中国が東シナ海に設定した防空識別圏(ADIZ)は、早くも形骸化した感がありますね。もちろん、馬鹿にしたり油断したりするのはご法度ですが、これほど米国に鮮やかに出鼻を挫かれるとは思ってもみなかったでしょう。何度も言いますが、自国防空のための「識別圏」であるはずのADIZを、さも領空であるかのように強制力を他国に行使しようというランドパワー的発想が受け入れられるわけがありません。海においても空においても「航行の自由」は米国の逆鱗で、これにうかつに触ることになった今回の件は明らかに北京の失策と言えるでしょう。日本だけを脅すつもりだったのかもしれませんし、A2ADの一環として米軍を牽制する意図もあったのでしょうが、米国は甘くなかったですね。いずれにしても、航行の自由を侵害する相手に対し、米国はまったく容赦しない意思を示しました。これは日本の国益にも一致しています。

中国は排他的経済水域(EEZ)の問題でも航行の自由に関して米国と認識がずれており、これまでに何度か衝突しています。ランドパワーとシーパワーの衝突という単純な図式で語れるものではないにせよ、このあたりに米中が決定的に相容れない溝があるんだな、と改めて感じました。

さて、そんな中国ですが、南シナ海にもADIZ設定を発表するのでは、という観測があります。現時点でどうなるかは分かりませんが、中国が次にADIZを設定しようという場所がどんなところなのかを地図と共にぼんやりとでも知っておくと、今後のニュースが視覚的に理解できるかもしれません。

南シナ海は、東シナ海以上に複雑な海です。中国(台湾も)、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイがスプラトリー(南沙)諸島とパラセル(西沙)諸島といった小島や環礁をめぐって係争中です。

南シナ海領有権問題

上図は各国の領有権主張ラインを示しています。一目で分かるとおり、各国がくんずほぐれつしてます。特筆すべきは、その広さ。東シナ海では最も幅のあるところでも700kmほどですが、南シナ海で中国が主張するエリアの南端まで海南島から約1,600km。ルソン島沖にある中沙諸島・スカボロー礁でさえ900kmもあります。


中国
台湾、尖閣諸島と並び、南シナ海は中国にとって「核心的利益」です。1953年以降、南シナ海の地図に9つの破線を描いて領有権を主張し始め、いまやその9点破線は、中国のパスポートにも記されています。

1992年には「領海・接続水域法」を制定し、国内法で南シナ海や尖閣諸島、澎湖諸島に対する法執行力を宣言。1998年には「排他的経済水域及び大陸棚法」、2010年に「海島保護法」を制定するなどして、領有権の正当性を訴えるとともに、他国に対する強制力を確立しています。三戦のひとつ、法律戦ですね。

現在、パラセル諸島のすべてと、スプラトリー諸島のうち7つの島・礁を実効支配中。

フィリピン
スプラトリー諸島にて、7つの島・礁を実効支配中。2009年にカラヤン諸島とスカボロー礁を自国領に制定し、中国とスカボロー礁をめぐって激しく対立しています。

ベトナム
スプラトリー諸島にて、28の島・礁を実効支配中。1974年、西沙諸島海戦により、パラセル諸島のすべてを中国に奪われました。

マレーシア
スプラトリー諸島にて、5つの島・礁を実効支配中。1997年に自国の大陸棚を画定し、その上にある島・礁の領有権を主張しています。

ブルネイ
マレーシアが実効支配しているルイザ礁の領有権を主張しています。

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南シナ海は、基本的には領海やEEZが問題の焦点ですが、中国がこの海域全体に重なるようなADIZを設定するとなると、上記の国も穏やかではいられません。米国は地域の動揺を抑えるべく空母打撃群を派遣するかもしれませんね。なんだか1996年の台湾危機を想起します。中国の外交があまりに巧みで狡猾なのも困りますが、こんな風にぐだぐだすると、それはそれで鬱屈したものが暴発しそうで不安になります。


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