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15日午前3時30分ごろ、中国海軍の東調(ドンディアオ)級情報収集艦1隻が鹿児島県口永良部島の沖合の日本領海に侵入し、午前5時ごろ領海を出ました。

中国海軍艦艇の動向について(2016/6/15 防衛省)

中国海軍による我が国領海への侵入は、2004年に漢級原子力潜水艦が石垣島周辺に侵入して以来2度目となります。


何をしに来たのか?


中国海軍艦艇は今月9日にも尖閣諸島の接続水域を航行して騒動を呼んだばかりです。接続水域に入った背景は、どうやら演習帰りのロシア艦に引っ張られた形の偶発的なものであったというのが大方の見方のようです※1

今回の事案は領海です。それでなくとも中国は領土紛争の係争相手ですから、計画的なものであれば接続水域への侵入とは比べ物にならない問題となり、尖閣諸島問題のステージがひとつ上がるということさえいえるでしょう。

しかし、今回も周到に計画されたものとはほど遠いようです。

というのも、現在、沖縄本島東方沖で日米印による共同軍事演習「マラバール演習」が行われており、この軍事演習を監視および情報収集するため、中国は米空母ステニスなどに東調級情報収集艦を張り付かせていました。15日も佐世保港から演習海域に向かうインド艦を追尾し、その過程で口永良部島沖で領海侵入"してしまった"のが、真相のようです(2016/6/15 ロイター)。

他国艦追尾を口実に日本側の対応を見定める意味合いも否定できませんが、中国としても周到に用意された計画をもって日本領海に侵入するなら、領土紛争の議題にすらなっていない口永良部島ではなく、尖閣諸島に向かうほうがインパクトもあり効果的なはずです。現時点では、戦略的なエスカレーションをもくろんだということまではいえないかなと愚考します。


国際法上は問題のない行為


「領海に入ってくるなんてけしからん!撃沈してしまえ!!」という心情も理解できます。いくらうっかりだろうと操船ミスであろうと、そこに何らの意図もなかったと言い切れるほど中国を信じることはできないからです。

他方、南シナ海での中国の所業を糾弾したり、沖ノ鳥島の排他的経済水域(EEZ)を主張したりする際に米国や日本が法的根拠としているのが国連海洋法条約(UNCLOS)ですが、このUNCLOSにのっとって本件に対応する場合、問答無用で強硬な対応をとるというのはいささか難しいものがあります。

すでに各報道等でも触れられていますが、UNCLOSでは「無害通航」が認められています。他国の軍艦は沿岸国の平和、秩序または安全を害しない限り、領海を通行する権利を有します。無害通航に関しては第17条〜19条に規定されており、本件で特にとりあげるべきなのは19条かと思いますので、以下に引用してみます。
第19条 無害通航の意味
1 通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされる。無害通航は、この条約及び国際法の他の規則に従って行わなければならない。
2 外国船舶の通航は、当該外国船舶が領海において次の活動のいずれかに従事する場合には、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものとされる。
a.武力による威嚇又は武力の行使であって、沿岸国の主権、領土保全若しくは政治的独立に対するもの又はその他の国際連合憲章に規定する国際法の諸原則に違反する方法によるもの
b.兵器(種類のいかんを問わない。)を用いる訓練又は演習
c.沿岸国の防衛又は安全を害することとなるような情報の収集を目的とする行為
d.沿岸国の防衛又は安全に影響を与えることを目的とする宣伝行為
e.航空機の発着又は積込み
f.軍事機器の発着又は積込み
g.沿岸国の通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令に違反する物品、通常又は人の積込み又は積卸し
h.この条約に違反する故意のかつ重大な汚染行為
i.漁獲活動
j.調査活動又は測量活動の実施
k.沿岸国の通信系又は他の施設への妨害を目的とする行為
l.通航に直接の関係を有しないその他の活動


中国海軍の情報収集艦が明らかに測量などの行為に従事してることが確認された場合、19条第2項(c)や第2項(j)に抵触するでしょう。今回、東調級情報収集艦がそのような行為をしたと確認されたわけではないので、日本側が射撃や拿捕といった強硬手段をとるわけにはいきません。もちろん、東調級が電子・通信・音響情報の観測をしているかどうかはパッと見ただけでは判別できないため、本件が完全なシロではなくグレーである、という見方はできます。

中国国防部もこの辺のことを踏まえて、情報収集艦の行動はUNCLOSに規定された航行の自由原則を遵守したものだと発表しています。
6月15日国防部新闻局答记者问

问:据日本防卫省消息,15日凌晨,中国海军一艘舰艇进入日本鹿儿岛附近领海,请予证实。如属实,此行的目的是什么?

答:吐噶喇海峡是用于国际航行的领海海峡,中国军舰通过该海峡符合《联合国海洋法公约》规定的航行自由原则。



脊髄反射で殴り返すのは中国の思うつぼ


どれだけこちらに言い分があろうとも、先に武力をもって手を出してしまうと米軍の支援も国際社会からの支持も得られない危険性があります。国際世論は気まぐれで必ずしも順法的ではないですが、それでいて強力ですから味方につけなければいけません。感情を抑えるのはなかなか難しいですが、こちら側からエスカレーションを呼ぶ行為は、中国の思うつぼだということは押さえておきたいですね。彼らは日本から殴ってくるよう仕向けているのですから。

ケネス・ウォルツは、国際危機は「ある国が起こそうとする変化を、他の国が阻止しようと決意することによって起こる」※2とし、高坂正堯は「国際社会が一定の安定を得るには、有利な立場にあるものがその立場を濫用して有利さを優越に変えようとせず、また不利な立場にあるものがあえて挑戦しないとき可能になる」※3と述べています。さらに、七年戦争、独仏戦争、クリミア戦争など7つの欧州戦争におけるエスカレーションを比較分析したリチャード・スモークは、「防御側のエスカレーション戦略に抑止効果はない」※4と分析しています。

尖閣諸島問題において我が国の目的はどこにあるでしょうか。私は「尖閣諸島の実効支配を維持すること」だと考えます。ここが違うと議論がかみ合いませんが、この目的を達成するためにリスクやコストを極力小さく抑えられればより良い、という事になります。その際ウォルツのいうように、一方が武力を行使し、他方もそれに武力で対抗することを選べば戦争となります。ことさらに武力衝突から逃げようとする姿勢は相手に対して「機会に乗じた戦争」を起こさせる原因ともなりえますが、武力行使によって問題を解決するのと同様の結果を、武力行使なしで得られるのであれば、その方がリスクとコストを抑えられるのではないでしょうか。

すでに実効支配という有利な立場にある日本が、挑発に乗るどころかむしろ不用意に相手を挑発するというのは賢明とはいえません。中国を物理的にへこませたり、ましてや戦争すること自体が目的ではないのですから、日本からの挑発は戦争の種を蒔く行為となりかねません。


怖いのは「慣れてしまうこと」


もちろん、中国の挑発を放っておけばいいとはまったく思いません。それどころか、一番怖いのは中国の小規模な挑発に「慣れてしまうこと」だと考えています。

今月発生した2件の事案はいずれも計画的なものだとはいえませんが、尖閣諸島周辺に中国の法執行機関・海警の船艇が出没することについてはもはやメディアでも大きく扱われることはなくなりました。現場の海上保安庁や自衛隊は緊張感をもって対応してくれていますが、私たち国民の多くは「ああ、またか」となってはいないでしょうか。私も含め、日本人の多くが中国による尖閣諸島へのちょっかいに慣れてしまっているところがあるかもしれません。これこそが、中国の狙いのひとつです。

中国には「三戦」という戦略があります。

  • 世論戦=メディアやインターネットを利用し、自国に有利な情報を流し、国内外の世論を誘導する。
  • 心理戦=恫喝や懐柔を使い分け、心理面から敵の対抗意思を挫く。
  • 法律戦=敵に先んじて自国に有利なルールもしくは法解釈を作る。

長期的に状況に慣れさせて油断をつく計略は、心理戦に属するものといえますね。孫子の兵法では「瞞天過海」と呼ばれ、古来より中国に伝わるものです。

またもうひとつ、「サラミ・スライス戦略」というアプローチもあります。武力衝突になるレベルではない行動(低潮高地・岩礁の埋め立て、法執行機関による他国漁業関係者の締め出しなど)を積み重ねていき、少しずつ支配権を確立し、実効支配を強化するものです。南シナ海がまさにその舞台となっていますし、すでに東シナ海にもその戦略は浸透しているといえます。サラミ・スライス戦略はひとつひとつの行動が強く警戒をうながすものではないことから、いつの間にかこちらが慣れてしまうことを狙ったものでもあります。ジョセフ・カルドウェル・ワイリーの唱える「累積戦略」の一種ですね。


日本はどう対応すればいいのか


日本がとるべき対応について私なんぞに名案はありませんが、慣れることなく毎回おおいに騒いでみせることなんかがけっこう大事かと思います。こうした日中間の問題において、日本の姿勢を中国にぶつけるのはあまり意味がありません。国際メディアを通じて毅然としたメッセージを内外に発信し、とりわけ米国をはじめとした第三者へ訴求すべきだろうと思います。

領土問題などではいつも日本は騒ぎ足りないな、とかねがね感じているところです。また、騒ぐには効果的な騒ぎ方があるとも愚考します。漠然としてますが、三戦のなかの世論戦をこちらも展開すべきで、国内メディアではなく積極的に国際メディアを活用すべきなのではないかなと。毎回必ず大騒ぎすることで第三者へ日本の態度が刷り込まれ、手を出しているのが中国であるという印象を強くするのではないでしょうか。これは累積戦略でもありますね。

上記のようなソフトパワーだけでなくハードパワーの面から中国の挑発を抑止するためにも、海保や自衛隊の装備を充実させるよう予算を配するといった議論も進めたいですね。加えて、日米同盟をより強固に深化させ、日本有事には必ず米軍を巻き込む形にもっていきたいところです。こうした姿勢によって、中国の挑発は我が国の防衛態勢をより強固にする悪手なのだと示し、安全保障のジレンマを仕掛けていくことも選択肢のひとつだと考えます。我ながらいろいろ問題の多い提案ですけれども^^;

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シャングリラ・ダイアログでは日米の他にインドや東南アジア諸国による対中圧力が強まり、中国が地域で孤立する様相も明らかとなりました。今月末にはスカボロー礁人工島に関するハーグ仲裁裁判所の判決も出る予定です。このように、南シナ海における活動があまりに国際社会への関心を呼び過ぎたため、暫時東シナ海へ矛先を変えるというのは従来中国の行動パターンです。今後しばらく、東シナ海で高い緊張度を求められるかもしれません。




注※1 小谷哲男、中国海軍による尖閣接続水域航行 ロシア海軍を識別できていなかったのか、WEDGE、2016/6/14。
注※2 Kenneth N. Waltz, Theory of International Politics, 1979, p. 171.
注※3 高坂正堯、『国際政治――恐怖と希望』(1966年)、28ページ。
注※4 Richard Smoke, War: Controlling Escalation, 1977, pp. 19-35.