”Discovery Japan”

1970年代前半,ananなどの女性ファッション誌を中心に、
日本の地方へ旅行をするキャンペーン、
戦後の復興を終え個人資産を持った日本人へ旅行というレジャーの提案と、
それに伴うファッションのセールス。
熱海に行くならこんなおしゃれ、
沖縄に行くならマリンスタイルにつばの大きな帽子をかぶって
と言った具合に消費の中心となった女性の購買意欲を誘った。

沖縄国際海洋博覧会はそんなブームに乗る形で1975年に開催され、
来場者数やそれに伴う経済効果が予想より少なかった事等から直後の県内での批判があったにせよ、
青い海、青い空の美しい島、日本の中の南の島という印象を日本列島に与え、
それから今に至るまで、沖縄は日本有数の宝の埋蔵地としての地位を確保し
日本本土や海外の人間にDiscovery というレジャーを提供してきたのだと思う。

通勤途中の屋外広告から沖縄の文字を見つけられないことのほうが少ないし、
最近なんかは新宿の中心でエイサー大会が行われていたりするのを見ると
こんな若造の自分でもここまで沖縄がメジャーになったものかと驚くし
そうなり得た沖縄の持っていた文化的なポテンシャルを誇らしく思う。

さて次のステージである、
まだまだ知られていない沖縄があることは確かで
その意味では”Discovery沖縄”は終焉を迎えたわけではないと思うが
それらはきっと沖縄に住んでいる人にしかわからない沖縄の感覚であったり、
その感覚を根底にこれからも生み出されて行く新しい沖縄であり
根底を守りながら恒久的に生み出して行く事が大事だと思う。

一方で現時点で発見されている沖縄のコンテンツをが今後どういう形で
発表していくか、発信していくかと言う事に関しては更に洗練の余地があると思う。

Dispatcher=発信としての地位の確保

非常に曖昧な言い方だが、日本の中で、発信地と言える場所がどれだけあるだろうか?
或は世界的にみて発信地と言える都市はどこになるだろう
もちろん特定のジャンル、分野に限る事でそれは無数に増えていくが
より多くのオーディエンスから一般的に発信地として認知されているのは
グローバルにはニューヨーク、パリ、ミラノ、LA、TOKYO
国内では東京のみになるのではないかなと思う。

これら発信地として認知されている土地ではメディアが発達する。
特に流行を伝播させる目的のメディアは上記の土地からしか発達しないと言っていいと思う。

ーーー
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半年間の動きメモ

10月

赤峰P
http://www.a-asterisk.com/bjp.html

SONY STYLE P
http://www.a-asterisk.com/sng.html

12月

論文初稿提出

沖縄にて年越し

1月

東京入り

E建築事務所にて研修

Frost Birgens とインターナショナルファッションフェアに参加
http://www.frostbirgens.dk/

2月

T建築事務所にて研修

 両方の事務所から春からのオファーをいただく

T建築事務所にて働く事を決める

3月
東京→沖縄→上海 で上海入り

論文校正中

 T建築事務所の代表の中国出張に上海から合流する

 上海→瀋陽→烟台→青島

現在

もうすぐ上海行き搭乗

有意義だったデンマークでのインターンから帰ってきて、到着その日に開いたSkypeにすかさずA*から仕事のお誘い。
それからというもの10月の一ヶ月間のほとんどをオフィスで過ごし、A*での仕事が一応の落ち着きを見せると同時に卒業する為の作業に移行。

というわけで最近はもっぱら修士論文に時間を使ってます。

実はなんやかんや論文というに初めて真面目に取り組んでいて、(とはいえ中国語訳は友達に投げていたりもするんだけど。。)いろいろ苦戦すると同時に物事を論ずる方法なんかがわかってきたりもするので少し嬉しかったりもします。

さて最近「佐藤可士和の超整理術」という本を眠りにつく前、というか眠りにつく為に読んでいます。
なんだか題名を見ただけで、散らかし上手の(超)片付け下手な自分としては叱られているような気がしてしまうのですが、、

佐藤可士和という人はアートディレクターとして、ここ数年グッとおしゃれになったユニクロのクリエイティブディレクション(デザインに関わることの総指揮)や身近なところだとキリン極生の銀色の缶に青一色ロゴのデザインをした人です。

本の最初の方は題名見ただけで何が言いたいのかわかってしまったので途中からしか読み始めました。
そのくせ読み始めたら結構すぐ眠くなってしまったりしているので全然読み終わってもいないんですが、ほんの少しだけしか読まなくてもさすがは日本を代表するアートディレクターというだけあって、言うことがいちいち的を得ています。

彼に習って彼が本の中で言いたい事を”超”整理すると


アートディレクションという行為はクライアントやディレクションの対象となるものを取り巻く様々な”要求”が原点である。
                ↓
その要求をうまく整理する事によって、デザインの方向性が決定する。(決してはじめから自分が作りたいものを自己中心的に作るわけではない)
                ↓
デザインの方向性が決定すれば、その方向にいち早く、明快にたどり着く為にデザイン自体を整理していく。
                ↓
そうして整理されたデザインは、わかりやすく、強いプレゼン力をもったものとなる。


つまりデザインを生み出す事のキーワードは整理する事なんですよという事です。そして更にそれはデザインという分野だけではなくすべてに共通する事だと。。


なるほどねえ、、いやまあ仕事しているときには意識してやっている部分もあるんだけれど、
それでも整然と活字にされると思い当たるふしがありすぎてやっぱり叱られている気分です。


思えば僕は整理整頓が出来なくて失敗してきたことが多かったような気がします。
散らかしてばかりで物をなくしたり、大事なときに見つけたいものが見つからなくて遅刻したり、、そんな日常的な事も当然のようにあるのですが、
ある時期に至っては自分の感情の整理がつかないのを人のせいにして、人を攻撃して傷つけていた事もあります。

たぶん、僕の場合整理が下手でも苦手でもなくてただただ”めんどくさい”というだけでその行為から逃げようとするみたいです。
時にはその性格がプラスに働いて、地道な努力をスキップして大学院に入ったり、パフォーマンスの能力が上がって人からほめられるようになったりというような事もあるのですが、、(というか実際そればっかりで生きてきましたが)

一説には僕の良さはというのは実はそこにあって、慎重になりすぎず、整理がつかないままでもとりあえずやってみる、とりあえずやっているなかで出てくる事に必死に立ち向って無駄な苦労をしながらもクリアしていく。
そうこうしていく中で、土壇場に強くなっていったり、無理矢理言葉を覚えたり、、
そう言った物事に対する柔軟性や瞬発力があると。。


でもいまその本を乱雑な机において、修士論文を”まとめる(整頓する)”という作業をしていると、
またなんだか自分の過去を振り返ってみると、やはりダメだよなあ、という気分にさせられます。
そしてなるべく人に面倒かけずに生きていきたいなと。。


まずは、もうすぐ来る人生の岐路を前に自分の内部を整理する事、いやその前に自分の部屋からなのかな??



今までもですが、ここから先、けっこう長いこと”整理する”という言葉は自分のテーマになっていきそうな感じがします。


0f84c5d9.jpg左の画像
実はガムテープ





工事中の駅の構内に、ガムテープで案内のサインを作っている人がいるらしい。
そのガムテープによって作られたサインが非常に完成度が高い。
しかも驚く事に作成者はプロのアーティストでも屋外広告業者でもなく、工事現場の警備員だという。

Youtube-新宿ガムテープ道案内のこと
サインの作成者である佐藤修悦さんはインタビューの中でこう言う。

「(工事に伴う利用者誘導の際)いくらお客さんに叫んでも、身振り手振りで案内してもお客さんに伝わらない、これはもう書くしかないだろう。それが始まりです」

そして、利用者のために、いかに解りやすくするか。という事にこだわって今や修悦体という愛称がついたフォント(字体)が出来上がっていったらしい。

なんて純粋なんだろう。

僕らはいつも他人の評価に期待や恐れを抱きながら、作品やら宿題やらを作っている。そしてその恐れの対象の大部分は審査する人間や権威を持った目上の人間である。

デザインという行為は不特定多数の人、つまり社会との関わりによって成り立っている。

そうである以上、僕らが考えたスケッチが成果物になる過程で、クライアントや上司、または先生の審査でフィルタリングされるという事は避けられないし必要な事だろう。

むしろデザインするという行為はそれらのフィルターを通る事によって社会性を帯びているのである。
そして同時に目上の人間の評価に怯えるあまり、過剰に日和ったつまらないデザインが世にあふれているのも事実である。

佐藤修悦さんはフィルターを持たずに社会性を手に入れた。
それは彼の動機である「より解りやすく」を誰にも(お金にも)日和る事なく追求した結果である。

僕らは佐藤さんのように純粋に自分の想いを追求する事を忘れてはならないんだろう。そして同時にいいものをいいものとして生み出すことの出来るフィルターでありたいと思う。

駅構内に張られたガムテープによるサインに目を付け、追跡取材を敢行したトリオフォーというグループのように。


475bc83f.JPG


(画像)デンマークでの僕の住まい。
 当初は殺伐としていたが、1ヶ月近く経ち生活感と乱雑さを手に入れた。

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20070728
買い物
事務所へ忘れ物をとりにいく
レゴランドへのツアーを調べる
mixi
blog
ポートフォリオ
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もうすぐデンマークに来て1ヶ月が経つ

 北欧独特の日の長い一日は、起きている時間のほとんどを事務所で過ごす事でその日の朝が二日前にも感じる反面、何もしないでいても時間は倍速で過ぎていく。小さな頃お日様がでていて自分が遊べる時間を早いと感じ、二十歳の自分がコンビニの夜勤の長さを呪ったように、陽の光には体内時計を早く狂わせる能力をこの北欧の地で改めて感じる。

 6月の終わりにコペンハーゲンにたどり着いてからは、この時期には珍しい雨模様が続き、一時間はかかる事務所への路程を日本の無印で買った塩化ビニールのレインコートに濡れながら仕方がなく歩いていた。準備下手で飛び込み上手の自分にとってはいつもの事ながら、新しい生活の始まりはインターナショナルキャッシュカードが引き落としできなかったり、決まっていたはずのアパートの相手方によるキャンセル等いろいろなトラブルがついてまわる。
 キャッシュカードの問題は未だに未解決のまま抱えてるものの、それなりに他の方法で現金を手にするメドが立ち、アパートについては事務所の努力の甲斐もあって来て三日目には生活の拠点を持つ事が出来た。 
 
 僕が転がり込んだ部屋は、自分がかつて抱いていたデンマークの高水準なライフスタイルという印象とは違うvesterbroという移民が多く暮らす地区のリノベーションを繰り返されたヨーロッパ的な古アパートの二階だった。
 貸し部屋の情報をインターネット上に掲載していたのは今僕の住むフラットにかねてから住んでいたダオウという名のパキスタン人のゲイだった。

 激しく雨の降る夕方に同じインターンのドイツ人大学生Tobiasについて来てもらい、口頭での契約をかねて部屋の確認をしに行った。その日の宿も決まっていない状態のため部屋の状態や同居人の感じなどに文句を付ける事もできなかったししなかったが、日本の田舎の弱小企業が使うようなスチールのロッカーと一脚の椅子だけが置かれ、不思議な色にペイントされた古い床板の部屋に自分がここでの生活を始める事に不安を抱いた。そして後日彼がゲイだと知る。
 しかしそこからの生活は事務所とその奇妙な部屋をリズムよく往復する事でテンポよく進み、更にはインターネット上で知り合った日本人のYさんに使っていない自転車を貸してもらってからは僕のデンマーク生活はよりいっそうスムーズさを増した。

 インターン先の事務所での生活はというと、やはり自分の語学力に関するハンディは大きく、またわかった振りをしてしまうという僕の悪い癖も手伝ってプロジェクトにおける作案段階でのディスカッションでは有効な発言が出来ず、また他の発言の意図を読み違えたりして多少気を落とした。
 しかし、それも来る前からわかっていた事と割り切ってからは、時期的に作業が模型やダイアグラム制作等の実務に移っていった事も手伝い、自分に与えられた仕事を着実にこなしながらそれぞれの仕事の中で自分の思っている事を形にして表現する事で自分の考え方を断片的にしかし有効に伝えられるようになっていく。

 来て3週目に現在進行中のインテリアのプロジェクトの方案のプレゼンを迎える。プレゼンを迎えるという事はプレゼンターであるSinus(我々のボス事務所のpartnerの一人)にとってはプレゼン自体勝負であるし、インターンの僕とTobiasにとってはSinusを先頭にプレゼン書類を作り終えるまでがどれだけプロジェクトに関われるかの期限である。
 今回に関していえば期限に近づくとともに緊張感を増す空気の中、体力と寝る時間を削って進む作業の中にも集中力とやりがいを持って取り組むことができた。
 多分建築に関わらず期限を持った何らかのプロジェクトに取り組む際、期限以前の取り組む人間のテンションが作品の出来を左右するが、そこに関してSinusをはじめとした事務所内の人間の作り出す空気は、当たり前かもしれないが日本や中国では感じた事のない爽やかさを持っている。
 自分の関わって来た日中の事務所や学校での取り組みが圧力によって作成、作業人員のテンションを作り出しているのに対してここでのテンションの発生は吸い出しによって生み出されている感覚だ。

 今はまだそれが何故なのか、はっきりとわからない。事務所の平均年齢が低い事や、常に笑いを求める事、ストレスをなくそうとする姿勢がその空気を生み出す要素なのだろうけど、もしかしたら今回のプロジェクトがゆるいだけでこの事務所が切迫感やストイックを嫌ったただ怠け者の集合なのかもしれない。(現にもう一人のpartnerのTueはプレゼン一週間前に休暇に入った)しかしこの空気の中でのものづくりというのが僕にとっての最大の魅力であったしその空気の作り方を知る事こそ今回のインターンの最大の目標でもあるため。今後もなるべく楽しくこの空気にもまれていきたいと思っている。
人を感動をさせる人間になりたいと強く思う。

心を動かすのは力ではなくペテンのテクニックでもなく、人としての強さであり、それを伝える(言語)手段を持っているかどうかである。


中田英はサッカーという言語でもって自身の意思を文字通り体現した。

井上雄彦は卓越した漫画のスキルをもって読者に涙させる。


人を感動させる人間は何らかの言語を持っている、しかし同時にその言語によって伝える事のできる何かを持っている。

この二つは常にパラレルな関係でなくてはいけない。
どちらかが非常に高いレベルを持っていたとしても、言語を持たなければバカといえるだろうし、人としての強さがなければペテンでしかない。

しかし今、確立された言語を持たないどころか通常の会話すら問題のあるこの環境で何が出来て何をするべきなのか。
とにかく一歩踏み出さなければいけない、とりあえずはバカに近づくための一歩を。

一生懸命走る事は最低ラインであって最高ラインではない。しかし一番重要で一番忘れやすい。大事なのは覚悟だ。 


今覚悟を抜きに生きている場合じゃない。




言葉に不自由な状態でいつもこの事に気づかされる。

1852431c.jpghttp://www.effekt.dk/
7月からここで働きます
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20070527
robとホテルの朝食
部屋にてちょっとDVD
片付け
チェックアウト
Jazzya
マッサージを求めて歩く
スターバックス
北京駅
寝台車(只今)
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昨日の試合記憶が未だに完全にならない。
聞く限りでは早い段階で右フックをもらい、フラついて目を泳がせながら相手の足を取りにいったところテイクダウンできずに上から多数のパンチを浴びてのKOだったとの事。

覚えてるのは控え室に寝てるところからだが記憶はなくてもやはり悔しさは残る。いろいろ考えたのが裏目に出たのか?何でいつももらわないようなのをもらったのか?いつも出来ていた事が出来なかったんだからやっぱり緊張していたんだろう。
さらに本来の目的だったTさんのセコンドにつく事ができずにTさんも負けてしまった事が申し訳ない。

ともあれ僕のプロデビューは北京にて総合の試合でKO負けでした。


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20070523
8時起床
洗濯
トランクスにロゴをプリント
昼飯@食堂
トランクスにスリットを入れる
北京への準備
デンマークへメール
上海駅
寝台車(只今)
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保定プロジェクトのパワーポイント作成を終え仕事の面では一応落ち着きを見せる。
同時に、対戦相手が決まらないままAOWへサポートを中心とした準備に忙しくなる。

自分の試合がどうなるかわからない状況に緊張感を覚え、ここ数日なんだか寝付きがいつもより悪かった。
そんな中、北京入り前日にデンマークからインターンについてのメールが届く。7月にインターンをよてしていたものの、なかなか確定の返事が来なかったため、あきらめ初めていたところだったので嬉しい。

更には結局自分の試合が流れた感じになっていたAOWだったが、既に出場の決まっている日本人のNさんがもしかしたら行けない事になるかもしれないとの連絡を受ける、そうなった際、僕が出る事になる可能性は大いにある。とT氏。

自分はよく突然自分の身にいろいろおこる方だとは思うが、今回のこの突然さと規模の大きさはかなりのものだ。実は北京後にそのまま福岡に行く事も昨日決めたところだった。
つまり今目前の出来事として。。

AOW 
福岡一泊
intern@denmark とそれに向けての準備。 英語,CAD等
保定projectのつづき

そして今は北京行きの寝台列車の中。German.Canadian,Japanese(X3)多国籍軍が中華の首都に向かっている。

夏を直前におもしろくなってきた。
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20070516
朝帰宅。
パソコンセットアップの残り、ようやくメール情報をすべてダウンロードし終えた。
昼飯シンジャン料理
膝サポーターとアンクルサポーターを買う
三ヶ月近くたってようやく昨日終えることのできた引っ越しの荷物の片付け。
上海外国語大学で夕飯
学校についてからVと都市計画やフォトグラフについて意見を交わす。
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26日に北京で総合格闘技(UFCルール)の試合に出る可能性があり最近はもっぱらトレーニングに励んでいる。
まだ自分の相手は決まっていなく、出場は決定ではないが、既に出場の決まっているT氏とN氏の高まるテンションに引っ張られてハードな練習をしている。
実際いろんなところが痛い。総合のルール上オープンフィンガーグローブで試合をするのだがそれになれるために小さなグローブで練習しているためここ最近は顔に痣が増え続けている。

この一週間が山場なのでベストを尽くしていきます。
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20050514
華麗なる一族DVD
食堂で買ったご飯を外で食べようとするけど目を離した隙に猫に口つけられる。
新しく買ったパソコンのセットアップ。
研究室
空手道場にてスパーリング。
うどん
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 研究室で仕事をしているとwindowsのパソコンをつかわなければいけない機会が徐々に増え、これからの事も考えXPが立ち上げられるmacbookを買った。

自分はもう6年近くMacユーザーでパソコン自体も3代目になるんだけど、新しく届いたmacbookを見てやっぱりいいなと思った。確かにシステムとしては主流ではないし、使えないアプリケーションもたくさんあるし、道具としてより拡張性があるのはwindowsなんだろうけど、macを箱から出して初めて手に取ったときの感動は、ほかのパソコンでは替えがたいものがあると思う。

 僕がどこにそんなに惹かれるかというとラップトップ型Macの裏面の美しさだ、ラップトップは持ち運びをする事が前提として作られているとはいえ、デザインする上でやはり重心を置かれているのは机に座ってパソコンを置き開いた時の人の感じ方だと思う。
 これは多分、お店にディスプレイされる時のことも同時に考えてデザインされているからだろう。(店頭にディスプレイされるときはパソコンは開いた状態で展示される)客としても見るのはキーボードとディスプレイが主だったり、見てもディスプレイを閉じた背面くらいだろう(もしくはスペック表しか見ない人もいるかも)。そういう意味ではパソコンの裏側のデザインまで労力コストをかけないというのも正解だと思う。

 しかしそんななかappleのラップトップの裏面はバッテリーの収まりから滑り止めのゴムまで非常に美しくデザインされている。短絡的なマーケティングストラテジー理論から遺脱したappleの持つデザインに対する信念を感じられる。その信念こそがmacファンを熱狂的にさせる要因なのだろう。

 ジャンルは違えどデザインを志すものとして、短絡的な販売促進のためだけのデザインではなく人が触れるあらゆる箇所をデザインするという意識は尊敬に値する。それがプロダクトであろうが建築であろうが、アーバンデザインであっても普段人が注意をおかない部分にまでデザインをいきわたらせる。そういった気持ちを持ってデザインにかかわっていきたいと思う。
 

 
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20070513
デカスロンにてファールカップなどを買う
同済に戻ってNUMA氏と練習
その後柔術の大会を見にいく
韓国料理
研究室
カフェにて文章を書く(予定)
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明日今まで作ってきた保定市総合都市設計方案の書類をプリントアウトする。
僕らの仕事においてプレゼンするための書類をプリントアウトするという事は成果品を作るという意味で大きな仕事の区切りといえる。

言葉に関するハンディキャップや本格的に研究室で他の研究生と合同で作業するのが初めてという不安も手伝い、早め早めに作業を進めていった。
自分は追いつめられてから努力する瞬発力型の人間なのでその未経験の環境がいい意味でのプレッシャーとなりプリントアウト1日前に人の誕生日会に行く余裕すらあった。

今までの自分とは違って、瞬発力を1ヶ月近く持続させることができたのは収穫だと思っている。

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20070512までの基本的な行動
八時前に起きてシャワーを浴びる
洗濯など
10時頃に研究室に着く
24時に作業を区切り帰宅
2時頃DVDを見ながら眼鏡をつけた状態で眠りに着く。
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今回のプロジェクトでは自分に出来ることと出来ないことがはっきりした。
思っていた以上に出来ることの方が多かった事がうれしかったし、出来ない事に対する対処法もイメージできるようになった。そして何よりも作業に取り組む中で自分のポジションを確立できた事が何よりも嬉しかった。

去年のベニスビエンナーレのデンマークパビリオンのプロジェクトA*でのアルバイトでもそうだがこれを実感できるとことは自分にとって最高に刺激的だ。

“複数の人間でプロジェクトに取り組む中、いかに自分のポジションを作り上げるか。そのポジションがどれだけ周りから必要とされるものであるか。”

それが自分の自分に対する評価の対象であると思うし、言語的に不利な中、そのハンディをどう埋めるか、もしくはどうアドバンテージに変えていけるか。
この点に関しては、“日本の名も知れない芸術大学から言葉もわからないまま中国の一流の大学院に飛び込んでいる”という特異な状況でしか得られない貴重な環境だと思う。

上海の汚れた空気や生活での煩わしさにうんざりしてダレる時もあるが、何よりも今の状況を活かし、より刺激的に拡張させていきたい。
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20070428
昨晩から体調が悪い
研究室
キャロットジュース
研究室

疲労がたまる。
といっても毎日10時間ほどの仕事はたいしたキツさでもない
疲労に感じるのはただの倦怠感なのかもしれない。
どうやったら毎日の作業を刺激的に行えるのか?精神面は体調にも現れるからいろいろ工夫してワクワクしながら働きたい。
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20070420
午前中部屋の掃除
昼飯を買いながら研究室
夕飯
研究室

火曜日間でに終わらせないといけないタスクが山積み。。
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20070419
屋外広告規制の事例を調べる
研究室
夕飯
研究室
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20070417
LOST
Cafe@建築学科
研究室
夕飯
研究室
遅くなったので
tに泊めてもらう
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ボク達のような若者は
「正しい」と思う方向を
考えて、想像して、実現する事を
願い続ける事が大切だと思います。


この間高校の友達がmixiに書いていた。

>よく言われる事ですが、
>「思考は現実化」します。
>という事はよく考えて、想像して、
>願い続けないと損ですよね。

という文に続いて書かれていた言葉なので、文脈的には「願いは叶う」という意味だといえる。

だけど彼が書いた言葉にはそれ以上の意味があるように思った、

僕ら若者は自分自身が「正しい」と思う事に真摯に向き合うことで、周囲の雑音から自分を護り、努力することができる。

努力するということはつまり目標達成への成功率が上がる=思考は現実化する可能性が高くなる。
こんな言い方もできるかもしれない。

自分が思っている正しい事も、自分に対する自信のなさや、怠る事への欲求などで中途半端に投げ出してしまう事も多々ある。
自分が思っている正しい事を信じて努力した結果であればたとえそれが間違っていたとしてもきっと後悔する事はないはずだ。

自分に対するいいわけをなるべくしないで生きていきたい。
そういう意味でもいい言葉だと思った。


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20070416
寝坊
DS
昼飯
DS
...
足按摩

なんだか何も手につかない一日だった。
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20070412
福岡空港
沖縄上陸
真栄城家ガスト家再会
モノレール
20070413
大宜味村
今帰仁城跡
フクギの村落
世界一の水族館
沖縄料理屋
20070414
首里高校
首里城
たまうどぅん
vati's スライドショー
mac book uskeybordを探す
さわふじのもあいとスライドショー
武術の達人や芸術家
夜中に周たちに会う
20070415
別れ
muttiは8年ぶりの涙
上海
4日間一緒にいて結構ドイツ語を思い出してきた。
同時に中途半端なドイツ語が中国語と混ざる。英語と混ざる。。
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20070410
朝から蘇州を回る
6時に蘇州駅でダフ屋からチケットを買って帰る
前回蘇州に行ったときと違い、バスツアーがあまり良くなかった。
バスツアーを午前中でやめてからもうまく案内できなかったのが残念。
上海に帰り静安寺近くでエスニック料理を食べ、里弄形式のホテルへチェックイン
僕は一人大学へ帰る。
LOSTを見始めると同時に寝る
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20070411
シャワー
食堂にて朝ご飯
授業
昼ご飯
研究室
時代建築に行くも担当編集者不在
静安寺に移動し三人で上海最後の晩餐
友達の家に泊めてもらう。


マエシロノリタカ
1981沖縄県那覇市首里生まれ
1才〜10才東京杉並
10才〜16才沖縄那覇
17才ドイツドレスデン近郊
18才那覇
19才〜22才兵庫県西宮
22才〜25才中国上海
26才〜東京世田谷



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