「イージス艦」はその名の通り、海に浮かんだイージス・システムです。それゆえ、艦載イージスBMDを「イージス・アフロート(Aegis Afloat)」と呼んだりもします。このイージス・システムを陸上で使おうという計画が、現在着々と進められています。陸に揚がったイージスBMDのことを「イージス・アショア(Aegis Ashore)」といいます。


欧州ミサイル計画
弾道ミサイル防衛は、NATOにとって集団安全保障上の “核心的要素(core element)”です([PDF] 2010 Strategic Concept)。かねてからNATOは、将来イランが大陸間弾道ミサイル(ICBM)を保有することになれば大変な脅威になるとみなし、米国のGBIミサイル配備を検討していました。

しかし、ロシアの強い反発とイランのICBM開発がそれほど進んでいないことを受けて計画を変更。イランが現時点で保有する短距離・準中距離弾道ミサイルなどの喫緊の脅威に対応すべく、2009年に「欧州ミサイル防衛構想(European Phased Adaptive Approach:EPAA)」を発表しました。EPAAは28カ国が参加するNATO首脳会議で合意されたもので、NATOの総意としてミサイル防衛を本格的に運用するものです。段階は3つ(当初は4つでした)で、以下の通りです。

  • フェイズ1(〜2011年)
    AN/TPY-2 レーダーを配備し、現行の海上配備型SM-3ブロック1Aで欧州の同盟国に対する短距離・準中距離弾道ミサイルの脅威に対応する。
  • フェイズ2(〜2015年)
    準中距離弾道ミサイル脅威への対処能力向上のために、海上配備型と陸上配備型SM-3ブロック1Bを配備。イージス・アショアをデベセル(Deveselu:ルーマニア)に建設予定。
  • フェイズ3(〜2018年)
    SM-3ブロック2Aを配備予定。短距離、準中距離、中距離弾道ミサイルへの対処として、2つめのイージス・アショアをレジコボ(Redzikowo:ポーランド)に建設予定。
EPAA
(テヘランを中心にしたミサイルの射程とEPAA)

地図を見ると、将来、イランがベルリン、パリ、そしてロンドンを攻撃可能な5,000km級弾道ミサイルを保有した場合に備えて、イージス・アショアが配置されていることが分かります。

EPAAのフェイズ1は初期運用能力に達しており、トルコのクレシク(Kurecik)にAN/TPY-2レーダーが、そしてドイツのラムシュタインに指揮統制センターが配備されました。2011年にはUSSモンテレーが地中海に配備され、2014年からは米国やスペインが、イージス艦×4隻をロタ(スペイン)に配備する予定です。

フェイズ2もすでに着手され、2013年10月に、陸上発射型SM-3ブロック1Bのイージス・アショアの建設がルーマニアで開始(過去記事)。2014年4月23日には海上発射型SM-3ブロック1Bを搭載した米軍艦が配備されたとの発表がありました。艦名についての公式発表はまだですが、おそらくUSSドナルド・クックだと見られます。


イージス・アショア
イージス・システムは、海上でさんざん実験を重ねた信頼性の高いシステムということもあり、AN/SPY-1レーダーやC4Iシステム、Mk 41ミサイル垂直発射システム(VLS)、ディスプレイ、電源・水冷装置などアーレイ・バーク級イージス艦の設備がそのまま陸上でも使用されます。

Aegis Ashore4
ミサイル防衛局 [PDF]より)



外観もまるで船の艦橋です。
Aegis Ashore1
ミサイル防衛局より)

ルーマニアとポーランドのイージス・アショアには、8セルのMk 41VLSが3基配備されるので、24発のSM-3ブロック1B/ブロック2Aが配備予定ということになります。

また、イージス・アショア施設の特徴のひとつが、移設可能(“removable”)な設計であるという点です。実際にイージス・アショアの設備は、まず初めにニュージャージー州・ムーアズタウンのロッキード・マーチン社敷地内でテストされ、その後にモジュール化されたコンポーネントを分解してハワイのカウアイ島に送り、試験施設(Aegis Ashore Missile Defense Test Complex(AAMDTC))として運用されています。

AAMDTCはカウアイ島の西部にあります。

より大きな地図で イージス・アショア試験施設(ハワイ) を表示

Aegis Ashore3
(カウアイ島の試験施設。ミサイル防衛局(MDA)より)

Aegis Ashore5
(地上に配備されたMk 41VLS。ミサイル防衛局(MDA)より)

ムーアズタウンでは再び新たな施設を建設し、システムをテストした後、それを今度はルーマニアに輸送する手はずになっています。

ところで。

カウアイ島のAAMDTCで、5月21日、初のイージス・アショアによる迎撃ミサイル発射実験「AA CTV-01」が行われました

Standard Missile Completes First Test Launch from Aegis Ashore Test Site(MDA)



今回は、イージス・アショアシステムによる探知・追尾シミュレーション+SM-3ブロック1Bを用いた発射、飛行実験です。標的となるミサイルは発射されていません。標的ミサイルを用いた迎撃実験は、来年予定されています。

なお、SM-3ブロック1Bの迎撃成績については、2011年9月の初迎撃実験は失敗したものの、2012年5月、2012年6月、2013年5月、9月、10月の実験で5回連続迎撃成功しています。

さらに、日米共同開発中のSM-3ブロック2Aも、2016年に初飛行実験が予定されています。EPAAのフェイズ3が計画通りに進むと、2018年には海上発射型ブロック2AがイージスBMD5.1システム搭載艦に、陸上発射型がポーランドのイージス・アショアに配備される計画です。海上自衛隊のブロック1Aもブロック2Aに更新予定です。

イージス・アショアを含めたEPAA全体の今後の課題としては、レーダーの能力向上、費用問題、大気圏外迎撃体(EKV)の開発ペースといった点がGAO(米政府監査局)や米国防科学委員会などから指摘されています。また、ミサイル防衛局(MDA)は、ミサイル弾頭とデコイ(おとり)の識別能力が将来の技術的なハードルになるという認識を持っています。ただ、わざわざ「将来の」と表現したとおり、現在の “ならずもの国家” による弾道ミサイル脅威に対しては十分な能力があるというのが、MDAやGAOの大筋で一致している見解です。



【参考資料】


【欧州ミサイル防衛関連記事】

  • 欧州ミサイル防衛(EPAA)の初期運用開始
    戦略レベルで見ると、ロシアの反発は政治的なものだよ、とかなんとか。
    イージス・アショアは、米国を狙ったロシアのICBMを迎撃することはできないので、米露の核戦力均衡を崩すものではない、と米国は説明しています。

その他にも ⇒ EPAA関連記事


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