愛おしき日々

いくつになっても熱い心で颯爽と日々を送りたい。人生を有意義に頑張って生きたい。バレーに燃える日々や日常の思うことを綴ったりするブログです。群馬県片品村がお気に入りです。

飼い犬。

3a2582a0.jpgうちにきて約一年のクッキーです。
2016年12月17日生まれの男の子。

が、この子は奇形がちらほらとあります。
男の子なんです。

ブツもあります(〃ω〃)
でも、小さいんです。

そもそもが動物病院で去勢をお願いしたら睾丸がなかった。

(〃´o`)=3はぁ!?そんなことある???

念のためにお腹の中を開いて探してくれましたがありませんでした。

それでも元気に逞しく育ってくれて活発なワンコになりました。

で、今度は左前足の湾曲が顕著になってきました。
レントゲンできちんと病名を聞いたのですが、忘れてしまいました。

チワックス。
チワワとミニチュアダックスフントのミックス犬。

めったにない奇形がありますが、なんせ飛びはねて遊び、よく食べて、よく寝るし…飼い主が大好きという可愛い奴です。
孫の代わりにぴったりな抱っこ大好き犬。

ペットショップで犬を初めて買ったんだけど、失敗したとは思ってない。
だいたいが売れ残りみたいにポツンと違うゲージに入れられてて、他の犬みたいにきゃんきゃん吠えることもなく…

何よりも…

(´▽`;)ゞ安かった。

そんな犬を見てたらなんだかね・・・。

最近、バリカン買ってカットしたけど不揃いで気の毒(^o^;)

右耳は立つけど左耳は寝てて、前足はダックスフントだけど後ろ足はチワワ。
鼻はチワワとダックスフントの中間ぐらい。

まだ1歳の遊びたい盛りだから、相手をするのも一苦労です。

住めば都、飼えば愛犬…本当にどんなでも毎日付き合っていれば可愛いもんですね。

散歩が嫌いなワンコのクッキーでした!

春がきた。

92c08fed.jpg

しばらくブログ放置してました。

あっという間に桜が満開。

夕方犬の散歩がてら近くの公園に行った。
なんせ、うちの飼い犬は散歩が嫌い。
(-_-;)全く歩きません。

車に怯えて、何が怖いんだか…抱っこでしか散歩に行きません。
飼い主が甘やかした説が濃厚ではありますが(汗)

ですから…
(-o-;)正式には私の散歩です。

またまた大会がいくつかあって、思うような結果には至っていません。
何が悪いんだか、本当に試行錯誤が続きます。

これからシーズン本番に入っていくわけですが、怪我人と病人と合計3名様も順調な回復を見せているので早く全員揃って練習できる日を心待ちにしているところです。

エース不在で何とか一年持ちこたえた。
続く時は続くのがケガなので、気持ちを引き締めようが気をつけようがやるときゃやる。
ケガを怖がっていてはスポーツなんかできない。
ただ、若い時とは違って大怪我になることも多いので、疲労や無理は厳禁です。

…と言いつつも無理をしてないわけではない。
みんな家庭生活や仕事をこなしながらのバレーボールなのでね。

私もまた加圧トレーニング再開。
婆ちゃんの入退院から亡くなってと、バタバタしてたからキャンセル続きでね。ずっとお休みしてた。

(-o-;)やりたくねー!

毎週同じことを呟きながらマンツーマンでトレーナーの先生と向き合う。
アスリートらしき筋肉にはなってきたが、体重は落ちない。

なんでー!!Σ(ノд<)

きついよー、もうやだよー、体はすぐに悲鳴を上げる。
毎週、体中の痛みを抱えて筋肉が萎縮してる状態。
なかなかほぐれてないのに練習試合をやる。

肩を痛めたかもしれないが、痛いならもっと痛めつける!のが私流。

学生時代のきつくてつらい思い出しかない筋トレ。
トラウマもあるし、筋トレなんかしなくて済むならしたくない。
大金払ってまで筋トレしてバレーやるなんて、何か間違ってると思う(笑)

が、辞めたらすぐに即死しそうでバレーを辞めるのも考えちゃう。

今日も春どころか初夏の陽気のさいたま市。
満開のお花見より筋トレを選んだ私は夕飯用意したらぐったり…。
かろうじて犬を理由に散歩してきた。
いちいち理由がいる(^o^;)

爺ちゃんは今のところ元気だし、ちょっとだけ気持ちに余裕あり。

これから姪が大学に合格して近くに引っ越してきたので楽しみが増えました。
娘が独立して寂しかったので嬉しいです。
…と言っても、娘はしょっちゅう犬と遊びたくて帰ってきてますが。

これから本格的に頑張らないとね。
ケガをしないように筋力つけるのも大切です。無事に一年終われますように…。

雪に翻弄される都会人

675abadc.jpg喪中のため、新年の挨拶は控えさせていただきます。今年もよろしくお願い申し上げます。
と!
気付いたら2月になっていました。正月あったよね?的な扱いになった月日の流れでございます。
寒さが厳しい、いや、厳し過ぎるだろ!これは。

さいたま市−9.8℃を記録したが、実は私が住んでるとこはさらに自然があるせいか−10℃でしたわ。

( ̄▽ ̄;)片品村か、ここは?

でも、観測史上一番の寒さだと聞いて超ハイテンション。

(* ̄∇ ̄)ノイェーイ!
一番だぜーっ!

何でも一番が好きっっっ!
雪はとにかく凄くて、雪かきしてもしてもどうにもならない。
都会は置き場に困る。
最終的には塩カルを買ってきて撒いたしだいです。

敷地が他の家の作りより素晴らしく広い(汗)

私道17メートルありまして、雪の壁が出来ました。
んで、気温が低いせいで全く解けない。
大雪の翌日に歩いて偵察に行ったら転んでる人を三人見ました。

( ̄□ ̄;)!!えっ!?
こんなんで転ぶ?

ちなみにうちの息子も二回も出勤途中に転んだそうで…。

電車やらバスやら大混乱。道路にも雪が積もってたせいで渋滞してたし、お隣さんは家の駐車場にとうとう入れなかった。
スタッドレスでもタイヤが空回り。いくら雪かきして毛布ひいて押してもダメ。
やっぱりこんな時は四駆だなと実感。

でもねぇ(^o^;)
一年に何日かのためにわざわざスタッドレスと四駆にするのは考えちゃうんだよなぁ。
タイヤの置き場や割高な四駆。。。

私は性格はアブでもタイヤだけはノーマルなもので雪道は運転しなきゃいいわけ。
まぁ、ツルツル道路も運転するっちゃするが、遠出しなきゃなんとでもなるのだから。

そもそも普通は数日で解けるのだ。

が、今回は無理だった。そしてまた昨夜から降りだして積もった。
今朝も雪かきして一汗かいた。
もう嫌だ、雪かきも寒さも。

これが平気なら片品村に住むわ(-o-;)

都会の大混乱は妙に面白い。
道路の除雪をブルドーザーがやってた。
さてと、歩いて買い物でも行って来るかな。

インフルエンザ大流行みたいだから皆さんも気をつけてくださいね。

志木市親善大会

毎年お誘いいただきまして誠にありがとうございます。
もう20年近いのではないでしょうか?
年末の忙しい時でもあるのでメンバー調整が大変な時もありますが、みんなで練習してきた成果を出して結果を残すという目的を持って参加させていただいています。

今年は本当に何かがちぐはぐで準優勝で終わってしまうことが多かった。
来年はもう少し粘りがあるプレーをしないとだ。

連携ができていない、連携するために必要なことが足りない等々、たくさんの課題が見えてきたので来年に活かしましょう。
一つ一つコツコツと練習したことが来年に繋がるようにしたいね。

すぐに1月から大会が目白押しだ。ご招待試合もあるし、のんびりしてもいられない。


さて、やっと娘が独立しました。
独り暮らしを始めてくれたので今はちょっと寂しくてつまらない。

生活にはそんなに大きな変化はないはずなのだけどね。近いっちゃ、近いのでいつでも行けるし、しっかりした娘なので大丈夫だとは思うが心配ではある。
見守るってのも自立には大切なことだから、何かあったら手助けはするができるだけ自分で解決させないとね。

娘はしっかりした頑張りやさんです。
いいお婿さんに恵まれますように…と心から願う母であった。。。

┐('〜`;)┌

銀座に行こう!

46cac9cf.jpg今日はとても楽しかった♪

久しぶりの銀ブラ。
(-o-;)言い回しが古いか。

中学の同級生と銀座でお買い物。
お目当てはCOACHのウォレット。
今日から発売の新作のお財布を買ってきた。
COACHの柔らかい皮の製品は使いやすくて手に馴染み、修理もしてもらえるから長く使える。
お気に入りの一品になった。
旦那がアメリカ出張が毎年あったので買ってもらってはきたのだけど、どれもこれもイマイチ気に入ったものじゃなかった。

やっぱり自分が選んで、欲しいと思ったものが一番だ。初めて自分で買った。

というのも、長い間義母を介護してきたので私の叔母がご褒美なるものをくれた。

えらかったねぇ〜よく頑張ったね…って、叔母が労ってくれてご褒美だよとお小遣いを送ってくれた。
いくつになってもお小遣いは嬉しい(笑)

恐縮したが、ありがたくいただくことにした。

同級生とはたまに連絡を取ってきてる唯一の都会での仲良し。

中学時代は一緒にリレーの選手として県大会とかにも出た仲間。

珍しくバレー関係者ではなく、陸上仲間。

彼女とは若かりし頃にばったり渋谷で会って、それからたまに会ってランチしてる。

銀座も変わったなぁ。
年月も感じるし、時代の移り変わりも感じた。

またの再会を約束してきた。
あんまり都内に出かけてないが有楽町まで電車で40分足らず。
また付き合ってもらおう。

あー、女に生まれて良かった┐('〜`;)┌


来年はお金が貯まりますように!!

ご褒美ありがとう、叔母ちゃん。
これからも頑張ります。

2017年さいたま市秋季リーグ戦

ずいぶん経ってしまったが婆ちゃんの四十九日やらで忙しくしてた。

リーグはまた死闘の戦いが繰り広げられた。

結果、2部に降格。
(;´д`)

今の実力では勝てなかったのだ。
エースのアキレス腱断裂でも前回は勝てた。
今回はなぜかチームが乗れてなかった。こんな時もある。
いろいろな理由があるとは思う。
が、負けは負け。
来年の春に向けてまたチームを鍛え直そう。

今回は片品村からわざわざ応援にきて下さった。

てる君と須藤さん、本当にありがとうございました。そして、ごめんなさい。
あんなに一生懸命応援してくれたのに、いいとこなしで。
必ずや、来年は1部に上がってみせます。
また懲りずに来てくださいね。

二人と歩いてたら他のチームさんからお声が。

(/^^)/ねーさん、今日はwithB連れて試合っすか?

v(^o^)そう、35億!
あー、女に生まれて良かったっ!

が、ある違うチームの方からは…

(^◇^)ねーさん、すけさんかくさん連れてる水戸黄門みたいっすね。


(`◇´)ゞち、が、う、だろう〜!


流行語大賞は私はこっちだな。

まぁ、またみんなの悔しさがチームをレベルアップさせるのも本当なので頑張ろうと思います。

片品村の皆さん、また来てくださいね。

ジョージ君もぜひ。

高校バレーOG会。

10月28日、葬儀のバタバタの疲れと3試合の疲れとでバタンとなりそうなところを気力で保ち、栃木県大田原温泉に行って来ました。
高校バレー部のOG会でした。
同級生が8人います。
私がしばらくご無沙汰してたので、久しぶりに全員揃ったそうな。

昔話で花が咲いたのはもちろんだけど、みんな年齢重ねたなぁ…と。
でも性格は変わらないわ。
同じ釜の飯を食った仲間。苦しい練習浸けの毎日を一緒に過ごした仲間。

私は実家にも近いのだが、家には寄らなかった。

温泉に何回入るかとか競い合った仲間がいてウケた。
こんなところまでライバル意識、いや負けず嫌いなメンバーがいる。

でも、久しぶりだった私はちょっと気後れした。

部屋は確かに広かったけど、8人で寝るのはちょっとね(^o^;)

学生時代の合宿を思い出した。

今のメンバーと片品合宿に行くのとは訳が違う。

現在、この高校バレーのメンバーの一人が私のいる部にたまに練習に来てる。

事情があって…沖縄に嫁に行くも今は都内にいる。
たまにはやりなよ〜という私の誘いを受けてくれて参加するようになった。

ママさんバレーなのに、真面目にきちんと練習していて驚いたらしい。
彼女もこういう練習じゃないとやってつまらないようだ。なんせ、かつてはエースだった。

高校時代のバレーは、関東大会止まりで全国には行けなかった。
当時、全国No.1だった宇都宮女子商業高校が栃木県にあって…とうとう勝つことはできなかったのだ。

準決勝まではいくのだけど、全国1位に対しては寄せ集めの県立高校じゃ、歯が立たなかったなぁ。

しかし、私自身は現在進行中の仲間がいる。バレーを続けて試合もしてる。
あの頃の試合はもう覚えていない。

一晩中飲み明かすのかと思ったが、みんな早く寝た。おばちゃんになったなぁ。

全員一度は結婚して子供に恵まれたが、離婚もいるし、キャリアウーマン、看護士にレントゲン技師、保険屋さんに、先生もいる。

トレンディドラマが作れそうだね〜と思ったがトレンディドラマ自体が死語になった。

荻野目洋子が再ブレークしてるが、あんな服を着てハイヒール履いてた頃が懐かしい。

朝、みんなより一足先に帰路に着いて新幹線で帰ってきて練習に間に合わせた。

もうすぐし烈な戦いの幕が開くのだ。のんびり構えてる余裕はない。
秋季リーグがやってくる。

OG会の仲間の応援をもらったので私も頑張ります♪

19日に大会がある。
みんなで一丸となって頑張ろうね!

また来年ね、お誘いありがとう。

大会結果

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10月21日にさいたま市の家庭婦人の大会がありました。

疲れてはいたけど、人数ギリギリでみんな頑張って練習してきたので私も気合い入れないと。

結果は決勝でフルセットのあげくに負けてしまいました。
準優勝です。

悔しい負け方でした。
お互いを知り尽くした大谷場さん相手にラリーの応酬でボールが落ちなかった。
なのに、詰めが甘くて私の決め手になれてなかったな。反省はたくさんある。



でも、負けだったけど無駄ではなかったみたい。

みんなの目の色が変わった。

次のファミリーのリーグに向けて、かなり練習にも力が入っていい感じ。


反省点を克服するために私はブロックフォローの練習道具を自作しました。

ブロック練習板が売ってはいるけど高い。

本来無くても意識の問題で解決できるんだけどね。いろいろな意味で練習を盛り上げようと思った。

プラカードみたいに作ってフェルトを張り、そこに羊毛フェルトで手のひらを作ってみました。
リアルに手相までありまして、これが見えるようならブロックを見てスパイクが打てるようになります。

跳ね返りは何度かやって研究してみてこれでオッケーになりました。

指にテーピング付けてますが、作るのに飽きたので(笑)

欲しいチームさんがありましたら、普通に買った方がいいと思う値段で応じますw


次のファミリーまでみんな一丸で練習に励みます。
頑張ろうね!

婆ちゃんの葬儀

バタバタながらもやっと日々が落ち着いてきました。

10月12日に亡くなった義母。
家族で食い入るような目で看取り、本当か?本当に亡くなったのか?と疑いたくなるような穏やかで安らかな死を目の当たりにしました。

それからが大変。噂に聞いた通りの体験談を書いておきたいと思います。

生前から出てった者と死んだ者には金を使うなと言っていた婆さん。

よく聞く話しの通り、葬儀は亡くなった瞬間から始まると言っても過言ではありませんでした。

ドクターからの臨終宣告があり、綺麗にしてもらってから病院の霊安室に移動します。

まず驚いたのは、病室から霊安室に移動するのが葬儀業者でした。
私は得体の知れない業者に頼むのはもっての外と思っていたので、移動はそこの業者に頼むしかなかったが、自宅までの搬送は断り、私が頼んだ業者にお願いしました。
知らずにそのままだと一気にこの葬儀社が勝手に進めてしまいます。

爺さんや伴侶はさすがに悲しみに浸っていただきたいので、自ら仕切ることにしました。

介護をやりつくした感の私は、亡くなったのがまだ不思議ではありましたがリーズナブルかつ繊細な葬儀を目標に動き始めました。

婆ちゃんが危篤の間に預金は全部下ろしておきました。あまり関係なかったのだけど…。

葬儀をお願いしたのはJAさん。
いくつか葬儀に参列させていただいた時に好感が持てたし、評判が良かったからです。

霊安室から自宅に連れて帰ったのですが、今時は直行で斎場やホールも普通だそうです。
が、JAさんは空いてなかった。それにセレモニー斎場が遠い。
そこでさいたま市の斎場を希望しました。
が、ここで問題が。

高齢化社会なので葬儀がバンバン入ってくる。
さいたま市は人口の割には斎場が少ない。
というわけで1週間ほど待つ羽目に。
コーディネーターさんが空いてる日を電話で確認して、ほんの数分話し合いをしてる隙に…もう1日延びてました。

結局、18日に一発告別式という家族葬で決めました。
90歳の婆ちゃんは、もう兄弟も葬儀に参列できる状態にはなく…ずっと寝たきりだったから近所の人も知らない。

通夜をやらず、その代わりほんの少し告別式にお金をかけることにしました。

婆ちゃんはおしゃれが好きでしたからピンクのお棺に入れて、味気ない遺影にならないように華やかな色合いのフチにして、お花も可愛らしくしてもらいました。
弔問客の皆さんに美味しいお食事をしていただき、返礼品も喜んでもらえるようにしました。

そして、納棺士さんが素晴らしかった。てきぱきした女性の方でしたが、お化粧がものすごくリアルでね。
寝てるみたいという表現では申し訳ないぐらいでした。
むしろ生き返ったらどうしようと怖いぐらいでした。

あと、ドライアイスでの安置だと1日七千円以上もかかるのだけど、冷蔵庫に保冷していただくと数百円だったのは驚きでした。
しかしながら、ここもお預けするには混雑がひどいです。
前日予約ができないから、朝8時ちょうどにつながるように業者さんが電話するんだそうです。
人気アーティストのコンサートチケットを取るみたいな感じ?
さいたま市はもう少し考えて欲しいとつくづく思いました。

結果的に4日自宅で安置して、やっと霊安所にお願いできました。

亡くなってすぐに私の両親が3時間かけて駆けつけてきて、婆さんの姪夫婦も焼香にきてくださいました。

でもね、疲れてて寝たかった…。
ありがたいんだけど、前日オール続きのまま走り続けてたので本当に疲労困憊。



お墓を移したせいで、今は霊園です。
宗派は過去の檀家だった浄土真宗にしました。

告別式は浄土真宗のお経が珍しくて、笑いをこらえるのに必死でした。
不謹慎だと思うからこそ、きちんと成仏を願いながら聞いてるにも関わらず、独特のリズムが面白くてね。

(~Q~;)唇を噛んで堪えましたとも。

葬儀まで長かったからか、みんな落ち着いていたし、すっかりやらねばならないことも終わっていました。

役所関係もスムーズで、故人の遺品整理も1日で終わりました。

婆ちゃんは几帳面にきちんと整理していたので、見習うべきところではありました。

(-o-;)貴金属はとっくに売りさばいてなかったわ。


こうして家族葬も無事終わり、仏壇も買い替えて、墓石に墓碑銘を掘ってもらい、一通りの流れを経験しました。

祭壇で笑ってる婆ちゃんの写真を見ると、本当に振り回してくれて疲れた日々やら姑根性むき出しで文句ばかりだった日常やらを思い出す。

私は根に持つタイプだからね(-_-;)


でも、90年お疲れ様でしたねと思います。

結婚する時に、息子が頼りないから強そうな嫁さんが来てくれて助かる…そう言ってたね。

まさに私だったから婆ちゃんの面倒を最後まで見れたんだと思います。

結婚は後悔ばかりだったが、人一人最後まで面倒見れたことは誇らしいわ、私。

寂しくはない。でも楽にもなってない。
まだ実感がないのだろう。

私はここまで長生きしたくない。日本の高齢化の現実を数々見てきて、子供たちへの迷惑を考えてしまう。

息子に嫁さんが来たら、可愛らしい姑になります。
もうあんな思いは私もしたくありません。

葬儀後にはさらに目まぐるしいことが。
続く。

義母の終焉

10月11日夕方、思いもよらない電話がありました。

「お義母さまの意識が突然なくなりました。すぐ来ていただけますか?」

は?

なんで!?

療養型の病院に入院したのが9月25日。胆管炎はしばらく落ち着いていた。

面会に行ったら頭もしっかりしてたし、元気だったのに…。

てっきり、また炎症を起こしてショックでも起こしたかと思った。

正直、こんなことはしょっちゅうあったので…またかと思っていたぐらいだ。
そのたび、難なくクリアして生き延びてきた婆さんなんだから。

取るものもとりあえず、着の身着のまま爺さんとたまたま休みだった娘を乗せて病院に車を飛ばした。

ドラマみたいだった。
廊下を小走りに走って、病室に急ぐアレ。

そして、お義母さ〜ん!


(-o-;)違うわね、実際は違う。

みんな、一瞬見て固まるんだ。


婆さんはベッドの上で体を硬直させてグワングワンさせて全身を痙攣させてた。

明らかに重篤な状態が見てわかる。

私はうろたえたりしないけど、人間の体がこうなったりするのを見ると、普通の人はとんでもないものを見てしまったかのように言葉を失うみたいだ。


一体何が起こったわけ?

まず脳なのは間違いあるまい。

看護士からの説明は概ねこうだ。

お昼ご飯はカレーだった。普通に食べてたし、福神漬けも乗せてくださいって頼んだぐらい食欲があった。が、夕方突然意識がなくなった。

正確には意識がないのに気がついた…なのだろう。

どの部屋も介護度が4以上のお年寄りばかりなのだから手がかかるし、四六時中見てるわけではない。


医師がきて、延命処置をするかしないか最終確認。

どの病院でもしつこく聞かれる。高齢者だから余計にね。

それから血圧が下がり、明らかに下顎呼吸になった。夜中の3時過ぎにさらに呼吸が減った。

しかし、酸素吸入と点滴はしてた。

尿は一滴も出ない。

眉間にシワを寄せるせいで苦し気に見える呼吸だが、本人は苦しくはないらしい。

点滴を外して欲しいとお願いしたが、断られた。

素人目に見てももう助かる見込みはない。

もういいだろうよ。両手に点滴刺されてどんどん顔が浮腫んでく。
それを見てるのが気の毒になった。

最後ぐらい人間として医療行為のない、自然に朽ちていく死を迎えさせてはもらえないのか?

病気ばかりでずっと寝たきりで30年なんだよ?

ドクターの答えは非情。

安楽死は認められてません。点滴は抜けません。

これは安楽死を求めるのか、延命処置をしないなのか?

本当に自然死を迎えたいなら自宅以外にはないね。

今の日本の医療はこうなんだ。

病院を選んだのには理由がある。

ずいぶん長くオムツを使ってきたのだけど、ここにきてオムツに排泄することを嫌がるようになった。

両側から腕を掴んで支えるしかないのだから、どうしても自宅では手が足りない。ポータブルも置けるスペースがなかった。

トイレにこだわった婆さんの要望を叶えるには病院しかなかったのだ。
入退院を繰り返して、ホームには入れなかったからね。


それでも12日午後1時に臨終確認されるまで婆さんはわずかずつ不規則な呼吸を続けた。



最期の言葉が聞けなかった。

世話になったね。

ありがとう。

とうとう聞けないまま…あの世に逝かれてしまった。

なんだよ(-_-;)

婆さんから聞きたかったな。。。

30年のお付き合いでした。自分の親より長い暮らし。

長生きしたね。私のおかげだと思うよ。
私は真面目に一生懸命面倒見た。この30年を簡単には語れない。


臨終確認のあと、物言わぬ婆さんに叫ぶように声をかけた。

「私、精一杯面倒見たよ、婆ちゃん。どこの誰よりもしっかり頑張ってきたよ。悔いはないから!」


すると、爺さんと旦那から労いの言葉。

長いこと、本当にお世話になりました。

ありがとうね。



初めて涙がツーッと流れ落ちた。

やっと、一つ介護が終わった。

やりとげた。

よく頑張ったね、婆ちゃんも。


そして、葬儀。



肉球クリクリして~
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