北朝鮮による警告

今月21日から定例の指揮所演習である米韓合同軍事演習「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」が韓国で実施されます。北朝鮮はこれまでも米韓軍事演習に激しく抗議してきましたが、今回は弾道ミサイルをグアム近海へ発射するとの警告を発しました。
北朝鮮 ミサイル発射計画「日本の上空通過 グアム島周辺海上に」(2017/8/10 NHK)
北朝鮮の弾道ミサイル発射実験は珍しくもないですが(慣れていること自体が危険なことですが)、我が国上空を通過するということですので、これが騒ぎにならないはずがありません。

1998年、「テポドン」が日本上空を通過し、三陸沖の公海へ落下しました。この時の実験は、日本がミサイル防衛を導入(2003年)する実質的な引き金になりました。金正恩体制発足後に相次いでいるミサイル実験による脅威増大に対し、すでに我が国ではイージス・アショアの導入検討などを始めていますが、再び自国上空を弾道ミサイルが通過した場合、 敵基地攻撃論を含めて議論が過熱するかもしれません。


なぜグアム?

グアムにはアンダーセン空軍基地をはじめ海軍軍港や陸軍施設などがあり、米国にとって太平洋の要衝です。北朝鮮が有事の際にグアムを狙うことは十分過ぎるほど軍事的意義があります。北朝鮮自身も以前からグアムに対する攻撃意思を示していますね。北朝鮮としては航空攻撃にやってくるB1-B爆撃機の巣を開戦劈頭に無力化したいとの意図があり、今回の警告海域がグアム近海だというのは、そうした意図を明確に発信することも目的のひとつでしょう。

北朝鮮の弾道ミサイル技術が任意のタイミングで任意の場所へ撃ち込めることを実証するとなると、彼らの中距離弾道ミサイル(IRBM)技術が掛け値なしの脅威であるということになりますね。ここ最近続いていたロフテッド軌道での発射実験で得た技術的蓄積を、フルレンジの発射で試したいという意図もあるのでしょう。

ところで、グアム攻撃用の弾道ミサイルは「ムスダン」だと見られていましたが、実験成績が芳しくなかった「ムスダン」を見限り、「火星12」を使うことにしたのですね。


迎撃するとしたら・・・

今回警告されている「火星12」がグアム近海へ向かう場合、日本上空を通過するコースをとります。
20170810_trajectory02
北朝鮮によると、3356.7km飛翔して、島根、広島、高知を通過とのことですので、イメージとしては上図のような大圏コースですね。
20170810_trajectory
北朝鮮はなぜか愛媛県をカウントし忘れていますが、北朝鮮から島根〜広島〜高知と経由してグアムへ向かうなら、愛媛県もほぼ間違いなく通過します。発射地点によっては香川、徳島、山口や九州を通過するケースも考えられます。

粗い計算ですが、グアムまでの飛翔距離が3356.7km、滞空時間1056秒のIRBMということは、発射地点から水平距離にして約1725kmほど飛翔した約671秒後、沖縄本島と小笠原諸島の中間点あたりの太平洋上空高度約1391kmで弾道頂点となります。迎撃ミサイルの主力となるSM-3は、この弾道頂点を過ぎて弾頭が落ちてくるミッドコース・大気圏外で迎撃するよう待ち構えます。ブロック1Aが射高500km、ブロック2Aが1000kmと言われています( ブロック1Aは600km、ブロック2Aは2350kmとの説も)から、射手となる米海軍イージス艦は、グアム北方沖数百kmあたりの近域へ展開すると思われます。「火星12」の不具合による落下などに備えて、飛翔コース上数か所にも射手は配置されるかもしれません。なお、ブロック1A/ブロック2AともにIRBMの迎撃実験に成功しています( イージスBMD実験成績)。

我が国においては、小野寺防衛大臣が、「北朝鮮が米軍基地のあるグアムに向けてミサイルを発射した場合、集団的自衛権行使が可能となる「存立危機事態」に当たりうるとの見方」(2017/8/10 読売新聞)としておられるので、我が国に対する攻撃意図はなくとも、ひょっとすると防衛出動が発令されるかもしれません。ただし、「火星12」が正常に飛翔する場合、海上自衛隊のイージス艦がこれを迎撃することはないと思われます。

イージスBMDによる迎撃を見送った/失敗した場合、グアムにあるTHAADが用いられるかもしれません。THAADは先月IRBM迎撃実験に成功したばかりです。

イージスBMD、THAAD、そしてPAC-3を含めたミサイル防衛システムは、複数ミサイルに対する多目標同時迎撃実験はすでに何度か成功しています。ただ、中距離弾道ミサイル(IRBM)の斉射に対する迎撃ミッションはありません。

不測の事態に備えて、日米ともに迎撃する態勢をとることは間違いありませんが、おそらく迎撃措置自体は取られないのではないか、と考えられます。というのも、仮に北朝鮮がその存亡を賭けて米国と開戦するつもりなら、今回のような警告は発せずにソウルへ南進し、グアムや東京へ弾道ミサイルを撃ち込むはずで、彼らもまた戦争を望んではいないのは見てとれますが、「火星12」を迎撃した場合、北朝鮮がエスカレーション・ラダーを登る危険性を否定できないからです。

もちろん、こうした北朝鮮のミサイル/核開発をある意味傍観し続けたツケがここにきて回収を迫られているとも言えますが、妙手もありません。今回の事態がどう帰結するにしても、各国の意思決定者が難しい決断をしなければならない時期が近づいている感じがしますね。


戦争の危険性は?

言うまでもなく、北朝鮮によるいかなるロケット/ミサイル実験も国連安保理決議違反です。加えて、いつもの如くミサイルの発射に関して国際機関への通告もしない場合、どのような被害が民間に出るか予想がつきません。彼らの行為は国際秩序に対する重大な違反です。

おさえておきたいのは、現時点で米軍の展開に開戦の緊急性は見られず、「今すぐに」戦争が起きるという状況ではない、ということです。「現時点では」あくまでも米朝の指導者が言葉による応酬をしているにすぎません。北朝鮮がグアム攻撃を宣言したわけでもありません。計画を発表しただけで実行しないシナリオも十分あり得るのです。

なお、B1-Bがすでに先制攻撃の準備を整えているとの報道もありますが、個人的には甚だ疑問です。核兵器を搭載していないB1-Bが、重要施設とはいえたかだか24か所の爆撃をしたところで、北朝鮮の継戦能力を絶てるはずもないですし、移動式ミサイル発射車両(TEL)を狩り切れるわけがありません。この程度の態勢をもって「先制攻撃準備」というのは、やや大げさではないでしょうか。

他方、トランプ大統領の言行に危うさを感じる向きは否定できませんし、金正恩は文字通り独裁者です。誰もが理性的に考え、合理的に判断すれば戦争は起きませんが、人間は必ずしも理性的かつ合理的ではなく、むしろ決断を迫られれば情緒的な理由が幅を利かせがちですし、国民感情というものに呑まれてしまえば、民主主義国家の方がブレーキは効きづらくなります。

また、相次ぐ弾道ミサイル発射実験を経、準中距離弾道ミサイル(MRBM)〜中距離弾道ミサイル(IRBM)の精度に一定程度の自信をつけてきたにもかかわらず、1998年以降日本上空を通過させることを控えてきた北朝鮮が(排他的経済水域(EEZ)へ着弾したことはあります)その禁を破ろうとしていることや、これまでの北朝鮮による弾道ミサイル発射実験においてもっとも米国領土に近い着弾(在韓、在日米軍基地を除く)となる可能性、などついては少なからず留意しておきたいとも思います。

◇ ◇ ◇

冒頭で、「騒ぎにならないはずがない」と言ったとおり、自国の安全保障が脅かされているのを斜に構えて大したことがない、とか戦争なんて起きない、と傍観する態度は取りたくない、というのが愚見です。と同時に、一足飛びに国交断絶や宣戦布告だといった方向にかじを切るのも首肯できません。

純然たる平時でも有事でもない、いわゆるグレーゾーンを完璧に解消する手立てなど簡単には見つかりません。そうした環境において、どうすれば武力衝突を回避できるのかについてもう少しだけ建設的な議論が進んで欲しいかな、とか考えつつも、明日は猫を病院に連れて行くので忙しいです。



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