きつねと飲むのは初めてだ。きつねと僕は3年前ぐらいまえから顔は知っているけれど、立ち話以外したことがなかった。きつねは40代で会社勤め、彼は僕の事件のときに「とにかく毎日、『がんばれ』って今井君にメールを送ったよ、まぁ、自己満足みたいなものだったかもしれないけどね」と僕を応援してくれた。

 最近よく思う。いったい、僕はいつまで利用されて「もの」として扱われなきゃならないんだろう、と。講演会に出れば信頼できる人はいるのだけれど、僕に話しかけてくる人は延々と政治の話など20分ほどして名前も名乗らず帰っていく。僕はいつもいったいなんなのか、結局「イラク人質事件」の商品としてしか扱われないのか、と正直考えてしまう。

 中には本当に信用できる人はいる。きつねみたいに謙虚に自分の過去を話してくれる人もいる。でも、結局市民運動とかそういうことをやっている人というか、僕らを利用しようとしている人がいる、という人がいることを僕はよく思い知らされた。

 でも、僕が感じている「つらさ」なんてちっぽけなことに過ぎない。僕は基本的に馬鹿なんだ、だから僕の「つらさ」なんてそのうちなんとかなるんだ、そう思えてくると楽になる。きつねは僕にソウルとR&Bがバックで聞こえるバーで言った。「30半ばのとき、離婚した嫁さんが自殺を図ってね、それで救急車に運ばれたのさ。そして、その次の日に、そのとき付き合っていた彼女が―そのとき一緒に暮らしていたこともあったのだけれども―その彼女が急死したのさ。あのとき、おれはどうしようか、と思ったね。でも、前の嫁さんが奇跡的に助かったね。そういうこともあるんだよ」

 きつねはウィスキーの水割りを片手にそう語った。そして、バーでヴォーカルがケセラセラを歌っている。「あたしの人生、夢を追いかける」きつねは重ねていった。「過去は過去に過ぎないんだよ。10年後、20年後に何をやっているかが大事なんだ。それを大切にしてほしいんだよ」

 失敗を重ねながら生きていく僕らがここにいる。もちろん、自己責任という言葉が僕の事件には響いた。そして批判は多かった。でも、これから、僕はがんばりたいと思う。何か役に立ちたい。そう思う日だった。