海上自衛隊哨戒機が韓国駆逐艦から火器管制レーダー(射撃管制用レーダー)を照射された件以来、日韓関係が悪化しています。
本件について日韓どちらが事実に即し、どちらが偶発的衝突を回避しようという態度で臨んでいたのかは、防衛省の動画で答えが出ています(韓国は何も出していないに等しい)。本件に対する韓国外交部・国防部の言動はあまりに挑発的で、ならず者国家である北朝鮮とも見紛うばかりです。
韓国側は事件当初からまるで理解できない嘘や話題逸らしを続けていますが、本日にいたっては自衛隊に対して「対応行動守則に従って強力に対応する」※1と明言しました。対応行動守則とは、「海上で他国の艦艇と哨戒機の威嚇を受けた際、韓国軍が取るべき自衛レベルの“対応マニュアル”」※2のことで、自衛権的措置、すなわち武力の行使を含みます。
韓国が武力行使に言及したことで、日韓は危機のレベルをあげた、と考えて良いのでしょうか?メモ代わりの更新です。
これらの前提に関して、まず韓国は、「危機は相互に作用する」という事に無関心ですね。次に、本件レーダー照射問題は、まかり間違えば偶発的な武力衝突を起こす蓋然性があっただけでなく、韓国は今後同様のケースで武力を行使するかもしれないという強制外交の意図を示しています。したがって、彼らによる認識の有無を考慮に入れずとも、日本から見た日韓関係は現在、“危機”の状態にあると言えます。3、4については後述します。
同時に、キューバ危機などから得られる教訓として、危機管理における対話の重要性は自明です。相手の参照基準点、状況認識、動機、期待、恐怖を知るうえで、話し合いのチャンネルを維持する事は、戦時に至ってもなお必要です。
1月23日、スイスで河野太郎外相と康京和外相が会談※6したことは、安全保障における危機管理上、非常に重要なことです。他方、レーダー照射事件において、クァンゲト・デワンがP-1からの無線に応じなかった件は、危機管理上まったく擁護できません。
アレクサンダー・ジョージは、武力衝突を回避する条件として以下の事を挙げています。第一に、強制するための条件として;
戦時に戦場の霧が発生するのと同様に、危機においても不測の事態が潜んでいます。とりわけ、強制する側とされる側の誤解・誤算は、危機を戦時へとエスカレートさせる大きな原因となり、結果として「意図せざる不注意な戦争(inadvertent war)」を招きます。
レーダー照射問題を観察する際、「意図せざる不注意な」武力衝突どころか、挑発的な武力行使の意図を示した韓国の姿勢は危機管理上適切ではありません。
システムレベルでは、文政権の対日姿勢は一種迷走にも見えます。しかし、その本質は、「文在寅をはじめとする韓国の今日の政治家にとって、対日強硬政策を取り関係を悪化させることで得られる利益がほとんどない」※8という木村幹氏の分析が実際のところなのだと思います。日本のことなど考えてないのでしょう。「事態を誰も統制しておらず、統制するための真剣な努力もなされていないことである。しばらくは韓国の対日政策は漂流を続ける」※9という木村氏の観測が正しければ、日本にとって韓国は北朝鮮よりも「予測不可能性」と「制禦不可能性」が高いということになります。
北朝鮮は、慣習法や国際法、そして国連決議に背いた立派なならず者国家です。その挑発行動の動機付けは対米核抑止の確立であり、核開発と弾道ミサイル実験は目的を達成するための手段です。この場合、強制外交の相手が明確であり、極めて危険ながら、システムレベルでの「予測不可能性」と「制禦不可能性」は危機管理政策上、決して高くありません。
本件レーダー照射問題の場合、韓国は日本に対する無関心(ユニットレベル)のあまり、自らの行動が日本に対する強制外交となっている事さえ理解できていないようです。そして、ごめんなさいが言えずに嘘を重ねた結果、引くに引けずに前に出た、という危うい外交行動(システムレベル)をとっているのではないでしょうか。本件ではかなり贔屓目に韓国擁護をしたとしても、対日危機管理・グレーゾーン対処における稚拙さが北朝鮮を超えると言わざるを得ません。
ところが、レーダー照射問題では武力衝突を回避するにあたって、韓国の「目標が明瞭」でなく、「危機収拾の条件が明確」でないことから、いわゆる落としどころを日本側からはうかがえません。日本側の目標は明瞭です。まず火器管制レーダー照射という危険行動に抗議し、再発防止を目的とし、「危機収拾の条件」は、意図せざる不注意な衝突回避策を双方で再確認することです。一方、韓国は今後同じ状況が発生すれば武力を行使するという発言から、危機を増大させようという態度ははっきりしているものの、その目的や事故再発予防対策は聞こえてきません。したがって我が国が抑止のための防衛力を増強するにしても、韓国の動機を読めないまま進める事になり、リソースの無駄遣いになりかねません。
自衛隊の行動は、国際法や日韓両国も合意国である海上衝突回避規範(CUES)を遵守しています。韓国は彼らが主張するような自衛隊の危険行動を証明できてはいません。こうした状況の下、意識的にせよ無意識的にせよ韓国が竹島問題よりも管理できない危機の生起を自ら示していると考えると、日韓の危機レベルはエスカレートしたと言えるでしょう。
本件について日韓どちらが事実に即し、どちらが偶発的衝突を回避しようという態度で臨んでいたのかは、防衛省の動画で答えが出ています(韓国は何も出していないに等しい)。本件に対する韓国外交部・国防部の言動はあまりに挑発的で、ならず者国家である北朝鮮とも見紛うばかりです。
韓国側は事件当初からまるで理解できない嘘や話題逸らしを続けていますが、本日にいたっては自衛隊に対して「対応行動守則に従って強力に対応する」※1と明言しました。対応行動守則とは、「海上で他国の艦艇と哨戒機の威嚇を受けた際、韓国軍が取るべき自衛レベルの“対応マニュアル”」※2のことで、自衛権的措置、すなわち武力の行使を含みます。
韓国が武力行使に言及したことで、日韓は危機のレベルをあげた、と考えて良いのでしょうか?メモ代わりの更新です。
平時と戦争の間にある“危機”
国際政治では戦争を回避するための知恵がいくつかあります。そのひとつとして、危機管理(crisis management)という概念があります。国際紛争(国家間の問題)を抱えているけれども武力を伴わずに揉めている「平時」と、武力を伴う「戦時」という2つのレベルの間に、「危機」というレベルを差し挟み、できるだけ「戦時」というレベルに突入することを避けようというものです。

政策の失敗がすぐさま戦争へとエスカレートしないために危機≒グレーゾーンを設け、この期間を利用して互いの誤解を解いたり、妥協点を探り合ったりして多くの犠牲者を生む戦争を回避するのです。
グレーゾーンについては、『防衛白書』において「純然たる平時でも有事でもない幅広い状況を端的に表現したもの」との記述があります。危機やグレーゾーンそれ自体は新しい概念でもなんでもなく、ベルリン危機やキューバ危機などはその最たる事例です。一般に危機という前段階を持たない戦争はほとんどなく、真珠湾攻撃でさえ数か月の外交危機を経た上で戦時に至りました。

政策の失敗がすぐさま戦争へとエスカレートしないために危機≒グレーゾーンを設け、この期間を利用して互いの誤解を解いたり、妥協点を探り合ったりして多くの犠牲者を生む戦争を回避するのです。
グレーゾーンについては、『防衛白書』において「純然たる平時でも有事でもない幅広い状況を端的に表現したもの」との記述があります。危機やグレーゾーンそれ自体は新しい概念でもなんでもなく、ベルリン危機やキューバ危機などはその最たる事例です。一般に危機という前段階を持たない戦争はほとんどなく、真珠湾攻撃でさえ数か月の外交危機を経た上で戦時に至りました。
危機の捉え方
- 危機は相互に作用する(したがって地震などは含まれない)。
- 脅威を相手の敵対的軍事行動と結び付けて考えている。
- 事態がどのように展開していくのか予断を許さない「予測不可能性」がある。
- 事態のコントロールを失うかもしれないという不安「制禦不可能性」がある。
これらの前提に関して、まず韓国は、「危機は相互に作用する」という事に無関心ですね。次に、本件レーダー照射問題は、まかり間違えば偶発的な武力衝突を起こす蓋然性があっただけでなく、韓国は今後同様のケースで武力を行使するかもしれないという強制外交の意図を示しています。したがって、彼らによる認識の有無を考慮に入れずとも、日本から見た日韓関係は現在、“危機”の状態にあると言えます。3、4については後述します。
危機におけるリーダーの心理
危機の度合いが高まれば高まるほど、当事国のリーダー/指導層の心理は通常のものではなくなる傾向があります※4。
- 危機の時期、緊張が増すにつれ、コミュニケーションは短くなり、いっそう定式化する。
定式化は事実を歪めるばかりでなく、事実を黒白のイメージに分解し、「敵のイメージ」の創出を促す。 - 危機は相手方の行動に対して、敵意と暴力のレベルにおける過剰な知覚を発展させる。つまり、敵意が存在しないようなところに敵意を見てとる(希望的観測ないし自己充足的な予測によって)。
- 自分の行動が示す敵意と暴力については、過小の知覚しかなされない。
- このような過程を経て、紛争のらせん状況(互いを敵と知覚する二国間のミラー・イメージ状況)となる。懸念や恐怖といった知覚が、この状況下で増幅される。
- 意思決定者は、自分や彼我の同盟国、双方の強弱に対する知覚が薄くなる。
- 危機が増大するにつれ、意思決定者たちは次第に自分たちの選択肢の範囲がいっそう限定されるようになると感じる。
- 意思決定者たちは、相手の選択肢は広がっているとみなす。
私も含めて、どうしても人は他者を何らかのバイアスをもってとらえてしまいがちです。「安倍首相だから○○する」とか「どうせ文大統領は□□だろう」といった個人的レッテルで定式化して互いの国の出方を憶測し、彼我の選択肢を狭めてしまうこともまた危機管理に失敗する原因となるという点は自戒しておきたいと思っています。
危機の意思決定
組織の力学と心理に注目して意思決定を見ると、「グループ思考」という心理状況が生まれます。「意思決定グループに同調圧力が加わると、現行の政策を再検討したり代替案を考えようとする動機が封じ込められて、意思決定が硬直化し、- 自分の側が非脆弱であるという幻想、
- 集団的合理化への幻想、
- 全会一致が道義的にも正しいという幻想、
- 相手方についての固定観念、
- 同調しない者への同調圧力、
- グループの合意から逸脱しないように働く自己検閲、
危機管理のジレンマ
危機においては、対決も宥和も望ましくありません。平和の維持のためには、対決政策も「融和政策」もともに望ましくなく、その中間的方策が必要だが、ある特定の時点で、ある特定の事態に、どの程度対決的で、どの程度「融和」的な政策をとるかという判断はまことに難しい。
これは、高坂正堯氏の言葉です。
そして「汝平和を欲さば戦に備えよ」という警句のとおり、高坂氏も軍事力を整えることの重要性を否定するどころか繰り返し説いていました。例えばフォークランド紛争に関しては以下のような評論をしています。
そして「汝平和を欲さば戦に備えよ」という警句のとおり、高坂氏も軍事力を整えることの重要性を否定するどころか繰り返し説いていました。例えばフォークランド紛争に関しては以下のような評論をしています。
土山實男氏は、「危機管理のジレンマ」について以下のように論じています。イギリスの誤りとは、いくつかの兆候にもかかわらずまさかアルゼンチンが軍事力を用いてフォークランド諸島をとるとは考えず、対応策をとらなかった点にある。イギリスは艦艇を送るとか、海兵隊を増員することによってアルゼンチンの行動を抑止することができたし、1977年はそうした。それが今回はアルゼンチンの意図を誤認したのであり、それが自らも損をし、他国にも迷惑をかけることになった。
軍事力を背景に、すべき時にすべき決断をするというのも大切ということです。機会主義的な行動に対してただ戦争を回避しようと努力することは、かえって相手に付け込まれる結果を招くだけだし、反対に防御的行動に対してもっぱら強制的に対応すれば、むしろ逆効果になって紛争はエスカレートしてしまう。
土山實男、『安全保障の国際政治学 -- 焦りと傲り 第二版』、265-266ページ。
同時に、キューバ危機などから得られる教訓として、危機管理における対話の重要性は自明です。相手の参照基準点、状況認識、動機、期待、恐怖を知るうえで、話し合いのチャンネルを維持する事は、戦時に至ってもなお必要です。
1月23日、スイスで河野太郎外相と康京和外相が会談※6したことは、安全保障における危機管理上、非常に重要なことです。他方、レーダー照射事件において、クァンゲト・デワンがP-1からの無線に応じなかった件は、危機管理上まったく擁護できません。
誤解・誤算を避けるために
武力衝突を回避できたとしても、相手の攻勢を止められなかったり、原状回復ができなかったりすれば、それもまた危機管理の失敗です。危機管理を行う上で難しいのが、武力衝突の回避と原状回復のジレンマの克服ですが、どちらを優先させるかはその時の状況やアクターによって様々です。アレクサンダー・ジョージは、武力衝突を回避する条件として以下の事を挙げています。第一に、強制するための条件として;
- 強い動機がある、
- 相手の動機より強い、
- 目標が明瞭、
- 相手に緊迫感があること、
- 国内世論の支持があること、
- 軍事行動をとる選択肢があること、
- 相手にエスカレーションの恐怖があること、
- 危機収拾の条件が明確であること、
- 相手に最後通牒と受け取られ、相手を挑発していないか、
- 強制政策と戦争回避の政策の間に衝突が起きていないか、
- 相手は強制側の決意を理解しているか、
- 相手が強制側の決意を理解するまで交渉を遅らせられるか、
- 相手が要求を受け入れやすくするための「ニンジン」は与えられているか、
- 相手が反撃の決意を固める前に「ニンジン」と「ムチ」をタイミングよく適用されたか、
戦時に戦場の霧が発生するのと同様に、危機においても不測の事態が潜んでいます。とりわけ、強制する側とされる側の誤解・誤算は、危機を戦時へとエスカレートさせる大きな原因となり、結果として「意図せざる不注意な戦争(inadvertent war)」を招きます。
レーダー照射問題を観察する際、「意図せざる不注意な」武力衝突どころか、挑発的な武力行使の意図を示した韓国の姿勢は危機管理上適切ではありません。
北朝鮮を超える韓国の「予測不可能性」と「制御不可能性」
ケネス・ウォルツの「3つのイメージ」でいうところのサード・イメージ(国際関係)では本件を理解し難く、セカンド(国内政治)やファースト(人間の本性や行動)イメージでアプローチする方が適切なのかなと愚考します。システム(国際体系)レベルよりも、ユニット(国家・政府)レベルでとらえる方がクリアになるのではないでしょうか。本稿で言うと、「危機におけるリーダーの心理」、「危機の意思決定」で言及したあたりが、ユニット・レベルに該当します。システムレベルでは、文政権の対日姿勢は一種迷走にも見えます。しかし、その本質は、「文在寅をはじめとする韓国の今日の政治家にとって、対日強硬政策を取り関係を悪化させることで得られる利益がほとんどない」※8という木村幹氏の分析が実際のところなのだと思います。日本のことなど考えてないのでしょう。「事態を誰も統制しておらず、統制するための真剣な努力もなされていないことである。しばらくは韓国の対日政策は漂流を続ける」※9という木村氏の観測が正しければ、日本にとって韓国は北朝鮮よりも「予測不可能性」と「制禦不可能性」が高いということになります。
北朝鮮は、慣習法や国際法、そして国連決議に背いた立派なならず者国家です。その挑発行動の動機付けは対米核抑止の確立であり、核開発と弾道ミサイル実験は目的を達成するための手段です。この場合、強制外交の相手が明確であり、極めて危険ながら、システムレベルでの「予測不可能性」と「制禦不可能性」は危機管理政策上、決して高くありません。
本件レーダー照射問題の場合、韓国は日本に対する無関心(ユニットレベル)のあまり、自らの行動が日本に対する強制外交となっている事さえ理解できていないようです。そして、ごめんなさいが言えずに嘘を重ねた結果、引くに引けずに前に出た、という危うい外交行動(システムレベル)をとっているのではないでしょうか。本件ではかなり贔屓目に韓国擁護をしたとしても、対日危機管理・グレーゾーン対処における稚拙さが北朝鮮を超えると言わざるを得ません。
竹島問題よりも危機管理上はリスク増大か
そもそも、竹島を占拠されている時点で日韓関係を「純然たる」平時と規定するわけにはいきません。仮に竹島に対して日本が自衛隊を用いた行動をとれば、韓国軍が自衛権的措置、すなわち武力を行使するのは明白です。したがって、レーダー照射事件発生以前に日韓はすでに初期的な危機レベルにあったわけですが、その危機は、A・ジョージが定義したような武力衝突回避のための諸条件をそろえた管理されたものでした。ところが、レーダー照射問題では武力衝突を回避するにあたって、韓国の「目標が明瞭」でなく、「危機収拾の条件が明確」でないことから、いわゆる落としどころを日本側からはうかがえません。日本側の目標は明瞭です。まず火器管制レーダー照射という危険行動に抗議し、再発防止を目的とし、「危機収拾の条件」は、意図せざる不注意な衝突回避策を双方で再確認することです。一方、韓国は今後同じ状況が発生すれば武力を行使するという発言から、危機を増大させようという態度ははっきりしているものの、その目的や事故再発予防対策は聞こえてきません。したがって我が国が抑止のための防衛力を増強するにしても、韓国の動機を読めないまま進める事になり、リソースの無駄遣いになりかねません。
自衛隊の行動は、国際法や日韓両国も合意国である海上衝突回避規範(CUES)を遵守しています。韓国は彼らが主張するような自衛隊の危険行動を証明できてはいません。こうした状況の下、意識的にせよ無意識的にせよ韓国が竹島問題よりも管理できない危機の生起を自ら示していると考えると、日韓の危機レベルはエスカレートしたと言えるでしょう。
注※2 日本の挑発に対する国防部の対応行動守則とは、ハンギョレ、2019/1/24.
注※3 土山實男、『安全保障の国際政治学 -- 焦りと傲り 第二版
』、256-257ページ。
注※4 ブルース・M・ラセット、『安全保障のジレンマ―核抑止・軍拡競争・軍備管理をめぐって
』、155-178ページ参照。
注※5 土山實男、『安全保障の国際政治学 -- 焦りと傲り 第二版
』、259ページ。
注※6 韓国外相、河野氏に「低空飛行続いている。憂慮し遺憾」、朝日新聞、2019/1/23.
注※6 韓国外相、河野氏に「低空飛行続いている。憂慮し遺憾」、朝日新聞、2019/1/23.