北朝鮮の中距離弾道ミサイル「ムスダン」の試射が成功であったと発表されました。

北朝鮮 戦略弾道ミサイルの発射実験に成功と発表 (2016/6/23 NHK)

発表では到達高度は1,414kmとされ、たとえこれが誇張であったとしても、自衛隊のレーダー等で1,000km以上の上昇があったことが確認されていますし、弾頭部を保護する再突入体(RV)の安定性も検証されたということなので、成功という評価もある程度は妥当だと思われます。ただし、どれくらいのペイロードを搭載できるのかといったあたりは不明なので、さらに分析が必要という指摘もありますね。

ムスダンは2013年4月に発射の兆候が伝えられたことがありましたが、そのときは発射されずじまいでした。初発射は、今年4月15日。東海岸にてムスダン2発が準備されましたが、1発目の発射から5〜6秒後、90mほど上昇して爆発し、現場にいたミサイル技術者らも死亡または負傷し、移動式発射車両も破損するという大失敗でした。失敗の原因は、燃料システムやターボポンプの問題との指摘があります。北朝鮮はその後も4月28日午前と午後、5月31日、6月22日(2発)とたて続けに6回の実験を試みました。5回目までの実験はいずれも失敗に終わり、6回目の実験でようやく400km飛翔(約1,400km上昇)させました。

ノドンやテポドンに比べて、ムスダンという名前は聞き慣れない人も多いと思います。これからニュースなどでも取り上げられると思いますので、その時の理解のとっかかりになる程度に過去の拙稿を元にムスダン情報をまとめてみます。



旧ソ連の弾道ミサイルをベースにしたといわれる


1990年代半ば以降、北朝鮮は旧ソ連の技術者を招いて潜水艦発射型弾道ミサイル「R-27」をベースにミサイル開発を進めました。R-27は潜水艦から発射するためにサイズを小さくする複雑な技術を採用していたため、これを北朝鮮の技術でも製造・整備できるように簡素化し、陸上発射型に改良しました。

初登場は、2010年の朝鮮労働党創立65年を記念する軍事パレードでした。その後、発射基地のある舞水端里(ムスダンリ)の地名にちなんで「ムスダン」というコードネームが付されていましたが、6回目の試射が成功に終わり、北朝鮮から公式に「火星10(ファソン‐10)」という呼称が発表されています。

R-27をベースにしたものですので、ムスダンはもともと技術的にはある程度確立されたところから始まったとされ、試射もなく実戦配備されました。弾頭やロケットモーターの技術の一部がパキスタンやイランに輸出されたともいわれています。イランでは2000年代に行われたミサイル実験の多くがムスダンやノドンの技術試験を含んでいたと見られ、19発のムスダンがイランに引き渡されたという情報もあったりしました。しかしながら、ムスダンの度重なる失敗を見ていると、そうしたイランとの提携も本当のところどうだったのだろうと疑わざるを得ません。イランはすでにシャハブ5のような中距離弾道ミサイル開発を成功させていますしね。

今のところムスダンの諸元は以下のようなものと推定されています。

全長:12〜19m
直径:1.5〜2m
重量:19〜26トン
ペイロード:650〜1,200kg
弾頭:単弾頭
推進方式:1段式液体燃料(固体燃料かもしれないという見方も)
射程:3,000〜4,000km(IRBM級)
CEP:1.3〜2km

なお、移動発射車両搭載式ですので、生残性に優れたシステムといえます。

保有数は、12〜200発(2010年時点)と大きくばらつきがあり、正確なところは不明です。一方、移動発射機数は、50基以下と見られています。発射機が50基以下ということは、開戦劈頭でムスダンを一斉発射できたとしても50発以下ということです。

ムスダンが従来考えられている通り液体燃料型だとすれば発射前に燃料注入が必要で、その活動を米国や韓国の諜報網から完全に秘匿することは簡単なことではありません。試射のたびにわずか1、2両のムスダン発射車両が移動したことでさえ早い段階で察知されたことを考えても、大量発射という事態(外交的にも極度に緊迫している状況)において、その兆候さえ漏れないという可能性は低いでしょう。


グアム攻撃用の弾道ミサイル


北朝鮮からハワイは約7,500kmですし、米本土を攻撃するには西海岸でも1万km必要ですからムスダンでは届きません。他方、韓国や日本の首都圏を攻撃する場合には4,000kmというのは過剰な射程となってしまいます。

グアムまでは約3,400km。ムスダンが基本的にはグアム攻撃用であることが分かります。北朝鮮もムスダンによるグアム攻撃意思を明らかにしていますね。
北朝鮮の国防委員会は19日、報道官談話を出し、「戦略爆撃機B52が離陸するグアム島のアンダーソン基地や原子力潜水艦が発進する海上侵略基地を含む米国の基地まで精密攻撃圏内に収めて久しい」ともけん制していた。
2016/6/22 読売新聞 
朝鮮中央通信は23日、発射実験に立ち会った金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が「太平洋作戦地帯内の米国のやつらを全面的かつ現実的に攻撃できる確実な能力を持つことになった」と述べたと、伝えた。ムスダンの主な標的が太平洋上のグアムの米軍基地であることを明確にしたといえる。
 2016/6/23 聯合ニュース

musdan_range
(ムスダンの射程範囲とグアムまでの飛翔経路。赤い円は平壌を中心に4,000kmの範囲)


ムスダン vs 米国のミサイル防衛


ムスダンが実戦でグアムに向かって発射されたシナリオについても少しだけ考えてみたいと思います。グアムにはアンダーセン空軍基地をはじめ海軍軍港や陸軍施設などがあり、米国にとって太平洋の要衝です。北朝鮮が有事の際にグアムを狙うことは十分過ぎるほど軍事的意義があります。

これに対し、米国は次のようなミサイル防衛システムを多層展開させています。

まず、海上配備としてSM-3ブロック1A/ブロック1Bを搭載したイージスBMD艦が太平洋に16隻(うち6隻が横須賀配備。2017年には8隻体制)駐留しています。陸上配備としてはTHAAD1個中隊がすでにグアムへ展開しています。

これらに加え、有事には本土のTHAAD部隊とPAC-3部隊が増強される予定です。また、車力(青森県)、経ヶ岬(京都)にはAN/TPYレーダーが配備されています。海上自衛隊のイージス艦とともに、佐渡、下甑、与座岳の航空自衛隊のFPS-5や脊振山などのFPS-3もセンサー・ノードの役割を果たします。

ミサイル防衛システムは、「ならず者国家」、とりわけ北朝鮮の弾道ミサイルに対応することを主眼に開発が進められており、現時点で十分な能力があると評価されています。イージスBMD艦が適切な海域に展開できていれば、現行のSM-3ブロック1Aでも迎撃可能です。

大変に大雑把な迎撃の流れですが、ムスダン発射後、衛星や早期警戒機をはじめ日本海や東シナ海に展開した日米韓のイージス艦、AN/TPY-2レーダーやFPS-5などの前方展開センサーで発射後の弾道軌道が追跡され、迎撃に最適な地点が割り出されることになります。平壌〜グアムの距離が約3,400kmですので、ムスダンが最小エネルギー弾道で発射されれば、弾道頂点は発射から約420秒前後に高度約580kmの大気圏外に達します。イージス艦はミッドコース迎撃に最適な海域(グアム北方500kmあたり?)に配置され、弾道頂点から降下しはじめたところ(高度470kmあたり)で待ちかまえられるようSM-3ブロック1A/1Bを発射します。

ムスダン迎撃
(迎撃イメージ図)

現行のSM-3ブロック1Aの射程は1,200kmで、到達高度は500km(600kmという資料も)、速度は秒速3〜4km。2011年4月の実験でSM-3ブロック1Aは秒速4kmを超える中距離弾道ミサイルの迎撃に成功しています。

万が一、SM-3の網をすり抜けたとしても、グアムにはTHAADが待ち構え、さらにはPAC-3もいます。これらをすべてくぐり抜けなければならないとなると、迎撃側に分があると考えるのが妥当です。

他方、昨日の発射で示したように、「高く打ち上げ、近くに落とすロフテッド軌道」で日本を攻撃するのではないかという懸念もあります。

ロフテッド軌道
(ロフテッド軌道イメージ)

ロフテッド軌道で発射されると、迎撃可能な高度に標的が降りてくるまで待たなければなりません。標準の軌道と比べて落下速度にそれほどの違いは出ませんが、待っている分だけ対処時間が制約されることになり、迎撃作業が難しくなります。

ただ、難しくはなりますが不可能というわけではなく、限られた時間の中でどれだけ対応できるか、という状況になると思います。

現行のSM-3ブロック1Aの射程は1,200kmで、到達高度は500km(600kmという資料も)、速度は秒速3〜4km。今日のように弾道頂点が1,000kmになると、頂点付近で迎撃することはできませんが、2011年4月の実験で秒速4kmを超える中距離弾道ミサイルの迎撃に成功しています。

現在日米で共同開発中のSM-3ブロック2Aは、迎撃高度が1,000kmを超えるとみられます(2,350kmという資料も)。標準的な最小エネルギー弾道で飛翔する場合はもちろん、ロフテッド軌道で飛翔するムスダンであっても弾道頂点付近で対応できるようになります。ブロック2Aは2018年までに配備される予定です。

ムスダンが我が国に及ぼす安全保障上の影響は、ロフテッド発射されるかどうかなどよりも、現実にはグアムへ向かって発射された場合に米国から協力の要請を受けて集団的自衛権を行使するかどうかにおいて顕著となります。当然、海上自衛隊のイージス艦の展開位置次第ではセンサー艦としてだけではなく、シューター(射手)として迎撃ミサイルを発射する役割を担うことになります。

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北朝鮮の弾道ミサイル発射は、国連安全保障理事会決議169517181874への明確な違反であり、発射地点から数百kmしか飛翔しなかったとはいえ、我が国の安全保障を脅かす重大な行為です。

1998年にテポドン1号が日本の上空を通過し、三陸沖へ落下したことで日本は情報衛星の導入を決めたように、今回の事案を契機に、弾道ミサイル防衛システムの拡充が進められるかもしれません。すでにTHAADに関しては導入を検討していると伝えられています。イージス・アショアという選択肢もありますが、さすがにそこまでミサイル防衛ばかりに予算を振るのは、他へのしわ寄せが大きすぎます。個人的には嬉しいのですが・・・。

ムスダンやKN-08/14、KN-11といった長距離弾道ミサイルの完成を待つまでもなく、日本をすっぽりと射程に収める核搭載ノドンはすでに配備されています。日本攻撃用の弾道ミサイルはノドンであるということは、折に触れて言及しておきたいところですね。

北朝鮮はいずれ5回目の核実験を実行するとみられます。「核兵器」とそれを運搬する「弾道ミサイル」というセットメニューでの相次ぐ実験によって、北朝鮮のひとつの意思が明確になります。すなわち、米国に対して核抑止力を得るために核ミサイルを開発する、というものです。今となっては核実験やミサイル実験そのものが挑発や交渉材料であるという認識は間違いだといわざるを得ません。どのように北朝鮮にアプローチしたとしても、独裁体制が続く限り、彼らは粛々と各種実験を継続し、米国本土を攻撃可能な戦略核ミサイルを完成させるまで歩みを止めることはないでしょう。