公開した経緯ですが、ここ半年間ほどこういった手紙の返事を書いて批判していた人たちはどのような思いでこういったことを書いたのだろうと話を聞いてみたいと思いました。それで住所と氏名のあるものについては連絡をとり、文通をし、以前新聞など批判的な投書をしている人などを訪ね歩いて話を聞いてきました。
事件に対する疑問は当事者なので何をいっても弁解にしか聞こえない響きを持たすので、このブログはそういったことは書きたいとは思いません。ただ、いろいろな人に「あの事件を蒸し返したいのか」といわれましたが、そういうわけでもありません。

 その前にひとつありますが、この批判の手紙を公開したブログは完成版ではなかったことです。よく「意図がわからない」など言われましたが、このあと批判した方々と話し合ったルポタージュ的なものやなぜ公開しようとしたかをきちんと書く予定でした。それが一気に有名になってしまい、これは僕が予測していたよりもはるかに多くの方がブログにアクセスしてしまったので、対応できませんでした。それに対応する前に多くの批判的なコメントが大量に書かれていましたし、最初から決め付けたれていたことには驚きを隠せませんでした。

 無論、僕の予想としてはコメントよりも誰かメールを送っていただき、電話かメールで連絡を取り、会いながら話をできないかな、と思っていました。コメント欄でのコミュニケーションは不可能だと思っていましたので。「対話」というのは別にブログではなく、当たり前のことですがface to faceでするものだというのはお分かりになられると思います。なので、できる限りお会いして話を聞きたいと思いました。

 公開の理由ですが、一つ目はこういった事件で当事者の家に来る匿名の手紙について純粋に見てもらいたかったことが一つです。ハンセン病の方や松本サリン事件のときに当事者に来た手紙を見ましたが、それはやはりひどいものだったと思います。もちろん、事件の質が全く違うので、「お前にきて当たり前だ」ということはありますが、もちろん僕は当事者なので、そのことは受け止めております。それはもちろん考えて出しています。しかし、今まで批判的な手紙が公開されたのは天皇責任問題で有名になった長崎市長の本島さんだけです。それも本という形でした。なので、ネットならば多くの人が無料で見られると思ったので、公開しました。

 2つ目は匿名についてです。僕は匿名でもいいと思います。現に匿名でも非常に納得させられる手紙は多数ありました。しかし、匿名の中で許される言葉の刃には疑問です。それについて考えていただきたいことがありました。現に手紙に「共産党」「自作自演」「死ね」「バカ」と虚偽の事実からまったく関係のないことまで書かれて見れる当事者がどこにいるのでしょうか。それはたとえ当事者に問題があったと考える人がいても、批判する側もその方法を考えなければまったく意味のないものになるでしょう。

 また、メールを送った方に「東京まで来て会ってください」という人がいましたが、都合がつきづらいこともありますので、そこは考えていただければと思います。札幌にいる方は、すぐに時間をつくるようにできるだけします。