中国の防空識別圏(ADIZ)設定に対し、日本政府が民間航空会社に中国の指示通り飛行計画を出さないよう要請する一方で、米国政府は、米民間航空会社が中国に飛行計画を提出することを容認しました(米国務省)。この日米両政府の対応の違いをもって、日米の温度差だとか米国の梯子外しだとかといった言説が見られます。

米国の梯子外しとみるかどうかは立場によって意見が異なるでしょう。私は、梯子外しというのは、反日で一致協力し、同盟国・米国との距離をとって地域のバランスに影響を与えようと中国に近づいた揚句、足蹴にされた韓国のようなことを言うのだと思います。今回のADIZ問題で、中国にほとんど顧慮されることのなかった韓国こそいい面の皮ではないでしょうか。

日米間でそのような戦略レベルでの齟齬は今のところ表出していません。民間機への対応の違いやADIZ撤回共同声明を出さないことが米国の梯子外しとみるのはいささかナイーブな見方です。尖閣諸島に対する重要性や互いの地政学的違いがある以上、何から何まで日米両政府で一致した行動をとるなんてことはありえません。

まず、今回の問題は、自国防空のための「識別圏」であるはずのADIZを、中国がさも領空であるかのように強制力を他国に行使しようという点でした。これに対しては、日米ともに全く受け入れる余地のないことを表明しています。米国は、航行の自由侵害につながる武力による地域の現状変更や米軍の軍事行動への制限について、素早く反応し、明確に拒否しました。

Statement by Secretary of Defense Chuck Hagel on the East China Sea Air Defense Identification Zone(国防総省)

The United States is deeply concerned by the People's Republic of China announcement today that it is establishing an air defense identification zone in the East China Sea. We view this development as a destabilizing attempt to alter the status quo in the region. This unilateral action increases the risk of misunderstanding and miscalculations.

This announcement by the People's Republic of China will not in any way change how the United States conducts military operations in the region.

B-52の飛行も米国の意思表示の一つです。「航行の自由確保」と「武力による現状変更の拒否」は、戦略の階層上、「民間機への対応」などよりも上位にあり、この点で日米が一致したことの方が私は重要だと見ています。そして、米国が強硬な姿勢を示すことで、中国は他国に強制的な義務と軍事行動の可能性を盛り込んだ当初の「東シナ海防空識別圏航空機識別規則公告」の運用を和らげ、次第に各国のADIZと同じ性格のものに落ち着きつつあるのですから、現在は関係国で中国の振り上げた拳の落としどころを模索する段階に来ています。

それにしても、今回の出来事は「同盟のジレンマ」についての良いケース・スタディですね。

国際社会は国家を取り締まる警察のような存在がいません。ですから、自国の利益を最大化する上でひとりでは心細いし資源が足りなかったりするので、同盟を組みます。ところが、同盟にはデメリットもあって、「捨てられる怖れ」と「巻き込まれる怖れ」という問題が生まれることがあります。これを同盟のジレンマと言いますが、のび太・ジャイアン・スネ夫の関係を使って説明すると以下のようになります。

【参照記事】ドラえもんがいない世界でのび太は誰と組むべきか

例えばあなたはのび太で、スネ夫を同盟相手に選んだとしましょう。同盟を強固なものにするためには、あなたはスネ夫のピンチに必ず駆けつけなければなりません。しかし、同盟に深く関わり過ぎるということは、スネ夫とジャイアンのケンカにあなたが巻き込まれる可能性も高まります(巻き込まれる怖れ)。逆に、結びつきが弱すぎると、必要としている時にスネ夫はやって来ず、同盟が機能しない恐れがあります(捨てられる怖れ)。

この「捨てられる怖れ」を解消するためにスネ夫との同盟を強化すれば、今度はジャイアンとの関係悪化を招くかもしれません。安全保障のジレンマとも呼ばれる状態です。のびスネ同盟はもともとジャイアンの抑止や牽制のために組まれたものですから、ジャイアンとの関係悪化を招くことは賢明な同盟運営ではないのです。

したがって、同盟の強度は、巻き込まれない程度に弱く、捨てられない程度に強くなければなりません。国家の場合、地理的な条件も重要になりますね。このふたつの怖れを均衡させると理想的な同盟が成り立つのですが、これはのび太だけでなく世界中の国が抱える問題で、簡単に均衡点を見出せるはずがありません。

ここにもう一つ、「巻き込まれない怖れ」もあります。

自分が誰かと揉める時にはパートナーに一緒にいて欲しいものですが、パートナーが誰かと揉める時には距離をとりたいと思うのは無理もないところです。できることなら巻き込まれたくないけれど、取り返しのつかないことになってから巻き込まれるくらいなら、面倒だけど口出ししながらコントロールした方がまし・・・というものです。

日米中で巻き込まれない怖れを強く抱いているのは、米国です。今回の件でも、国防総省が声明を出し、すぐさまB-52を飛ばしたのは、中国と日本、そして動揺する地域全体をまずは米国のコントロール下に置こうという意図があったのでしょう。放っておくと、中国だけでなく日本までもが暴走し、米国にとって不都合な状態に陥りかねません。中国の力による現状変更を阻止し、日本の過剰な反発を抑えようとしたのは明白です。この「コントロール」を重要視するのは、オフショア・バランシング戦略を掲げる米国としては当然の振る舞いなんです。

日本としては、米国に責任をバック・パッシングして中国にもっと強硬に対応してもらいたかった面はあるでしょうし、そうした意見の方は、民間航空会社への対応を見て米国による梯子外しのような印象を受けたかもしれません。確かに、米国と日本は対中戦略において、相互にバック・パッサーであると同時にバック・キャッチャーですので、あまりに日本が強硬姿勢のままだと、米国は「じゃあ、矢面には日本が立ってね」と抑えるとこ(例:航行の自由)を抑えておいて、あとは知らんぷりすることもあります。それ以上は米国の国益の範囲外というわけです。米中関係をできるだけ良好に維持することもまた米国の国益ですから、中国をとことん追いつめるのは彼らにとって得策ではないんです。振り上げた拳の落としどころを与えてやるのも米国の手。ここで日本がだしに使われることもあるから油断がならないんですが。

米中の間に立って、常に100点の外交なぞできるわけがありません。五分五分で上等、六勝四敗で上の上。あれだけの経済成長と軍事力への投資、巨大な人口等々の国力を擁するライジング・チャイナでさえ、台湾はおろか、尖閣諸島のような小島でさえほしいままにできないのが国際政治です。現状を維持する守勢の立場にある日本の外交を長期的に見れば、ここまでは十分だと思います。今後はより難しくなると考えられますが、米中角逐の最前線にある地理的条件で、限られたリソースと極めて自制的な憲法を持つ我が国の外交が簡単なはずないですよねぇ。

いまや、大国政治の虚々実々が日常的に見られるのはアジアくらいで、その最も熱い場所の一つが日本です。いろんな意見があって当然ですが、シヴィライゼーション5を創造主レベルで楽々クリアできるものだけが日本の外交に石を投げなさい(←皇帝レベルで苦しむ人の言葉)。