一部だったことは、先述のとおりです。なお、冷戦終了後もロシアは古い地下施設の改良や新規施設建設を進めました。1997年には、モスクワの南方46マイルに政府移転地下施設(government relocation bunker)の建設が完了。これは、旧ソ連の指導者たちが核戦争を生き延びる目的で建設されたと見られます。他にも、モスクワから850マイル東にあるヤマンタウ山(Yamantau Mountain)にも大深度地下施設が作られています。
指揮・統制・通信(C3)能力の保全
旧ソ連/ロシアにおける地下施設は、C3能力の保全という目的もありました。1997年、モスクワの東850マイルにあるコスビンスキー山(Kosvinsky Mountain)に核生存戦略指揮施設が建設中だと報告されています。これは、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)が、コロラド州シャイアンマウンテンに地下司令部(1964完成)を築いたのと同じ趣旨であると理解されています。
キューバもC3能力保全のために地下バンカーを持っています。2000年の報告では、キューバの主要C3施設すべてが強化バンカーの中にあり、その多くは地下20m以上の深さに建設され、通常爆弾で破壊することが難しいと分析されました。
イラクのアミリヤ・バンカーは、イラン・イラク戦争(1980-88)時に空爆シェルターとして完成し、その後、軍事指揮統制センターとして使用されました。湾岸戦争最中の1991年2月13日、アミリヤ・バンカーにいた民間人が米国の爆撃によって300名以上が死亡する出来事があったことはよく知られています。
戦時の兵器製造能力維持
ナチス・ドイツがV-2製造機能を地下に移転させた例で示すとおり、兵器製造工場を地下に建設するというのは、戦時にも兵器製造能力を維持することにつながります。もちろん、平時においては、兵器(たとえば化学兵器)の製造が条約に違反する場合、製造機能の地下移転によって敵のインテリジェンスをあざむくことができます。
例えば、1966年に中国は「Project 816」を発足させます。この計画は、重慶市涪陵区にあるBaotao村の地下にプルトニウム製造炉と再処理施設を建設するものでした。この施設は結果として、人の手によって作られた世界最大の洞窟になり、104,000平方m、フットボール場20個分に相当する規模に達する予定でした。しかし、1982年、完成まで85%ほどのところで建設は中止。兵器製造関連施設は閉じられ、化学肥料工場に改装されたことが確認されています。
30年後、リビアでも中国と同様の計画がありました。1996年4月に報告されたところによると、トリポリの南東37マイルにある山岳地域・タヒュナ(Tarhunah)付近で巨大な地下化学兵器工場建設計画が進んでいたようですが、1996年6月下旬、建設は中止され、少なくとも施設外部で活動は見られないと報告されています。
2011年3月には、イランがゴム(Qom)とナタンツ(Natanz)に地下施設を保有していると報告されました。翌年、イランは六フッ化ウランをゴム近くのフォルドウ(Fordow)濃縮工場へ移し、このフォルドウ工場でウラン濃縮作業に着手したと見られます。348基の遠心分離機(2カスケード)が作動中です。
軍事施設・兵器の保護
地下施設は配備中の兵器を保護することにも用いられます。1972年の報告では、中国空軍関連の地下施設内で作戦行動可能な態勢にある航空機が秘匿されていたことが判明しています。1982年、画像分析によって、地下コンクリート施設に格納式無線アンテナがつながれていることが分かりました。
1984年、北朝鮮はレーダーとミサイルを保護する地下施設を持っていることが報告されました。2002年までに、Puckch'ang空軍基地(平壌の北東34マイル)に地下格納庫があることも分かっています。
2011年6月、イランは中距離・長距離ミサイルのための地下サイロを持っていると国営テレビが発表しました。番組では、中距離弾道ミサイル・シャハブ3のものとみられる地下発射台が映されています。これ以前にも西側メディアが不完全な形ではあったものの、イラン西部のタブリーズ(Tabriz)とホッラマーバード(Khorramabad)付近にミサイルサイロがあることを伝えていました。
では次に、地下施設の情報を米インテリジェンスがどのように集め、分析するのかについて。まずは以下のことから着手されます。
- 特定の場所にある地下施設の存在を確認すること。
- 施設の任務を知ること(指導者保護か兵器製造か兵器貯蔵庫か、それ以外のものか)。
- 施設の具体的な情報を集めること(物理的なレイアウト、規模、人員の数、設備、機能など。トンネルを通じて移動できる部隊数、貯蔵する武器数、ウランや化学兵器製造量など)。
施設が攻撃対象である場合は、さらなるデータが必要となります。周辺の地質や施設の深度、どの程度強化されているのか、素材は何か…などですね。
こうした情報は、様々な収集・分析方法や処理技術で蓄積されていきます。よく知られているように、イミント(Imagery intelligence、画像情報)、シギント(Signals intelligence、信号情報)、エリント(Electronic intelligence、電子通信情報)、ヒューミント(Human intelligence、人的情報)があります。ハイパースペクトル画像や地球物理学上のデータ(音響、地震、電磁信号)、熱源など科学的情報に基づくマジント(Measurement and signature intelligence)が地下施設の決定的な情報源となったケースもあります。
こうしたインテリジェンス活動において最も活発で重要なものが、公開情報を基にしたオシント(open source intelligence)です。オシントは、報道や出版物から情報を集めて分析します。たとえば米陸軍情報保全コマンド(INSCOM)のアジア研究分遣隊(キャンプ座間)は、北朝鮮や中国の地下施設分析を担当していますが、彼らのインテリジェンスの多くが公開情報に依るものです。
◇ ◇ ◇
本稿ではおおざっぱに文書本文を紹介していますが、価値があるのは文書に提示されている62本のドキュメントです。情報公開のために機密指定を解かれた文書が多く含まれていて、地下施設の項目以外でも興味深い情報がありますよー。