「正しい」はひとつじゃない
国際政治では、常識や正義が国の数だけある、などと言われたりもしますが、極論すれば人の数だけあるのかもしれません。
これが正しい、あたりまえだと決めつけることほど国際政治で危険なことはない。(中略)国際政治では、答えがひとつに定まらないのがむしろ普通のことだ。それぞれの正義を争うその空間の中で「正しい答え」に飛びついてしまえば、自分が正しいと思う考え方、価値観、あるいは偏見によって現実に裁断を下してしまう可能性がある。
自分や自分のコミュニティ内だけでしか通用しない正義や論理で、他人や他のコミュニティを否定してしまうことってありませんか?私も日頃から気を付けていますが、ついついそういう思考が顔を出します。しかも、その手の正義や常識は、他人を否定するだけでなく、自分の選択肢をも無意識に縛ってしまうことがあります。
かといって、選択肢は無限である、というのも非現実的な話です。お財布事情に始まり、社会的立場や人間関係、思想・信条、そして時間など、決断には必ず制約が伴います。
価値観を投影してひとつの答えにしがみつくのは事実上の判断停止に過ぎないが、文化や価値に応じてどの答えも正当だと考えるのなら、これはこれで判断停止になってしまう。どれほど多様な文化や価値があるとしても、倫理的選択が求められる瞬間は存在するからだ。正しい答えはなくても、より正しい答えは存在するだろう。藤原前掲書、9-10ページ
より正しいものを選択する。簡単なようで全然簡単ではありません。
今回のウクライナ危機に関しても、いくつかの正義が交錯しています。ウクライナ内部の政変やこれまでの経緯において、ロシアから見れば彼らなりの正当性が十分に成立します。ウクライナにはウクライナの、米欧には米欧の正義を見出すこともできますね。多数の正義の中で、日本がより正しい選択をするために何を基準とすべきでしょうか。
国際秩序の維持か破壊か
まず、明確にしておくべきは、ロシアの今回の行動は現行の国際秩序を冒すものであることです。国連憲章は、独立国家の主権尊重と内政不干渉を基本原則としています。軍事力を使ってこの基本原則を破壊する行為は、国際秩序への挑戦以外の何物でもありません。ロシアもそれを認識しているからこそ、「自警団」なんていうわかりきったウソでもって軍を展開させているのです。
そして、多数の国が(建前上ではあっても)この基本原則に同意して成り立っているのが現在の国際秩序です。国際秩序の維持、なんていうのはぶっちゃければ キレイゴト です。ところが、この手のキレイゴトは意外と利用価値が高いのです。例えば国連で米国とロシアが決裂した時、米国についていきたくても国内の反米感情などが理由でなかなか米国支持を明言できない国があったとします。そういう場合、米国がキレイゴトを錦の御旗にすれば、他国の指導者は「国連憲章を遵守する側につく」とか、「我が国は国際秩序を維持する方を選ぶ」といった行動の正当性を得ることができます。キレイゴトが選択しやすい状況をもたらし、国際政治が動きだすのです。
我が国にとっても、国際秩序に対する姿勢はおろそかにできません。「侵略国=秩序の破壊者」であった過去をことあるごとに持ち出される傾向は、今後もまだしばらくは続くでしょう。私たち日本人からすれば、「いつまで言うんだ」と反発心しか起きませんし、現在の日本が他国へ侵略できないことは意図の上でも能力の上でも明らかなはずです。しかし、戦争に負けたという事実はとてもとても重いもので、日本のイメージを貶めたり三戦(世論戦・心理戦・法律戦)を進めていく際に、日本=秩序の破壊者だというレッテルは、第三者へ訴えかけるには絶好の材料です。
だからこそ、「現在の日本=国際秩序の優等生」であるというイメージを発信していくことが大事なのです。ウクライナ危機においても、日本がとるべき選択は、現行の国際秩序を維持するという姿勢です。具体的には、国連憲章のような国際法違反の点からロシアを非難することです。
中国がロシアを擁護する姿勢を見せていることは、日本にとっては好都合ですね。尖閣諸島などでの中国の振る舞いは、現行国際秩序への挑戦そのものですから、日本は声を大にしてロシアと中国を非難することが世論戦・心理戦を戦う上で求められています。
もっとキレイゴトを利用しよう
ウクライナ、ロシア、EUとの間で紆余曲折があったにせよ、ロシアの行動がウクライナの主権を侵害した事実を重要視しなければ、我が国の領土問題へも悪影響が出てしまいます。
北方領土は旧ソ連が国際法に反して編入した土地です。竹島もそう。一方で、尖閣諸島は我が国が国際法にのっとって編入しました。領土問題となると、各国が「○○固有の領土」だとか「歴史的根拠」を主題に論戦が始まります。相手が提示した“事実”はねつ造であるという非難合戦もつきものです。
こうした根拠の積み重ねは大切ですが、ロシアも中国も韓国も、日本と学術的な正確さを競おうとしているのではありません。日本の主張がたとえ正確であっても、それらは係争相手にとって「信じたくない」ものなので受け入れられることは期待できません。
過去の偉大な哲学は、それらが真理であるから成功したのではなくて、それらが真理であると信じられたから成功したのである。つまりこれらの哲学は、その訴えかけた人びとに対して、知識の点でも行動の点でも、彼らが切望しているものを与えたから成功したのである。
日本が取り込んでいくべきは、係争相手以外の第三国やBBCなどの国際世論形成を担う欧米メディアです。彼らを糾合して多数派を形成しなければなりません。その際、自分の思う正しさ=真実であっても、それを押し付けられた第三者が我が国の味方にならないのであれば、これは筋の悪いやりかたです。真実はいったん床の間に飾っておきましょう。だからといって、ウソをつけと言うのではありません。重要なのは、「宣伝の対象がどのようなものを信じたいのか」を評価・選別し、そこに日本の利益を反映するよう導いていくことです。その点、欧米メディアはキレイゴトが大好物で、彼らは “正義” の代弁者です。キレイゴトを掲げることが日本にとって時には辛いものであっても、自分の論理だけで第三者を説得できるとは限りませんし、逆に日本の主張が彼らの “正義” と重なれば、彼らは積極的に喧伝するでしょう。
危機がよほどの段階までエスカレートすれば軍事力がモノを言いますが、それならなおさら平時や危機レベルの低い状況において、キレイゴトによって自国の外交的立場を有利にしておく必要があります。米国はもちろん、ロシアのような大国においてもキレイゴトを否定することは難しいものです。いわんや我が国をや、です。日本や安倍首相に問われているのは、「日本はキレイゴトを遵守する国家であり、私はその指導者である」という演技力なのではないでしょうか。
【キレイゴトとか国際秩序に関する過去記事】