2011年06月07日
求む、無名のリーダー
菅首相の最大の使命は、 「若い世代」に責任を引き継ぐこと|出口治明の提言:日本の優先順位|ダイヤモンド・オンライン
このコラムの題にもなっている、菅総理の「若い世代に責任を引き継いでもらいたい」という発言は、私も注意を引かれた言葉だった。
まあ、菅総理にしてみれば、小沢さんに政権を渡さないという意思の表れだったんじゃないかと、ちょっと素直には取れなかった面もあるにはあったけど、これからのことを考えると、思い切った世代交代しか、民主党の立ち直りはあり得ないだろうと思う。
なので、まあ、この際、しっかり菅さんには、この言葉を実行してもらいたいと思う。
無名の人が出てきても一向に構わないではないか。政見の内容がしっかりしており、実行力が兼ね備わっていそうであれば、たとえ無名であっても、その人が、わが国の新しいリーダーになるべきではないか。大連立云々も、むしろ、政権党が新しいリーダーをきちんと手続きを踏んで選んでからの話ではないのか。
この記事の最後の方に出てくる言葉だ。
心から賛同したいと思う。
こういう発言が出ると、必ず「きれい事ではすまされない」的な発言がなされる。
しかし、それでいいのだろうか。
先日、あるTVドラマの中で、ある刑事が「自分は、きれい事が通る、そんな世の中がいい世の中だと思っている」というような台詞を言った。
私は、それを聞いて、これまた、心から深くうなずいてしまった。
確かに、きれい事は、なかなか通らない。
特に政治の世界は、そうかもしれない。
だけど、それを是としていいのだろうか。
いや、私たち国民は、あまりにも、それを是としすぎていたのではないだろうか。
完璧を望めないからこそ、完璧を望むのだ。
完璧に少しでも近づくために。
理想を掲げるのだ。
少しでも理想に近づくために。
政治の世界では、挑戦する前に、ハードルを下げてはならない、と私は思っている。
政治は、民によりよい生活を送らせるべく、なされるもののはずだからだ。
その最善のために、最も優れた政策を提示した人を総理として選ぶのこそ、国会の役目ではないだろうか。
党は、そのための人材を、草の根を分けて探すのが、本来の仕事だろうと思う。
ドイツでは、福島原発の事故が明らかになって、1週間後には、7つの原発の停止を決めたという。
エネルギーをどうしていくか、10時間にわたって、各方面の識者の意見を聞き、それを生放送したということだ。
その放送を、150万人の人が視聴したそうだ。
インドネシアでは、先の震災の際、被災地に復興省を立ち上げ、被災地の声を生かした復興を成し遂げたそうだ。
ドイツで出来て、日本に出来ないはずはない。
インドネシアに出来て、日本に出来ないはずはない。
こういう英断を下せるリーダーを選ぶ、真の政治改革を、今こそ成し遂げるチャンスかもしれない。
民主党が、本気を出せるか、ではあるが…。
このコラムの題にもなっている、菅総理の「若い世代に責任を引き継いでもらいたい」という発言は、私も注意を引かれた言葉だった。
まあ、菅総理にしてみれば、小沢さんに政権を渡さないという意思の表れだったんじゃないかと、ちょっと素直には取れなかった面もあるにはあったけど、これからのことを考えると、思い切った世代交代しか、民主党の立ち直りはあり得ないだろうと思う。
なので、まあ、この際、しっかり菅さんには、この言葉を実行してもらいたいと思う。
無名の人が出てきても一向に構わないではないか。政見の内容がしっかりしており、実行力が兼ね備わっていそうであれば、たとえ無名であっても、その人が、わが国の新しいリーダーになるべきではないか。大連立云々も、むしろ、政権党が新しいリーダーをきちんと手続きを踏んで選んでからの話ではないのか。
この記事の最後の方に出てくる言葉だ。
心から賛同したいと思う。
こういう発言が出ると、必ず「きれい事ではすまされない」的な発言がなされる。
しかし、それでいいのだろうか。
先日、あるTVドラマの中で、ある刑事が「自分は、きれい事が通る、そんな世の中がいい世の中だと思っている」というような台詞を言った。
私は、それを聞いて、これまた、心から深くうなずいてしまった。
確かに、きれい事は、なかなか通らない。
特に政治の世界は、そうかもしれない。
だけど、それを是としていいのだろうか。
いや、私たち国民は、あまりにも、それを是としすぎていたのではないだろうか。
完璧を望めないからこそ、完璧を望むのだ。
完璧に少しでも近づくために。
理想を掲げるのだ。
少しでも理想に近づくために。
政治の世界では、挑戦する前に、ハードルを下げてはならない、と私は思っている。
政治は、民によりよい生活を送らせるべく、なされるもののはずだからだ。
その最善のために、最も優れた政策を提示した人を総理として選ぶのこそ、国会の役目ではないだろうか。
党は、そのための人材を、草の根を分けて探すのが、本来の仕事だろうと思う。
ドイツでは、福島原発の事故が明らかになって、1週間後には、7つの原発の停止を決めたという。
エネルギーをどうしていくか、10時間にわたって、各方面の識者の意見を聞き、それを生放送したということだ。
その放送を、150万人の人が視聴したそうだ。
インドネシアでは、先の震災の際、被災地に復興省を立ち上げ、被災地の声を生かした復興を成し遂げたそうだ。
ドイツで出来て、日本に出来ないはずはない。
インドネシアに出来て、日本に出来ないはずはない。
こういう英断を下せるリーダーを選ぶ、真の政治改革を、今こそ成し遂げるチャンスかもしれない。
民主党が、本気を出せるか、ではあるが…。
2011年03月27日
使い捨て精神の原発
原発がどんなものか知ってほしい(全)
「原発がどんなものか知ってほしい」茂木健一郎さんのツイートで紹介されてました。
日本国民のみならず、全世界の人が読むべき「警鐘」でしょう。
筆者「平井憲夫さん」について:
1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。
この記事の最後にある文です。
この記事を読ませていただいて、情けない国になり果てたものだと、涙が出ました。
平井さんの記事の中に、
ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。
と、ありました。
私が、この文を読んで感じたのは、「使い捨て」文化が、日本をこんなにしてしまったのかも、ということでした。
物がない時代は、壊れたら修理して使う、が当たり前でした。
そもそも、「いい仕事」をした品は、なかなか壊れませんでしたし、壊れても「いい仕事」をした人が、きっちり直してくれたものです。
この「いい仕事」をしてくれていたのが、「職人」さんだったと思います。
けれど、「使い捨て」の商品は、壊れることを前提に作られています。
壊れないと、次の商品を買ってもらえない、つまり利益が上がらないのです。
壊れたら修理するより、新たに買ってもらった方が、儲かるのです。
壊れて捨てられることが、はじめから分かっている品を作ることに、誇りなんて持てようはずがありません。
「使い捨て」は、人を堕落させてしまったと思います。
買う人も、作る人も。
原発も、使い捨ての精神が、そのまま持ち込まれていたんですね。
作業員という「人」が、使い捨てにされてますから。
今回の東日本大地震は、色々なことを考えさせられるものとなりました。
そして、考えたことを、「机上の空論」に終わらせることなく、しっかり大地に根ざしたものにしていってこそ、平井さんや今回の地震で犠牲となられた方々、そして、福島原発の最前線で、危険に身をさらしておられる方々に応える道ではないでしょうか。
「原発がどんなものか知ってほしい」茂木健一郎さんのツイートで紹介されてました。
日本国民のみならず、全世界の人が読むべき「警鐘」でしょう。
筆者「平井憲夫さん」について:
1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。
この記事の最後にある文です。
この記事を読ませていただいて、情けない国になり果てたものだと、涙が出ました。
平井さんの記事の中に、
ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。
と、ありました。
私が、この文を読んで感じたのは、「使い捨て」文化が、日本をこんなにしてしまったのかも、ということでした。
物がない時代は、壊れたら修理して使う、が当たり前でした。
そもそも、「いい仕事」をした品は、なかなか壊れませんでしたし、壊れても「いい仕事」をした人が、きっちり直してくれたものです。
この「いい仕事」をしてくれていたのが、「職人」さんだったと思います。
けれど、「使い捨て」の商品は、壊れることを前提に作られています。
壊れないと、次の商品を買ってもらえない、つまり利益が上がらないのです。
壊れたら修理するより、新たに買ってもらった方が、儲かるのです。
壊れて捨てられることが、はじめから分かっている品を作ることに、誇りなんて持てようはずがありません。
「使い捨て」は、人を堕落させてしまったと思います。
買う人も、作る人も。
原発も、使い捨ての精神が、そのまま持ち込まれていたんですね。
作業員という「人」が、使い捨てにされてますから。
今回の東日本大地震は、色々なことを考えさせられるものとなりました。
そして、考えたことを、「机上の空論」に終わらせることなく、しっかり大地に根ざしたものにしていってこそ、平井さんや今回の地震で犠牲となられた方々、そして、福島原発の最前線で、危険に身をさらしておられる方々に応える道ではないでしょうか。
2011年03月18日
利潤至上、人命軽視の原発
安全対策3原則のうちひとつしかできなかった福島第一原発(NEWSポストセブン) - 注目の社会トピックス - livedoor ニュース
今回の原発事故で、対応が「後手に回った」と、よく言われるが、私は、「後手にした」と言いたい。
この記事にあるように、海水を注入した機械は、もう使えないないだろう。
それが分かっているから、東電は海水を入れて温度を下げることを躊躇した、と私は考えている。
原発という利益を、被曝させるかもという危険より、尊重させたに違いないと私は思っている。
人命尊重というが、本当にそう思っているのなら、そもそも地震国で原発など造るはずがないだろう。
原発ありきなのだ。
海水で原発がダメになるのを何とか回避させろ、が東電トップの意向だったに違いない。
だから、いま会見で語る言葉がないに違いないと、私は踏んでいる。
現場は、本当に命がけだ。
きっと、一刻も早く海水でも何でも入れたかったのではないだろうか。
「踊る大捜査線」の台詞ではないが、「事件は現場で起きてる」のだ。
東京の安全な場所で会議を開いていただけのお歴々には、原発を死守すべく、現場で注入作業の先頭に立ってほしいものだ。
市民のため、命がけなんだからね、現場は。
しっかり、その惨状を見てこい、そして、そこから会見してくれ、そう、放射能を浴びながら。
今回の原発事故で、対応が「後手に回った」と、よく言われるが、私は、「後手にした」と言いたい。
この記事にあるように、海水を注入した機械は、もう使えないないだろう。
それが分かっているから、東電は海水を入れて温度を下げることを躊躇した、と私は考えている。
原発という利益を、被曝させるかもという危険より、尊重させたに違いないと私は思っている。
人命尊重というが、本当にそう思っているのなら、そもそも地震国で原発など造るはずがないだろう。
原発ありきなのだ。
海水で原発がダメになるのを何とか回避させろ、が東電トップの意向だったに違いない。
だから、いま会見で語る言葉がないに違いないと、私は踏んでいる。
現場は、本当に命がけだ。
きっと、一刻も早く海水でも何でも入れたかったのではないだろうか。
「踊る大捜査線」の台詞ではないが、「事件は現場で起きてる」のだ。
東京の安全な場所で会議を開いていただけのお歴々には、原発を死守すべく、現場で注入作業の先頭に立ってほしいものだ。
市民のため、命がけなんだからね、現場は。
しっかり、その惨状を見てこい、そして、そこから会見してくれ、そう、放射能を浴びながら。
2011年03月14日
こんな素敵な国民だからこそ
日本人のモラルに世界が驚く(ここヘンJAPAN) - livedoor ニュース
泣けました、ここに集められているエピソードの一つ一つに。
日本って国は、ホント不思議な国です。
誰かが言ってましたっけ。
「政治家や官僚がこんなでも、日本がやっていけてるのは、国民がそれなりに『できてる』から」みたいなことを。
今、日本の「もてなし」の心が注目を受けている。
そして、今回の巨大地震で、日本は真骨頂を示したのかもしれない。
日本人は、世界の人が驚くべき美徳を持っている。
そして、その美徳を美徳と、自身が思っていない。
みんな、そんなものだと思っている節がある。
これも美徳かな。
じっと我慢の国民。
だからこそ、思うのだ。
この国民を被曝なんてさせないで欲しかった、と。
天災だけで十分苦しんでます。
人災まで、それも途方もない人災を起こさないでください。
せめて、今後は。
お願いします。
泣けました、ここに集められているエピソードの一つ一つに。
日本って国は、ホント不思議な国です。
誰かが言ってましたっけ。
「政治家や官僚がこんなでも、日本がやっていけてるのは、国民がそれなりに『できてる』から」みたいなことを。
今、日本の「もてなし」の心が注目を受けている。
そして、今回の巨大地震で、日本は真骨頂を示したのかもしれない。
日本人は、世界の人が驚くべき美徳を持っている。
そして、その美徳を美徳と、自身が思っていない。
みんな、そんなものだと思っている節がある。
これも美徳かな。
じっと我慢の国民。
だからこそ、思うのだ。
この国民を被曝なんてさせないで欲しかった、と。
天災だけで十分苦しんでます。
人災まで、それも途方もない人災を起こさないでください。
せめて、今後は。
お願いします。
2011年03月13日
オール電化の是非
やはり原発は、単なる放射能漏れではすまない事態になってしまったようです。
今は批判する時ではないというのは、重々承知してますが、こうやって書いておくことが、今できることである気もしてます。
九州から出来ることと言ったら、募金と節電くらいしか思いつかないですし。
その節電ですが、オール電化って、いかがなものでしょうか。
2,3ヶ月前、我が家にオール電化を勧めに来た方たちがいました。
我が家が、すでに深夜電力によるエコ給湯なのを見て、あとキッチンのコンロを電化すればオール電化になると、いうことでした。
原子力発電や石炭まで使う火力発電にこだわり、自然エネルギーへの転換に後ろ向きな電力会社のありように不満があったので、お断りしました。
(エコ給湯にしたって、2年前、今すんでいる中古の家にすでに設置されていた物で、あるならもったいないから使おう、と使用している物なのです。)
その際も、「もし災害時、電気だけになっていたら、大変なことになるだろうし」とも伝えておいたんですが、その通りになった気がします。
もちろん、オール電化でなくても、今回の巨大地震では、当然電力不足に陥ったことだと思います。
でも、地震国である日本では、ライフラインに携わる企業として、想定しておいてもらいたいと思います。
エネルギー源として、複数の選択肢がある方が、有事の際は力になりるはずです。
地震の際にガスでは、爆発して火災を誘引するという指摘も聞いたことがあります。
それでも、私は選択肢として残しておいた方がいいと思います。
原発よりは安全でしょう。
日本が原発にこだわるのは、原子力爆弾製造をしたいから、と聞いたことがあります。
うがった見方かもしれませんが、資源に乏しいから、と言うのなら、原子力だけでなく、今話題になっている自然エネルギーにも、力を注いでいるべきだったと思います。
70年代のオイルショックをバネに、世界に冠たる省エネカーを開発した日本の技術力なら出来たはずです。
そうしていれば、今や日本は、エコエネルギーの分野でリーダーとなり得ていたかもしれないのです。
資源がないのを、もっと安全に生かす道をたどって欲しかったものです。
今、係争中の浜岡原発は、プレートの境の上に建設されているため、最も危険度が高い原発だそうです。
今回の地震が、他の大地震を誘発しないという保証はありません。
原発が、地震の直撃を受けたら、今回程度ではすまないかもしれないのです。
かなり後れを取ってしまってますが、これからでも方針転換してください。
全国の電力会社の上層部の方に、お願いしたいと思います。
今は批判する時ではないというのは、重々承知してますが、こうやって書いておくことが、今できることである気もしてます。
九州から出来ることと言ったら、募金と節電くらいしか思いつかないですし。
その節電ですが、オール電化って、いかがなものでしょうか。
2,3ヶ月前、我が家にオール電化を勧めに来た方たちがいました。
我が家が、すでに深夜電力によるエコ給湯なのを見て、あとキッチンのコンロを電化すればオール電化になると、いうことでした。
原子力発電や石炭まで使う火力発電にこだわり、自然エネルギーへの転換に後ろ向きな電力会社のありように不満があったので、お断りしました。
(エコ給湯にしたって、2年前、今すんでいる中古の家にすでに設置されていた物で、あるならもったいないから使おう、と使用している物なのです。)
その際も、「もし災害時、電気だけになっていたら、大変なことになるだろうし」とも伝えておいたんですが、その通りになった気がします。
もちろん、オール電化でなくても、今回の巨大地震では、当然電力不足に陥ったことだと思います。
でも、地震国である日本では、ライフラインに携わる企業として、想定しておいてもらいたいと思います。
エネルギー源として、複数の選択肢がある方が、有事の際は力になりるはずです。
地震の際にガスでは、爆発して火災を誘引するという指摘も聞いたことがあります。
それでも、私は選択肢として残しておいた方がいいと思います。
原発よりは安全でしょう。
日本が原発にこだわるのは、原子力爆弾製造をしたいから、と聞いたことがあります。
うがった見方かもしれませんが、資源に乏しいから、と言うのなら、原子力だけでなく、今話題になっている自然エネルギーにも、力を注いでいるべきだったと思います。
70年代のオイルショックをバネに、世界に冠たる省エネカーを開発した日本の技術力なら出来たはずです。
そうしていれば、今や日本は、エコエネルギーの分野でリーダーとなり得ていたかもしれないのです。
資源がないのを、もっと安全に生かす道をたどって欲しかったものです。
今、係争中の浜岡原発は、プレートの境の上に建設されているため、最も危険度が高い原発だそうです。
今回の地震が、他の大地震を誘発しないという保証はありません。
原発が、地震の直撃を受けたら、今回程度ではすまないかもしれないのです。
かなり後れを取ってしまってますが、これからでも方針転換してください。
全国の電力会社の上層部の方に、お願いしたいと思います。
2011年03月12日
これ以上の被害が出ないことを祈りつつ…
東北沖大地震、一夜明けて、本当に被害の甚大さが明らかになってきた感じです。
95年の阪神・淡路大震災の歳も感じたことですが、映し出される生中継の映像を見るしかないことのもどかしさと、申し訳なさです。
崩れていく家や施設、流されていく車、もしかしたら中に人が取り残されているかもしれないのに、ただ見ているしかできない。
自分が、他者の不幸を眺めているだけの野次馬でしかない気がしてきます。
でも、そうであっても、被害の状況を、しっかり見つめることが必要だと思います。
ただ、ひたすら共感の思いをもって、被害に遭った方々の痛みや悲しみに思いをはせつつ、祈っていくしかありません。
福島の原発で、放射能漏れが起こっているようです。
先日大地震に襲われたニュージーランドは、地震国であるため、原子力発電は行っていないそうです。
日本も有数の地震国です。
今回は、今のところ放射能漏れですんでますが、これが爆発でも起こしていたら、と思うとゾッとします。
現地の方にとっては、地震の被害に加えて、被爆という下手をしたら一生癒えることがことがない傷を負わされる羽目に陥ることになるのです。
このような酷なことを、自国民に求めていいものでしょうか。
加えて、もし原発が最悪のシナリオを迎えた場合、日本一国の被害にとどまらないのです。
チェルノブイリがいい例です。
国際社会の一員として、世界に対しても誠意ある態度を示すべきではないでしょうか。
国連人道問題調整事務所は、45カ国が国際救援隊68チームを派遣する用意ができている、と発表しています。
このような方々が、安心して救助活動に当たるためにも、地震国には原発は建ててはいけない気がします。
これ以上、原発の被害が広がらないこと、そして、余震や津波の第二波、第三波の被害が、最小でありますよう、祈るばかりです。
今は、ただ呆然としている方が、ほとんどだと思います。
落ち着いてこられてからが、本当に大変だと思います。
今現在、支援に奔走されている皆様のご尽力に、心から感謝したいと思います。
遠く離れた福岡から、出来ることは少ないですが、精一杯の支援をしたいと思います。
亡くなられた方々、被害に遭われた方々に、心からのお見舞いを申し上げます。
95年の阪神・淡路大震災の歳も感じたことですが、映し出される生中継の映像を見るしかないことのもどかしさと、申し訳なさです。
崩れていく家や施設、流されていく車、もしかしたら中に人が取り残されているかもしれないのに、ただ見ているしかできない。
自分が、他者の不幸を眺めているだけの野次馬でしかない気がしてきます。
でも、そうであっても、被害の状況を、しっかり見つめることが必要だと思います。
ただ、ひたすら共感の思いをもって、被害に遭った方々の痛みや悲しみに思いをはせつつ、祈っていくしかありません。
福島の原発で、放射能漏れが起こっているようです。
先日大地震に襲われたニュージーランドは、地震国であるため、原子力発電は行っていないそうです。
日本も有数の地震国です。
今回は、今のところ放射能漏れですんでますが、これが爆発でも起こしていたら、と思うとゾッとします。
現地の方にとっては、地震の被害に加えて、被爆という下手をしたら一生癒えることがことがない傷を負わされる羽目に陥ることになるのです。
このような酷なことを、自国民に求めていいものでしょうか。
加えて、もし原発が最悪のシナリオを迎えた場合、日本一国の被害にとどまらないのです。
チェルノブイリがいい例です。
国際社会の一員として、世界に対しても誠意ある態度を示すべきではないでしょうか。
国連人道問題調整事務所は、45カ国が国際救援隊68チームを派遣する用意ができている、と発表しています。
このような方々が、安心して救助活動に当たるためにも、地震国には原発は建ててはいけない気がします。
これ以上、原発の被害が広がらないこと、そして、余震や津波の第二波、第三波の被害が、最小でありますよう、祈るばかりです。
今は、ただ呆然としている方が、ほとんどだと思います。
落ち着いてこられてからが、本当に大変だと思います。
今現在、支援に奔走されている皆様のご尽力に、心から感謝したいと思います。
遠く離れた福岡から、出来ることは少ないですが、精一杯の支援をしたいと思います。
亡くなられた方々、被害に遭われた方々に、心からのお見舞いを申し上げます。
2011年03月06日
住民投票の誓願を退けておいて、今更「市民の代弁者」と言えるのか
お久し振りの更新です。
統一地方選挙の時期となりました。
福岡も市議選、県議選を来月に控え、動き出してます。
私が今住んでいる地域は、農村部です。
なので、勢いこの地域を地盤とするのは、自民党系の方となる訳です。
私の所にも、自民党とみらい福岡という会派の候補の方が挨拶に見えました。
今日、そのうちのお一方の後援者の方が、挨拶に見えました。
前に、ご近所に住む後援者の方から、「後援会に入ってもらえまいか」と声はかけられてました。
返事は濁していたのですが、こうやって実際来られて、私は意を決しました。
私が、どうしても釈然としない疑問を、ぶつけました。
2008年、子ども病院の人工島移転について、その是非を住民投票してもらいたいという誓願を、市議会は否決しました。
自由民主党福岡市議団、民主・市民クラブ、公明党福岡市議団、みらい福岡市議団、福政市民クラブ、平成会の反対によってです。
賛成したのは、わずか3会派、日本共産党福岡市議団、ふくおかネットワ-ク、社民・市政クラブ福岡市議団です。
選挙の時は、「市民の声を聞く」と言いながら、なぜ住民投票を否決したのか、その理由を説明していただきたい。
その説明に納得できれば、喜んで後援会に入らせていただく、と。
子ども病院の人工島移転については、私もはっきり言って賛成、反対双方にそれなりの言い分がある気がしています。
でも、政治につきものですが、「結論ありき」の市議会のあり方に、問題を感じてました。
人工島をめぐる談合問題もあって、なおさら「結論ありき」「移転ありき」は拍車がかかった感があります。
何より、今現在子ども病院を利用している子どもを持つ、親御さんたちの不安に対して、あまりにも市長始め、移転に賛成している議員たちの態度が、誠意がなさ過ぎる感じがしていました。
反対している親御さんたちも、市議たちが口にする「賛成している市民もいる」という、その実態を知りたかったのではないかと思います。
子ども病院の移転に対して、実際の市民の声はどうなのか、それがはっきりすれば、次の対応も違ってくるはずです。
そう賛成派も反対派も。
私も、知りたかったです、市民の実際の思いを。
民主党系の議員は、「市民は正しい情報を手にしていないので、正確な判断は出来ないから」というような趣旨の反対理由を述べたそうです。
これは、理由になりません。
そう言うのなら、住民投票を前に、情報を市民に与えればすむことだからです。
市議というのを、まるで特権階級かのように勘違いしているのではないでしょうか。
前回の2007年の市議選で、上記の住民投票に否決をした会派の候補に投票した方で、住民投票の請願書に署名された方も少なくないはずです。
その方たちに、お勧めします。
是非、前回投票した候補者、もしくは所属会派に、私と同じ質問をしていただきたいと思います。
彼らが、選挙時に主張して止まない、「市民の声を聞く」「市民の代弁者」と、実際の行動に矛盾があるからです。
本当に「市民の声」を聴くのなら、住民投票こそ、その最たるものではないでしょうか。
それを否定しながら、何が市民の声の代弁者でしょうか。
私たち、市民の権利をないがしろにした、住民投票の否決を軽く考えてはいけないと思います。
このことを、しっかり市議選の候補者たちに突きつけないと、いつまで経っても政治は変わりません。
今年の市議選を、その第一歩にして行こうじゃありませんか。
統一地方選挙の時期となりました。
福岡も市議選、県議選を来月に控え、動き出してます。
私が今住んでいる地域は、農村部です。
なので、勢いこの地域を地盤とするのは、自民党系の方となる訳です。
私の所にも、自民党とみらい福岡という会派の候補の方が挨拶に見えました。
今日、そのうちのお一方の後援者の方が、挨拶に見えました。
前に、ご近所に住む後援者の方から、「後援会に入ってもらえまいか」と声はかけられてました。
返事は濁していたのですが、こうやって実際来られて、私は意を決しました。
私が、どうしても釈然としない疑問を、ぶつけました。
2008年、子ども病院の人工島移転について、その是非を住民投票してもらいたいという誓願を、市議会は否決しました。
自由民主党福岡市議団、民主・市民クラブ、公明党福岡市議団、みらい福岡市議団、福政市民クラブ、平成会の反対によってです。
賛成したのは、わずか3会派、日本共産党福岡市議団、ふくおかネットワ-ク、社民・市政クラブ福岡市議団です。
選挙の時は、「市民の声を聞く」と言いながら、なぜ住民投票を否決したのか、その理由を説明していただきたい。
その説明に納得できれば、喜んで後援会に入らせていただく、と。
子ども病院の人工島移転については、私もはっきり言って賛成、反対双方にそれなりの言い分がある気がしています。
でも、政治につきものですが、「結論ありき」の市議会のあり方に、問題を感じてました。
人工島をめぐる談合問題もあって、なおさら「結論ありき」「移転ありき」は拍車がかかった感があります。
何より、今現在子ども病院を利用している子どもを持つ、親御さんたちの不安に対して、あまりにも市長始め、移転に賛成している議員たちの態度が、誠意がなさ過ぎる感じがしていました。
反対している親御さんたちも、市議たちが口にする「賛成している市民もいる」という、その実態を知りたかったのではないかと思います。
子ども病院の移転に対して、実際の市民の声はどうなのか、それがはっきりすれば、次の対応も違ってくるはずです。
そう賛成派も反対派も。
私も、知りたかったです、市民の実際の思いを。
民主党系の議員は、「市民は正しい情報を手にしていないので、正確な判断は出来ないから」というような趣旨の反対理由を述べたそうです。
これは、理由になりません。
そう言うのなら、住民投票を前に、情報を市民に与えればすむことだからです。
市議というのを、まるで特権階級かのように勘違いしているのではないでしょうか。
前回の2007年の市議選で、上記の住民投票に否決をした会派の候補に投票した方で、住民投票の請願書に署名された方も少なくないはずです。
その方たちに、お勧めします。
是非、前回投票した候補者、もしくは所属会派に、私と同じ質問をしていただきたいと思います。
彼らが、選挙時に主張して止まない、「市民の声を聞く」「市民の代弁者」と、実際の行動に矛盾があるからです。
本当に「市民の声」を聴くのなら、住民投票こそ、その最たるものではないでしょうか。
それを否定しながら、何が市民の声の代弁者でしょうか。
私たち、市民の権利をないがしろにした、住民投票の否決を軽く考えてはいけないと思います。
このことを、しっかり市議選の候補者たちに突きつけないと、いつまで経っても政治は変わりません。
今年の市議選を、その第一歩にして行こうじゃありませんか。
2011年01月06日
政治をかくいうゆとり
カフェ・ヒラカワ店主軽薄 » ordinary people
明けて2011年。
個人的には、かなりしんどい年になりそう。
そんなときに読んだ、このブログ。
平川克美さんのブログ。
ちょっと難しくて、分かりづらい部分もあったけど(私の力が足りないだけですが)、この部分が、今の私たち家族の状態にあまりにぴったりだったもので、以下に引用させていただく。
なぜなら、現在まさに悲惨の中にある人間にとって問題なのは、その悲惨を根拠に平安な場所にいる人間を批判することで自らの正当性を主張することではなく、ただその悲惨を抜け出すことだけだからである。
この文には前段があるけど、そこから引用すると余計に分かりにくくなりそうなので、この部分だけ。
すみません、平川さん。
今、わが家は、一年後、もしかしたら、この家で年越しできないかも、っていう状態だ。
そうならないよう、この一年、死にものぐるいでやるしかないと腹をくくった。
家がこういう状態だと、今までブログに書いてきたことなんて、どこかに吹っ飛んでしまう。
天下国家がどうなってもかまわない、わが家さえ安穏でいてくれれば、という気持ちになってくる。
民主党がどうだ、小沢問題がどうだ、なんて論じていた頃は、ホント平和だったんだなあ、とつくづく思わされる。
まあそれでもわが家は、まだましな方かもしれない。
今朝の西日本新聞で、幼児虐待の特別記事があった。
親からネグレクト(養育放棄)された0歳児の赤ちゃんが、親元から児童相談所によって保護された、という内容だった。
ネグレクトの原因は、「貧しさ」。
家計が苦しくて、ミルク代がなかったということだった。
もちろん、その「貧しさ」がどれくらいのものであったか、そして、そう言う状態なら「避妊」すべきだった等々、後知恵は、いくらでもあるだろうと思う。
でも、この母親は、その赤ちゃんが連れて行かれる際、涙を流したとあった。
「世の中が、もうちょっと景気が良ければ、このお母さんも、赤ちゃんにもっとしてあげられてかも」と思ってしまう自分がいる。
我が身と引き比べると、余計にそんな気がするのかもしれない。
でも、ゆくゆくはホームレスを覚悟せざる得ないような、長生きすることが祝福でない、そんな日本でいいのだろうか。
平川さんは、先日、朝日ニュースターの「武田鉄矢の週刊鉄学」に出演し、こう言われていた。
「日本は、高度成長を目指し、豊かな世の中を目指してきた。豊かだからこそ、長生きできるのであり、高齢化社会は日本が目指してきた社会の当然たどり着くべき社会だった。」と
武田鉄矢さんは、それを受けて、「目指していたはずなのに、そうなったら、どうしていいか分からなくてうろたえている、ってわけですか」と。
今の世の中、「長生きしたい」って思える人は、幸せな環境にある人だろう。
長生きしたくても出来ない世の中になりつつある。
少なくとも、そういう人たちが増えこそすれ、減ることはない気がする。
省庁は、自分がトップを務める「今」さえ、ことがなければ、それでいいと思っているのだろう。
だから、ツケは次世代へ先送りだ。
その責任を取るのは、その時中枢にいる人物で、決して自分ではないのだ。
そうやって、官僚と言われる人たちは、ただ国を食いつぶしていくだけ。
政治家も同様のようだ。
政権交代をしても、この体たらく。
こういうことを書けるだけ、今はまだ私もゆとりがあるんだろうな。
いつまで、こういうことを書けるだろうか。
本当に不安だ。
でも、政治やなんかに責任を転嫁しても、ことは進まない。
出来ることを精一杯やるしかない。
そして、この日本を支えているのは、そういう人たちなんだと思う。
決して私たち家族だけが、しんどいのではない。
だからこそ、思う。
そういう人たちに目を向けない政治は、腐るしかないと。
明けて2011年。
個人的には、かなりしんどい年になりそう。
そんなときに読んだ、このブログ。
平川克美さんのブログ。
ちょっと難しくて、分かりづらい部分もあったけど(私の力が足りないだけですが)、この部分が、今の私たち家族の状態にあまりにぴったりだったもので、以下に引用させていただく。
なぜなら、現在まさに悲惨の中にある人間にとって問題なのは、その悲惨を根拠に平安な場所にいる人間を批判することで自らの正当性を主張することではなく、ただその悲惨を抜け出すことだけだからである。
この文には前段があるけど、そこから引用すると余計に分かりにくくなりそうなので、この部分だけ。
すみません、平川さん。
今、わが家は、一年後、もしかしたら、この家で年越しできないかも、っていう状態だ。
そうならないよう、この一年、死にものぐるいでやるしかないと腹をくくった。
家がこういう状態だと、今までブログに書いてきたことなんて、どこかに吹っ飛んでしまう。
天下国家がどうなってもかまわない、わが家さえ安穏でいてくれれば、という気持ちになってくる。
民主党がどうだ、小沢問題がどうだ、なんて論じていた頃は、ホント平和だったんだなあ、とつくづく思わされる。
まあそれでもわが家は、まだましな方かもしれない。
今朝の西日本新聞で、幼児虐待の特別記事があった。
親からネグレクト(養育放棄)された0歳児の赤ちゃんが、親元から児童相談所によって保護された、という内容だった。
ネグレクトの原因は、「貧しさ」。
家計が苦しくて、ミルク代がなかったということだった。
もちろん、その「貧しさ」がどれくらいのものであったか、そして、そう言う状態なら「避妊」すべきだった等々、後知恵は、いくらでもあるだろうと思う。
でも、この母親は、その赤ちゃんが連れて行かれる際、涙を流したとあった。
「世の中が、もうちょっと景気が良ければ、このお母さんも、赤ちゃんにもっとしてあげられてかも」と思ってしまう自分がいる。
我が身と引き比べると、余計にそんな気がするのかもしれない。
でも、ゆくゆくはホームレスを覚悟せざる得ないような、長生きすることが祝福でない、そんな日本でいいのだろうか。
平川さんは、先日、朝日ニュースターの「武田鉄矢の週刊鉄学」に出演し、こう言われていた。
「日本は、高度成長を目指し、豊かな世の中を目指してきた。豊かだからこそ、長生きできるのであり、高齢化社会は日本が目指してきた社会の当然たどり着くべき社会だった。」と
武田鉄矢さんは、それを受けて、「目指していたはずなのに、そうなったら、どうしていいか分からなくてうろたえている、ってわけですか」と。
今の世の中、「長生きしたい」って思える人は、幸せな環境にある人だろう。
長生きしたくても出来ない世の中になりつつある。
少なくとも、そういう人たちが増えこそすれ、減ることはない気がする。
省庁は、自分がトップを務める「今」さえ、ことがなければ、それでいいと思っているのだろう。
だから、ツケは次世代へ先送りだ。
その責任を取るのは、その時中枢にいる人物で、決して自分ではないのだ。
そうやって、官僚と言われる人たちは、ただ国を食いつぶしていくだけ。
政治家も同様のようだ。
政権交代をしても、この体たらく。
こういうことを書けるだけ、今はまだ私もゆとりがあるんだろうな。
いつまで、こういうことを書けるだろうか。
本当に不安だ。
でも、政治やなんかに責任を転嫁しても、ことは進まない。
出来ることを精一杯やるしかない。
そして、この日本を支えているのは、そういう人たちなんだと思う。
決して私たち家族だけが、しんどいのではない。
だからこそ、思う。
そういう人たちに目を向けない政治は、腐るしかないと。
2010年12月26日
消費税アップの前に、言っておきたいことがある
来年にでも消費税率アップ、みたいな見出しをこのライブドアのニュース項目で見たような気が…。
またか、って感じで、見るのもかったるくて、読みもしなかったけど。
確かに税源がないだろう。
しかし!
その税源を、安直に消費税アップに、持って行ってもらっては困る。
という質問が出る度に、「税制改革を含めた」なんてコメントが出てくる。
これがくせ者だ。
きちんとした税制改革の提示なんて、あっただろうか。
どうも、財務省なり、行政府なりのやることを見ていると、「消費税アップするための税制改革」をやりかねない気がする。
最初に「消費税アップ」ありきの税制改革の断行、これが財務省のシナリオではないのか。
福祉を充実するために増税を、と彼らは口にする。
だが、本当に消費税さえ上げて財源を確保すれば、福祉は充実するのだろうか。
私には、どうしてもそうは思えない。
そして、もしかしたら、国民の多くも、それを危惧しているのではないだろうか。
端的に言って、省庁のやり方は下手だ。
お金が、うまく回ってない気がする。
わざとそうしているのかもしれない、と思うほどだ。
本当に最高学府、それも東大を卒業した人たちが、考えているとは思えない。
少ない予算でも、もうちょっとうまく使えない?って気がしてならない。
ついでに言えば、思いやり予算なんてつけている財政状態じゃないだろう。
山ほど借金しているくせに、他人の面倒なんてみてやる資格なんてないはずだ。
私たちが、そんなことをしていたら、世間で生きていけなくなる。
お付き合いで仕方なく、というのなら、減額を申し出るなり、沖縄から一部分でいいから出て行ってもらうなどという条件をつけるなり、なにがしかの「見返り」でもなければ、本当にただの「バカ」である。
閑話休題。
事業仕分けということで、色々省庁の予算がやり玉に挙がっていたが、果たして官僚だけが問題なのか。
いや、その陰には、常に政治家の陰があったはずだ。
陰でオイシイ思いをしてきた政治家の無駄は、ついに指摘され終いだった。
宛名のない領収証が認められ、個人情報保護の名の下、黒塗りされた領収証のコピーを許す国会議員たちに、誠意のかけらも感じることが出来ない。
政治家たちは、国民の税金で養われているのだ。
いわば、国民は雇い主と言える。
その雇い主に対して、そういうバカにしたとしか思えないような報告しかしない輩なのだ。
こういう人たちに、増税を議論してほしくない。
まず、自分たちが手にしている歳費に無駄はないのか、いや、こういう不景気な時代なのだ。
歳費の削減も考慮すべきではないのか。
年金は、物価の下落に合わせて、減額するのなら、自分たちの歳費だって同様のはずだ。
にも関わらず、自分たちのもらう分には、一切手をつけず、あぐらをかいたまま。
こういうことが、許されていいのか。
まず、自分たちの歳費の削減を決定し、それから国家公務員にも、お願いしてから、ツケを国民に回してください。
その際は、「増額した分で、国民の皆さんの生活は、こういう風に豊かになります」という約束も、しっかりしてください。
その際は、後で責任をたらい回しにしないよう、責任部署全体の覚え書きなりをご用意ください。
当たり前のことが出来ない皆さん方なので、約束がしっかり履行できる、そういうシステム作りもお願いします。
情報公開は、最低の条件です。
黒塗りなんて、とんでもありませんからね。
またか、って感じで、見るのもかったるくて、読みもしなかったけど。
確かに税源がないだろう。
しかし!
その税源を、安直に消費税アップに、持って行ってもらっては困る。
という質問が出る度に、「税制改革を含めた」なんてコメントが出てくる。
これがくせ者だ。
きちんとした税制改革の提示なんて、あっただろうか。
どうも、財務省なり、行政府なりのやることを見ていると、「消費税アップするための税制改革」をやりかねない気がする。
最初に「消費税アップ」ありきの税制改革の断行、これが財務省のシナリオではないのか。
福祉を充実するために増税を、と彼らは口にする。
だが、本当に消費税さえ上げて財源を確保すれば、福祉は充実するのだろうか。
私には、どうしてもそうは思えない。
そして、もしかしたら、国民の多くも、それを危惧しているのではないだろうか。
端的に言って、省庁のやり方は下手だ。
お金が、うまく回ってない気がする。
わざとそうしているのかもしれない、と思うほどだ。
本当に最高学府、それも東大を卒業した人たちが、考えているとは思えない。
少ない予算でも、もうちょっとうまく使えない?って気がしてならない。
ついでに言えば、思いやり予算なんてつけている財政状態じゃないだろう。
山ほど借金しているくせに、他人の面倒なんてみてやる資格なんてないはずだ。
私たちが、そんなことをしていたら、世間で生きていけなくなる。
お付き合いで仕方なく、というのなら、減額を申し出るなり、沖縄から一部分でいいから出て行ってもらうなどという条件をつけるなり、なにがしかの「見返り」でもなければ、本当にただの「バカ」である。
閑話休題。
事業仕分けということで、色々省庁の予算がやり玉に挙がっていたが、果たして官僚だけが問題なのか。
いや、その陰には、常に政治家の陰があったはずだ。
陰でオイシイ思いをしてきた政治家の無駄は、ついに指摘され終いだった。
宛名のない領収証が認められ、個人情報保護の名の下、黒塗りされた領収証のコピーを許す国会議員たちに、誠意のかけらも感じることが出来ない。
政治家たちは、国民の税金で養われているのだ。
いわば、国民は雇い主と言える。
その雇い主に対して、そういうバカにしたとしか思えないような報告しかしない輩なのだ。
こういう人たちに、増税を議論してほしくない。
まず、自分たちが手にしている歳費に無駄はないのか、いや、こういう不景気な時代なのだ。
歳費の削減も考慮すべきではないのか。
年金は、物価の下落に合わせて、減額するのなら、自分たちの歳費だって同様のはずだ。
にも関わらず、自分たちのもらう分には、一切手をつけず、あぐらをかいたまま。
こういうことが、許されていいのか。
まず、自分たちの歳費の削減を決定し、それから国家公務員にも、お願いしてから、ツケを国民に回してください。
その際は、「増額した分で、国民の皆さんの生活は、こういう風に豊かになります」という約束も、しっかりしてください。
その際は、後で責任をたらい回しにしないよう、責任部署全体の覚え書きなりをご用意ください。
当たり前のことが出来ない皆さん方なので、約束がしっかり履行できる、そういうシステム作りもお願いします。
情報公開は、最低の条件です。
黒塗りなんて、とんでもありませんからね。
2010年12月22日
まさに最大不幸社会
富める財界をますます潤わせ、大多数の国民から容赦なく搾り取るお政府様 Afternoon Cafe
私も、年金支給額の減額には、心底がっかりしました。
物価ベースの下落に合わせて、って、あ〜たねぇ、潤沢な年金をもらっている方ばかりじゃないでしょう、年金生活者って。
今だって、節約に節約を重ねて、やっと生活している人だっておられるんだから。
血税から潤沢に歳費をぶんどってる(歳費泥棒と言いたい輩も多々いるし)お歴々には、何百円なんてはした金もいいところなんでしょうね。
それくらい削ったってなんてことないよ、なんて感覚なんでしょう。
自分たちの歳費や問題だらけの政党助成金、機密費に代表されるあやしげな税金の使い方等々には、一切手をつけず、ツケを最も弱い所に持ってくる。
あくどすぎますよ、菅さん。
このブログを書いた秋原葉月さんの締めの言葉〜
菅さん、これのどこが最小不幸社会でしょう、最大不幸社会のまちがいじゃございません?
同感と言わざるを得ません。
「嘘つき大会の参加を許されないのは、詐欺師と政治家」なんてジョークもありますが、これジョークじゃないですよね、菅さん。
こんなことをしてほしくて、あんたたちを選んだじゃない。
あんたたちの支持率低下は、こういったあんたたちの感覚の鈍さが原因なんです。
小沢さんばかりのせいにするんじゃない!
私も、年金支給額の減額には、心底がっかりしました。
物価ベースの下落に合わせて、って、あ〜たねぇ、潤沢な年金をもらっている方ばかりじゃないでしょう、年金生活者って。
今だって、節約に節約を重ねて、やっと生活している人だっておられるんだから。
血税から潤沢に歳費をぶんどってる(歳費泥棒と言いたい輩も多々いるし)お歴々には、何百円なんてはした金もいいところなんでしょうね。
それくらい削ったってなんてことないよ、なんて感覚なんでしょう。
自分たちの歳費や問題だらけの政党助成金、機密費に代表されるあやしげな税金の使い方等々には、一切手をつけず、ツケを最も弱い所に持ってくる。
あくどすぎますよ、菅さん。
このブログを書いた秋原葉月さんの締めの言葉〜
菅さん、これのどこが最小不幸社会でしょう、最大不幸社会のまちがいじゃございません?
同感と言わざるを得ません。
「嘘つき大会の参加を許されないのは、詐欺師と政治家」なんてジョークもありますが、これジョークじゃないですよね、菅さん。
こんなことをしてほしくて、あんたたちを選んだじゃない。
あんたたちの支持率低下は、こういったあんたたちの感覚の鈍さが原因なんです。
小沢さんばかりのせいにするんじゃない!