今日は「籠城(ろうじょう)」を題材に話をしてみたいと思います。

現在放送中の大河ドラマ『軍師官兵衛』では、上月城、有岡城、三木城、さらには備中高松城などを舞台に数々の籠城戦が展開します。戦国時代だけでなく、建武の新政の頃には楠木正成の名を知らしめた千早城の戦いがあり、西南戦争では熊本城に籠った新政府の鎮台が鹿児島士族と戦いました。時代を経ても籠城戦のケースは無くなるどころか、あさま山荘事件で脚光を浴びたり、いまだに強盗が銀行に立て籠もって新聞に籠城の文字が踊ったりしますね。古今東西を問わず、籠城という手法自体は珍しいものではないんです。


籠城して勝てるのか?


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戦争であれ外交であれ、戦いの究極目的は「こちらの意志を敵に強要する」ことです*1。敵兵を殺したり、敵部隊を全滅させたりするのは、あくまでも勝利を得るための手段でしかありません。敵兵を1人も傷つけることなく勝つこともあれば、戦場の敵を全滅させても勝てないこともあるわけです。

敵味方の意志がそれぞれどういうものかによって戦いの勝利条件は異なりますが、周到に準備された籠城はけっしてまずい作戦ではありません。例えば守備側の目標が敵の攻撃を一定期間耐えることである場合、籠城作戦によって敵に“勝つ”ことは十分可能です。


なぜ籠るのか?


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軍事的にも経済的にも劣勢な側にとって、野戦で真っ向勝負の戦いを挑むのは賢明とは言えません。そんな時、籠城することで敵の人的損耗や経済的疲弊を期待できるのです。

城を攻めるには強襲(力攻め)と包囲の2つの方法があります。強襲の場合、籠城側は城の防御力の高さや地の利を活かすことで、敵より少ない戦力で対抗することが可能です。堅固な要塞や障害物を攻略するだけでも攻撃側には負担ですし、寄せ手の人数が多ければ、指揮・統制・通信などに支障が出やすく、まとまりのない攻撃によって多大な人的損失を強いられることになるかもしれません。

包囲の場合、長期戦になればなるほど包囲側に兵力が必要です。しかし、寄せ手の人数が増えればそれだけ兵站(へいたん)*2に負担がかかり、コストは籠城側に比べておのずと大きくならざるを得ません。また、包囲している間に第三国が漁夫の利を得ようとするかもしれず、周囲の戦略環境の変化も懸念されるところです。

強襲や包囲で受けた損失の大きさを攻撃側が許容できなければ、撤退もしくは和平を模索することになります。攻撃側の戦略目的は破たんし、籠城側の意志を敵に強要することができたわけですね。


籠城戦の決め手となる援軍


籠城はメリットばかりではありません。攻撃側が十分な兵力と兵站線を準備している場合には分が悪くなります。城外との兵站線を遮断され、城内に蓄えておいた水や食料がなくなれば、あとは干上がるばかりです。豊臣秀吉が織田家の方面軍司令官だった頃、籠城する毛利方の城を干殺し(兵糧攻め)によって次々と攻略していったのは典型例ですね*3

ここで籠城戦にとって決定的に重要になってくるのが、「後詰め(ごづめ)=援軍」の存在です。

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籠城戦の決め手は援軍があるかないか、といっても過言ではありません*4。援軍の存在が明らかな場合、強襲するにしても包囲するにしても、攻撃側は常に挟み撃ちにされる恐怖があります。守備側は、援軍の到着までに戦闘を有利に導かなくてはならないという条件を攻撃側に突きつけ、物理的にも心理的にも侵攻のハードルを高くすることができます。

このように、籠城の戦略的位置づけを明確にし、地の利を得、事前に兵站その他の準備を整え、しかも強力な援軍を備えた籠城勢力を攻略するのは難しいものです。籠城というと、前線の戦闘に敗れてなし崩し的に採用せざるを得なくなった末期戦イメージがあったりしますが、条件次第では敵にとって手を出すのが疎ましくなるような作戦です。

この籠城作戦*5を戦略的に採用しているのが、現代の日本です。


専守防衛≒本土決戦


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ご存知の通り、我が国の現在の防衛政策の基調のひとつは専守防衛です*6。戦略守勢とも言われますね。

専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう。

「相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使する」ことを前提に考えると、有事の際に日本は敵の先制攻撃や国土が戦場になる事態を甘受しなければなりません。専守防衛というのは、極論すれば軍事的に損害を受けるところから始まるのですから当然です。したがって、本土に上陸されれば終わり、という理解は専守防衛を掲げる以上成り立ちません。敵も日本本土に上陸したかどうかを最終的な目的にすることはないでしょう。日本が戦う目的は、敵の侵攻を受ける前の状態まで戻すという点に置かれることとなります。

なお、専守防衛は戦略的には守勢ですが、相手からの武力攻撃を受けて反撃する段階では当然自衛のための武力を行使します。つまり、戦術的には攻勢主義をとります。


単独では難しい専守防衛


しかしながら、単独で専守防衛を完遂するためには他国を圧倒する軍事力を持たなければなりませんし、反撃の規模を敵の攻撃に合わせて調整するということを合わせて考えれば、これを達成するのは至難です。相撲で言うと、横綱が小学生相手に初めて実現できる能力だとさえ言えるでしょう。

専守防衛が達成困難な戦略であるのなら戦略攻勢主義に出ればいい! 自主防衛だ!! という発想で防衛ラインを本土からできるだけ遠ざけようとしたのがかつての大日本帝国であり、現在の中国の姿でもあります。大日本帝国の結末はご存じのとおりです。兵站線が伸び、距離の暴威にさらされて、戦略目的は破たんしました。

大日本帝国や現在の中国が戦略攻勢を採らざるをえない理由のひとつが、後詰め=援軍=同盟国の不在です*7


専守防衛と日米同盟


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専守防衛はなるほど単独ではなかなか難しい戦略ですが、援軍が期待できるとなれば話は別です。実際、専守防衛は米軍の来援を前提としています。

外部からの侵略に対しては、将来国連が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する。

日本はひとりで横綱である必要はありません。自衛隊と在日米軍、さらには米軍増援部隊の戦力をあわせた日米同盟こそが、専守防衛を成立させているのです。主権国家として日本が独自に行うことは、こうした防衛方針のもとで米軍が来援するまでの限定的な時間を籠城して耐えきることであり、単独で全面戦争を戦い抜くことではありません。

敵にとって、日本への侵攻は時間との戦いになります。なぜなら、せっかく電撃作戦が成功して日本領内に橋頭堡(きょうとうほ)を築いても、そこでまごまごしているうちに日米安保に基づいて米軍が介入してくるからです。

ちなみに、実際に日米安保が機能するかどうかを日本国内で過度に疑問視することにあまり意味はありません(もちろん、機能するよう願いますが)。敵にしてみれば、日本を攻撃した場合に米軍の介入はあって当然と見ますし、作戦計画は介入を前提としたものが強いられるからです。日米同盟は抑止力である、というのはこういうことでもあるのです。

さらに、米国との同盟は籠城に不可欠な外部との兵站線維持にも強力に役立っています。今日、各種資源を輸入に頼る日本にとって文字通り生命線であるシーレーンを如何に防衛するかは死活問題ですが、長大なシーレーンを一国で防衛するとなると莫大なリソースを消費します。大日本帝国や共産党中国といった陸軍国(ランドパワー)は、単独でシーレーンを守ろうとするために、社会福祉などを犠牲にして軍事力に割り当てなければなりません。

他方、英米のような海軍国(シーパワー)にとって、シーレーンは集団で守るべき国際公共財です。現在の日本はシーパワー連合の一員です。それゆえ、籠城のための兵站線を単独で守らなければならないような状況には陥っていません。

◇ ◇ ◇

専守防衛という籠城戦略は、我が国が主体的に選択している防衛政策です。米軍の来援を前提にしているからと言って、けっして米国追従政策などではありません。至極妥当な脅威均衡です。フィリピンの事例が示す通り*8、仮に今、ゼロから日本の安全保障政策を作り直したとしても、米国と組むことが最適であるという結論に行き着くでしょう。

冒頭で触れたとおり、戦略的に籠城を採用して待ち構える勢力を攻略するのは、優勢な軍隊でさえも大きな損失を考慮しなければならないものです。まして、単独でも世界有数の軍事力を持つ日本が、地の利を活かし、外部との兵站線を維持し、世界一の軍事大国を援軍にしている状況が、敵にとって簡単なゲームであるはずもありません。

中国は飛躍的かつ堅実に軍事力拡大を続けています。中国の軍事力に関する資料を読んでいると、質・量ともに圧倒される思いがします。それでもなお、中国が東シナ海の小島ひとつ攻め落としに来ないのは、日本(と米軍)に手を出すのって簡単じゃない・結構めんどくさい、と考えているからです。

もちろん、日米同盟は万能薬ではありません。加えて、我が国周辺の安全保障環境はまったく楽観視できる情勢ではないですから、よりバランスのとれた軍事力や効率的な法整備、そして第一に外交的解決を追及するべきだとも思います。難しいことですけども。

専守防衛は籠城戦略であること、そのための日米同盟の重要性、いざとなれば国土がいきなり戦場になる可能性などについて、本稿をきっかけに考えてもらえれば幸いです。



*1 佐久間一、『武力戦の諸相』、22ページ。
*2 兵站という言葉を聞き慣れない方も多いと思いますので、少し説明しておきます。
英語ではロジスティクス(logistics)と言います。前線部隊の活動・維持のために、人員・弾薬・燃料・部品・予備の装備・食料などを補給したり死傷者や損傷・故障部品等を後送するだけでなく、整備・交通(港湾・道路・飛行場)・衛生など作戦継続に必要な機能全般のことを言います。「後方支援」という言葉がありますが、おもに兵站業務を含むものです(参考:『軍事学入門』307ページ)。
*3 秀吉にとっての包囲戦は、城兵を飢え死にさせることが目標ではありませんでした。限られた戦力で戦線を維持することを戦略目標とした上で、自軍の損失を抑えながら、効率よく敵の部隊を無力化し、支配権を拡大するという戦略目的ための手段=包囲戦だったのです(参考:西股総生、城の攻め方・守り方、『歴史読本 2010年 05月号』)。
*4 繰り返しになりますが、戦略目的が何であるかによって勝利条件は異なります。籠城側と寄せ手との間における戦闘の勝敗が、必ずしも戦略的な勝敗と一致するとは限りません。ですから、援軍がなくて籠城兵が全滅しても戦略的な“勝利”に貢献することはあります。関ヶ原前哨戦の伏見城の戦いなどがその事例です。しかし、そうではあっても援軍があるに越したことはないですよね。
*5 籠城は作戦レベルに属するものとして語られることが多いので、戦略や政策レベルで扱うのは厳密に言うといろいろとアレなところもあるのはお含み置き下さい(^_^;) 
なお、「戦略の階層」については、奥山真司博士のブログに大変分かりやすい解説があります。
戦略の階層
*6 1.専守防衛、2.軍事大国とならないこと、3.非核三原則、4.文民統制の確保 (平成25年版 防衛白書
*7 大日本帝国には日英同盟、日独伊三国同盟がありましたが、西太平洋で必要となる後詰めを期待できるものでは到底ありませんでした。
*8 フィリピンは90年代に米軍を追い出しましたが、その後抑止力を失い、中国にミスチーフ礁を奪われました。近年さらに海軍力を増強する中国の圧力を受け、フィリピンは再び米軍を呼び戻すことで対抗しようとしています(参考過去記事)。


【参考資料】

【参考文献かつオススメ書籍】