敵基地攻撃能力についての記事を書いたばかりですが、新しい動きがあったので、多少修正の上で再掲いたします。
年内の「防衛計画の大綱」*1改訂に向けて、6月に自民党が提言を作成し、7月末には防衛省が中間報告を公表しました。その中で、集団的自衛権と並んで注目されているのが、敵基地攻撃能力です。
敵基地攻撃論は戦後間もない頃からある議論ですが、現在争点となっている敵基地とは、「北朝鮮の弾道ミサイル発射基地」を指します(政府、防衛省資料より)。北朝鮮がミサイルを発射しようとしたら、座して自滅を待つのではなく、ミサイルおよび発射台を破壊してしまおうというものです。つまり、敵基地攻撃論とは、対北朝鮮弾道ミサイル防衛政策の文脈上にある議論と言えます。
なお、同じく弾道ミサイル脅威である中国に対しては、とてもじゃないけど実行不可能(米軍でさえ躊躇するレベル)なオプションなので、政府や防衛省部内でも検討されていません。
本稿では、主に軍事的な側面から敵基地攻撃能力の初歩をまとめてみたいと思います。
法理論上は行使可能
最初に、少しだけ法律面にも触れておきたいと思います。
敵基地攻撃を考える際、分類として(1)予防攻撃なのか、(2)先制的自衛なのか、それとも(3)反撃なのかというところが重要です(参照)。まず、予防攻撃は日本国憲法はもちろん、国際法でも違反とされています。次に、先制的自衛は国際法では認められ、我が国の政府答弁でも法理的には可能であると解釈されてきましたが*2、それでも多くの異論が唱えられるものでした。
最新の報道によると、政府の有識者懇談会は敵基地攻撃を反撃行為として議論していくとのことです。
つまり、政府は国連憲章第51条にのっとった反撃行為として敵基地攻撃能力保有の検討をするわけです。攻撃を受けた後及び敵の攻撃着手が確認できた後の反撃であるならば、国際法にも日本国憲法にも適合するという解釈が主流ですので、反対意見もこれまでより少なくなるでしょう。敵基地攻撃論はかなり穏当な形に収まりつつある印象ですね。
また、敵基地攻撃能力保有議論を難しくしている原因に、自衛権の発動要件も挙げられます。3つの発動要件のひとつとして、急迫不正の侵害を排除するために「他に適当な手段がない」という一条があり、我が国がすでに保有しているミサイル防衛(MD)や日米同盟における米軍という「適当な手段」との整合性が争点となっています。しかし、有識者懇が明らかにしたように、“米軍の機能の一部”としての能力獲得というのであれば、これまでよりもハードルは低くなったのではないかと見られます。
敵基地が移動する!
法理論上の問題や周辺国への政治的配慮、お財布事情など、いくつかのハードルを乗り越えたとしても、弾道ミサイル対処において、敵基地攻撃は簡単な任務ではありません。というのも、攻撃目標である敵基地が移動するからです。
北朝鮮が保有する弾道ミサイルのうち、日本攻撃に用いられる可能性が高いのが準中距離弾道ミサイル・ノドンです。他にもスカッドERやムスダンといったミサイルもありますが、いずれもTEL(Transporter Erector Launcher vehicle:起立発射輸送車両)と呼ばれる大型トレーラー程度の大きさの移動式発射台に1両につき1発ずつ搭載され、そこから発射されます*3。敵基地攻撃論において攻撃しようとしているのは、この移動可能なTELというわけです(発射するときは動きません)。

(スカッドを載せて起立したTEL。Wikimediaより)
ノドンを搭載するTELは、時速60kmで移動可能です。仮にTELを発見して攻撃するまでに1時間かかるとすると、TELは少なくとも数十km移動しています*4。もちろん、北朝鮮は発射位置の特定をさせないように、車両の隠ぺいやカムフラージュ、偽物を配備するなどといった欺瞞を仕掛けてきますから、これらを見破らなければなりません。
こうしたことから、「敵基地攻撃」ではなく、「敵策源地攻撃」という語が用いられることもあります。基地というと、陸上自衛隊の駐屯地や在日米軍基地みたいな固定されたものを想像してしまうので、策源地という方が確かに適切かもしれないですね。とはいえ、本稿では便宜上、敵基地攻撃を使用します。
では、移動する敵基地=TELを攻撃するにはどのような手段があるのでしょうか?
選択肢1: 航空機による爆撃

(JDAMを投下するF-15E。Wikimediaより)
2004年、石破茂防衛庁長官(当時)の指示のもとで、防衛研究所が敵基地攻撃について特別報告書をまとめました*5。そこでは、ノドンのTELを攻撃目標に想定し、2つの攻撃方法を検討しました。そのひとつが「航空機による爆撃」です。空対地ミサイルや精密誘導爆弾によるTEL攻撃オプションですね。
防研報告書は当時、「航空機による誘導ミサイル攻撃は有効」という評価を下しました。確かに、考えられるTEL攻撃手段の中では比較的有効な選択肢なのは間違いないのですが、実際のところ、どれくらい期待できるのでしょう?
<実戦での成績:湾岸戦争とイラク戦争>
1991年の湾岸戦争発生時、イラクは600発以上のスカッドミサイルを保有していました。もちろん、発射機は移動式のTELで、1980年までに12基のTELをソ連から取得しており、国産のものを含めると数十基だったと報告されています*6。
これに対し、9カ国からなる多国籍軍によるスカッドミサイル関連施設に対する出撃回数(ソーティ)は、開戦後約1カ月で総計1,460に達しました。スカッド搭載TELに対する攻撃(スカッド狩り)は、そのうちの約15%(215ソーティ)。なお、約80%は製造所や貯蔵トンネル、専用道路といった固定目標への攻撃です。
スカッド狩りによってイラクの弾道ミサイル戦力は確かに衰えましたが、多国籍軍がこれだけの物量を投じても、スカッドTELすべてを制圧することはできませんでした。戦争終了の数時間前までスカッドは火を噴き続け、ソ連製TEL×6基、国産TEL×4基が最後まで生き残りました。
その後、湾岸戦争の経験を踏まえて様々なシステムが革新された結果、2003年3月に始まったイラク戦争ではTEL狩りの実績が目覚ましく向上します。開戦前、イラクが持っていた約80基のスカッドTELは、空爆によって49基が破壊されたのです。湾岸戦争によってイラク空軍が受けたダメージや経済制裁による戦力の低下も加味しなければなりませんが、米軍のTEL狩り能力がアップしたという見方が妥当です。
<イラクと北朝鮮の地理的条件の違い>
イラクは北朝鮮の約3.5倍の面積を持っていますが、TELを隠すうえでは北朝鮮の方が適した地形を持っています。というのも、砂漠が広がるイラクとは違って、北朝鮮には山や谷による“影”の部分が多く、その影は早期警戒機(AWACS)のレーダーなどの死角となります。しかも、ノドンはミサイル数が200発、TELは50基で、韓国を巻き込んだ有事シナリオとなるとスカッド・シリーズの100基近いTELも含まれます(参照)。運用するTELの数においても、北朝鮮はイラクより厄介な相手というわけです。
<日本単独では極めて困難>
湾岸戦争もイラク戦争も、攻撃側が防御側を圧倒する数量の航空兵力を投入した上での成績だという点は重要です*7。相手が貧弱な北朝鮮空軍であっても、航空自衛隊単独による空爆となると、途端に難易度がハード・モードになります。爆撃任務を行うためには、敵防空網制圧(SEAD)を行わなければいけませんが、そもそも空自にはそのための武装も訓練もありません。もちろん、護衛機も必要ですし、AWACSや電子戦機、空中給油機などの支援体制を組むことが最低限求められます。次期主力戦闘機のF-35AもTEL狩りに使えるでしょう。しかし、あくまでもジグソーパズルのワンピースとして機能する、という話であって、F-35Aを導入しさえすればただちにTELが狩れるというものではありません。これは、無人機(UAV)にも同じことが言えます。
航空機による爆撃は、後述のトマホーク巡航ミサイルと比べれば有効な選択肢だと言えます。とはいえ、ベトナム戦争を含めて幾度の戦争における数多くの対地攻撃ミッションを経た米軍でさえ、ようやく任務達成率が50%になったようなオプションであるという点は、航空機によるTEL狩りを考える上で踏まえておきたいところです。
選択肢2: 巡航ミサイル
防研の特別報告書が検討したもうひとつの攻撃方法が、「トマホークなど巡航ミサイル」です。

(巡航ミサイル・トマホーク。Wikimediaより)
昨今の我が国における敵基地攻撃論では、空爆よりもトマホーク巡航ミサイルでのTEL狩りに焦点が当たっているような気がします。ところが、防研報告書の分析では、「巡航ミサイルによるTEL攻撃は困難である」とされました。3つ理由を挙げてみたいと思います。
1. トマホークは固定目標を狙う
トマホークは固定目標に対するピンポイント攻撃には最適で、ビル1棟を正確に破壊することには長けています。ただし、事前に入力された座標にしか攻撃できないので、TELのように動き回る目標を追いかけて攻撃する器用さはありません。開戦と同時に敵兵舎や指揮施設、固定地対空ミサイル陣地など動かない地上目標へ大量に叩き込むという使い方をします*8。
2. トマホークは遅い
時速800kmを超す亜音速巡航ミサイルと聞くと、なにやらとても速いミサイルのように感じますが、普段私たちが乗るジャンボジェット機と同じくらい、と聞くと印象が変わるのではないでしょうか。トマホークを日本の沿岸から平壌に向けてを撃つと、着弾は約1時間後というわけです。ちなみに、F-15戦闘機の最高速度は時速3,000kmを超えます。
3. トマホークの威力は小さい
弾頭重量400kg程度では、辺り一面を吹き飛ばす威力はありません。先述の通り、ノドンTEL部隊は、30分あれば数十km離れた地点に移動可能ですから、攻撃に手間取れば、トマホークの爆風さえ届かないでしょう。貫通力もないので、地下施設や強固に防護処理された地上施設に対しては大きなダメージは与えられません。
その他にも、誘導技術や、航法装置の取得をどうするのかといった点や、C4ISR(指揮・統制・通信、監視、偵察)インフラの整備にかかる時間とコスト、衛星情報を米軍に頼らざるを得ないことなどの問題が残っています。
<トマホークは無用か?>
一方で、トマホークが弾道ミサイル対処にまったく役に立たない代物かというと、そういうわけでもないと思います。用途をTEL狩りに限定せず、米軍からミサイル関連の固定施設(貯蔵倉庫や搬入路、整備工場など)の位置情報を入手して攻撃できるならば、それらを一時的に無力化できるかもしれません(これは航空機オプションも同じかもしれませんが)。敵ミサイルが発射されるまでの手順を、どこかの段階で妨害したり滞らせたりすること(キル・チェーン)には少なくない意味があるでしょう。もちろんこの場合、日本単独で敵基地攻撃能力を持つかどうかの議論では収まらなくなります。日本のトマホーク導入は、米軍とのより密接な協力を見据えたミサイル防衛の大きな枠組みの中のひとつとして検討する課題ということになります。
ミサイル防衛の補完として
敵基地攻撃論を検討した防研特別報告書は、トマホークに比べれば空爆が効果的だとの評価をしつつ、最終的には費用対効果や近隣国の警戒などの問題点を挙げ、「敵基地攻撃能力の保有は現在の国際環境ではデメリットの方が大きい」と結論づけています。約10年前に作成された報告書ですから、想定されている航空機がF-22ですし、なにより、当時と今ではMDの性能がまるで違う点を考慮すべきですが、結論の主旨は現在にも通用するものです。
日本と同じく弾道ミサイルの脅威にさらされている国にイスラエルがありますが、かの国はアロー・シリーズやダビデスリング、アイアンドームを次々と開発し配備しています。つまり、弾道ミサイルやロケット攻撃の被害を限定するための手段として、ミサイル防衛を主要システムに据えているわけです。イスラエルは特殊部隊を含めた豊富な敵基地攻撃能力を持ち、実際にたびたび他国を攻撃していますが、その主目的はTELではなく重要固定目標の破壊です*9。日本とイスラエルでは置かれた安全保障環境や地理的条件は異なりますが、常に脅威にさらされている国家の戦訓は見習うところが多いはずです。
もちろん、どれほどMDの能力が向上しようともノドンを100%迎撃できるわけではありませんし、ひとつのシステムに依存することは脆弱性を生む原因にもなります*10。しかし、発射されてしまった弾道ミサイルを拒否する物理的手段が現時点でMD以外にないことを考えれば、我が国の弾道ミサイル対処態勢は、MDシステムをメインにするのが妥当ではないでしょうか。その上で、MDの負担軽減に貢献するのであれば、多層防衛システムのひとつとして敵基地攻撃能力を検討する価値はあるでしょう。TELの活動を少しでも妨害すれば、発射されるノドンは減るかもしれず、結果としてMDの迎撃率が高まることにもつながります。
MDか敵基地攻撃かという二者択一ではなく、前者を後者が補完するひとつのパッケージとして、弾道ミサイル対処能力をより高められるかどうか、という論点で議論が深まればいいな、と思います*11。
*1 我が国の国防政策と防衛力整備の基本方針となるもの。
*2 代表的なものがこちら→ 昭和31年2月29日衆議院内閣委員会15号、鳩山一郎首相「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、 誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います」(船田中防衛庁長官代読)。
*3 TELからの発射数に比べると少ないものの、地下サイロに配備された弾道ミサイルもあります。しかし、これを発見し破壊することは困難で、政府・防衛省内で議論されている敵基地攻撃論にも含まれていません。
*4 液体燃料を注入する必要から、ノドンは発射準備に1時間ほどかかると言われます。しかし、探知されやすい場所で作業をするわけではないので、発射位置の特定が難しいという事実は変わりません。発射後の熱源を探知する方が簡単です。
*5 「大量破壊兵器を搭載した弾道ミサイルの脅威下における専守防衛のあり方」(防衛研究所平成16年度特別研究)と題した報告書です。防研HPでは見当たらず、残念ながら全文は未見です。URLなどご存知の方はご教示頂ければ幸いですm(_ _)m
*6 イラクが保有していたTELについての数字は諸説あり、砂漠の嵐作戦前には国産を含めて計35〜50基あったと見られています。スカニア社の商用トラックを改造したものを発射台としていたとの報告もあります。
*7 1991年1月の開戦前の段階で、多国籍軍は2,400機の固定翼機と1,400機のヘリを臨戦態勢に置いていました。そのうち300機以上は偵察任務を帯びており、E-8Aジョイントスターズ(現行機はE-8C)やE-2Cなど現在も北朝鮮の弾道ミサイル対処任務に就いている機体も含まれていますね。
*8 湾岸戦争では288発、コソボ紛争の「アライド・フォース作戦」では238発、リビアでの「オデッセイの夜明け作戦」では114発のトマホークが、 いずれも地上固定目標に対して発射されました。ただ、これらの事例においても、トマホーク単独で軍事的に大きな効果があったわけではありません。後続の空爆や地上作戦とセットになってはじめて効果が現れています。
なお、移動目標攻撃用シーカーの開発も始まっています → Tomahawk Cruise Missiles to Pursue Moving Targets with New ESM Seeker (2013/10/8 Defense Update). この技術が進めば、移動目標攻撃におけるトマホークの有効性が改まることになりますね。
*9 アローやアイアンドームの効率のために、敵のミサイル関連施設(固定目標)を攻撃することもあります。敵基地攻撃とMDが補完関係にあることを示していますね。
*10 ミサイルが発射される前の抑止力は多層的に働いています。日米同盟に基づく米軍による懲罰的抑止力は、その最たるものです。
*11 予算や政治的ハードルを考えれば、優先度の高いものではないと思いますが…。
【参考資料・サイト】
◇ ◇ ◇
年内の「防衛計画の大綱」*1改訂に向けて、6月に自民党が提言を作成し、7月末には防衛省が中間報告を公表しました。その中で、集団的自衛権と並んで注目されているのが、敵基地攻撃能力です。
敵基地攻撃論は戦後間もない頃からある議論ですが、現在争点となっている敵基地とは、「北朝鮮の弾道ミサイル発射基地」を指します(政府、防衛省資料より)。北朝鮮がミサイルを発射しようとしたら、座して自滅を待つのではなく、ミサイルおよび発射台を破壊してしまおうというものです。つまり、敵基地攻撃論とは、対北朝鮮弾道ミサイル防衛政策の文脈上にある議論と言えます。
なお、同じく弾道ミサイル脅威である中国に対しては、とてもじゃないけど実行不可能(米軍でさえ躊躇するレベル)なオプションなので、政府や防衛省部内でも検討されていません。
本稿では、主に軍事的な側面から敵基地攻撃能力の初歩をまとめてみたいと思います。
法理論上は行使可能
最初に、少しだけ法律面にも触れておきたいと思います。
敵基地攻撃を考える際、分類として(1)予防攻撃なのか、(2)先制的自衛なのか、それとも(3)反撃なのかというところが重要です(参照)。まず、予防攻撃は日本国憲法はもちろん、国際法でも違反とされています。次に、先制的自衛は国際法では認められ、我が国の政府答弁でも法理的には可能であると解釈されてきましたが*2、それでも多くの異論が唱えられるものでした。
最新の報道によると、政府の有識者懇談会は敵基地攻撃を反撃行為として議論していくとのことです。
北朝鮮によるミサイル攻撃への対応を念頭に置いた、敵の基地への攻撃能力の保有について、アメリカ軍の機能の一部を肩代わりし、あくまで攻撃を受けたり、受けそうになったりした場合の反撃手段として考えるべきだとして、先制攻撃は除く形で検討していくことになりました。(強調筆者)防衛大綱「先制攻撃」除き検討へ(NHK 2013/11/11)
つまり、政府は国連憲章第51条にのっとった反撃行為として敵基地攻撃能力保有の検討をするわけです。攻撃を受けた後及び敵の攻撃着手が確認できた後の反撃であるならば、国際法にも日本国憲法にも適合するという解釈が主流ですので、反対意見もこれまでより少なくなるでしょう。敵基地攻撃論はかなり穏当な形に収まりつつある印象ですね。
また、敵基地攻撃能力保有議論を難しくしている原因に、自衛権の発動要件も挙げられます。3つの発動要件のひとつとして、急迫不正の侵害を排除するために「他に適当な手段がない」という一条があり、我が国がすでに保有しているミサイル防衛(MD)や日米同盟における米軍という「適当な手段」との整合性が争点となっています。しかし、有識者懇が明らかにしたように、“米軍の機能の一部”としての能力獲得というのであれば、これまでよりもハードルは低くなったのではないかと見られます。
敵基地が移動する!
法理論上の問題や周辺国への政治的配慮、お財布事情など、いくつかのハードルを乗り越えたとしても、弾道ミサイル対処において、敵基地攻撃は簡単な任務ではありません。というのも、攻撃目標である敵基地が移動するからです。
北朝鮮が保有する弾道ミサイルのうち、日本攻撃に用いられる可能性が高いのが準中距離弾道ミサイル・ノドンです。他にもスカッドERやムスダンといったミサイルもありますが、いずれもTEL(Transporter Erector Launcher vehicle:起立発射輸送車両)と呼ばれる大型トレーラー程度の大きさの移動式発射台に1両につき1発ずつ搭載され、そこから発射されます*3。敵基地攻撃論において攻撃しようとしているのは、この移動可能なTELというわけです(発射するときは動きません)。

(スカッドを載せて起立したTEL。Wikimediaより)
ノドンを搭載するTELは、時速60kmで移動可能です。仮にTELを発見して攻撃するまでに1時間かかるとすると、TELは少なくとも数十km移動しています*4。もちろん、北朝鮮は発射位置の特定をさせないように、車両の隠ぺいやカムフラージュ、偽物を配備するなどといった欺瞞を仕掛けてきますから、これらを見破らなければなりません。
こうしたことから、「敵基地攻撃」ではなく、「敵策源地攻撃」という語が用いられることもあります。基地というと、陸上自衛隊の駐屯地や在日米軍基地みたいな固定されたものを想像してしまうので、策源地という方が確かに適切かもしれないですね。とはいえ、本稿では便宜上、敵基地攻撃を使用します。
では、移動する敵基地=TELを攻撃するにはどのような手段があるのでしょうか?
選択肢1: 航空機による爆撃

(JDAMを投下するF-15E。Wikimediaより)
2004年、石破茂防衛庁長官(当時)の指示のもとで、防衛研究所が敵基地攻撃について特別報告書をまとめました*5。そこでは、ノドンのTELを攻撃目標に想定し、2つの攻撃方法を検討しました。そのひとつが「航空機による爆撃」です。空対地ミサイルや精密誘導爆弾によるTEL攻撃オプションですね。
防研報告書は当時、「航空機による誘導ミサイル攻撃は有効」という評価を下しました。確かに、考えられるTEL攻撃手段の中では比較的有効な選択肢なのは間違いないのですが、実際のところ、どれくらい期待できるのでしょう?
<実戦での成績:湾岸戦争とイラク戦争>
1991年の湾岸戦争発生時、イラクは600発以上のスカッドミサイルを保有していました。もちろん、発射機は移動式のTELで、1980年までに12基のTELをソ連から取得しており、国産のものを含めると数十基だったと報告されています*6。
これに対し、9カ国からなる多国籍軍によるスカッドミサイル関連施設に対する出撃回数(ソーティ)は、開戦後約1カ月で総計1,460に達しました。スカッド搭載TELに対する攻撃(スカッド狩り)は、そのうちの約15%(215ソーティ)。なお、約80%は製造所や貯蔵トンネル、専用道路といった固定目標への攻撃です。
スカッド狩りによってイラクの弾道ミサイル戦力は確かに衰えましたが、多国籍軍がこれだけの物量を投じても、スカッドTELすべてを制圧することはできませんでした。戦争終了の数時間前までスカッドは火を噴き続け、ソ連製TEL×6基、国産TEL×4基が最後まで生き残りました。
その後、湾岸戦争の経験を踏まえて様々なシステムが革新された結果、2003年3月に始まったイラク戦争ではTEL狩りの実績が目覚ましく向上します。開戦前、イラクが持っていた約80基のスカッドTELは、空爆によって49基が破壊されたのです。湾岸戦争によってイラク空軍が受けたダメージや経済制裁による戦力の低下も加味しなければなりませんが、米軍のTEL狩り能力がアップしたという見方が妥当です。
<イラクと北朝鮮の地理的条件の違い>
イラクは北朝鮮の約3.5倍の面積を持っていますが、TELを隠すうえでは北朝鮮の方が適した地形を持っています。というのも、砂漠が広がるイラクとは違って、北朝鮮には山や谷による“影”の部分が多く、その影は早期警戒機(AWACS)のレーダーなどの死角となります。しかも、ノドンはミサイル数が200発、TELは50基で、韓国を巻き込んだ有事シナリオとなるとスカッド・シリーズの100基近いTELも含まれます(参照)。運用するTELの数においても、北朝鮮はイラクより厄介な相手というわけです。
<日本単独では極めて困難>
湾岸戦争もイラク戦争も、攻撃側が防御側を圧倒する数量の航空兵力を投入した上での成績だという点は重要です*7。相手が貧弱な北朝鮮空軍であっても、航空自衛隊単独による空爆となると、途端に難易度がハード・モードになります。爆撃任務を行うためには、敵防空網制圧(SEAD)を行わなければいけませんが、そもそも空自にはそのための武装も訓練もありません。もちろん、護衛機も必要ですし、AWACSや電子戦機、空中給油機などの支援体制を組むことが最低限求められます。次期主力戦闘機のF-35AもTEL狩りに使えるでしょう。しかし、あくまでもジグソーパズルのワンピースとして機能する、という話であって、F-35Aを導入しさえすればただちにTELが狩れるというものではありません。これは、無人機(UAV)にも同じことが言えます。
航空機による爆撃は、後述のトマホーク巡航ミサイルと比べれば有効な選択肢だと言えます。とはいえ、ベトナム戦争を含めて幾度の戦争における数多くの対地攻撃ミッションを経た米軍でさえ、ようやく任務達成率が50%になったようなオプションであるという点は、航空機によるTEL狩りを考える上で踏まえておきたいところです。
選択肢2: 巡航ミサイル
防研の特別報告書が検討したもうひとつの攻撃方法が、「トマホークなど巡航ミサイル」です。

(巡航ミサイル・トマホーク。Wikimediaより)
昨今の我が国における敵基地攻撃論では、空爆よりもトマホーク巡航ミサイルでのTEL狩りに焦点が当たっているような気がします。ところが、防研報告書の分析では、「巡航ミサイルによるTEL攻撃は困難である」とされました。3つ理由を挙げてみたいと思います。
1. トマホークは固定目標を狙う
トマホークは固定目標に対するピンポイント攻撃には最適で、ビル1棟を正確に破壊することには長けています。ただし、事前に入力された座標にしか攻撃できないので、TELのように動き回る目標を追いかけて攻撃する器用さはありません。開戦と同時に敵兵舎や指揮施設、固定地対空ミサイル陣地など動かない地上目標へ大量に叩き込むという使い方をします*8。
2. トマホークは遅い
時速800kmを超す亜音速巡航ミサイルと聞くと、なにやらとても速いミサイルのように感じますが、普段私たちが乗るジャンボジェット機と同じくらい、と聞くと印象が変わるのではないでしょうか。トマホークを日本の沿岸から平壌に向けてを撃つと、着弾は約1時間後というわけです。ちなみに、F-15戦闘機の最高速度は時速3,000kmを超えます。
3. トマホークの威力は小さい
弾頭重量400kg程度では、辺り一面を吹き飛ばす威力はありません。先述の通り、ノドンTEL部隊は、30分あれば数十km離れた地点に移動可能ですから、攻撃に手間取れば、トマホークの爆風さえ届かないでしょう。貫通力もないので、地下施設や強固に防護処理された地上施設に対しては大きなダメージは与えられません。
その他にも、誘導技術や、航法装置の取得をどうするのかといった点や、C4ISR(指揮・統制・通信、監視、偵察)インフラの整備にかかる時間とコスト、衛星情報を米軍に頼らざるを得ないことなどの問題が残っています。
<トマホークは無用か?>
一方で、トマホークが弾道ミサイル対処にまったく役に立たない代物かというと、そういうわけでもないと思います。用途をTEL狩りに限定せず、米軍からミサイル関連の固定施設(貯蔵倉庫や搬入路、整備工場など)の位置情報を入手して攻撃できるならば、それらを一時的に無力化できるかもしれません(これは航空機オプションも同じかもしれませんが)。敵ミサイルが発射されるまでの手順を、どこかの段階で妨害したり滞らせたりすること(キル・チェーン)には少なくない意味があるでしょう。もちろんこの場合、日本単独で敵基地攻撃能力を持つかどうかの議論では収まらなくなります。日本のトマホーク導入は、米軍とのより密接な協力を見据えたミサイル防衛の大きな枠組みの中のひとつとして検討する課題ということになります。
ミサイル防衛の補完として
敵基地攻撃論を検討した防研特別報告書は、トマホークに比べれば空爆が効果的だとの評価をしつつ、最終的には費用対効果や近隣国の警戒などの問題点を挙げ、「敵基地攻撃能力の保有は現在の国際環境ではデメリットの方が大きい」と結論づけています。約10年前に作成された報告書ですから、想定されている航空機がF-22ですし、なにより、当時と今ではMDの性能がまるで違う点を考慮すべきですが、結論の主旨は現在にも通用するものです。
日本と同じく弾道ミサイルの脅威にさらされている国にイスラエルがありますが、かの国はアロー・シリーズやダビデスリング、アイアンドームを次々と開発し配備しています。つまり、弾道ミサイルやロケット攻撃の被害を限定するための手段として、ミサイル防衛を主要システムに据えているわけです。イスラエルは特殊部隊を含めた豊富な敵基地攻撃能力を持ち、実際にたびたび他国を攻撃していますが、その主目的はTELではなく重要固定目標の破壊です*9。日本とイスラエルでは置かれた安全保障環境や地理的条件は異なりますが、常に脅威にさらされている国家の戦訓は見習うところが多いはずです。
もちろん、どれほどMDの能力が向上しようともノドンを100%迎撃できるわけではありませんし、ひとつのシステムに依存することは脆弱性を生む原因にもなります*10。しかし、発射されてしまった弾道ミサイルを拒否する物理的手段が現時点でMD以外にないことを考えれば、我が国の弾道ミサイル対処態勢は、MDシステムをメインにするのが妥当ではないでしょうか。その上で、MDの負担軽減に貢献するのであれば、多層防衛システムのひとつとして敵基地攻撃能力を検討する価値はあるでしょう。TELの活動を少しでも妨害すれば、発射されるノドンは減るかもしれず、結果としてMDの迎撃率が高まることにもつながります。
MDか敵基地攻撃かという二者択一ではなく、前者を後者が補完するひとつのパッケージとして、弾道ミサイル対処能力をより高められるかどうか、という論点で議論が深まればいいな、と思います*11。
*1 我が国の国防政策と防衛力整備の基本方針となるもの。
*2 代表的なものがこちら→ 昭和31年2月29日衆議院内閣委員会15号、鳩山一郎首相「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、 誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います」(船田中防衛庁長官代読)。
*3 TELからの発射数に比べると少ないものの、地下サイロに配備された弾道ミサイルもあります。しかし、これを発見し破壊することは困難で、政府・防衛省内で議論されている敵基地攻撃論にも含まれていません。
*4 液体燃料を注入する必要から、ノドンは発射準備に1時間ほどかかると言われます。しかし、探知されやすい場所で作業をするわけではないので、発射位置の特定が難しいという事実は変わりません。発射後の熱源を探知する方が簡単です。
*5 「大量破壊兵器を搭載した弾道ミサイルの脅威下における専守防衛のあり方」(防衛研究所平成16年度特別研究)と題した報告書です。防研HPでは見当たらず、残念ながら全文は未見です。URLなどご存知の方はご教示頂ければ幸いですm(_ _)m
*6 イラクが保有していたTELについての数字は諸説あり、砂漠の嵐作戦前には国産を含めて計35〜50基あったと見られています。スカニア社の商用トラックを改造したものを発射台としていたとの報告もあります。
*7 1991年1月の開戦前の段階で、多国籍軍は2,400機の固定翼機と1,400機のヘリを臨戦態勢に置いていました。そのうち300機以上は偵察任務を帯びており、E-8Aジョイントスターズ(現行機はE-8C)やE-2Cなど現在も北朝鮮の弾道ミサイル対処任務に就いている機体も含まれていますね。
*8 湾岸戦争では288発、コソボ紛争の「アライド・フォース作戦」では238発、リビアでの「オデッセイの夜明け作戦」では114発のトマホークが、 いずれも地上固定目標に対して発射されました。ただ、これらの事例においても、トマホーク単独で軍事的に大きな効果があったわけではありません。後続の空爆や地上作戦とセットになってはじめて効果が現れています。
なお、移動目標攻撃用シーカーの開発も始まっています → Tomahawk Cruise Missiles to Pursue Moving Targets with New ESM Seeker (2013/10/8 Defense Update). この技術が進めば、移動目標攻撃におけるトマホークの有効性が改まることになりますね。
*9 アローやアイアンドームの効率のために、敵のミサイル関連施設(固定目標)を攻撃することもあります。敵基地攻撃とMDが補完関係にあることを示していますね。
*10 ミサイルが発射される前の抑止力は多層的に働いています。日米同盟に基づく米軍による懲罰的抑止力は、その最たるものです。
*11 予算や政治的ハードルを考えれば、優先度の高いものではないと思いますが…。
【参考資料・サイト】
- 防衛力の在り方検討に関する中間報告(平成25年7月26日)、防衛省
- 新「防衛計画の大綱」策定に係る提言、平成25年6月4日、自由民主党
- 【核の脅威】[第3部] 日本の抑止力(5)自衛隊の攻撃力争点に(2007/3/25 読売新聞)
- 高橋杉雄、専守防衛下の敵地攻撃能力をめぐって −弾道ミサイル脅威への1つの対応、防衛研究所紀要. 8(1)、2005年10月、防衛省
- 小川 伸一、専守防衛と大量破壊兵器搭載弾道ミサイル、2004年1月、防衛研究所
- Department of Defense, Gulf War Air Power Survey, Volume I, Part II, (1993).
- Department of Defense, Gulf War Air Power Survey, Volume II, Part II, (1993).
- 32nd Army Air and Missile Defense Command (AAMDC), 32nd AAMDC : Operation Iraqi Freedom, (September 2003).
- Thomas A. Keaney and Eliot A. Cohen, Revolution in Warfare?: Air Power in the Persian Gulf
,
(1995). - Office of the Under Secretary of Defense for Acquisition and Technology, “Report of the Defense Science Board Task Force on Tactical Air Warfare,” (1993).
- 日本国憲法は意外と先制攻撃を認めている(リアリズムと防衛を学ぶ)
- 敵基地攻撃論が「予防的先制攻撃」でないことは10年前から明らかだった(リアリズムと防衛を学ぶ)
- 敵基地攻撃能力だけでは弾道ミサイルを防ぐ事は出来ない(週刊オブイェクト)
- 北朝鮮陸軍(日本周辺国の軍事兵器)
- 北朝鮮空軍(日本周辺国の軍事兵器)