ロシアのプーチン大統領が、クリミア自治共和国のロシア併合を表明する演説を行いました。
冷戦〜ソ連崩壊〜ポスト冷戦を経たプーチン大統領の心情、というよりもロシアという国家の感情のようなものがうかがえる演説だと思います。国際社会の多数を納得させられるかどうか、という点についての評価は受け取る側の立場によって異なるでしょうが、切々とクリミア併合に至ったロシアの「正義」が語られており、彼らの世界観を知るうえで非常に参考になりますね。
さて、演説の中でプーチン大統領はクリミア併合が国際法に違反しない点を高らかに宣言しています。そしてやはりと言いましょうか、コソボの事例を引き合いに出してきました。クリミアを舞台にしたロシアと米欧の対立は、三戦(世論戦・心理戦・法律戦)の様相を呈しています。
コソボについての経緯は本稿では割愛しますが、「コソボとクリミアは同じケースであり、コソボでNATOに認められた行動は、クリミアでロシアにも許される」というのがロシアの論理です。さらに、クリミアのロシア軍装をした“自警団”がいなければ、コソボと同じ虐殺の危険性があったことも指摘しています。
ロシアの言い分はけっして間違っていません。分離独立のケースで言うと、東ティモールはポルトガルからの独立、南スーダンは南北包括和平合意にもとづいた独立という手続きがとられましたが、コソボにはありません。一方的な独立宣言が出されただけなので、今日に至るまで未承認の国も多数あります。
軍事介入という点でも、コソボは法的根拠に乏しいケースです。例えばリビアにおけるオデッセイの夜明け作戦は、国連安保理決議1973によって保護する責任(R2P)原則の履行が求められたものであるため、アメリカの軍事行動の正当性が裏づけられていますが、コソボのアライド・フォース作戦にはそのような安保理決議がないものでした。
コソボに限らず、米欧がこれまでにしてみせた国際法の軽視やダブル・スタンダードの事例は多いので、仮にロシアがやり過ぎなように見えても、それは「お前たちと同じことをしているだけだ」という開き直りが可能です。
他方、プーチン大統領は演説において、ロシアの都合の悪い点についてはぼやかしたり小さく見せるように工夫しています。例えば、クリミアはコソボや東ティモールのような長い内戦や民族浄化が起きているわけではないですし、現時点でも紛争解決の方法として軍事力以外の方法が十分に残された段階です。つまり外交の余地があるにもかかわらず、ロシアはウクライナの主権を侵害したのですが、演説で言及されていません。コソボにはNATOっぽい「謎の武装集団」や「自警団」はいませんでしたしね。そして、ロシアはセヴァストーポリのあるクリミアの住民意思を尊重しながら主権国家ウクライナの住民意思を顧慮した形跡はありません。
自分たちが国際法に準じている面については繰り返しクローズアップし、都合の悪いことは触れないだけなので嘘や捏造を言ってるわけではない、という人の心理やメディアの特性を考慮した現代的なプロパガンダの手法です。三戦のような情報戦を戦っているという明確な認識がプーチン大統領にはあるのでしょう。
演説内容も、ロシアの正義を主張するプロパガンダとしては実にまっとうなものです。クリミアの住民やキエフの新露派の心に訴えかけるだけでなく、第三者である国際社会や国際メディアに国際法上の合法性を訴えています。世論戦、心理戦、法律戦を押さえていて、古典的ですが効果的でしょう。 日頃から米欧のやり方に不満を持っている者にとって、プーチン大統領の演説はまさに聞きたかった言葉であり信じたい正義であることから、すんなりと受け入れられるはずです。
国際政治で完璧な整合性や正当性を見出そうというのは非現実的です。「国際政治はキレイゴトで動いている」という記事でも触れましたが、国際政治の舞台では常識や正義が国の数だけあります。自分にとって都合の良い国際正義(国連憲章や国連決議等)をその時々によって選択し、国益剥き出しの醜い姿ではなく、理想主義的なキレイゴトで自説を飾り、味方を作り、多数派を形成して有利な立場を築いていく作業が求められます。国際秩序を何らかの形で遵守しているのだという姿勢を示すことが大事ですね。このこと自体は『戦史』の時代から変わらない国際政治の原理なのだと思います。
米欧だけでなく、ロシアも国際法を秩序遵守の基準に掲げているのは興味深いところです。ウクライナ危機では、国連憲章第1章第1条2(民族自決)、第2条4(領土保全)が焦点ですね。近年の事例では、第7章第51条及び第8章などが絡んだ保護する責任も大きなテーマとなっています。なお、キレイゴトは必ず実行されるべき客観的な正義というようなシロモノではありません。シリアでは保護する責任原則が機能するべきですが、私たち国際社会はそれぞれの事情からこれを見殺しにしてしまっています。
20世紀に二度の大戦を経験して獲得した叡智が、主権・領土保全、民族自決、さらには保護する責任などの国際法です。これら諸原則は本来、紛争回避のカードであるはずですが、必ずしも平和利用される事例ばかりではないのが事実です。「領土保全 vs 民族自決」というような、20世紀に獲得した国際法にもとづいた正義をぶつける時代、それがポスト冷戦後なのかもしれません。
【2014/3/25】(お詫び)書いた直後から気に入らなかったタイトルを変更しました。
【参考図書】オススメです。
冷戦〜ソ連崩壊〜ポスト冷戦を経たプーチン大統領の心情、というよりもロシアという国家の感情のようなものがうかがえる演説だと思います。国際社会の多数を納得させられるかどうか、という点についての評価は受け取る側の立場によって異なるでしょうが、切々とクリミア併合に至ったロシアの「正義」が語られており、彼らの世界観を知るうえで非常に参考になりますね。
さて、演説の中でプーチン大統領はクリミア併合が国際法に違反しない点を高らかに宣言しています。そしてやはりと言いましょうか、コソボの事例を引き合いに出してきました。クリミアを舞台にしたロシアと米欧の対立は、三戦(世論戦・心理戦・法律戦)の様相を呈しています。
コソボについての経緯は本稿では割愛しますが、「コソボとクリミアは同じケースであり、コソボでNATOに認められた行動は、クリミアでロシアにも許される」というのがロシアの論理です。さらに、クリミアのロシア軍装をした“自警団”がいなければ、コソボと同じ虐殺の危険性があったことも指摘しています。
ロシアの言い分はけっして間違っていません。分離独立のケースで言うと、東ティモールはポルトガルからの独立、南スーダンは南北包括和平合意にもとづいた独立という手続きがとられましたが、コソボにはありません。一方的な独立宣言が出されただけなので、今日に至るまで未承認の国も多数あります。
軍事介入という点でも、コソボは法的根拠に乏しいケースです。例えばリビアにおけるオデッセイの夜明け作戦は、国連安保理決議1973によって保護する責任(R2P)原則の履行が求められたものであるため、アメリカの軍事行動の正当性が裏づけられていますが、コソボのアライド・フォース作戦にはそのような安保理決議がないものでした。
コソボに限らず、米欧がこれまでにしてみせた国際法の軽視やダブル・スタンダードの事例は多いので、仮にロシアがやり過ぎなように見えても、それは「お前たちと同じことをしているだけだ」という開き直りが可能です。
他方、プーチン大統領は演説において、ロシアの都合の悪い点についてはぼやかしたり小さく見せるように工夫しています。例えば、クリミアはコソボや東ティモールのような長い内戦や民族浄化が起きているわけではないですし、現時点でも紛争解決の方法として軍事力以外の方法が十分に残された段階です。つまり外交の余地があるにもかかわらず、ロシアはウクライナの主権を侵害したのですが、演説で言及されていません。コソボにはNATOっぽい「謎の武装集団」や「自警団」はいませんでしたしね。そして、ロシアはセヴァストーポリのあるクリミアの住民意思を尊重しながら主権国家ウクライナの住民意思を顧慮した形跡はありません。
自分たちが国際法に準じている面については繰り返しクローズアップし、都合の悪いことは触れないだけなので嘘や捏造を言ってるわけではない、という人の心理やメディアの特性を考慮した現代的なプロパガンダの手法です。三戦のような情報戦を戦っているという明確な認識がプーチン大統領にはあるのでしょう。
演説内容も、ロシアの正義を主張するプロパガンダとしては実にまっとうなものです。クリミアの住民やキエフの新露派の心に訴えかけるだけでなく、第三者である国際社会や国際メディアに国際法上の合法性を訴えています。世論戦、心理戦、法律戦を押さえていて、古典的ですが効果的でしょう。 日頃から米欧のやり方に不満を持っている者にとって、プーチン大統領の演説はまさに聞きたかった言葉であり信じたい正義であることから、すんなりと受け入れられるはずです。
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国際政治で完璧な整合性や正当性を見出そうというのは非現実的です。「国際政治はキレイゴトで動いている」という記事でも触れましたが、国際政治の舞台では常識や正義が国の数だけあります。自分にとって都合の良い国際正義(国連憲章や国連決議等)をその時々によって選択し、国益剥き出しの醜い姿ではなく、理想主義的なキレイゴトで自説を飾り、味方を作り、多数派を形成して有利な立場を築いていく作業が求められます。国際秩序を何らかの形で遵守しているのだという姿勢を示すことが大事ですね。このこと自体は『戦史』の時代から変わらない国際政治の原理なのだと思います。
米欧だけでなく、ロシアも国際法を秩序遵守の基準に掲げているのは興味深いところです。ウクライナ危機では、国連憲章第1章第1条2(民族自決)、第2条4(領土保全)が焦点ですね。近年の事例では、第7章第51条及び第8章などが絡んだ保護する責任も大きなテーマとなっています。なお、キレイゴトは必ず実行されるべき客観的な正義というようなシロモノではありません。シリアでは保護する責任原則が機能するべきですが、私たち国際社会はそれぞれの事情からこれを見殺しにしてしまっています。
20世紀に二度の大戦を経験して獲得した叡智が、主権・領土保全、民族自決、さらには保護する責任などの国際法です。これら諸原則は本来、紛争回避のカードであるはずですが、必ずしも平和利用される事例ばかりではないのが事実です。「領土保全 vs 民族自決」というような、20世紀に獲得した国際法にもとづいた正義をぶつける時代、それがポスト冷戦後なのかもしれません。
【2014/3/25】(お詫び)書いた直後から気に入らなかったタイトルを変更しました。
【参考図書】オススメです。