列島線
(第1列島線、第2列島線)

中国海洋戦略の特徴のひとつに、A2AD(Anti-Access/Area-Denial:接近阻止・領域拒否)と呼ばれるものがあります。接近阻止とは、遠方から来る敵を防衛線内に入れさせないための軍事力の建設を要求するもの。領域拒否とは、敵が当該海域をコントロールすることを拒否するもので、たとえ防衛線を突破されてもその内側で敵に自由な行動を許さないというコンセプトです*1。中国は第1列島線内側の近海への接近阻止と、第1列島線と第2列島線の間の海域における拒否を目指しています(過去記事)。

中国が西太平洋で米軍のコントロールに挑戦するためには、まずは日本南部から台湾を経てフィリピンに到る第1列島線内海域でのコントロールを可能しなければなりません。ここで重要になるのが、第1列島線上にある「チョーク・ポイント*2です。

チョーク・ポイント

どれほど強大な海軍であろうとも、陸を超えてゆくことはできず、中国海軍が西太平洋やインド洋へ展開するにはこれらのチョーク・ポイントのいずれかを通過しなければなりません。このチョーク・ポイントをコントロールして中国海軍の海洋アクセスを制限するために、対艦ミサイル(anti-ship missile:ASM)を利用することを米シンクタンクのランド研究所が提唱しています。

[PDF] Employing Land-Based Anti-Ship Missiles in the Western Pacific(ランド研究所)

報告書は、執筆者自身が断っているとおり、とても狭い範囲の考察です。まず、戦略レベルではなく、戦術または作戦レベルの考察であること。これは、エア・シーバトルを念頭に置いたものと考えられます。次に、空対艦・艦対艦ミサイルにも言及していますが、分析対象は地上発射プラットフォームから発射可能な対艦ミサイルだけを取り上げた、としていること*3。その上で、ASMだけでは不十分であるとの認識を示しつつ、あえて地上発射ASMのみによる中国海軍への対処力を分析したものとなっています。

とはいえ、エア・シーバトル構想が出てきてからというもの、こうした陸上配備システムに焦点が当たることは珍しいので、取り上げておきたいと思います。

本文では、第1列島線上のチョーク・ポイントをいくつか取り上げ、そこにASMを配備するメリットについて説明されています。以下、要約です。

◇ ◇ ◇

  • マラッカ海峡へインドネシアとマレーシア両国が中射程ASMを配備するとなると、海峡を730kmにわたってカバーすることができる。仮に中国がASM発射車両を軍事的に排除する場合は、陸軍力を上陸させなければならない。
  • 長射程ASMを艦載化することもできる。例えばインドネシアのC-802(中国のYJ-12がベース。最低射程120km)はこの地域最長射程のASMである。台湾の雄風3は射程130km、ノルウェーのナーヴァル・ストライク・ミサイル(NSM)やスウェーデンのRBS-15 Mk3 はどちらも射程約200km。
  • ブラモスPJ-10(露印共同開発。射程300km)もマラッカ海峡をカバーするのに有効。ただ、ブラモスのように重いシステムだと、機動性は損なわれる。
  • 取り上げたASMの多くは既存のものであり、新たな開発期間を待つことなく実戦配備し得る。また、標的となる中国海軍艦艇よりも安価なシステムで、費用効果も高い。
  • しかし、マラッカ海峡封鎖は中国から海洋の自由通航を奪うものではない。マラッカ海峡が封鎖されても、インド洋と中国の往来はスンダ、ロンボク海峡を通じて継続される。
  • スンダ海峡を経由してインド洋から上海までのルートは、マラッカ海峡経由に比べてプラス550海里(約1,018km)。ロンボク海峡経由の場合は、プラス1,600海里(約2,963km。時速14〜16ノット航行で約3日半)。

  • スンダ、ロンボク海峡は狭いので短距離ASMでよい。しかし、ASMを配備する地上面積も不十分なため、システムの生残性がマラッカ海峡よりも劣る。

  • 3つの海峡すべてがインドネシアの影響下にあるゆえ、作戦遂行にはインドネシアのサポートが不可欠。
  • インドネシアは近年、災害救助や人道支援などで米国の安全保障を受け入れているが、一方で中国との関係も発展させている。インドネシア軍と中国軍は将官級の相互訪問や人員訓練、共同演習(「Sharp Knife2011」など)を経て、結びつきを強めている。
  • インドネシアやマレーシアのように伝統的に米国のパートナーではない国もある。
  • 受け入れ国へのアクセス(host-nation access)が、この構想の要。関係国との協力関係を築き、その国の領土にASMを展開させられるよう説得することが今後の最大の課題となる。ただ、有事の際、自国を危機にさらすことになるかもしれない米国の要望を彼らが受け入れるというのは、なかなか難しい所だろう。

  • 米国が強力な安全保障を提供する信頼があるからこそ、同盟/友好国は自国領土へ米軍部隊がアクセスすることを承認しているし、その国に対する影響力もある。しかし、米国は地上配備型ASMのシステムがないので、第1列島線上のアジア諸国がASMに関心があっても支援を十分に与えられない。本構想を進めるには、米国がASM運用経験を積むしかない。

  • 日本や台湾が有事に巻き込まれた場合も、ASMの存在が大きくなる。例えば、台湾にわずか射程100km、沖縄に射程200kmのASMを配備するだけで、沖縄南方の航路をカバーすることができる。
  • 沖縄と日本の本土の間の海域も射程100kmのASMで効果がある。
  • これらのASMは、海洋ルートを扼するだけでなく、中国軍が海域の島嶼を獲得することを妨げる働きを持つ。
  • ここに配備されたASM網は、米国が第1列島線内に戦力投射する際に直面するのと同じ問題を中国に投げかけることになる

  • フィリピン-台湾間のルソン海峡、フィリピン-ボルネオ間の水路もそれぞれ射程100〜200kmのASMでカバーできる。
  • オーストラリア-インドネシア間の海域の航行を拒否すれば、これらの海峡の戦略的縦深性はさらに強化される。

  • 中国海軍は対馬海峡を経て日本と韓国の間を通過しようとするかもしれないが、その場合、射程200kmのASMでカバーできる。
  • マラッカ海峡でのシナリオと同様に、チョーク・ポイントの両側にASMを配備することで、作戦レベルの実現可能性とシステムの生残性を増す。

  • これらのASM配備は柔軟な運用が可能で、中国に脅威を与えうる恒久的配備を要せずに抑止効果がある。
  • AMS戦力の常駐は、中国との協力関係を一方では継続しなければならない米国外交にとってマイナス。
  • あくまでも中国が地域の同盟国や友好国に対して軍事力を行使しようとした場合に稼働するシステムという位置づけである。ゆえに、ASMシステムは米国領やアジアの事前配備地から迅速な展開力を持ったものでなくてはならない。
  • センサー/ターゲッティング・ノードとして無人機(UUVやUAV)も有効。


  • エア・シー・ランド構想に向けて
    現在のエア・シーバトル構想は、海・空軍に力点を置き、陸軍なしで中国の海軍力に対峙しようという構想である。しかし、これは高価なシステムを必要とする。インドネシアのジャングルにいる安価な車両搭載ASMは、マラッカ海峡を警戒・監視する高価な海軍艦艇よりも位置特定・攻撃が難しい。西太平洋にある米軍基地へのSLOC(訳者注:いわゆるシーレーンのこと)をコントロール下に置くためにも、チョーク・ポイントの確保は海軍にとって死活的である。この海軍の要求を陸上配備ASMは満たす。さらに、第1列島線上に大量に配備されたASMは、中国海軍のC2システムやインテリジェンス、攻撃アセットの処理を複雑化させストレスを強いることになる。米国のA2ADによって、中国のA2ADの効果を低下せしめんとする。

◇ ◇ ◇

本報告書は、軍事的・外交的問題を単純化し過ぎた感のある内容です(あえてそうしているとのことですが)。特に、外交面で、米中の紛争に巻き込まれたくない国にとっては、チョーク・ポイントを米軍に利用させることさえ厭うでしょう。日本、台湾、フィリピン、マレーシア、シンガポール、インドネシア、そしてオーストラリアなど様々な思惑としがらみを抱えた数カ国に対する政治的調整は難しいものと言わざるを得ません。

一方で、中国をチョーク・ポイントで締め上げろ、という提案自体は、ランドに指摘されるまでもなく中国の海軍力拡大に対する際に常に頭に置いておきたいものです。日本にとっても対中戦略上、A2ADはひとつの解です。A2ADは中国の専売特許ではなく、旧ソ連の巡航ミサイルや潜水艦の脅威に対して我が国が冷戦期から築いてきた防衛力もまたA2ADの性格を持ったものでした。

もちろん、中国版A2ADは、米国本土と距離的に大きな隔たりのある地理的条件を基に創出されたコンセプトです。これをそのまま日本に移植するわけにはいきません。我が国と中国の間には東シナ海があるのみですから、そもそも接近阻止(A2)は無理があります。そこで、重要になってくるのが、領域拒否(AD)能力をさらに強化していくことではないかと思います。ADに必要とされる能力には以下のようなものがあります;

  • 中国の局地的な航空優勢を拒否することを狙いとした、固定的或いは機動的な航空部隊及び防空システム
  • 目標とする領域で中国の海上優勢を拒否するための、短距離対艦ミサイル及び先進的な魚雷を装備した潜水艦
  • 以前の通常弾頭よりも正確性と殺傷能力を増し、地上部隊を含めた地上目標を攻撃することを狙いとした精密誘導ロケット、野砲、ミサイル、迫撃砲
  • 作戦領域における中国の指揮統制を妨害し、無力化し、破壊するためのコンピューター及び電子攻撃能力
  • 海峡、地峡、長い沿岸、又は空港を迅速に封鎖するための大量の機雷及び地雷
  • 陸上機動兵力や特殊作戦部隊
  • 目標領域を動き回り、情報収集又は攻撃を行う無人航空機、無人潜水艇等の無人システム

これらは、中国などが米国に対して追及するAD能力を我が国に当てはめたものです*4。日本がすでに実施している内容も含まれていますね。防衛大綱改訂を前に政府が発表した、我が国周辺の安全保障環境に関する認識とそれに対する体制整備も、上記のAD能力拡充を含んだものであることが読み取れます*5

ランドから本報告書が発行される数日前、実動演習の一環として宮古島に陸上自衛隊の88式地対艦誘導弾が展開しました。実際にはあのようにひらけた地形で使わないでしょうが、88式もチョーク・ポイントを抑えるのに有効なシステムです。後継の12式地対艦誘導弾の配備も今後進む予定ですしね。我が国の対艦攻撃力はとても優秀で、F-2のASMシリーズやP-3Cのハープーン、護衛艦の90式対艦誘導弾などは、すでに中国海軍には十分な脅威で、現在、超音速対艦誘導弾XASM-3も開発中です。中国海軍にとって、日本がチョーク・ポイントを抑えている第1列島線の北部を破るのは厳しいでしょうね。


余談ですが…

米シンクタンクが中国の水上艦戦力のアクセスを阻止するために対艦ミサイルの飽和攻撃を指向するのは興味深いですね。かつて旧ソ連が米空母艦隊を対艦ミサイルで叩こうとして海洋監視衛星システム「レゲンダ」と長射程超音速対艦巡航ミサイル「グラニト(射程700km)」を開発、それに対して米国がイージスを開発。旧ソ連の志は現代中国海軍に受け継がれ、その中国海軍の行動をコントロールするために、今度は米国が対艦ミサイルで対抗することを提唱…。この輪廻から最初に解脱するのはどこの国なんでしょうか。

対艦ミサイル飽和攻撃は、相対的に強力な海軍に対する攻撃思想として基本的なものですから当然と言えば当然なのですが、兵器の技術が革新されても、それを用いるドクトリンや戦術思想というのは50年やそこらではなかなか廃れないものですね。


*1 ここで言う「コントロール」とは、「特定の場所において、特定の期間、自己の目的を達成するために自由に海洋を利用し、必要な場所において敵が海洋を使用することを拒否する」ことです。
*2 チョークポイントとは、「choke(窒息させる)+ point(箇所)」、つまり人体の急所という意味から転じて、「重要な場所」を指すようになった言葉で、基本的には海上交通の多い狭隘な海峡のような場所を言い、世界にはいくつかのチョークポイントが存在します。マラッカ海峡、ホルムズ海峡、スエズ運河、パナマ運河、マゼラン海峡、ジブラルタル海峡、ダーダネルス海峡等々。中東から中国までのシーレーン上を見ても、大きなものだけでもホルムズ、マラッカ、スンダ、ロンボクなどがありますね。
*3 細かいことですが、どうも、93式空対艦誘導弾(ASM-2)と96式多目的誘導弾(ATM-4)をごっちゃにしているような気がするのですが…。
*4 元ネタはこちら→ 平山 茂敏、米統合参謀本部、Joint Operational Access Concept(JOAC)を公表、海上自衛隊幹部学校(2012/1/17)から、エリア拒否の項目より。
*5 安全保障と防衛力に関する懇談会(第5回会合)議事次第、首相官邸HP(2013/11/11)