(移動式発射車両による弾道ミサイル発射イメージ。自作CG。モデルはノドンです。)



北朝鮮が核実験と長距離弾道ミサイル発射実験を予告しました。彼らは今年に入って挑発を繰り返していますね。

  • 2016/1/6 4度目となる核実験(北朝鮮は水爆実験と発表)。
  • 2016/2/7 人工衛星ロケット「光明星4号」発射。
  • 2016/2/23 朝鮮人民軍最高司令部による「重大声明」を発表(核の先制使用宣言)。
  • 2016/3/3 KN-09 300mmロケット砲×6発を発射(金正恩立ち会い)。
  • 2016/3/9 核弾頭の小型化成功と発表。
  • 2016/3/10 スカッド×2発を発射。
  • 2016/3/15 核実験の早期実施を宣言。再突入実験成功を発表。さまざまな種類の弾道ミサイル試射を予告。

2/23の「重大声明」以降に関しては、米韓合同軍事演習に対する反応です。北朝鮮は、過去にも弾道ミサイルの発射などによって米韓軍事演習を牽制する動きを示してきましたが、今年は強硬ですね。スカッドやノドンを発射するのに比べて、核弾頭の小型化と再突入実験成功、そして核の先制使用宣言というセットメニューでの発表は、瀬戸際政策の挑発としては過剰です。

“北朝鮮が先制核攻撃を強調して脅迫を繰り返せば、国連憲章に基づく自衛権行使の法的正当性を米国などに与えることになる”――。 これは、あのロシアが北朝鮮に対して発した警告(アドバイス?)です(ガーディアン)。また、1月の核実験に対して国連の取り決めた制裁実施において、今回は中国も明示的に協力していることから、北朝鮮がこれまで以上に孤立していることがうかがえます。

◇ ◇ ◇

さて、個人的に注目しているのは、「さまざまな種類の弾道ミサイル試射」が実施されそうなことです。対韓国用のスカッドや対日本用のノドンではなく(どちらも在韓、在日米軍基地攻撃用でもあります)、対米国用の中距離弾道ミサイル「ムスダン」、大陸間弾道ミサイル「KN-08」のいずれか/両方が発射されるのではないでしょうか。「重大声明」において米本土攻撃に言及していることや、核弾頭の小型化発表の際にKN-08がわざわざ映像に映っていることから考えれば、KN-08の線が強いのかな、とも思いますが、さて。

ムスダン、KN-08ともに発射実験をしたことがありません。 ノドンやテポドンに比べれば、知名度も低いままです。そこで本稿では、両ミサイルとそれに対する米国のミサイル防衛態勢について過去の拙稿を元にあらためて紹介してみたいと思います。


ムスダンについて


1990年代半ば以降、北朝鮮は旧ソ連の技術者を招いて潜水艦発射型弾道ミサイル「R-27」をベースにミサイル開発を進めました。R-27は潜水艦から発射するためにサイズを小さくする複雑な技術を採用していたため、これを北朝鮮の技術でも製造・整備できるように簡素化し、陸上発射型に改良しました。

初登場は2010年。発射基地のある舞水端里(ムスダンリ)の地名にちなんで「ムスダン」というコードネームが付されました。

R-27をベースにしたものですので、ムスダンはもともと技術的にはある程度確立されたところから始まっています。ムスダンそのものは未知数ですが、弾頭やロケットモーターの技術の一部はパキスタンやイランに輸出もされ、ガウリやシャハーブ3系といったミサイルに採用されています。イランでは2000年代に行われたミサイル実験の多くがムスダンやノドンの技術試験を含んでいたと見られますし、19発のムスダンがイランに引き渡されたという情報もあったりするので、同じく発射実績のない大陸間弾道ミサイル「KN-08」に比べれば、わりと出来上がった印象のあるミサイルです。移動発射車両搭載式という点から、生残性にも優れたシステムです。

今のところムスダンの諸元は以下のようなものと推定されています。

全長:12〜19m
直径:1.5〜2m
重量:19〜26トン
ペイロード:650〜1,200kg
弾頭:単弾頭
推進方式:1段式液体燃料
射程:2,500〜4,000km(IRBM級)
CEP:1.3〜2km

北朝鮮からハワイは約7,500kmですし、米本土を攻撃するには西海岸でも1万km必要ですからムスダンでは届きません。反対に韓国や日本の首都圏を攻撃する際、4,000kmというのは過剰な射程となってしまいます。

グアムまでは約3,400km。ムスダンが基本的にはグアム攻撃用であることが分かります。

musdan_range
(ムスダンの射程範囲とグアムまでの飛翔経路。赤い円は平壌を中心に4,000kmの範囲)


ムスダン vs 米国のミサイル防衛


グアムにはアンダーセン空軍基地をはじめ海軍軍港や陸軍施設などがあり、米国にとって太平洋の要衝です。北朝鮮が有事の際にグアムを狙うことは十分予測できることですね。

これに対し、米国は次のようなミサイル防衛システムを多層展開させています。

まず、海上配備としてSM-3ブロック1A/ブロック1Bを搭載したイージスBMD艦が太平洋に16隻(うち6隻が横須賀配備。2017年には8隻体制)駐留しています。陸上配備としてはTHAAD1個中隊がすでにグアムへ展開しています。

これらに加え、有事には本土のTHAAD部隊とPAC-3部隊が増強される予定です。また、車力(青森県)、経ヶ岬(京都)にはAN/TPYレーダーが配備されています。海上自衛隊のイージス艦とともに、佐渡、下甑、与座岳の航空自衛隊のFPS-5や脊振山などのFPS-3もセンサー・ノードの役割を果たします。

ミサイル防衛システムは、「ならず者国家」、とりわけ北朝鮮の弾道ミサイルに対応することを主眼に開発が進められており、現時点で十分な能力があると評価されています。イージスBMD艦が適切な海域に展開できていれば、現行のSM-3ブロック1Aでも迎撃可能です。

大変に大雑把な迎撃の流れですが、ムスダン発射後、衛星や早期警戒機をはじめ日本海や東シナ海に展開した日米韓のイージス艦、AN/TPY-2レーダーやFPS-5などの前方展開センサーで発射後の弾道軌道が追跡され、迎撃に最適な地点が割り出されます。平壌〜グアムの距離が約3,400kmですので、ムスダンの弾道頂点は発射から約420秒前後に高度約580kmの大気圏外に達します。イージス艦はミッドコース迎撃に最適な海域(グアム北方500kmあたり?)に配置され、弾道頂点から降下しはじめたところ(高度470kmあたり)で待ちかまえられるようSM-3ブロック1A/1Bを発射します。

ムスダン迎撃
(迎撃イメージ図)

現行のSM-3ブロック1Aの射程は1,200kmで、到達高度は500km(600kmという資料も)、速度は秒速3〜4km。2011年4月の実験でSM-3ブロック1Aは秒速4kmを超える中距離弾道ミサイルの迎撃に成功しています。

万が一、SM-3の網をすり抜けたとしても、グアムにはTHAADが待ち構え、さらにはPAC-3もいます。これらをすべてくぐり抜けなければならないとなると、迎撃側に分があると考えるのが妥当です。

他方、「北朝鮮はムスダンを高く打ち上げ、近くに落とすロフテッド軌道で日本を攻撃するのではないか、その場合には迎撃が難しくなる」と主張する人もいます。

ロフテッド軌道
(ロフテッド軌道イメージ)

ロフテッド軌道で発射されると、迎撃可能な高度に標的が降りてくるまで待たなければなりません。標準の軌道と比べて落下速度にそれほどの違いは出ませんが、待っている分だけ対処時間が制約されることになり、迎撃作業が難しくなります。ただ、難しくはなりますが不可能というわけではなく、限られた時間の中でどれだけ対応できるか、という状況になると思います。

現在日米で共同開発中のSM-3ブロック2Aは、迎撃高度が1,000km(2,350kmという資料も)。ムスダン程度の弾道ミサイルにはかなり余裕をもって対応できるようになります。ブロック2Aは2018年までに配備される予定です。


KN-08について


次に、KN-08とはどのような弾道ミサイルなのでしょうか?

初登場は、2012年4月の金日成生誕100年を祝う軍事パレードでした。展示されたのは6発。3段式の謎のミサイルは議論の的となり、専門家の間ではモックアップ(原寸大模型)だ、いや本物だ、と意見が分かれました。個人的には、これらは地上試験用ではないかという見方(38North)が一番納得のいくものでした。単なる偽物ではなくて研究&人員訓練用の初期配備モデルだ、というわけですね。

そして、昨年10月に行われた北朝鮮の朝鮮労働党創建70周年軍事パレードにおいて再び公の場に登場しました。このときには2段式となったばかりか、ノーズコーンの形状をも変えており、再びその理由について様々な解説がなされました。もちろん、いずれの分析も憶測の域を出ません。

なお、KN-08は「火星13(ファソン13)」というコードネームも付されています。

【射程距離】
ノーズコーンを変更した改良型KN-08は、射程1万3,000kmとの報道があります(聯合ニュース)。堂々たる大陸間弾道ミサイル(ICBM)ですね。「弾頭部分の改良により、安定した長距離飛行が可能になった」(同上)とされています。

KN08_range
(北朝鮮から1万3,000kmの射程範囲)

北朝鮮から1万3,000kmというと、グアムやハワイはもちろん、米本土全域をも射程に収めています。というか、南米を除くほぼ世界中の主要都市を攻撃可能ということになりますね。これまで米国の報告書等では、KN-08の射程は「3,400マイル(約5,500km)以上」とされてきました。これはおそらく、KN-08の射程がICBM級であることは確実なものの、詳細な情報がなかったために、弾道ミサイルの分類上ICBMの最低射程である5,500kmをそのまま当てはめていたということなのでしょう。

2015年4月、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)のビル・ゴートニー司令官が「北朝鮮のKN-08は核弾頭を搭載でき、米本土西海岸に到達する射程を持っている」という見解を示しました。西海岸に到達ということは射程1万kmですから、1万3,000kmという数字もけっして唐突なものではありません。とはいえ、なにぶん試射すらしてませんのであくまで参考値です。

北朝鮮から米本土への飛翔経路は以下の通りです。

北朝鮮〜NY
(北朝鮮〜ニューヨークの飛翔経路)

北朝鮮〜LA
(北朝鮮〜ロサンゼルスの飛翔経路)

北朝鮮〜ハワイ
(北朝鮮〜ハワイの飛翔経路)

【移動発射式による生残性向上】
テポドン・シリーズはいずれも固定発射台から発射していたため、発射の兆候が探知されやすいのが欠点でした。地下サイロ(格納施設)などに隠して生残性を高めなければなりませんが、どうしても衛星などで位置が特定されやすく、米国を脅す道具といっても「こけおどし」的なニュアンスの強い兵器でした。

KN-08は移動発射式です。KN-08がテポドン以上に脅威とされるのは、この点にあります。つまり、ICBMの射程を持ちつつ、移動発射式を採用したことによって被探知性を低下させ、生残性の高い実戦的な戦略兵器になったのです。

湾岸戦争でイラク軍の移動式スカッドミサイル発射機を米軍は最後まで破壊しきれませんでした。現在はUAV(無人機)による偵察・監視能力が向上しているとはいえ、砂漠が広がるイラクと山岳部の多い北朝鮮ではどちらがかくれんぼに適しているかは言うまでもありません。先述のゴートニー司令官も認めている通り、米国は北朝鮮を永続的にカバーするISR手段を持たないので、KN-08のTELを発射前に全滅させるのは難しいでしょう。


KN-08 vs 米国のミサイル防衛


まずKN-08がハワイを狙う場合について。

北朝鮮〜ハワイ間を飛ぶ射程7,500kmのICBMとなると、燃料が燃焼完了した時点での速度が秒速6.8km(マッハ20)、到達高度は3,200km。現行のSM-3ブロック1Aでは迎撃することは難しいですが、イージスBMD艦にSM-3ブロック2Aが配備されれば迎撃可能となります(迎撃に最適な海域に展開している必要があります)。

ブロック2Aの射程は2,000kmで、到達高度は1,000km(〜2,350km?)。速度は秒速4.5〜5.5kmとされています。KN-08の弾道軌道を計算し、ミッドコース終盤で待ちかまえる形で迎撃することができます。陸上配備としては、ハワイにあるイージス・アショアを実戦配備施設にする計画が報じられたばかりです。こちらもSM-3ブロック2Aが配備されれば対応できるようになります。

次に、米本土を狙う場合について。

米本土防衛専用システムとして、GMD(Ground-based Midcourse Defense:地上配備型ミッドコース防衛)があります。今年1月、GMDは、大気圏外迎撃体(EKV)の中距離弾道ミサイル標的交戦実験を実施しました(過去記事)。さらに、今年11月にはICBM迎撃実験を予定しているとのことです(時事通信)。

GMDで使用される迎撃ミサイルは、GBI(Ground Based Interceptor)といい、現在フォートグリーリー基地(アラスカ)に26基とバンデンバーグ空軍基地(カリフォルニア)へ4基配備されています。2013年3月、このGBIを14発増やして44発にすると発表されました。

GBIsites
(GBI配備サイト)

米本土に飛来するICBM迎撃は、基本的にはこのGBIが担います。米国周辺に展開したイージスBMD艦(SM-3ブロック2A搭載)が補完的に射手となることはあるでしょう。

NORADのゴートニー司令官は、KN-08に対してGMDが機能すると明言しています(過去記事)。

侮れない技術力と今後のハードル


北朝鮮はすでに2012年、2016年に人工衛星を太陽同期準回帰軌道に投入することに成功しています。その際、軌道傾斜角を「く」の字に曲げるドッグレッグターンを行って正しい同期軌道に修正するなど、その技術力は侮れません。

その一方、ある程度の信頼性を得ているスカッド・シリーズやノドンとは異なり、IRBM〜ICBM級の長距離弾道ミサイル開発には依然としていくつもの技術的なハードルがあります。

特に、再突入体(RV)の開発は難航するのではないか、という指摘があります。弾頭が大気圏外から大気圏内へ再突入する時の高温・高圧条件は、長距離ミサイルになればなるほど厳しくなります。すでに再突入体開発は進められているようで、冒頭で紹介したとおり、模擬実験成功と発表されています。

長距離弾道ミサイルを戦略兵器とするためには、核弾頭の小型化も不可欠です。長距離弾道ミサイルにはビルを狙い撃ちするようなピンポイント攻撃能力はありません。だからこそ弾頭に大きな破壊力を持つ核兵器を搭載することで数km圏内をなぎ払うというのが、長射程の戦略級弾道ミサイルの使い方です。KN-08のようなICBMは核とセットでなければならないのです。水爆実験発表や度重なる核保有宣言が示すとおり、北朝鮮はこのことをよく分かっているのではないでしょうか。北朝鮮が核兵器の運搬手段として弾道ミサイル開発にいかに真剣に取り組んでいるかはこれまでの陸上発射型弾道ミサイルを見ても分かりますし、近年は潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)開発まで始めました。

なお、先日公表された再突入体の実験手法に対しては専門家から疑問が呈されています。核弾頭の小型化についても、KN-08には搭載できる/できないと議論が分かれています。